ホルスタウロス被害報告書
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「くぅ〜……すぅ〜……」
 眠り。それは基本的に、生きるものにとっては必要不可欠な要素であり、無論人にとっ
ても例外ではない。健やかな眠りは心と体を癒し、明日への活力を生み出すのである。
「すぅ〜……くぅ〜……」
 まあ、そんな小難しい理屈を抜きにしても、暖かく柔らかいベッドの中というのは、殆
どの人が手軽に用意できる極楽空間だ、ということに異論を挟むものはそうはいまい。現
実には目を覚ませばいろいろやることがあって大変だとか、いう理由をくっつけなくとも、
ただ単に大部分の人はずっと心地よくまどろんでいたいと思うものである。
「むにゃ……ほら〜、ゆーくん、ぎゅ〜……むにゃ……」
 大体の場合は。

「むぐぅっ!?」
 突然大きく、あったかく、柔らかい何かが押し付けられ、心地よく惰眠を貪っていた僕、
ユーミルの酸素吸入口――要は鼻と口だ――が閉鎖される。主に、一気に酸欠状態に陥っ
たせいで僕の顔は真っ赤に染まり、意識が遠のいていこうとする。唐突な命の危険に、僕
は慌てて両腕を動かし、それを掴む。柔らかなものに指がめり込む感触が伝わるが、とり
あえずは無視。
「むにゃ……やぁん〜、ゆーくんのえっちぃ〜」
 さらに頭上から聞こえる甘ったるい声を聞き流すと、僕は腕に力を込め、顔に押し付け
られているものを引き剥がす。相手は離されまいとさらに肉を押し付けようとするが、こ
ればかりは譲るわけにはいかない。
「……ん〜ん〜ん〜っ!」
 しばし、ベッドの中で寝転がったまま、傍から見れば間抜けな競り合いが続く。

 やがて必死の抵抗に、ようやく顔との間にかすかな隙間を確保する。目の前に移った白
地に黒のまだら模様の布に包まれた謎の物体に驚くことも無く、僕は大声を上げた。
「ぷふぁ! ちょ、ちょいたんま! お姉ちゃん、タンマ!!」
「ふあぁ〜。ん〜〜? あれ〜? ゆ〜くん、どうしたの〜?」
 寝室に響く大声に、僕の頭上からのんびりとした声が聞こえてきた。同時に顔へと押し
付けられていた大きな胸が離れ、僕はようやく一息つく。視線をずらし見上げれば、眠た
げな女の子の顔が目に入った。
 白と黒の毛が混じった不思議な色の髪。大きな垂れ目は、まだしっかりと開ききってお
らず、いまだに半分夢の中のようである。やや童顔気味なせいか、僕より二つ年上の19
歳にはとても見えない。ちょっとそこらへんにはいないような感じの女の子である。
 なによりも、その頭からは黄色がかった大きな角が一対と、白い毛に覆われた牛の耳が
覗いていた。掛け布団の下に隠れた下半身も白と黒の体毛で覆われ、足先は硬いひづめに
なっており、そしてお尻からは先端にふさふさした毛を持つ尻尾が生えていることも、僕
は知っている。
 そう、彼女は人間ではなく、人々に魔物と呼ばれる存在なのである。もちろん魔物ごと
にさまざまな特性や嗜好があるが、彼女たちは魔物とはいっても冒険者や王国兵士が討伐
するような、人を襲う危険なものではない。
 彼女たちの種族、ホルスタウロスは基本温厚で献身的な性質を持つ魔物であり、むしろ
人と共に里で暮らすことを選んだ種族といわれる。実際に農業を営むものの多くに家族、
はたまた恋人として想われ、共に暮らし、大事にされているものも多いらしい。
 まあ、それはそれとして。僕と共に暮らす彼女――ミナは、説明の通り牛の特徴を持つ
ホルスタウロスという種族である。たわわに実ったその胸も彼女の種の特徴の一つなのだ
が、どうもそれを押し付けるのが彼女たちホルスタウロスの癖らしく、時に厄介なことに
なるのだった。具体的にはさっきみたいに。
「どうしたのじゃないよ……。おねえちゃん、いい加減寝ぼけて胸を僕の顔に密着させる
のやめてよね」
 僕の非難の声に、彼女の耳がぴくぴくと上下する。やがてその意味を理解したのか、眠
たげだった目がパッチリと開かれると、すぐにばつの悪そうな表情が浮かび上がり、おず
おずと口を開いた。
「あ、あら〜……あぅ〜……。あ、あの〜……、もしかして〜おねえちゃん、また、やっ
ちゃったの〜?」
「ええ、やっちゃいました。弁解のしようも無いほどばっちりとね。……危うく息ができ
なくなるかと思ったよ」
 じろりと睨まれ、口元に両の手を当ててうろたえながら彼女は謝罪の言葉を発する。
「うう〜……ごめんね〜ゆーくん〜。おねえちゃん、今度からは〜ちゃんと気をつけるか
ら〜。だから〜、ゆるしてゆーくん〜」
 このやり取りも何度目だろうか。毎回謝ってはくれるのだが、残念ながら改善されたこ
とは無かった。ある意味、その行動は種族の本能だから仕方ないのだろうし、あまり怒っ
てもかわいそうだ。そう考え、僕はミナお姉ちゃんをもう一度しっかりと見つめた。
 最初は自分が僕の保護者代わりだといっていたのはどこへやら。涙を浮かべ、こちらを
じっと見つめるその表情はとてもじゃないが年上には見えない。それが逆に、守ってあげ
なくちゃという気にさせもするのである。だから僕は、いつも強く出れず、最後はこう言
うしかないのだった。
「……はぁ。次は気をつけてよね」
「うん、うん! 気をつけるから〜! やさし〜ゆーくん大好き〜」
 許しの言葉に彼女は嬉しそうにぶんぶんと首を振り、僕に抱きつく。ふくよかなおっぱ
いが僕の胸に当たる感触に恥ずかしくもどきどきしてしまう。やれやれ、と誰に向けてか
分からない溜息をこっそり漏らし、僕は彼女に抱きしめられたままぼんやりと考えた。
 ……そろそろ朝食を作らないといけないんだけど……さて、どうやってこの状況から抜
け出したものかな……。

――――――――――――――

 農家の朝は早い。
 流石に日の出前から起きて畑仕事、とまでは行かないものの、親元から離れここでミナ
お姉ちゃんと暮らすようになってから、僕も随分と早起きになったと思う。
 あの後もうちょっと、もうちょっとだけだからとごねる姉を見つめ、僕が腕の中から抜
け出ることを阻止しようとする彼女を何とかなだめすかして説得し、僕は床を出た。窓を
開け、さわやかな朝の空気を胸いっぱいに吸い込む。冷たい空気と朝日の眩しさに頭がは
っきりとした後、僕は台所へと向かい、朝食の用意を始めた。パンにマーガリンとジャム
を塗り、卵を熱したフライパンに落として焼く。刻んだ野菜にドレッシングをかけて皿に
盛り付け、テーブルへと運ぶと、簡素ではあるが、朝の食事としては十分なメニューがそ
ろった。
 やがて料理の香ばしいにおいに引かれたのか、まだ少し眠そうな表情のミナお姉ちゃん
が寝巻きのまま姿を現す。ゆっくりとした動きで席につき、僕を見つめる。僕も自分の椅
子を引いて腰を下ろし彼女に頷くと声をそろえて、いただきますと言葉を発した。

「はむはむ……。おいし〜。ゆーくん、相変わらず〜お料理〜、上手だね〜」
 もしゃもしゃと口を動かしながら、お姉ちゃんが幸せそうな声を出す。食べるペースは
僕よりも遅いのんびりとしたものなのはいつものことで、先に食べ終わった僕は食器を下
げ、彼女の向かい側に頬杖をつきながら座り、その至福の表情を眺めていた。
「そんなことないよ? 大体、僕に料理を教えてくれたのはお姉ちゃんでしょ」
「そ〜だけど〜。でも、やっぱりゆ〜くんのお料理の方がおいしいよ〜」
 そういいながら、ミナお姉ちゃんはサラダの器に手を伸ばし、野菜をフォークに刺すと
口に運ぶ。その姿を眺めながら、前はもっとちゃんとお姉ちゃんが保護者してたのになあ、
と僕は内心苦笑した。

 彼女と僕が出会ったのはもう随分前、僕が生まれてほどなくの頃だと聞いている。待望
の跡継ぎである僕の誕生祝いに、まだ幼い子供のホルスタウロスだったミナお姉ちゃんが
父の知り合いの家から貰われてきたのだという。
 それから、彼女とは今日までずっと一緒に育ってきた。人と魔物という種の違いこそあ
れど、彼女は僕を本当の弟のように想い、ずっと見守り助けてきてくれた。そして僕も、
彼女を本当の姉のように想い、慕ってきた。
 そうして暮らすうちに時は流れ、僕は健やかに成長した。そして、久しく手入れするも
のも居らず放置されていた土地を譲り受け、きちんと農業ができるまでにすることを一人
前として認められるための条件に出された僕がこの家にきたのは1年前。本当なら一人で
暮らすはずだったのだが、ずっと一緒だった僕と離れることなんて出来ない、とミナお姉
ちゃんが大騒ぎし、なんだかんだあった挙句、最終的には両親も認めて二人で暮らすこと
になった。
 彼女、当初は年上らしくなんだかんだと家事を教えてくれたものの、もともとあまり活
動的でない性格のためか、僕が一通りの家事を覚えると自分はさっぱり手を出すことも無
くなってしまった。まあ、料理しながら眠られたりするよりは、僕がやった方が精神衛生
的にも安全面でもいいから今のままでもいいといえばいいんだけど。

「あ〜、ゆ〜くん〜、何か失礼なこと考えてるでしょ〜」
 回想に浸っていた僕の意識を、お姉ちゃんののんびりとした声が現実に引き戻す。目の
前には朝食を残さず食べ終わったホルスタウロスの女の子がこちらを見つめている。いつ
もはぽやんとしているのに、こういうところだけ妙に鋭いのだ。
「いやいや、そんなことはないですよ?」
 僕は誤魔化すように手を振り、立ち上がると彼女の器を流しに下げようと手を伸ばす。
しかし、食器を掴もうと差し出したその手は彼女にそっと掴まれ、僕の動きは止まった。
「お姉ちゃん?」
 声をかけた僕にお姉ちゃんは頬を染め、しかし瞳は反らさずこちらをまっすぐ見つめな
がら、口を開く。
「ゆ〜くん、まだご飯は〜終わってないでしょ〜? だめだよ〜、ちゃんとミルクも飲ま
ないと〜。大きくなれないよ〜」
「あ、あ〜……うん、わかった」
 もう子供じゃないんだけどな、と内心ちょっぴり思いつつも、僕は返事を返す。そもそ
も、そういう風にずっと言われ、母乳の代わりにすら栄養価の高いホルスタウロスの乳を
飲んで育った僕はかなり背の高い方だと自分でも思うのだけど。お姉ちゃんにとってはそ
れは建前で、ただ単純に自分のお乳を飲んでもらいたいのだろう。あえて彼女を悲しませ
ることもないし、折角だからと素直に従う。
「あ〜……まって〜。そっちじゃなくて〜」
 ミルクの瓶を取り出そうと、部屋の隅に置かれた氷精の力の込められた保存庫に向かお
うとした僕の背に、彼女の声がかかる。振り向いた僕に恥ずかしそうに頬を桜に色づかせ
ながら、お姉ちゃんは言葉を発した。
「あの〜、せっかくだからね〜……おねえちゃんの新鮮なミルクを、飲んで欲しいの〜」
 そういってもじもじと体をゆする少女。そう言われるのは初めてではないし、そのセリ
フがどういうことを意味しているのかは今更分からないでもない。……が。
「……朝から?」
 流石に朝っぱらからそう言われることは珍しかったので、思わず僕は聞き返す。
「うん〜……。ほら〜、さっきのベッドでのお詫びにね〜」
 それもまた口実なのだろう、だが彼女の方は是が非でもして貰いたいらしく、その瞳に
は決意の色が宿っている。こういうときの彼女は絶対に折れないということを経験上知っ
ている僕は、早々と降参した。
「じゃ、じゃあ……お言葉に甘えて、頂きます……」
「はい、どうぞ〜」
 僕の言葉に満面の笑みを浮かべた彼女は、いそいそと服をまくりその大きな胸を露にす
る。椅子に座ったままの彼女に近づいた僕は床にひざ立ちになり、気恥ずかしさを表情に
出しながらも、そっとその乳首を口に含む。
「ん……あっ」
 敏感な所に触れられ、小さな喘ぎがお姉ちゃんの口から漏れる。それと同時に甘く、濃
い液体が僕の口に流れ込んできた。
「んむ、ん……んっ……ん……」
 彼女そのままのような暖かく優しい味のミルクが、僕の口内を満たす。喉をかすかに鳴
らして嚥下すると、全身に染み渡っていくようだった。
「えへへ……ゆーくん、おいし〜? いっぱい飲んでいいからね〜」
 わが子を慈しむような、優しく幸せそうな声と表情で、ミナお姉ちゃんは赤子のように
胸に口をつける僕の頭を優しく撫でる。それが不思議な安心感をもたらし、しばし、恥ず
かしさも忘れて僕は彼女のミルクをひたすら貪っていた。
 やがて十分に喉を潤した僕は、そっと彼女から離れる。かすかに名残惜しそうな表情を
浮かべたホルスタウロスの少女を見、僕はお礼の言葉を発した。
「あ、え〜と、ごちそうさまでした。美味しかったです」
「はい〜、おそまつさまでした〜。また飲みたくなったら〜、いつでもおねえちゃんに言
ってね〜」
 彼女はにこにこと微笑みながら返す。その後、小首をかしげ僕に尋ねた。
「そうだ〜。ゆーくん、今日は〜お乳搾りはどうするの〜?」
「あー……そうだね。どっちみち収穫した作物を町に売りに行くつもりだったし、ミルク
もついでに持っていくのにちょっとだけ搾ろうかな。まあ、朝ごはんの後は畑を見てこよ
うと思ってたし、すぐじゃなくてもいいよ」
「わかった〜……じゃ、おねえちゃんは家にいるから〜、声かけてね〜」
 ミナお姉ちゃんはそういうと、部屋の床に敷かれた厚手の絨毯の上に体を横たえる。可
愛らしいあくびを一つしたかと思うと、目をつぶり早くも寝息を立て始めた。
「……本当よく寝るよね〜。しかもすごく気持ちよさそうに。僕も次はホルスタウロスに
生まれたくなるよ」
 苦笑を漏らしながら、僕は朝食の皿を片付ける。くぅくぅと規則正しい彼女の寝息を聞
きながら作業着に着替えを済ませると、幸せそうに眠るホルスタウロスの女の子を起こさ
ないように僕はそっと家を出た。

――――――――――――――

 家を出た僕はその周囲に広がる畑を見て回り、作物に水や肥料をやり、雑草を抜く。そ
れから十分に熟し実った野菜を収穫し、籠に入れてから町に行くための用意を整える。そ
れほど広くない土地とはいっても全ての作業をやり終わるころには随分と時間が経ってい
た。額に浮かんだ汗を袖でぬぐい、空を見上げれば太陽は中天に差し掛かろうとしている。
「ゆーく〜ん〜」
 響く声に視線をやれば、目覚めたらしいミナお姉ちゃんが家の前に立ち、こちらに手を
振っていた。しっぽがぱたぱたと振られているのを見ると、搾乳の準備は万端ということ
なのだろう。
「じゃ、そろそろしようかな」
 僕は呟くと、彼女の待つ家に向かって歩き出した。

「あ〜、ゆーくん〜。お乳搾り〜?」
 家に入るとすぐに、ミナお姉ちゃんの姿が目に入った。期待を隠しきれない表情に、体
の前に置かれた金属の桶。ぱたぱたと動く耳を見ても、早くやってもらいたくてたまらな
いというのが、ありありとわかる。
「ん……あ〜、うん。午後には出かけたいから、そろそろ……いい?」
「うん〜。いつでもいいよ〜」
 おっぱいをさらけ出したお姉ちゃんの背後に回り、その体を抱きしめ、豊かなふくらみ
に手を添える。彼女のかすかな身じろぎを感じ、僕は声をかけた。
「大丈夫?」
「うん〜。平気〜」
 首を曲げて背後の僕に微笑みかけると、お姉ちゃんは桶を抱える。ほぐすように少しだ
け胸を揉むと、彼女は嬉しそうに声を漏らした。やがて準備が整ったのを見、僕は力を入
れすぎないようにそっと彼女の乳首をつまむと、優しく搾乳を始めた。
「ん……ふぁ……やぁん……」
 悩ましげな声と共に、胸からは白い液体が迸る。
「痛くない?」
「うん〜……あっ、ふぁあん……だいじょうぶ〜……ゆーくん、おちちしぼるの〜じょう
ずだから〜……んぅ、ぁ……」
「よかった、じゃ、もう少しね」
 しばし、僕は彼女の胸を揉みしだき、ミルクを搾る。大きな桶いっぱいのミルクが溜ま
るころには、室内には濃厚な香りが広がっていた。
「お疲れ様、お姉ちゃん」
 とりあえず保管してあった分と合わせて、売りに出す分としては十分な量を確保すると、
僕はミナお姉ちゃんのおっぱいから垂れたミルクと、肌に浮いた汗を優しく拭い、ねぎら
いの言葉をかける。それに彼女は誇らしげな、そして少しだけ恥ずかしそうな顔を作った。
「ん〜。どういたしまして〜……」
 しかし、彼女は僕の顔を見つめたまま、立ち上がろうとも動こうともしない。ミナお姉
ちゃんは搾乳の後、決まってキスをねだるのだ。頬を染めた彼女が何を望んでいるのかを
分かっている僕は顔を赤くしながらも、その期待に応えざるをえなかった。
「はいはい、僕の負けです。じゃ、するからね」
「ありがとゆーくん〜……んっ……」
 ふにゃ、と口元をほころばせた彼女の唇を僕はすかさずふさぐ。唇が触れ合うキスの感
触に一瞬だけ驚いたようだったが、ミナお姉ちゃんはすぐに自分からも唇を押し付け、舌を
伸ばしてきた。
「ん……ちゅ……」
 そうしてお互いに口を吸い、舌を絡める。ややあって僕が顔を離すと、まだ少し物足り
なそうな少女の顔が目に入った。
「もうおわり〜?」
「終わり。続きは夜ね」
 僕の言葉にしぶしぶ頷く彼女。正直な所僕も我慢するのは辛いんだけど、ここで流され
たらお互いに止めようともせず夜までずっとし続けかねない。午後の予定もあるし流石に
それはちょっとまずいので、ぐっと堪えるのだった。
「約束だよ〜。夜には〜たっぷりするんだからね〜」
「分かってます、約束は守ります。ほら、お姉ちゃんも町に行く用意をしてよ」
 何度も念押しする彼女にそういうと、ようやく腰を上げてくれた。僕はとれたてミルク
の入った容器を抱え、自分達の分を取ると残りを売りに出すための入れ物に移し変える。
全て移し、なみなみとミルクが入れられた容器にしっかりとふたをすると、町に売りにい
くための荷車に積むため、家を出た。

――――――――――――――

「風が〜気持ちいいね〜」
「そうだね」
 家を出てしばし。作物とミルクの入った缶を積んだ荷車に乗った僕の頬を、通り過ぎる
風が撫でていく。左右には青々とした草が覆う草原が広がり、所々にぽつんと木が生えて
いた。目を前に向ければ、荷車を引くミナお姉ちゃんの背中。先端だけがふさふさとした
尻尾がリズミカルに左右に振られ、先ほどの言葉の通り風の気持ちよさを物語っている。
「お姉ちゃん、疲れてない?」
「全然疲れてないよ〜平気だよ〜」
 僕の声に、元気いっぱいの声が返ってくる。彼女は魔物だけあって、人間の僕よりもず
っと体力はあるし、このくらいの荷を町まで運ぶくらいなら楽勝なのだ。だがそうしたこ
と十分分かっていても、女の子に重い荷を積んだ車を引かせているというのは、ちょっと
気まずさがある。
「おねえちゃん、ゆーくんを乗せた車引くの好きだから〜。気にしないでいいのに〜」
 と、相変わらず鋭くこちらの内心を見抜いた彼女が、優しく声をかけてくれた。その言
葉に僕は笑顔を浮かべ、ありがとうと口にする。

 町へと向かう道は、草原から森へと入っていく。頭上を覆う枝の隙間から降り注ぐ光が
まだらな影を作る地面を見、幾度と無く通い慣れた道を二人で進むと、不意に前方の茂み
ががさがさとざわめき、僕達の前方に人影が躍り出た。ミナお姉ちゃんは荷車を引く足を
止め、僕と共に道の真ん中に立つその姿を眺める。
「急ぎの所すまない」
 口を開いた人影は強靭な手足を獣の毛で覆い、ふさふさのしっぽとショートカットの髪
からピンと飛び出した耳を持つ狼の獣人、ワーウルフだった。簡素な布を胸と腰にのみ巻
き、引き締まった体が多く露出している。本来は人を襲うこともある危険な魔物ではある
が、こちらをじっと見つめる金の双眸、そこに敵意は無かった。というよりも、良く知っ
た相手だし。この森を縄張りとして暮らすワーウルフだというのは彼女の弁。彼女らの種
族は普通なら人間を見れば襲い掛かってくるという危険な性質を持っているのだが、僕ら
に関しては初めて出会ったときに僕がミナお姉ちゃんと一緒なのを見、何か納得したらし
く襲ってくるようなそぶりを見せたことは一度も無かった。その後は町に行く際にこの森
を抜けるとき、顔を見せては二言三言話をする仲になっている。ここ最近はあまり姿を見
なかったので心配だったけれど、どうやら杞憂だったようだ。
「こんにちは〜」
「こんにちは。狼さん」
 僕たちはそろって軽く頭を下げ、挨拶する。すたすたと近づいてきた狼娘は僕の側に来
ると、ちらりと荷台を見やり、声をかけてきた。
「ミルクを頂きたいのだが……。構わないか?」
「うん、大丈夫だよ」
「それはよかった。では、一缶貰っていく」
 僕の返事に安堵の声を発し、彼女は荷台に積んであったミルクの缶を一つ、ひょいと持
ち上げる。中をミルクで満たされた金属の缶は結構な重さがあるのだが、まるでそれを感
じさせない動きに、僕は感嘆の声を漏らす。ミナお姉ちゃんといい、ワーウルフさんとい
い、魔物娘さんはみんな女の子なのに力持ちさんだなあ、と、ちょっとばかり女性には失
礼な感想だったかも知れない。
「それにしても〜。ミルクがいるなんて〜珍しいね〜」
 ミナお姉ちゃんの疑問に、僕もこくこくと頷く。彼女は狼らしく食事は肉がメイン、し
かも大抵は自分で狩ったもので済ませているらしく、今まで町に行く途中で出会っても、
こちらの持つ品物を求めることは殆ど無かった記憶がある。
「ああ……実は娘が出来たんだ。ただ、あまり乳の出がよくなくてな」
「わあ〜そうなんだ〜……」
「おめでとうございます」
 僕達の祝いの言葉に、彼女はほんのわずかに顔を染める。照れくさそうにありがとうと
言うと、腰につけた小さな皮袋をごそごそと探った。
「とりあえず、今出せるものはこんなものぐらいだが……足りるか?」
 彼女が僕の手をとり、握らせたものは大きな宝石を中心にはめ込み、周囲に豪奢な飾り
のついた護符だった。そういうものに疎い僕でも、非常に高価なものだとは分かる。
「ええ!? い、いいのこんな高そうなお守り!」
「ああ、構わない。それは元々この森を通りかかった騎士風の男が、私に出会うなり『命
ばかりはお助けー』とかなんとか叫びながら置いていったものだ。あまりにも情けないの
で、襲う気も失せた。で、手に入れたはいいが、私には何の役にも立たないので持て余し
ていたんだ。今は娘のためのミルクの方がずっと必要だからな」
 こともなげに言い放つ狼娘に僕はやや呆れながら、手の中のアミュレットを見つめる。
ホルスタウロスのミルクは需要が高いといっても、はっきり言ってこれとミルク一缶では
とてもじゃないが価値がつりあわないだろう。正直な所知り合いとの取引でぼろもうけし
たいと思うほど、僕は欲の皮が突っ張ってはいない。が、ワーウルフの方もそうした金銭
には無頓着らしく、交渉をしたところでお互い遠慮のしあいになりそうだった。
「ええと、じゃあ、これからもミルクが必要なら言ってよ。このアミュレットはその分も
先払いしたってことで」
「そうか? それならばこちらも助かる」
 とりあえずそういうことでお互いの落としどころを見つけ、僕は護符を、彼女はミルク
を得る。このアミュレットの値段分のミルクとなると、ワーウルフの女の子が育つ間はず
っとミルクをとどけてあげなくちゃなあ、と僕は心の中で決心を固めた。
「ところで、少年たちはまだ子供は作らないのか?」
「……ッ!? な、ななな!?」
 余りにも突然かけられた突拍子も無い言葉に、思わず僕は噴出し意味の無い言葉を発す
る。その隣ではミナお姉ちゃんが残念そうな表情を浮かべていた。
「そ〜なの〜。私もゆーくんと頑張ってるのに〜なかなか赤ちゃんができなくて〜」
「む、そうだったか。すまない」
「ううん〜。気にしないでいいよ〜」
「私たち魔物と人の間の子は、人同士よりも出来にくいという噂もあるしな。気長に授か
るのを待つのがいいのだろう」
「そうね〜。うん〜、がんばる〜」
「ああ。後はやはり回数だろうな。私も夫に頼んで、一日中ずっと交わってみたことがあ
るが……」
 パニック状態の僕をよそに、牛娘と狼娘の井戸端会議が進む。人通りの少ない森の中の
街道とはいえ、白昼に道端でするような会話に出てきてはまずい類の単語がいくつか耳に
届いた。いろんな意味で人外の会話を中断させるべく、なんとか少しばかりの冷静さを取
り戻した僕はミナお姉ちゃんの肩を掴み、声を張り上げる。
「お、お、お姉ちゃん! ほら、もうそろそろ出発しないと!! 品物を売って帰ってく
るのが夜になっちゃう! いくら保存の魔法がかけられた容器といっても限度があるし、
ね!?」
「そうだね〜わかった〜。それじゃ狼さん、またね〜」
「ああ、また。すまなかったな、時間をとらせて」
「いいよ。それじゃ、またミルクが必要になったら言ってね。持ってくるからさ」
 そう言って僕たちはワーウルフ娘に別れを告げ、ふたたび町へと車を進める。僕達の姿
を見つめるワーウルフに振り返った僕らだったが、ミナお姉ちゃんがちょっとだけ、羨ま
しそうな表情を浮かべているのを僕はそっと横目で盗み見た。
「? どうしたの〜、ゆーくん〜?」
「ん、なんでもない」
 見つめる僕に気付いた彼女の言葉をごまかし、僕らは再び視線を前方の道路に戻す。や
っぱり子供、欲しいんだな、と僕は荷車を引く彼女の背を見つめながら思った。

――――――――――――――

 その後何事も無く町に着いた僕らは、取引先の宿屋や酒場、道具屋に持ってきた品物を
売って代金を貰い、代わりに必要な食材や雑貨を仕入れた。やはりというかホルスタウロ
ス種のミルクはどこでも需要が高いのだが、その中でも質のいいお姉ちゃんのお乳は大変
重宝された。それは彼女が認められたことの証であり、僕も鼻が高かった。もっとも口々
に褒められたミナお姉ちゃんは嬉しいやら恥ずかしいやらでどの店でも困ったようにもじ
もじしていたし、流石にある料亭で
「ミナちゃんのミルクは常連からも評判がいいんだよ。やっぱりアレだね、二人の愛があ
るからだね」
とか言われた時には僕も真っ赤になって、二人沈黙してしまったが。
 それはさておき。来る途中でワーウルフさんから手に入れた護符が僕の予想以上にいい
値で売れたこともあって、農作業の道具も随分といろいろ買うことが出来た。それでもお
金は余ってるし、しばらくはものに困ることは無いだろう。今回の町へのお出かけは、ま
あ期待以上の収穫といえる結果で終わった

 で、今は町から家に戻り、僕とお姉ちゃんは一緒に夕飯とお風呂を済ませて寝室、ベッ
ドの上。夜の闇に黒く染まった窓にはしっかりとカーテンが閉められ、部屋の壁にはラン
プの明かりが僕ともう一人、ショートカットから角の覗くホルスタウロスの少女の影を映
している。
「おつかれさま〜、ゆーくん〜」
「おつかれさま、お姉ちゃん」
 ベッドの上で向かい合った僕らは、お互いをねぎらう。それが、夜の営みで最初にする
いつものことだった。
「じゃあ〜、おねえちゃんが〜おっぱいでしてあげるね〜」
 寝巻きの前を開け、大きな胸をこぼれさせたミナお姉ちゃんが僕の胸板に柔らかな肉を
押し付けながら、僕をそっと押し倒す。柔らかな肉が作り出す谷間に挟まれたペニスはあ
っという間に勃起した。その暖かさとすべすべの肌が自分のモノに擦れる感覚に、僕は反
射的に息を漏らす。
「うふふ〜……気持ちよさそうなかお〜。じゃあ、ゆっくり動かすね〜」
 自らの胸の両側に手を添え、お姉ちゃんは乳房に挟み込んだペニスを擦る。優しい胸の
動きに、僕の口からは嬌声が漏れた。
「あ、ふぁ……いい、ああ……きもち、いいよ……」
 胸がゴム鞠のように形を変えるたびに、ペニスは擦りたてられ、締め付けられる。だが
それは心地よい感触で、刺激による快感と共に不思議な安堵感が心に広がっていく。
「ん、ふぅ……ゆーくん、おねえちゃんの〜……あっ、おっぱい、ん……大好き、だもの
ね〜……あふ、おねえちゃんも……ゆーくんにしてあげられるの……ぁん……嬉しいよ〜」
 胸を揉み動かすお姉ちゃん自身も感じているのか、開いた口から発せられる言葉のあち
こちに甘い喘ぎが混ざる。
「おねえちゃん……うぁ……もっと……」
「うん〜……んん……ぁ……いいよ、もっと、もっとしてあげる……」
 そのままお互いに快楽を貪り、部屋にはベッドの軋む音と二人の嬌声のみが響く。
「……う、もう……」
「……ゆーくん……ん、……いきそう〜? いいよ、いっぱい、出してね……」
「……ううぅ、っ、うぁあぁああああ!!」
 やがて限界を迎えた僕が上げたうめきと共に、僕のペニスから精液が勢いよく発射され
る。どろりとした液がお姉ちゃんの顔や髪にまでかかり、胸から垂れた。
「いっぱいでたね〜……うふふ……」
 付着した精液を舐め、嬉しそうに微笑む彼女をぼんやりと見つめ、僕は息を整える。体
を起こし彼女と見つめ合うと、昼から考えていたことを口に出した。
「……お姉ちゃん、やっぱりさ……子供、ほしい?」
 突然の問いかけにきょとんとしていた彼女だったが、ひとさし指を口元に当て、うーん
と唸ると、ゆっくりと口を開く。
「……ん〜。そうだね〜……正直に言えば、ゆーくんの子供は〜ほしい、かな〜」
 そういってどことなく夢見るような目をしたのは一瞬。だがすぐにえへへと笑い、続け
る。
「でもそれは〜すぐじゃなくてもいいよ〜。今は〜ゆーくんは〜一人前になるために大変
だしね〜」
 その言葉に、僕はミナおねえちゃんはやっぱり「お姉ちゃん」なんだなと実感する。い
つもはぽややんとしていてくぅくぅ寝てばっかりでも、僕のことをなにより気にかけてく
れているんだと強く感じた。そして、そんな姉の望みをすぐに叶えて上げられない自分が、
情けなくなる。
「ごめんね、おねえちゃん」
 うつむき呟いた僕の手が暖かく包まれ、そのまま大きな胸に導かれる。かすかに動く空
気に目の前の女の子が首を振っていることが分かった。そして、言葉を続ける。
「いいの〜……ゆーくんと一緒じゃなきゃやだって言ったお姉ちゃんに〜、『僕もおねえ
ちゃんと一緒がいい』って言ってくれた時から〜、ううん、私が貰われて初めてゆーくん
のおうちに来たとき〜、怖くて寂しくて泣いていた私に赤ちゃんだったゆーくんが笑って
くれた時から〜。私は……ずっとゆーくんのことが大好きだから……」
 その言葉と共に、手に伝わる肌の暖かさと鼓動が彼女の心を何よりも確かに教えてくれ
るようだった。僕は顔を上げ、大切な人をまっすぐに見つめると、誓うように強く宣言す
る。
「うん、僕も……物心ついたときからずっと側にいてくれたおねえちゃんが大好きだよ。
だから、早く一人前になって、ちゃんと結婚式も挙げて、たくさん子供をつくって、この
牧場を立派にしてみせるからね」
「ゆーくん……うん〜。楽しみにしてるね〜」
 僕の決心に、お姉ちゃんはわずかに驚いた表情を作ったが、すぐに嬉しそうに顔をほこ
ろばせた。目に涙も浮かんでいるのを見、僕は自らの言葉の重さを今更ながら実感する。
 だが、それを覆すつもりは無かった。愛する人を幸せに出来ないで、何が一人前か。そ
う思い、拳を握る。
 だが、それはさておき。
「じゃあ、お姉ちゃん……その、折角だし……続き、しよっか」
 正直な所、かっこいいこと言ったあとにすぐこれでは少しみっともないとは思ったが、
胸でしてもらっただけで今夜を終わりには出来なかった。元々昼間の搾乳では最後まで行
かなかったので、不満も溜まっていたのである。大体、若い男が目の前に好きな女の子が
いるという状況で続きをしないなど、考えられなかった。
「そう、だね〜……うん、しよ〜」
 それはお姉ちゃんも同じだったようで、恥ずかしそうにしながらも頷く。こちらにお尻
を向けてベッドに四つんばいになり、期待に満ちた顔でちらりと振り返る。僕も真っ赤な
顔のまま頷くと、揺れる尻尾とふさふさの毛に包まれた彼女の下半身をそっと抱き、その
まま秘所に一物を挿入していく。二人の口から快楽の喘ぎが漏れ、やがてどちらからとも
なく動き出すと共に、それは大きな声になっていった。

 ……夜は、まだまだ長そうであった。

――『農夫と雌牛の牧場物語』 Fin ――

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