エンジェル被害報告書
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 静寂が満ちる礼拝堂の中に、扉の軋む小さな音が響く。開いたドアの隙間から姿を見せ
たのは、白い清楚なワンピースに身を包む、柔らかな金の髪の少女。年は十代の半ば位だ
ろう。まだ子供らしさを多分に残してはいるが、その身体は女の子らしい曲線を描いてい
る。静謐な空気の中を少女は一歩一歩進み、それに合わせてふんわりとした髪が弾む。
「またここにいたんですか?」
 可愛らしい見た目そのままの声が、空気をさざなみだたせた。宝石よりも眩く光輝く碧
眼は彼女の先、少女に背を向け佇む少年に向けられている。
「うん……」
 短い音の中に、声の主の穏やかさ、もの静かさを感じさせる返事が響く。この教会へ礼
拝する者はもう長い間いないのか、堂の中は荒れ、かつては信仰を集めていたであろう十
字はその中ほどから折れ落ちていた。柱が突き立つ台座の根元で、残骸を見上げる少年は
年のころ15位か。まだ幼い顔立ちと、発達途上の華奢な身体。だが身に纏う静かな雰囲
気の中に、すっと一本芯の通ったような、確かな存在感を持っていた。
「もう、起きたらあなたの姿がなかったからびっくりしました。あんまり心配させないで
くださいね」
 振り返りもせず、ただ天を仰ぐ少年のすぐ側まで少女が歩み寄る。彼がようやく自分の
方に振り向くと、彼女は一つ息をついてたしなめた。だがその声の響きには、心配をかけ
た少年を怒るというものよりも、彼の身に何事も無かったことへの安堵の色が濃い。
「ごめんね。何だか早くに目が覚めちゃったから。ちょっと散歩してすぐ戻るつもりだっ
たんだ。マリアベル、僕がしばらく見てても起きる気配無かったし」
「あう……」
 ばつ悪そうに謝る少年の言葉に、マリアベルと呼ばれた少女は顔を真っ赤にする。その
ままうつむくと恨めしげに震える声を搾り出し、上目遣いに少年を見つめた。
「うぅ……。寝顔、見てたんですか……」
「うん」
 キッパリと言い切った彼に、彼女の顔がさらに朱に染まる。
「な、なら起こしてくれても……」
「でもマリアは気持ちよさそうにぐっすり寝てたし、寝顔可愛かったから、このまま見て
たいなって思っちゃって。何だか起こすのも悪い気がしたし……」
「あうぅ……」
 食い下がった少女は、少年の無邪気な返答に声を詰まらせる。
「嘘じゃないって、本当に可愛かったんだよ? マリア、眠ったまま『むにゃ……えへへ、
大好きですよぉ、ずっと、一緒ですからね』って言って、僕の袖をちょんと摘まんで」
「わわわ! それなら尚のこと、起こしてくださいよぉ!」
 真っ赤な顔を上げ、勢いよく叫んだ拍子に、マリアベルの背から純白の翼が飛び出す。
少女の慌てた心そのままに、翼がわたわたとはためき、同時に彼女の頭上、巻き凝った風
に舞い上がる金髪よりも眩しく輝く光輪が浮かんだ。
 そう、彼女は人間ではない。神の御使いとして、時に人の前に姿を現し、幸福を授ける
もの。数多の物語に登場し、信仰の対象しても人々に広く知られる、エンジェルと呼ばれ
る存在である。
「うぅぅ……いじわるですぅ……」
 だが少年の目の前で顔を赤らめ恥ずかしがる少女からは、そういった存在が持つ人々を
ひれ伏させるような神々しさよりも、誰にでも愛される少女らしい親しみやすさの方が強
く感じられた。
「と、とにかく! 起きた時、寝床にあなたの姿がないと心配しますから、これからはち
ゃんと起こしてください。それと、仮に私が起きなくても、勝手に一人でどこかにいかな
いこと!」
 まだ赤い顔のまま少女は腰に手を当ててお姉さんぶり、少年に顔を近づける。少年の目
をまっすぐに見据え、分かりましたか、という言葉に返事が返るのを聞き、やっと満足し
たように頷いた。
「さ、それじゃあ朝ご飯にしましょう。今日はお出かけの日ですからね」
「うん」
 マリアベルは微笑み、少年の手を取ると歩き出す。彼女に導かれ、彼もまた朽ちた礼拝
堂を後にした。

――――――――――――――

 世界は決して優しくは無い。それはこの世界に魔物が存在するということとは関係なく
存在する問題だ。王都に暮らす貴族達は想像したことも無いだろうが、世界には常に様々
な闇が蔓延っている。
 犯罪、貧困、病魔……。
 王都の華やかな舞台の影、王城から離れた町、辺境の村。あらゆる場所に蠢く闇は、人
々が貧しいほど根深く、深刻である。それでも、この世界に生まれた人々は、その中であ
がき、必死に生き抜いていた。
 だが、必ずしも苦しむもの皆が救われる、というものでもないことは、誰もがかすかな
諦念と共に悟っていたのだった。

 教会の一室、ひび割れた壁が囲む小さな食堂に、マリアベルは少年を連れてやって来た。
部屋の隅の戸棚からパンとミルクの瓶を取り出し、昨夜作っておいた料理と共に席につい
た少年の前に置く。
 手を合わせて、いただきます、と彼女に言った少年がパンを取り、小さくちぎって食べ
始めたのをマリアベルは微笑みながら見守った。
「ふふ、おいしいですか?」
「うん、いつもありがとう。マリア」
 少年の言葉に、彼女は嬉しそうに顔をほころばせる。彼らしい静かな食事を続ける姿を
対面の席に座り、頬杖をついて見つめていたマリアベルは、少年との最初の出会いを思い
出していた。

 少年と天使の少女が出会ったのは、今から数年前。場所は今二人が共に暮らすこの、見
捨てられた教会だった。
 流行り病か戦乱か、詳しい理由は分からなかったが、かつて彼女は誰かの呼び声を感じ
取り、その声に導かれ、この地に降り立った。
 だが、その時には既に、この村は死に絶えていた。荒れた家々。枯れた草木。人の息吹
が消え果てた村の中を、天使はただ悲しげな瞳をもって歩き回った。最後に、少女は村の
はずれに建てられた小さな教会にたどり着いた。しかし、やはりそこも他の家々と同じよ
うに窓は割れ、壁には罅が走り、荒れてしまっていた。その姿を見たマリアベルは、自分
を呼ぶ声は気のせいだったのかとも思った。
 それでも、かすかな希望をこめてドアを開け、礼拝堂の中へと足を踏み入れた彼女は、
今まで村の中では感じなかった小さな、しかし確かな命の鼓動を見つけた。思わず入り口
から一歩足を踏み入れたままで固まり、驚きの声を上げそうになった彼女の前にはただ一
人、虚ろな目で折れた十字を見つめ続ける少年が彫像のように佇んでいたのだった。
 最初マリアベルは、父も母も兄弟も、いや他の人間誰一人の人影もなく、死人の世界の
ような静寂に包まれた教会の中で身じろぎもせず立ち尽くす彼は、既に死んでいるのでは
ないかと思った。あるいは、仮に肉体は生きているとしても、心が停まってしまっている
のではないかと。
 だが、そうではなかった。中ほどから折れ、失われた十字を見つめる彼の瞳から、一粒
の涙が零れ落ちたのを見た時、マリアベルは絶望に沈む彼が心の底で救いを求めているの
だと理解した。居ても立ってもいられなくなった彼女はすぐさま彼の眼前に姿を現し、そ
の日からここで、二人でずっと一緒に暮らしているのだった。
 共に暮らす日々の中で彼は少しずつ悲しみから立ち直り、いつしか少年らしい表情や笑
顔をも見せてくれるようになった。
 少年は一人ぼっちだった自分に手を差し伸べてくれた天使に、次第に惹かれていったよ
うだった。彼女もまた少年と共に暮らす中で、壊れた人形のようだった彼の表情が人間ら
しく、明るくなっていき、心がだんだんと癒されていくのを見るうちに、彼への想いが大
きくなっていったのだった。

「どうか、した?」
 物思いにふける彼女を、少年の心配そうな声が呼び戻す。
「いえ。……食材も減ってきましたから。今日のおでかけで町に行ったら、買ってこなく
ちゃいけないなって」
「そうだね」
 心配そうに見つめる少年にそう言うと、彼もまた頷く。再びパンをちぎり、口に運ぶ少
年の様子を眺めながら、マリアベルは静かな笑みを浮かべるのだった。

――――――――――――――

 村はずれの教会の裏手には、小さな泉が湧いている。そこからくみ上げた清涼な水が、
少年と少女の前、浴槽代わりに用意された盥にはられていた。
「ねえ、やっぱりいいよ」
「ダメです。折角の町へのお出かけなんですから、身体は綺麗にしないと」
 浴室の中で、衣服を脱ぎ腰にタオル一枚を巻いた姿になった少年が、背後の少女に困
ったような顔で振り向く。しかしマリアベルは頑として譲らず、少年の背を押すと盥の
前に置かれた小さな椅子に彼を座らせた。
「ほら、じっとしていてください」
 少年に声をかけると、壁にかけてあったタオルを水に沈め、絞る。小さくたたんだ布
を彼の身体に当て、マリアベルは優しく拭き始めた。濡れたタオルが肌に当たる冷たい
感触に、少年は声を上げる。
「ひゃ、冷たっ」
「我慢してください。すぐに慣れますから」
「う〜」
 そのまま、マリアベルは少年の首周りから身体をしっかりと拭き始める。
「いいってば、一人で出来るから」
「そんなこと言って、あなた一人じゃ、ちゃんと隅々まで洗わずに終わりにしてしまう
でしょう? ほら、動かないで」
 くすぐったそうに身をよじりながら、少女の手を止めようとする彼の肩を軽く抑えマ
リアベルは少年の胸を丁寧に拭いていく。彼の身体にそっと布を走らせるたび、少女の
心中には母性ともいえる優しさが湧き上がっていった。
 一通り彼の身体を拭き終わると、少女は小さく息を漏らす。
「終わり?」
 背後を振り返り聞く少年に、マリアベルは首を振る。
「まだです。やっぱりちゃんと綺麗にするには石鹸で洗わないと」
「ええ〜」
 なら最初からそうして欲しかったな、と思う少年をよそに、マリアベルは立ち上がり
少年から一歩はなれると身につけた服を脱いでいく。衣擦れと、はらり、と衣装が地に
落ちた音が少年の耳にも届き、彼は思わず頬を染めた。
 少女は白いワンピースをたたみ、濡れないように片付けると、天使の証でもある純白
の翼を広げる。翼の調子を確かめるように二、三度はためかせた後、身体の前に動かし
た羽と、滑らかな肌の胸に泡立たせた石鹸を手に取り、塗りこむように付けていく。
 泡で胸を隠した少女が、肩越しに少年に言う。
「それでは、洗いますからね」
「う、うん」
 マリアベルは少年の背後にかがむと、椅子に座ったままの彼の背に抱きつく。彼女の
柔らかな身体が触れる感触に、少年は顔をいっそう赤らめうつむく。少年の胸の前にま
わした翼を器用に動かし、ゆっくり、慈しむような動きで天使は彼の肌を撫でていった。
「んっ……どうですか?」
「う、く、くすぐったいよ」
 柔らかな羽が肌の上を滑る感触に、少年は堪えきれず身じろぐ。
「……気持ちよくないですか?」
「……ひぅ、ん……そんなことは、ないけど」
 羽と身体を動かしながらも、マリアベルは彼の恥ずかしそうな声の中に、わずかな快
感の響きを聞き取る。優しい笑みを浮かべ、少女はさらに翼の表面で泡立つ石鹸を彼に
こすり付けていった。
「ふふ……気持ちいいみたいですね……。もっと、してあげますからね」
 彼の悦ぶ声をもっと聞こうと、少女は彼の背に当てた自らの胸を動かし始める。天使
の胸、ささやかなふくらみとすべすべの肌が擦れる感触に、少年は耐え切れずかすかに
開いた口から嬌声を漏らした。
「うぁ……ぁ……。きもち、いいよ……っ! マリア、もっと……っ!」
「はい、たくさん気持ちよくなってくださいね」
 少年のおねだりに、マリアベルは喜んで動きを早める。いつの間にか少女の乳首もピ
ンと勃ち上がり、動かすたびに少年の肌とぶつかる刺激に彼女も息を荒げていた。
「……ふぁ、あっ! ん、んんっ……マリア、マリアっ!!」
「んっ、あっ、やぁ……っ! いっぱい、いっぱい……私で、幸せを……っ感じて、く
ださいっ……!」 
 しばし、二人は互いに肌のぬくもりを求め合う。その表情と行為は間違いなく愛にあ
ふれていたが、どこか……淫らだった。

――――――――――――――

「よっと。忘れ物は無いかな。それじゃ、そろそろ出発しようか」
「はい。いつでもいいですよ」
 身体を洗い、身支度を済ませた少年と少女は教会を出、戸口の前で頷きあう。彼が背
負うバッグの中には、天使の少女の翼から抜け落ちた羽が詰められている。天使の力を
秘めた純白の羽は、不思議な力を秘めた道具や装飾品の素材として、高値で売れるのだ。
 彼らは日々の生活の中で自然に抜け落ちるマリアベルの羽を集め、町の道具屋などに
売って得たお金で食料や生活に必要なものを買い暮らしていたのだった。
「なんだか、何から何までお世話になりっぱなしでごめんね」
 背後のバッグにちらりと視線をやり、気まずそうに漏らした少年に天使の少女は優し
く笑いかける。
「気にしないでください。もともと自然に抜けちゃうものですし。それがあなたの役に
立つなら、私も嬉しいですから」
 その言葉に頬を緩め、ありがとう、と発せられた少年の言葉にどういたしまして、と
マリアベルは返す。教会の前庭、開けたところに一歩進み出ると、少女は背の翼を広げ
た。穏やかな太陽の光を浴びて、白い羽が輝く。
「では、行きますよ」
「うん、マリア、よろしくね」
「ええ、それでは、しっかり掴まっててくださいね」
 少しだけ恥ずかしそうな少年に歩み寄ると、マリアベルはその身体に両手を回し、し
っかりと彼を抱く。彼もまた、マリアベルの背後に手を回し、少女の華奢な身体をしっ
かりと抱きとめた。お互いがしっかりと抱き合ったのを確かめると、天使の少女は背の
翼をはためかせ、ゆっくりとその身を宙に浮かせていった。
「重くない?」
「平気です。私はただの女の子じゃなくて、天使なんですよ? あなた一人を運ぶくら
い、へっちゃらです」
 翼が空気を打つ音があたりに響き、二人はどんどん高く上昇していく。通り過ぎる風
が頬を撫で、二人の髪をなびかせた。
「すごいね、もう家があんなに小さく」
 眼下に村の家々や教会を見下ろし、少年が感嘆の声を上げる。
「そんなこと無いですよ。私たち天使以外にだって飛べるものはたくさんいるんですか
ら」
「それでもすごいよ」
 自分を褒める彼の言葉にやや照れながら謙遜した少女に、少しばかり興奮した様子の
少年が再度言う。
 この村から町まではそれなりの距離があり、歩いていくのには時間が掛かるのと、町
までの道中で盗賊や魔物に出会う可能性もあるため、二人が町に行く時にはこうしてマ
リアベルが少年を連れて飛んでいくのだった。もう幾度となく繰り返されていることで、
通り過ぎていく空気が頬を撫でていく感触や、見下ろす地上の光景も今が初めてではな
く、少年も慣れたものだと思うのだが、毎回初めて飛んだかのように、彼は驚きと好奇
心とに瞳を輝かすのであった。
 ある程度の高さまで昇った彼女は、やがて町を目指して空を進み始める。眼下に流れ
る景色を目を輝かせて見つめる少年に、彼女はくすりと笑いをこぼした。
「……そういうところ、かわいいですけどね」
「えっ? 何? 何か言った、マリア?」
 ぽそりと小さく呟いた声に、少年が首を傾げ聞き返す。マリアベルは珍しくいたずら
っぽくぺろりと舌を出すと、なんでもありませんと自分が抱きしめる少年の耳元で囁い
た。
「空耳じゃないですか? ほら、風の音がすごいですもの」
「そうかな〜。何か、からかわれたような気がしたんだけど」
「気のせいですよ。あ、少し速度上げますよ」
「わ、ちょっと待って」
 天使の言葉に慌てて少年はしがみつく腕に力をこめる。お互いの身体がぴったりとく
っつく感触が心を暖かくし、力を沸き立たせるような気がして、マリアベルは背の翼を
強く動かした。

――――――――――――――

「いつ来ても、人がいっぱいだね」
「そうですね。にぎやかで、活気があって……。皆、生き生きしているのって、素敵で
すね」
「そうだね、こっちまで元気になるみたいだ」
 二人の暮らす廃村の隣町。少年と今はその背の羽を隠した天使が二人並んで歩く道に
は、沢山の人の姿がある。足早に道を行き交う人々に、路上に店を出し威勢よく声を張
り上げる商人。大きな剣を担いだ男性が武具屋の看板を見つめる側を、小さな子供が元
気よく走り抜けていった。
 歩きながら、少年は道を通り過ぎる人々の様子に目を向ける。
「……やっぱり、町で暮らしたいですか?」
 隣に並んだ少女が、ややうつむきながら少年に聞く。今は背の羽も光輪も隠している
が、少女は天使、人とは違う存在なのだ。ここまで心が回復した少年は、もう人の中で
暮らすほうがいいのだろうか。そんな思いから発せられた言葉に、彼は一瞬きょとんと
した表情を浮かべたが、すぐに答えを返した。
「う〜ん、別に今のままでもいいよ。だって、マリアがずっと側にいてくれるんだしね」
 少しだけ頬を染めてそう言った彼は、後から急に恥ずかしくなったのか少し目をそら
す。少年の言葉を聞いた彼女もまた頬を赤らめ、うつむいた。
「あ、あう……」
 小さく呟いたマリアベルはそっと頬に手を当てる。思ったとおり、そこはすっかり熱
くなっていた。自分では見ることが出来ないが、おそらく熟れたリンゴのように真っ赤
になっていることだろう。並んで歩く男女が二人とも頬を染めていては、通り過ぎる人
々にも何があったか丸分かりに違いない。
「ご、ごめん」
「い、いえ」
 お互いそれだけを言って、また黙り込む。微笑ましいカップルの様子を見た人々は優
しい視線を彼らに送っていた。それを敏感に感じ取った二人は、ますます顔を赤くする。
 熱にのぼせたような真っ赤な顔の二人が並んで歩き、人々が行き交う中を抜けて目指
す道具屋についたのはそれから程なく後のことであった。
「そ、それじゃあ、僕はこれを売って買い物をしてくるから。マリアは少し時間を潰し
てて。いつもの場所、町の中心にある噴水広場で待ち合わせよう」
「は、はい、それじゃあ気をつけて」
「うん、ま、マリアもね」
まだ幾分ぎくしゃくとしながらも、二人は頷き声を交わすと別れる。少年が店の戸を開
け、ドアにつけられた鈴が可愛らしい音を立てたのを聞くと、マリアも町中へと足を進
めていった。

 店の中に入った少年の後ろで、ドアが軋んだ音を立てて閉まる。薄暗い店内には左右
の棚に妙な形の道具や、何が入っているのかよく分からない薬瓶などが所狭しと並んで
いる。ここは主に魔力の込められたアイテムや、魔術師が使う触媒などを扱う店だ。魔
物の活動が活発になってからというもの、冒険者が寄るような町には大体、この手の店
が見られるようになったのだとか。
「こんにちは」
「おう、ぼうずか。そういえばそろそろ来るころだったな」
 声を上げた少年に、カウンターの向こうに立つ初老の男が応える。少年はカウンター
に歩み寄り、背負い袋を下ろすとその上に載せた。
「これ、いつものように買取、お願いします」
「あいよ」
 店主は彼からバッグを受け取ると、台の上にその中身を広げる。純白の羽が30枚ほ
ど、音もなく静かにその上に広がった。
「相変わらずすげえ量だな。ま、こんな店に物を売りに来るヤツは色々だから、別にあ
れこれ聞く気は無いけどよ」
 男は言いながら、天使の羽を一つ手に取る。じっと鋭く見つめ、その手触り等を確か
めるとそっと台に置いた。
「ふむ。見た目に感触、かすかに感じる力といい、いつものことだから疑う気は無いが、
紛れも無い本物だな。で、全部だと売値はこれくらいになるが、いいか?」
 カウンターの下をごそごそと探り、店主は袋を取り出すと台の上に中身を空ける。金
属がぶつかり合う音が響き、輝く金貨が少年の目の前に姿をさらけ出した。
「……はい、それでお願いします」
「あいよ、取引成立だな。毎度あり」
 静かな声で承諾し、提示された金貨の数を数え、少年が頷く。店主がにかっと笑うと、
少年はいそいそと袋に金貨を詰めなおした。布袋をバッグにきちんとしまうと、紐を肩
に通して背負いなおし出口へと向かう。
「また頼むぜ」
 店主からかけられた言葉に振り返り、ぺこりとお辞儀を返すと、少年は店を出る。
「さて、後は買い物を済ませて、早くマリアベルと合流しなくちゃ」
 バッグを背負いなおすと、金貨がじゃら、と音を立てる。これだけあればしばらくは
お金に困ることは無いだろう。折角の機会だから、マリアベルに何かプレゼントを買っ
てあげてもいいかもしれない。
 そう考えアクセサリでも探そうかと市場へと足を向けた少年は、町の人々が皆、慌し
くどこかへ向かって駆けていくのに気付いた。
「なんだろう、お祭りかな?」
 しかしそれにしては、妙な感じもする。そもそもさっきまではそんな様子は無かった
はずだ。
 その時、首をかしげる少年の隣を走り抜けた男たちが口にした言葉が、彼の耳に届い
た。
「おい、それ本当かよ?」
「本当本当、嘘じゃねえって。さっき実際に見たってヤツがいってたんだよ」
「けどよお、信じらんねえよ」
「だから確かめに行こうぜ。その『天使』さまとやらをよ!」
 興味津々といった様子の若い男が漏らした言葉、その中にあった「天使」という単語
に少年は驚いて振り返る。そのときには既に男達の姿は道の先に小さくなっており、彼
は詳しい話を聞くことは出来なかった。
「……今、確かに『天使』って」
 不意に少女の姿が脳裏に浮かぶとともに、言いようの無い不安が彼の胸に沸き起こる。
居ても立ってもいられず、少年は先ほどの男達が走り去った方向に駆け出していった。

――――――――――――――

 時は、少しばかり遡る。
「ううん、何をして待っていましょうか」
 道具屋の前で少年と別れたマリアベルは、のんびりとした足取りで町中を歩く。時折
目についた店のショーウィンドウを覗き込んだりしていたが、特に目を引くものは無か
った。
 気がつくと既に足は町の中央広場にたどり着いている。彼女の視線の先には、待ち合
わせの場所である噴水が水を噴出させ、中空に小さな虹をかけていた。その周りには楽
しげに駆け回る子供たちや、その姿を優しく見守る母親、ベンチに腰掛け日向ぼっこす
る老人などの姿があった。
「買い物もするって言ってましたし、まだ時間掛かりそうですものね」
 人々の様子を眺め、少女は誰にともなく呟く。とりあえず時間まで散歩でもしてこよ
うかと思い立ち、マリアベルは町中へ続く道へ向かって再び歩き出していった。
 
 いつもは通らない道を、彼女は一人気の向くまま歩き続ける。いつの間にか商店街か
ら離れ、通りに立ち並ぶのは民家ばかりになっていた。
 石畳が敷かれた道を、マリアベルは左右に軒を並べる家一つ一つに目をやりながら歩
む。この一軒一軒にささやかながらも温かい家庭があるのだと思うと、穏やかな気持ち
になれた。
「あ」
 やがて彼女の前に、家に囲まれるようにひっそりと佇む小さな教会が姿を現した。建
物の規模は少年と彼女が暮らす教会とさほどの差は無い。しかし目の前の教会は、きち
んと手入れがなされており、この町の人々が信仰を持ち、しばしばここに訪れているの
だろうという確かな印象を感じさせた。
「…………」
 しばし教会の建物を見つめていたマリアベルだったが、やがて戸口に向け一歩足を踏
み出す。板張りの戸をそっと押し開けると、外観より広く感じる礼拝堂の中、中央の通
路両脇に長いすが整然と並んでいた。通路の先には台が置かれ、そこから視線を上にず
らしていくとステンドグラス、そしてすっと天に伸びた十字架があった。神父やシスタ
ーは出払っているのか、それとも元々誰もここにはいないのか、室中には人の気配は無
い。
 マリアベルは無言のまま、通路を進み十字架が見下ろす床に膝を着く。胸元で両手を
握り合わせ、目をつぶって深く祈りを捧げた。
「主よ……」
 彼女以外には聞こえないような、小さな呟き。もう一度繰り返し、彼女はそっと息を
吐き出す。
(もう、遥か過去のような気もします……)
 マリアベルは、天界を追われた天使だった。何故なのかは彼女には分からない。
 それはある日のこと。御使いとして天界から降り立ち、人々に幸せを授け、使命を果
たし戻ってきたマリアベルに、彼女の上位に当たる天使が「天界からの追放」を言い渡
した。だが、彼女にはその理由が少しも分からなかった。思い当たる節など、記憶の中
には無かったのだ。ただ、彼女が最後に幸せを与えに行ったのが若い女性だったような
ことはおぼろげに覚えている。その後、人界で出会った他の天使たちが彼女を「穢され
た天使」だと言っていたのも覚えている。
 それでも、マリアベルには何のことか分からなかった。
 天界から堕とされた彼女は、最初激しく動揺し、悲しんだ。それも当然だろう。御使
いとして何度か人界に降り立ったことはあっても、彼女の故郷、天から追放され堕とさ
れることになるなど思いもしなかったのだから。きっとこれは何かの間違いだと、すぐ
に天に戻れると思った。いや、戻して欲しいと祈った。
 それにもかかわらず、彼女の声は仲間にも、主である神にも通じず、願いが聞き届け
られることは無かった。彼女はさらに悲しみに沈み、頭上に浮かぶ光輪さえも輝きを失
うかのようであった。
 やがて彼女は、これは主が自らに課した試練だと考えるようになった。いや、そう信
じなければ、天使といえども心を保てなかったのかもしれない。
 彼女は空に浮かびながら、救いを求める人の声を無我夢中で探した。悩み苦しむ人を
救い、善行を積めるなら、どんな些細なことでもよかった。
(……それで、小さな、聞き逃してしまいそうな声を、見つけたんですよね……)
 彼女が感じたのは、か細い、しかし悲痛な声だった。ともすれば消えてしまいそうな
儚い声に導かれ、マリアベルが降り立ったのは、既に滅びた村の跡だった。誰一人も人
間の姿の無い廃村の様子に、あれは追い詰められた自分の幻聴かと思いかけたそのとき、
マリアベルは彼の姿を見つけたのだった。
(……最初は、彼を救えばすぐにでも天に還れると思っていましたね)
 悲しみに壊れた少年を癒し、幸せを与えることこそ天使の本分。見事にその役目を果
たせば、きっと自分のことを主も救ってくださる。マリアベルは当初そう考えていた。
 だが、寄る辺全てを失い、ただ一人世界に捨てられたような少年の境遇を想い、彼の
心を癒すべく身を捧げ尽くすうちに、少年の存在は彼女の中で大きくなっていった。自
分と同じように打ち捨てられた魂。そんな彼が自分を慕い、自分の献身によって少しず
つ立ち直っていくのを見るうちに、彼女自身の悲しみも癒されていった。
(だから……私は彼とずっと一緒にいようと誓ったんです……)
 そしてある日、マリアベルは抑え切れなくなったその想いを彼に打ち明けた。少年も
また、自らを守り癒してくれた少女への想いを伝え、二人は長い口付けを交わした。彼
女は、彼への誓いの証としてそのときに身の純潔を捧げ、彼もまたその決意を受け入れ、
孤独だった二つの魂は一つに結びついたのだった。
(……だから今は、寂しくないし……もう天界に戻れなくても、悲しみません……側に、
彼がずっといてくれるから)
 瞳を開け、まっすぐに十字を見つめる。やがて彼女はくるりと背を向けると、出口に
向かってしっかりと歩き出した。



「さて、ちょっと散歩のつもりだったんですけど、長くなっちゃいましたね。早く戻ら
ないと、彼を心配させてしまいます」
 礼拝堂を出たマリアベルは、空に浮かんだ太陽を見上げ呟く。飛んでいけばすぐなの
だろうが、流石に町中で正体を露にするのはまずいと思った。まあ、走れば十分に間に
合うでしょうと考え、駆け出そうとする。
「あっ……!」
 町中を駆ける少女の足が、不意に止まる。焦燥が滲む声を上げたマリアベルの視線の
先には、民家の二階、通りに面した窓が開け放たれ、そのふちに赤子が身を乗り出して
いるのが見えた。
 おそらく好奇心の赴くまま這い回っているうちに、閉め忘れた窓にたどり着いてしま
ったのだろう。親は留守なのか、はたまた全く気がついていないのか、赤子を止める者
の姿は無い。
 今にも下に落っこちてしまいそうな赤子の様子に、マリアベルは内心パニックに陥り
かける。今からその家に飛び込んで2階まで駆け上がろうかと思ったが、軋む窓枠の音
が面白いのか、身をゆすり始めた赤子の様子を見ると、そんな余裕は無いと悟った。
(翼を出して飛べば……でも……)
 天使としてこの身が持つ力を使い、翼を広げ飛翔すれば2階程度の高さなど問題では
ない。しかし、昼間の町中には商店街や広場ほどでは無いにせよ人が行きかっており、
翼など出せば正体がばれることは確実だった。そうなったら、一緒に暮らす彼にも迷惑
が掛かるかもしれない。最悪、もう一緒に暮らせなくなってしまうかも。
「どうしよう……」
 おろおろとする彼女の目の前で、赤子はさらに身を乗り出す。道行く人たちは誰もそ
の様子に気付いたものは無い。
 そしてついに、バランスを崩した赤子の身体が窓の外、虚空に向かって倒れる。非常
にゆっくりとしたもののように感じられたその光景をマリアベルが知覚した瞬間、彼女
は迷いを感じる間もなく飛び出していた。
「お願い、間に合って!」
 祈るような叫びと共に、背の白い翼が大きく羽ばたく。風を巻き起こして一瞬で飛び
上がった天使は、中空に投げ出された赤子をしっかりとその腕の中に抱きとめた。確か
な命の感触に安堵の息を漏らし、羽ばたいて虚空に浮かぶ。そっと窓辺から室内に戻る
と安全な場所に赤子を降ろした。
 それでも何が起こったのかまるで理解していない赤子は、純白の翼を広げる彼女に無
邪気に笑いかける。
「ふふ、あんまり危ないことしちゃいけませんよ」
 小さく苦笑を浮かべ、再び翼をはためかせて空に飛び出したマリアベルは、きちんと
窓を閉めるとそっと道に降り立つ。背の羽を隠し、小さな、しかし大切な命を救うこと
が出来たという安堵に彼女は胸をそっと撫で下ろした。
「……よかった」
 だが、それですべてが上手く行ったわけではないのだった。
「お……おい、あの子」
「飛んでた、わよね……?」
「さっきの白い羽に、頭のわっか……天使?」
「天使じゃないのか?」
 彼女が赤子を救う様子を見ていた通行人の何人かが、驚き呆然と呟く。その声に振り
返り、また別の人々が足を止め、次第にざわめきは大きくなっていった。
「ま、まずいです」
 こちらに注目する人の数が増えだし、じわじわとマリアベルを囲み始めたのを見、彼
女は呟く。
「ね、ねえ君」
「ご、ごめんなさーい!」
 そのうちの一人がおずおずと声をかけてきたのを引き金にしたかのように、マリアベ
ルはその場を飛び出した。



「おい、いないぞ?」
「どっちだ?」
「向こうに行ってみよう」
 通りを走る人々の声が、身を隠すマリアベルの耳にまで聞こえてくる。彼女は路地に
積まれた木箱の影に、身体をちぢこませるようにして座っていた。ここまで走ってきた
せいで荒い息を何とか整え、額に浮かぶ汗を小さな手でぬぐう。
「何で追いかけてくるんでしょう……。うぅ……」
 逃げられると追いかけたくなるのが人間のサガなのでしょうか、とぼやき、マリアベ
ルは溜息をつく。もう随分時間も経ってしまった。彼はきっと姿の無いか自分のことを
心配しているだろうと思う。
「でも、当分ここから出て行けそうにありません……」
 自分の行動には後悔は無いが、それでも少年に心配をかけてしまっているであろう事
には罪悪感を感じる。抱えたひざに頭を埋めると、無意識に涙が浮かんだ。
「うぅ……ごめんなさい……」
 小さく呟いたそのとき、不意に誰かが彼女の手を掴む。
「!」
 驚きの声を上げそうになったマリアベルの口を、伸ばされた手がふさいだ。パニック
に陥りかけた少女が顔を上げると、自らの口元に立てた人差し指をあて、静かにするよ
う身振りで示す少年の姿があった。
「よかった、見つかって。随分探したよ」
 声を沈めてその表情をやわらげる少年の顔を見た瞬間、マリアベルの瞳から堪えきれ
なくなった涙が零れ落ちる。飛び出すように少年に抱きつくと、彼の胸に顔を埋めた。
「……っ! ごめんなさい、ごめんなさい……!」
「泣かないで。いいよ、落ち着くまでこうしていていいから」
 声を殺して、子供のように泣きじゃくるマリアベルを抱き、少年はその頭を優しく撫
でる。
「町の人が言ってたよ。窓から落ちそうになってた赤ちゃんを助けたんでしょう? え
らかったね」
「でも、天使ってばれちゃって……あなたに心配かけちゃって……」
「大丈夫、大丈夫だから。ほら、涙を拭いて」
「うん……」
 マリアベルが少し落ち着いた様子を見、少年はハンカチを差し出す。少女は清潔感の
ある布きれを受け取ると、目元をそっと拭いた。
「もう大丈夫そうだね」
「はい……ごめんなさい。恥ずかしい所、見せちゃいましたね」
 まだかすかに赤い目で、少女は頭を下げる。少年は苦笑し、首を振る。
「いいってば。それに、泣いてるマリアもかわいいよ」
「もう、そんなことばかり言って、流石の私だって怒りますからね」
 頬を膨らませた少女に、少年はぷっと吹き出す。マリアベルが抗議の言葉を上げよう
と口を開く前に、少年は彼女の小さな手を取った。
「あ……」
 思わず言葉を失う天使の少女に、彼はにこりと微笑む。
「さ、帰ろう?」
「……はい」
 大切な少年の笑顔と、手に感じる確かな体温にマリアベルもようやく笑顔を浮かべ、
二人はそっと抱き合う。
 それから間もなく、少年と抱き合った天使は、羽ばたきの音を残して町の空へと昇っ
ていった。

「あ、買い物してくるの忘れた……」
「ええ!?」
「いいよ、明日別の町に行こう? この町には、マリアの噂が消えるまでしばらく姿を
現さないほうがいいだろうしね」
「ううう……ごめんなさい……」

――――――――――――――

 夜。朽ちた教会の中、奇跡的に以前そのままの綺麗な姿を残す二人の寝室。
 あれから住処へと戻り、ささやかな夕食と身を清めを終えた二人はベッドの上に向か
い合って座っていた。言葉少なに見つめ合う二人を蝋燭の仄かな明かりが照らし出して
いる。
「今日は大変だったね。お疲れ様、マリアベル」
「いいえ、あなたの方にこそ、心配かけちゃいましたね」
「それはほら、朝に僕が心配書けた分とおあいこってことで」
「ふふ、そういえばそうでした」
 冗談めかして言う少年に、朝の様子を思い出したマリアベルも笑いを漏らす。少しの
間くすくすと笑いあう二人。
「でもよかった。マリアが無事で。僕が一番大切なのは、君なんだから」
「……あぅ」
 不意に真剣な調子で語られた少年の言葉に、天使の少女はまたも顔を染める。可愛ら
しい天使の姿に彼は小さな笑いを漏らすと、少女の肩にそっと手を置き、ゆっくりと顔
を近づけていった。
「あ……」
 マリアベルもまた、静かに瞳を閉じるとそっと彼を受け入れる。細い腕が少年の腰に
回され、二人がしっかりと抱き合うと、柔らかな唇が触れ合い、少年と少女は自らの気
持ちを、お互いに伝え合った。
「んっ……ふぁ……」
 長い口づけのあと、どちらからともなく顔を離した二人の間に、蝋燭の光に煌く橋が
架かる。少年と少女は穏やかな笑みを浮かべながら、もう一度身体を近づけ、優しく抱
き合った。少女の背から生えた翼がそっと動き、二人を温かく包み込む。
 少年の肩に顔を乗せ、耳元でマリアベルが囁く。
「……今日は、どうして欲しいですか……」
 優しげな響きの中にも、蕩けるような甘さを感じさせる声が少年に媚薬の如く浸み込
む。間近に感じる少女のやわらかさに、無意識につばを飲み込んだ彼はやがて口を開い
た。
「口で……いいかな……?」
「はい、もちろんです……」
 嬉しそうに言うマリアベルは胡坐をかく少年のズボンからモノを取り出すと、そっと
その表面を撫でる。すべすべの手が触れる感触に彼が背を震わせ、小さな息を漏らした。
 あっという間に硬くなった彼のモノを愛しげに眺め、彼女は可愛らしい口いっぱいに
それを頬張った。
「はむ……おおひいです……」
 口にモノを含んだまましゃべった拍子に、息が敏感な肉棒にかかり、快感の刺激に少
年は身体を震わせる。それにうっとりとした表情を浮かべたマリアベルはそのまま、彼
に更なる快感を与えるべく顔と口を動かしはじめた。
 少女の小さな舌が表面を撫で、舐めまわす。口の端からは涎が垂れ、少年の股間を濡
らした。いつも見慣れた可愛らしい顔の少女が見せる淫らな一面が、少年を興奮させる。
「ちゅ……あ、おつゆ、でてきましたぁ……、ん、じゅる……、おい、ふぃ……」
堪らずすぐに滲んだ汁を、マリアベルは音を立てて美味しそうにすする。背の白い翼、
光輪を持つ天使とは裏腹の背徳的な行為を続ける彼女に、少年の理性も蕩けていく。
「あぁ……、うぁ……まりあ……好きだよ……っ!」
 時折あえぎ声を漏らしながら、股間に顔を埋め、献身的な奉仕を続ける天使の少女の
頭を少年は撫でる。その言葉と感触に少女はうっとりと目を細め、心から嬉しそうに微
笑む。肉棒に添えた手も動かし、唾液と少年の汁で汚しながら少女は彼への行為を続け
た。
「うぅっ……マリアの口、すごくあったかくて、気持ちいいよ……っ」
「んっ……ちゅ、ちゅ……んん……うれひぃです……ひつでも、っぷあ、はぁ、いつで
も、好きなところに射精していいですから……あむっ……」
 潤んだ瞳で上目遣いに見つめられ、少年はさらにモノを怒張させる。
「んぷっ……は……んん……ん……」
 口の中で大きさを増したモノに、マリアベルは一瞬だけ驚いたような表情を見せたが、
熱のこもった瞳で微笑み、すぐに口と舌を再び動かし始めた。
「マリア、マリアぁ……もう、ぼく、もう……!」
 限界を間近に感じさせる少年の声に、天使はさらに動きを激しくしていく。可愛らし
い顔とは裏腹の激しく、しかしどこまでも優しい口淫に少年はあっさりと昇りつめ、少
女の口に精液を迸らせた。
「んんっ!? んぷ……ん、ぷ、んっ……! ん……」
 口の中いっぱいに広がった液体に少女は目を見開いたが、やがて顔を離し、身体を起
こすとゆっくりと喉を鳴らして飲み下していく。小さな喉が精液を嚥下するたびに蠢く
光景は、少年の目にどこか妖しく映った。
「はあ、はぁ……だ、大丈夫? 無理、しないでも……」
 心配そうに声をかける少年が見つめる前で、ようやく口の中のもの全てを飲み込んだ
彼女の口の端から、白い液が一筋たれる。人差し指でそれをすくうと、マリアベルはぺ
ろりと艶かしく舐め取った。
「……大丈夫です。あなたのものは、ちっともイヤなんかじゃないですから。それより、
どうでしたか? 気持ち、よかったですか……?」
「うん……すごく、よかった」
 照れながら言う少年に、マリアベルはよかった、と呟く。
「でも、こちらはまだ元気みたいですね……」
 股間を見つめた少女が、再び硬さを取り戻した少年のモノを撫でる。びくんと跳ねた
肉の棒を愛しげに見、少女はどこか淫らな微笑を浮かべた。
「さあ、あなたを幸せにさせてください……。もっと私で、いっぱい……幸せになって
くださいね……」
 頬を桜に染めた天使が、そっと少年に抱きつく。彼もまた少女を抱きしめ返し、マリ
アベルが少年のモノを秘所にあてがうと、彼女を気遣うようにそっと腰を進めていった。
「あ、あう、うぅぅぅぅぅぅ…………っ!」
「くっ…………うぁ……あぁっ!」
 互いの性器が擦れる感触が、痺れるような快感を生み出し、少年と少女にうめき声を
上げさせる。やがてしっかりと彼のモノがマリアベルの奥までたどり着くと、二人は抱
き合ったまま、間近でお互いを見つめあった。
 頬を染めながらも、息を整えた少年がそっと、マリアべルの耳元で囁く。
「ずっと、離さないからね……ずっと、ずっと側にいて、マリアベル」
「はい、ずっと、離れませんから……永劫の時の中で、変わらずあなたのそばにいます
から、守り続けますからね……」
 天使の少女もまた、彼の言葉に笑みと共に答えを返した。
 お互いの望みと想いを伝え合い、二人は幸せそうに微笑む。やがて少女が頷くと、少
年はゆっくりと腰を動かし始める。抱き合う恋人たちの口から、あえぎ声が漏れるたび
に、彼と彼女の動きは激しさを増していった。

 彼らの表情は、確かに満たされていた。それは紛れもない、幸せの表れであった。

――『孤独な魂に安らぎを』 Fin ――

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