魔炎の都市
 大きな火山の近くにはほぼ必ず、大きな魔物の都市が存在する。
各地の危険であるとされる火山には、その山が噴火しない様に制御している大悪魔「バルログ」が棲んでおり、
バルログが火山に居るのであれば、その周辺一帯をバルログが統べる事となり、自然とバルログを中心とした街が作られるのだ。
 
 この「魔炎の都市」を構成する住人の多くは炎にまつわる種族で、特に多いのはバルログの眷属である炎の悪魔「パイロゥ」である。
 この大都市の中心街はバルログやパイロゥ達の嗜好がそのまま表れており、大胆で過激な流行の衣服、煌びやかで可愛らしいアクセサリー、
見たこともない新作のお菓子といったものに溢れかえった、彼女達が遊び回るための明るく派手な街となっている。
 そんな街中では日夜を問わず、友人同士で集まった軽薄そうな魔物達のいくつものグループが遊び回っている様子が見られ、
彼女達は男性を見かけるとあわよくば交わりに持ち込もうと声をかけてくる事だろう。
 その中でもやはり、一際多く目にするのはパイロゥ達のグループなのだが、中には「フェニックス」といった希少な種族が混ざっていたり、
時として大都市の主であるはずの「バルログ」が友人達を率いているグループもあり、当然彼女でさえ、「選ぶべき男性」を見つければ同じ様に声をかける事だろう。
 また、街中ではデート中であろう夫婦もしばしばみられるが、彼女達もまた伴侶と臆面もなくイチャつき、人目もはばからず口づけを交わして弄りあう始末である。

 この様にして享楽の限りを尽くす彼女達だけでは街として立ち行かない様にも思えるが、
バルログが必要とされる程に魔力を湛える火山だけあり、その周囲には様々な希少な魔鉱石が大量に眠っており、
加えてこの地に満ちる濃密な炎の魔力そのもの、そして無限の熱も、大掛かりな魔法道具の制作や起動、鍛冶等といった様々な用途に重宝するといった具合に、この街は豊富かつ貴重な資源で満ちている。
 それ故に、そういったものを求めて商いにしようとする人間や魔物の商人達が訪れると共に、
彼らが連れてくる採掘を行う労働者達、鉱石や炎を利用するために集ったドワーフの鍛冶職人など多くの人々が集まり、この街は彼らによって回っているといえる。
 バルログやパイロゥ達としては、商人は彼女達好みの新しい衣装やお菓子を持ち込んでくれるし、鍛冶職人はアクセサリーを作ってくれて、
労働者が増えれば単純に男性が増えるという事で、訪れる者達を全面的に歓迎し受け入れている。
 その結果、労働者の居住区や職人たちの工房、彼らのための商店や酒場、外部から訪れる人々のための宿が次々に作られていく事となる。
 派手で煌びやかな「中心街」の周囲を囲む様に、武骨で混沌とした街並の「外輪街」が増設されていく。それが多くの魔炎の都市に共通する街並みとなっている。 
 この外輪街、魔物達が集中する中心街よりも危険性は少ないと思われがちだが、外から人間の男性が集まってくる場所という事は、即ち外部の魔物もそれを目当てに集まってくる場所でもある。
 混沌とした街並み故に、表通りからは視界が通らない裏通りや路地裏が多く、そういった場所には迷い込んでくる男性を狙う、盛りの付いた魔物達がたむろしているのだ。
 魔物達が明け透けに声をかけてくる中心街よりも、こと「魔物に襲われる可能性」に関しては圧倒的に高いのである。
 また、仕事終わりの労働者が集まる酒場等には中心街の魔物達が男漁りにやってくることも多く、加えて外輪街に点在する娼館や色町は、ほぼすべてが男性を手に入れるために魔物達が用意したものだろう。

 この都市の最大の特性は、一歩でも街に足を踏み入れれば感じるであろう、街全体を覆う異様な程の熱気である。
都市のある土地は気温が高い場所が多いものの、この熱気はそういった類の一般的な熱さではなく、この地を統べるバルログがもたらしているものである。
 火山から膨大な炎の魔力を己の身に取り込むバルログはその多くを自らの夫に注いでいるわけだが、それだけで発散しているわけではなく、バルログの身体からは纏う炎と共に、常に炎の魔力が溢れ出している。
 この熱気、即ち溢れる炎の魔力に当てられた者達は、身体は活力に満ち溢れ、気分が高揚するあまりに身体が燃える様に熱く感じるのである。
 その力はバルログの近くに居るだけで身体が火照ってくる程のものだが、この大きすぎる力はなんと街全体にまで及んでいるため、バルログの存在は街に住まう全ての者達全てに熱と活力をもたらしている。
 その結果、活力に満ちた労働者達は疲れ知らずとなり、熱中する職人達は常人離れした集中力を発揮するといった様に、この熱気は魔炎の都市における産業の著しい発展の大きな要因となっている。
 
 それと同時に、当然ながらこの熱気は魔物達にももたらされる。特により強い熱気に満ちた中心街に近づく程に強まり、魔物達はより著しく活性化していく。
 自身の魅力に対する自信が湧き上がり、そして何よりも煮えたぎる様な愛欲を持て余して仕方ない状態になってしまった彼女達は、
 熱に浮かされる様な行動をとる様になり、こと中心街では元が臆病であろうと、素直になれない気質の種族であろうと、目当ての男を見つければ、まるで軽薄なパイロゥ達の様に積極的に声をかけ、挑発的な態度で誘惑を行う魔物達の姿が見られる事だろう。
 臆病な性格で、フェロモンをまき散らしながら逃げる事で男に自身を追わせるという生態を持つ魔物「コカトリス」が
まるでパイロゥ達の様な挑発的な衣装に身を包み、「楽しいコトをしよ?」と軽薄な誘いで直接的に自らを襲う様に仕向けたり、
 夫にすらも意地を張りがちな事で有名な「メドゥーサ」が、自ら夫の腕の中に抱かれる様にその身を潜り込ませ、
夫を撫でまわす手のひらで何度も何度もいたずらに男性器をかすめるという、とにかく夫と交わりたいという事を全く隠さない挑発的な行為を繰り返す。
 この様な光景は、この街以外では珍しいものだろう。
 また、外輪街の路地裏も、中心街に近い程に、火が付いた様に発情するケダモノのごとき魔物が多くなり、危険性が高まっていく。

 前述の通り、この街では王であるバルログも含めて魔物達が享楽に耽りがちであるため、都市の根幹を為しているのは、外部からやってきて労働を行う人間や魔物達である。
 その中でも魔物達は愛欲を明け透けにする生き方や享楽に耽る生活に溺れてしまう者も多く、こと他の魔物の都市と比べると男性が産業の中核を担う事が多い。
 即ち、男性が働いて女性を養うという構造が都市全体で行われており、魔物の都市においては珍しく人間の都市に近い社会構造、家族関係になりやすいのである。
 そんなわけで、この街で暮らす男性の生活は、有り余る活力のままに労働を行った後、いろいろと溜まったモノを恋人や妻と交わる事で発散する……というのが一般的となっており、
加えて魔物達も、愛する男が自分で発散する様にと軽い調子の誘惑を行いがちであるため、男性は気軽に恋人や伴侶に手を出す事が常態化してしまっているのである。
 労働者たる男達が遊んでばかりの魔物達を養うという構造になってしまっているわけだが、だからといって魔物達の立場が低いというわけではない。
この都市の豊富な資源や男性の活力はバルログやパイロゥといった中心街の魔物達が生み出し、維持しているものであるため、実質はお互いがお互いを必要としている状態である。
 こと彼女達を恋人や伴侶とする男性は、交わる度に身体が活力に満ちていく感覚と、煮えたぎる様な熱を発散する快楽を実感として得ているため、
自分に甘えてワガママ放題に振る舞う伴侶の様子を、むしろ可愛く愛おしいとさえ感じてしまう様で、それが彼女達の享楽に耽る生活を助長してしまっているわけである。
 前述の様に「すぐ自分に手を出してくる様に仕向けている」事も含めて、この様に男性を手玉に取るのが、彼女達の力であり、魔物である所以なのだろう。 
 
 なお、街の作りは混沌としており、力が有り余って仕方ない男達が暮らしているため、治安が悪いのではないかと思われがちだが、
魔物がすぐに男性に声をかけて交わりに持ち込もうとしたり、路地裏に入った男性が襲われてしまう事以外はそうでもないそうで、
荒っぽい男性や魔物が多少の喧嘩を始める事はあるものの、それ以上の事態に陥ることはない様である。
 何せこの街には、彼ら彼女らが熱中と活気をぶつけるための仕事には事欠かず、溜まりに溜まったものをぶつける事ができる魔物も男性も多いのだ。
 それに加え、軽薄に男を誘っている魔物達の誰も彼もが、街中での諍い程度は容易く制圧できる力の持ち主であるという事も抑止として働いている様で、
それ以上にこの街に住み、この街の熱気をその身に宿す全ての者達が、仮にバルログを怒らせてしまい、この熱が一点に向かうことがあれば、どうなってしまうのか……という事をその身をもって理解しているからであろう。



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