マミー被害報告書
このページは図鑑を閲覧してくださった方々のアンケートによって作成されています。
ご協力ありがとうございます。

「……おきて」 
 僕を揺さぶる振動と共に、耳元で誰かのささやきが聞こえた。やや間をおいて再び身体
に伝わるかすかな振動に、僕の意識は眠りの中から浮かび上がる。
「……んぁ?」
 小さく呟き、僕は重いまぶたを上げる。目の前にはさらさらと風にそよぐ大樹の枝と、
その向こうに透ける橙色の空が広がる。日は、もう沈み始めていた。随分眠ってしまって
いたようで、まだ、頭がはっきりしない。僕は頭の回転が正常に戻るまで、しばし草が覆
う地面に寝そべりながらぼんやりと黄昏の空を見つめる。
「…………」
 また身体が揺さぶられる。今度はその後に、くい、と袖を引っ張られる感覚。首をそち
らに向けると、僕の隣、並んで草の上に寝そべった少女がこちらを見つめていた。
「起きた?」
「……起きたよ」
 短く答え、彼女を見つめ返す。長い髪が地に広がり、少しだけまぶたが下がった眠そう
な瞳が僕を見つめる。彼女の見た目の年は、17歳の僕とそうは変わらない。あくまで見
た目は、だが。
 視線を彼女の顔から、身体にずらす。彼女は一見、年頃の少女としては……いや、普通
の人間としても一種異様な格好をしていた。衣服は一枚も身につけておらず、その身体、
素肌に直に白い包帯を巻いている。包帯が巻かれておらず、露になっている素顔は間違い
なく可愛らしい少女のものなのが、余計に姿の異様さを増していた。
 別に、これは彼女が大怪我をしているからというわけではない。少女にとって、これが
ある意味での普通の服装なのだ。
 僕の隣に寝転がる少女、その正体は「マミー」、あるいは「ミイラ」とか言われる魔物
である。よく見れば、包帯の隙間から覗く下腹部、手や腿などの肌には亀裂のような紋様
が走っているのが分かる。一般的には、葬られたされた死体に魔力が宿り動き出した不死
の怪物、というものなのだが、彼女の場合は少し事情が違っていた。
「起こしてごめんね。そろそろ、包帯替えてほしいから」
 少女が手を持ち上げると、たわんだ包帯が僕の目に映った。もう一度彼女の身体に視線
をやれば、胸や腰に巻かれたものも緩んだり、汗を吸って汚れていた。ミイラ娘である彼
女にとって、様々な役割を担う包帯は重要なものなのだ。
「ごめん、どのくらい寝ちゃってた?」
 僕の言葉に、少女は眠たげな目で瞬き、答える。
「さっき、鐘が六つ鳴った」
「げ、本当? ごめん、ちょっとのつもりだったんだけど」
「いい。あたしも、さっきまで寝てたから」
 慌てて飛び起きた僕に、彼女が微笑む。どうやら怒ってはいないようだ。僕は内心、胸
をなでおろす。
「気持ちいいものね、ここ」
「うん、そうだね」
 夕の気配を纏った風が吹き、寝そべったままの少女と、僕の頬をなでる。空の端には、
もう夜の青がその色を濃くしていた。
「帰ろうか」
「うん」
 立ち上がった僕は、身体を起こした少女の脇腹に描かれた紋様を見やる。昼間、ここに
来た時より大分大きく広がっていた。既にかなり「乾いて」しまっているのだろう。
「家まで我慢できそう?」
「……大丈夫」
 立ち上がった少女が目をそらしながら呟く。隠しているつもりなのだろうけど、かすか
に乱れた息が彼女の辛さを物語っていた。こういうところで妙に見栄っ張りなのはちっと
も変わっていない。彼女が昔の彼女のままであることの証のようで、何だか安心する気が
した。
「無理しないでいいから。ね? 正直に言って」
「……ん。……ちょっと、欲しいかも」
 そっぽを向いたまま、頬を染めて少女が呟く。その声音には、恥ずかしさとかすかな期
待があった。僕は苦笑を漏らし、彼女の手を取る。突然の行動に驚いて僕の顔を見た彼女
の唇を、素早くふさいだ。
「んっ……ちゅ……」
 彼女の口内に舌を差し入れ、絡める。驚きに目を見開いていたのは一瞬、彼女もすぐに
僕の身体に手を回し、抱き合いながら舌を触れ合わせた。
「んん……んぅ……んっ……」
 美味しそうに、僕の口内を彼女の舌がまさぐり、唾液を貪る。
「……ぅ、く……」
 不意に全身から力が抜ける。短距離を走った時のような疲労感。口から漏れたくぐもっ
た声に、少女は慌てて顔を離した。
「あっ! ご、ごめん! 大丈夫!?」
 先ほどよりも光が強くなった瞳が、不安げにこちらを見つめる。僕は手を振って心配な
いとアピールしようとしたが、くらりと少しよろめいてしまった。慌てた少女の手が、僕
の肩を支える。
「ありがと。平気、心配しないでも平気だから」
「でも……。ごめ、ごめんなさい……」
 涙ぐむ少女の頭をそっと撫で、謝らなくていいよ、と慰める。しばらくそうしていると、
彼女もまた落ち着いたようだった。まだ少し潤んだ瞳の少女の手を、僕は優しく握る。そ
の手は命無き少女のものとは思えないほどすべすべで、心地よかった。
「さ、家に帰ろう。メリアの包帯も取り替えないとね」
「うん、キュオ」
 僕、キュオとマミーの少女、メリアは頷きあい、手をしっかりと繋いだまま、家々に明
かりが灯りだした村へと向かって歩き出していった。

――――――――――――――

 二人が村についた頃には、すっかり闇が辺りを染めていた。彼らは既に人影も無くなっ
た村の中を横切り、端に佇む小さな家へ歩く。
「ただいまーっと」
 扉を開け、室内に入った僕は吊り下げられたランプに火を入れる。オレンジの光が闇を
部屋の隅に追いやりながら二人を照らし、壁に長い影を伸ばした。
「あふ……」
 椅子に腰掛けたメリアの口から、小さなあくびが漏れる。僕がその様子を見ていること
に気付いた彼女は、あわあわと口元を手で覆った。
「眠い? やっぱり、あれくらいじゃすぐ乾いちゃう?」
「んっ、そんなこと、ないけど」
 強がっているものの、メリアのまぶたがまた下がりだし、瞳がとろんとし始めているの
を見るに、やっぱり精気が不足しているらしい。表に出さないようにしているにしても、
多少の渇きは感じているようだ。どうしたものかな、と悩む僕にメリアは声をかける。
「大丈夫。まだ、辛くておかしくなりそうなほどじゃないから。それより……先に、包帯
巻いて欲しい」
「そう?」
 聞き返した僕に、少女はこくんと頷く。
「わかった、じゃあ、先に交換しちゃおうか。確か、この間いつもの行商人の子から買っ
た包帯はこの辺りにしまったと思ったんだけど……」
 僕は彼女に背を向け、ごそごそと戸棚を探る。薬瓶やら箱やらが置かれた棚の奥に伸ば
した僕の指にやや目の粗い布が触れた。
「あ、あったあった」
 背を伸ばし、包帯のロールを取り出す。振り返った僕の前で、メリアはゆっくりとした
動きで椅子から立ち上がった。
「それじゃ……お願いして、いい?」
 彼女は少しためらいがちに、僕の表情を窺う。返事の代わりに僕は笑顔で頷き、それを
認めたメリアは、恥ずかしそうに目を伏せ、胸に巻いた細い布を解き始めた。
「ん……」
 するすると衣擦れの音を立てながら、解けた白い包帯が床に落ちる。露になった素肌は
表面に大きな紋様が浮かんでいる以外、アンデッドとは思えないほど滑らかで、僕は思わ
ず見とれた。
「ふぁっ……、あ、ぅ……や……ぁっ」
 布が彼女の肌の上を滑り落ち、表面と擦れるたびに走る刺激に、メリアは身を震わせ甘
い悲鳴をあげる。マミーである彼女の素肌はとても敏感で、かすかな刺激さえも強い快感
として感じてしまうらしい。この包帯は彼女のデリケートな素肌を保護する大切な役目を
持っているわけだ。
「あっ……ん……。ぜ、ぜんぶ、取れたよ。お、お願い……」
 足元に布を落とし、一糸纏わぬ姿になったメリアが懇願する。死人のはずの顔には不思
議と赤みが差し、瞳は潤んでいた。胸元と股間を手で隠し、もじもじと震える。メリアの
恥らうしぐさが可愛らしく、またどこか扇情的で僕もまた顔を赤らめた。
「わ、わかった。それじゃあ巻く間、ちょっとだけ恥ずかしいの我慢してね」
「う、うん」
 顔を染めたまま、彼女はそっと身体を隠していた両の腕をあげ、胸元を露出させる。ふ
くよかな胸や秘所が眼前に姿を現し、思わず抱きしめたくなるのを何とか堪えると僕は包
帯をそっと彼女の身体に巻いていった。
「そのまま手、上げててね。えっと……こう、かな?」
 両腕を水平に上げた彼女の胴に、優しく布を巻きつけていく。何かの薬が浸み込ませて
あったのか、おろしたての白い包帯からはかすかに薬草のようなにおいがした。
「……んっ、あっ…………くふっ、やぁん……」
 布が肌に触れるだけで、メリアは切なげな吐息を漏らす。耳元で響く声に理性が飛びそ
うになるのに耐え、僕はなんとか胸を覆うように包帯を巻き終える。
「胸はこれでいいかな?」
「あ、ありがとう、キュオ」
「それじゃ、腕も巻きなおしとくね」
 降ろされていた彼女の手をとり、持ち上げる。僕の指が触れただけで、メリアはぴくり
と震えた。その様子を僕に見られたことに、彼女は顔を真っ赤に染め、涙を浮かべる。
「や、やだ。ちょっと触られただけなのに」
「いいよ、声出ちゃっても。ここには僕たちしかいないしさ」
「うう、そういう問題じゃないのに……」
 言葉を途切れさせてうつむくメリアを苦笑と共に見やりながら、僕は彼女の腕に布をあ
て、そっと巻きつけていく。メリアはその間、口を固く閉じて快感を堪えようとしていた
ようだったが、耐え消えず何度かあえぎ声を上げていた。
「上半身はこれで終わりっと。後は腰から下だけど……」
 僕はメリアから一歩離れ、その姿を観察する。白く細い布を幾重にも巻いた上半身と、
露になったままの下半身。頬だけでなく、その露になった肌は桜に色づき、ぴたりと閉じ
あわされた太ももがもじもじと動いた。ミイラなのになぜか湿り気を帯びる秘所からは愛
液が垂れる。
「これ以上はちょっと我慢できそうに無いかな。辛そうだしね」
「だい、じょうぶ……キュオ、だ、大丈夫……っ、だから……」
 僕の言葉に、途切れ途切れの返事が答える。だがメリアの顔、眠たげに下がったまぶた
の下にある瞳もとろんとし、既に光もぼやけかけていた。理性を保つのも辛いのだろう。
「無理しないでメリア。包帯だけじゃあ渇きは抑えられないんだし、メリアには必要なこ
となんだから。しちゃってもいいよ? ……正直なところ、僕だって……その、メリアと
したいし」
「キュオ……」
 自分のセリフで顔を真っ赤にしながら、僕はメリアに声をかける。
「それに、どっちにしろこの後するんだしね。包帯巻く手間が一回省けるしさ」
 冗談めかして言った台詞に、かすかに苦悶に歪んだ顔の彼女は、それでもくすりと笑う。
「……それじゃ、お願いしても……いい?」
「もちろん。でも、ほどほどにしておいてね。僕が動けなくなっちゃったら、メリア、今
夜はずっと包帯無しで過ごさなきゃならなくなるよ」
「もう……いじわる」
 そう呟いてメリアはかすかに頬を膨らませる。一瞬の後、僕らは顔を見合わせ、笑いあ
った。僕は椅子を引いて腰掛け、彼女に許しを与えるように頷く。それを認め、微笑を浮
かべたメリアがゆっくりと僕に歩み寄り、体重を預けていった。

――――――――――――――

 彼女、メリアはもともと普通の人間だった。その彼女が全身に包帯を巻きつけた異様な
姿の魔物、マミーとなってしまったのは数年前の事件にまでさかのぼる。

 村の裏山。その中腹にぽっかりと口をあける坑道に、二人の人影がある。一人は年のこ
ろ17くらいの活発そうな少女。そしてもう一人、彼女の後ろを歩くのは少女よりも年下、
12歳くらいの少年。手にたいまつを持ち、暗闇を照らしながら二人は足を進める。
「やだなあ、ここ……暗くて、何か出そうで」
きょろきょろと左右を見回す少年が、不安げな声を上げる。彼の前を歩く少女は首だけ
を向けると、開いた口から溜息とともに呆れたような声が発せられ、響いた。
「情けないわねえ。キュオだって男の子でしょ?」
「う、わかってるよ、メリア姉ちゃん。でもさぁ。何だってこんなとこまで」
 少年が視線をやった先、奥へと続く道は深い闇に閉ざされている。土を掘り進み、押し
固めた壁には木の柱が立ち並び、天井を支える梁と組み合わされている。見たところ、後
から作られたもののようだった。それでも、周囲を囲む土の壁はどこか不安をあおってく
る。
「仕方ないでしょう。薬の材料になる苔は、この奥にしか生えていないんだから」
 少女が手に提げた籠を揺らし、少年に言う。二人は村で作っている薬の材料を取りに、
裏山にあるこの洞窟までやってきていたのだった。材料集めはいつもなら大人たちの仕事
のはずだが、たまたま手の空いているものがいなかったために、この二人が言い付かった
のである。
「それにしても、この洞窟って何なんだろ。これ、人の手によるものだよね」
「そうね。自然に出来たものとはちょっと違うみたいだけど……皆、いつ、だれが、何の
ために作ったのかも知らないのよね」
 彼女たちの言葉の通り、柱や梁が付け足される前の坑道のつくりも明らかに、人為的な
ものが感じられた。何かしらの目的や意味があってこの洞窟が作られたのであろうことは
彼女にも分かる。
 だが、村人達にとってはそんなことを知るよりも、日々の暮らしに役立つ薬の材料が手
に入る、ということの方がずっと重要であった。そのため、誰もがこの洞窟、ひいては裏
山の存在する意味というものを知らないままでいたのだった。
「あ、姉ちゃん、この辺じゃないか?」
 ぼんやりと考えをめぐらしていた少女は、少年の言葉で意識を現実に戻す。いつの間に
か随分と奥までやってきていたようだ。二人は狭い坑道から、やや広め、ほぼ円形の空間
に足を踏み入れる。たいまつをかざして辺りの壁や地面を照らし、目的の草を探し出す。
「ええっと、あったあった」
 屈みこみ、しばしごそごそと地面をまさぐっていた彼女は、たいまつの明かりの中に浮
かび上がった苔を見つけると声を上げる。籠から小さなシャベルを取り出すと、そっと苔
を地面から剥ぎ取り、籠へと入れる。少年を呼び、二人で何度かそれを繰り返しているう
ちに、籠いっぱいの材料を集め終わる。
「ふう、これだけあればしばらくは大丈夫でしょう」
 手に提げた籠を見、少女は満足げに呟く。同じく頷いた少年が、そわそわと落ち着き無
く辺りを見回し、口を開いた。
「も。もういいよね。じゃ、じゃあさ。早く帰ろう? ここ、嫌なんだよ」
「本当に怖がりねえ。大丈夫、別に何も出やしないわよ」
 笑いながら少女はたいまつで辺りの壁を照らし、まだ苔が生えていないか、最後にもう
一度探る。
「無いわね……。まあ、これだけでも十分だしね。……ん?」
 しかし見当たらず、おどおどとした様子の少年を安心させるためにも戻ろうか、と考え
たそのとき。暗闇を炎が照らす中に、妙なものの姿が浮かび上がっているのに気付いた。
「メリア姉ちゃん?」
 訝しげに声をかける少年を背に、壁に見つけたものに近づいてみると、どうやら金属で
作られた両開きの扉のようだった。重そうな扉の表面にはさびが浮き、長い時を経てきた
ことを窺わせる。
「キュオ、こっちきて」
「何? いいからもう帰ろうよ……って、うわあ」
 彼女の声に嫌々やってきた少年も、自分の目で扉を目にすると思わず声を上げた。
「こんな場所があったなんてね。全然知らなかったな」
 呟き、少女は扉を眺める。よく見ると、後からつけられたのであろう鍵は壊れていた。
無言で外し、そっと扉に手を当て、力をこめるとかすかにずれる感触がある。
「姉ちゃん、なにしてんの?」
 少年の声に振り向き、少女はいたずらっぽく片目をつぶる。
「折角だから、この奥に何があるか確かめたくない?」
「ええっ!? いいよそんなの! 確かめなくていいから、帰ろうよ。お化けとか怪物
出てきたら、どうするのさ!?」
「だからそんなの出ないってば。大丈夫大丈夫、ちょっと見て、何があるか見たらすぐ
帰るから」
 言いながら扉に両手をあて、体重をかける。ずずず、と鈍い音ともにゆっくりと鉄の
板が向こう側にずれ、人が通れるほどの隙間が開いた。淀んだ空気がそこからかすかに
こちらに漏れ出して来る。少女は一瞬顔をしかめたが、生じた隙間に身体をねじ込むよ
うにして閉ざされていた空間に足を踏み入れた。
「うわ、変な臭い。ほんとにずっと閉めっぱなしだったのね」
「ま、まってよ、置いてかないでよ〜」
 背後に少年の声を聞きながら、彼女はたいまつをかざし辺りを見る。灯りは室内全て
を照らすことは出来なかったが、大体先ほどの場所よりは広いようだ。
「わざわざ鍵までかけて、一体何があるのかな」
 独り言を漏らしながら、少女は足を進める。どうやら、この場所は床も壁も、今まで
通ってきた場所よりしっかりと手が入れられているらしい。何か、特別な意味があるの
だろうか。
「あれ、何かしらこれ」
 中ほどまで進んだ彼女の目に、明かりの中に浮かぶ大きな箱が映った。やはり古びて
はいるものの、石で作られていると思しき箱の作りはしっかりとしており、ひびの入っ
た様子は無い。
「メリア姉ちゃん、どうかした?」
「あ、うん。何か、箱があるみたい」
「え? 箱?」
 入り口に立ったままの少年の疑問の声に、少女は振り返る。彼女の言葉に少年も恐る
恐る箱の側にやってきた。傍らに立ち、視線を注ぐ。
「本当だ。こんなものがあるって、誰も言っていなかったよね」
「うん、あたしも聞いたこと無い」
 顔を見合わせた二人は、そのまま床に置かれた箱に視線を落とす。ややあって、少女
は少年に目配せし、箱の蓋に手を置いた。
「ね、鍵も掛かってないみたいだし……開けてみよっか」
「何言ってんの姉ちゃん!! いいよ、もう十分だよ帰ろうよ! 凶暴な魔物とか危な
いトラップかもしれないじゃないか!」
 とんでもないことを言い出した少女に、少年が飛び上がらんばかりに驚く。
「でも、もしかしたら宝物がしまってあるかもしれないでしょ?」
 言って、目を輝かせながら少女が蓋に置いた手に力をこめようとしたその時、突然が
たんと言う音が辺りに響いた。
「……!?」
「…………キュオ、今、音したよね?」
 思わず息を呑んだ少年に、少女もこわばった顔で問いかける。直後、無言でぶんぶん
と首を振る少年の顔が、真っ青に染まった。
「な、何? ちょっと、キュオ?」
 震える声で問いかける少女も、何が起こっているのかすぐに分かった。自分が手を置
いた箱、その蓋がゆっくりと動いているのだ。慌てて手を引っ込め、振り向くと同時に
石の蓋はずれ落ち、箱の中身がゆっくりと身体を起こした。
「…………うぅ……ぁあ……」
 かすかに開いた口から、意味を成さない音が漏れる。
 箱の中身、恐怖に固まる二人の前に姿を現したのは、一人の女性であった。女性らし
さに溢れた身体は美しい曲線を描いているが、全身のあちこちには古び、変色した包帯
が巻かれている。包帯の切れ目、露になった素肌にはひび割れのような模様がびっしり
と走り、意思を感じさせない目がぼんやりと宙を見つめた。
「ひ、あ……」
 二人はその姿に思わずか細い悲鳴を上げ、それに気付いたようにミイラの顔がゆっく
りと向く。うつろな目と合った瞬間、少女は悲鳴も上げることができず、硬直した。
「いや……やめ、やめて……」
 涙を浮かべた少女の顔にミイラ娘はゆっくりと手を伸ばし、そっと頬に触れる。引き
剥がすことも逃げることも出来ず、頭に包帯を巻いた少女の顔が近づき、唇が触れ合う。
「むぐっ……! ん、あぁ……いやぁ……! あっ、んん……ん……んん!」
 想像に反してミイラ姿の少女の唇はしっとりとしていた。彼女の舌が容赦なく口内に
侵入し、舐めまわす。逃げようにも、手は恐ろしいほどの力でしっかりと固定され、び
くともしない。恐怖と嫌悪にかすかに身じろぐだけの彼女を、ミイラの娘は無慈悲に貪
る。
「ね、姉ちゃん……。! や、やめろ……」
 目の前で繰り広げられる光景に一瞬思考が止まっていた少年は、自らの言葉で我に返
る。少女を襲う魔物を引き剥がそうと肩に手をかけたものの、ミイラがその手を掴み返
すと、勢いを失いがくりとその場に膝を着く。
「あ……、あ……? から、だが……」
「きゅ、キュオ! ん……あっ、だめぇ……!」
 動きを止めた少年を一瞥すると、ミイラ娘は再び少女に向き直る。また、貪るような
キスが再開され、さらに片手が少女のスカートの中に忍び込んだ。
「……っ! いやっ、そこは……! だめ、やめてぇ!」
 少女が目を見開き、恐怖に怯えた声を発する。だがミイラはそれに構わず、細い指を
秘所にそっと潜り込ませた。
「ああぁっ!! いやぁ、あっ……はぁっ……あぁっ!!」
 激しいキスで濡れだしていた少女のそこを、魔物は指を優しく動かしかき回す。押し
寄せる快感に翻弄され、少女は口からあえぎ声を発した。その唇を、また魔物がふさぐ。
 彼女にミイラの唇や舌、指が触れるたび、何かが身体から抜けていくような気がした。
同時に、身体がどんどん乾いていくように思える。
「――――――――――ッ!!」
 そしてついに、少女は耐え切れず声にならない叫びを上げた。背が反り返り、瞳の光
が消える。びく、びくとその手が痙攣し、だらりと下がった。
「…………ぷ、ぁ…………はぁ」
「…………あ」
 ようやく満足したのか、不死者が口を離す。それと同時、糸が切れるように少女の身
体から力が抜け、地面に崩れ落ちる。
「姉ちゃん!」
 ようやく身体に力が戻り始めた少年の悲鳴が耳に届く。だが、地面に横たわった少女
は指一本動かすことが出来ず、包帯が巻かれた魔物娘の足と、その向こうの怯えた顔の
少年もおぼろげにしか見ることは出来なかった。頭が重い。視界もどんどん暗くなって
いく。まるで意識が沼のそこに沈むような感覚。それでも、渇きだけは大きくなってい
く。
「ひ……、こ、こっち来るな……た、たすけ、たすけて……」
 助けを求める少年の声をどこか遠くに聞きながら、潤いを求めるもどかしさだけを感
じる彼女の意識は闇へと落ちていった。



「……あ、あたし?」
 呟きと共に、ゆっくりと少女のまぶたが上がる。辺りには暗闇が満ちていたが、燃え
る火が自分をぼんやりと照らしていた。
「よかった……。メリア姉ちゃん、気がついた?」
 安堵の色がこもる、しかしどこか疲れたような少年の声が耳に届く。すぐに、彼女の
視界にいっぱいに心配そうな顔が映った。
「キュオ? ……あ、あれ? あたし、どうしたんだっけ?」
 身体を起こそうと力を入れた瞬間、背中と地面、服が擦れ少女の口から短い声が飛び
出す。慌てた少年が慎重に彼女の肩を抱き、再び地面にそっと横たえた。
「あ、すぐに動かない方がいいよ。まだ変化に身体が慣れてないんだって」
「変化?」
 少年の言葉に、少女は首をかしげる。首だけを動かして自分の身体を見てみたが、特
に変わった様子はないようだった。多少の違和感はあるが、それもちょっとだるいぐら
いで、何か問題があるようには思えない。
 疑問を表情に露にした少女に、言いにくそうにしながらも少年は口を開く。
「…………あ、あのね、メリア姉ちゃん。ええっと、驚かないで聞いてね? その……」
「待ってください。それは、私から説明します」
 口ごもる少年の言葉を遮り、自分と少年以外の声が響く。反響し、不思議な響きを持
つ若い女の声に少女が目を向けると、少年の隣、全身に包帯を巻きつけた女性がすまな
そうにメリアを見つめていた。
「あ…………あなたはっ!?」
 ミイラ娘の姿を認めた瞬間、メリアは先ほどまでの記憶を取り戻す。自分を襲った相
手に思わず恐怖が浮かんだ彼女に、アンデッドの少女は勢いよく頭を下げた。
「本当にごめんなさい!!」
「…………え?」
 一瞬恐怖も忘れ、間抜けな響きが少女の口から漏れる。意味が分からずぽかんとする
メリアの前で、ミイラはぺこぺこと頭を下げ続ける。
「ごめんなさい、ごめんなさい! 私、さっき魔物になったばっかりで! いきなり生
き返っちゃったので精気がちっとも足らなくて! 目の前にお二人の姿があったので、
思わず吸い取り過ぎてしまいました! ごめんなさい、本当にすみません!!」
 見ている方が気の毒になるくらい頭を下げる包帯少女を見つつ、メリアは少年に問い
かける。
「ええと、どういうこと?」
「うーん、僕も聞いてもよく分からない部分はあるんだけど、とりあえずここは昔のお
墓で、彼女はここに葬られていたお姫様だか貴族さんだか、らしいよ。で、僕たちが封
を破ってここに入ってきたから、同時に魔力が宿って動けるようになったとかなんとか。
よく分からないけど」
 頬をかきつつ、困ったように話す少年は何だか妙にやつれているように見えた。その
言葉を受け、ミイラの姫はさらに言葉を続ける。
「すみません! あまりにも渇いてしまっていたので、加減がきかなかったんです!
ほんとはちょっとだけのつもりだったんですが、つい理性がなくなってしまって、メリ
アさんの精気、全部吸っちゃったんです! ごめんなさい、ごめんなさい!」
「えと、そうなるとどうなるの?」
「え〜っと…………」
 戸惑いながらの問いかけに、キュオは先ほど以上に気まずそうに言葉を濁す。ミイラ
娘も頭を下げるのをぴたりと止め、ちらりと少女の顔色を窺った。
「怒らないから」
 メリアの言葉に、マミー娘はたっぷり一分ほど戸惑い、キュオ、そしてメリアの顔を
見、消え入りそうな声を出した。
「…………その、メリアさんの身体も、マミーになっちゃってます」
「…………うそ、だよね?」
「…………僕も信じたくないけど本当、らしいよ」
 溜息と共に少年が言葉を吐き出す。
「だって、包帯も巻いてないし、さっき貴女が言ってたような渇きも別にないよ?」
 おろおろと視線をさまよわせながら、少女は二人に言う。だが、キュオとマミーは申
し訳なさそうに首を振った。
「あの…………私たちミイラやマミーの包帯は、身体の一部ではなく、あくまで服と同
じですので……。なりたての場合は、身につけていないんです。で、何で今は渇きを感
じてないかって言うと……。さっき、起き上がった後に彼から精気を吸い取ったからな
んです」
「え? あ、あたしが……キュオを?」
 自分が魔物と化して少年を襲ったと聞かされ、少女は絶句する。余計なことを、と少
年に睨まれ、姫のミイラは縮こまった。とりあえず石棺の中に戻ってて、と言うと素直
に従う。
「あたし……魔物になっちゃっただけでなく、あなたを襲っちゃったなんて……」
 メリアの顔が悲しげに歪んだのを見、少年は慌てて声をかけた。
「だ、大丈夫だって! 男は精気吸われても死にはしないんだってさ! それにほら、
メリア姉ちゃんも魔物にされちゃった被害者だし、なったばかりは渇いて苦しいってい
うし! だから、気にしないでいいから!」
 少女を慰めようとまくし立てるキュオを見つめ、メリアは涙ぐむ。
「ごめんね、キュオ。お姉ちゃん、キュオのこと無理やりしちゃってごめんね。イヤだ
ったよね。ごめん、ごめんね……」
「イヤなんかじゃないよ! だから気にしてない! 僕、お姉ちゃんのこと好きだから!
だから、お姉ちゃんが渇いて苦しそうなの見たくなかったし、お姉ちゃんの役に立てて
嬉しかったよ!」
「キュオ……。ありがとう、ごめんね、キュオ。私も、大好きだよ」
 そっと手を握られ、間近で見つめる少年の真剣な顔に、少女は泣きながら笑顔を作る。
年下の彼の顔がそっと近づくのを見、メリアは瞳を閉じた。一瞬の後、唇同士が触れ合
う感触。今度は、ちっともイヤじゃなかった。どころか、まるで触れたところからキュ
オの優しさが浸み込み、悲しみが癒されていくようだった。
「ん……ちゅ……あっ、……ちゅ……ふぅ……」
 メリアは今度は自分から、舌を少年に絡める。少年も応えてくれるのが嬉しくて、少
女は何度も彼の舌をつついた。走る快感に身体を震わせながら、寝転がったまま抱き合
う。
 やがて、顔を離し間近で見詰め合った二人は、照れくさそうに同じく頬を染める。
「ね、脱がせて……」
 頬を染め、潤んだ瞳でお願いする少女に、キュオも顔を真っ赤にして頷く。服が肌に
擦れ、小さくあえぐ声に興奮を募らせながらも、少年は彼女の肌を覆う布を取り去った。
「…………お姉ちゃん、すごく……きれいだ……」
「やだ、言わないで……」
 顔をそらそうとする少女を逃がすまいと、少年は再びキスをする。すぐに蕩け、熱を
帯びた瞳でメリアは彼を見つめ、その耳元に囁いた。
「ね……ほかの場所にも、キスして……」
「え? でも……」
 ミイラの特性を聞いていた少年は、その申し出に戸惑う。感じすぎちゃうんじゃあ、
という心配の声を上げようとした彼の口にメリアの指が当てられ、少女は優しく微笑ん
だ。
「大丈夫、あなたにして欲しいの。……おねがい」
「……わかったよ」
 少年は短く言い、そっと膨らんだ胸に口付ける。彼が触れたところから走る電気に、
メリアは一瞬身体を震えさせたが、すぐに嬉しそうな表情を作った。
「っ……ぁ……ふぁ……っ……。ありがとう、キュオ。もっと、して?」
「うん……」
 少女の言葉に、少年は彼女の胸、腹、頬、肩とキスの雨を降らせていく。そして、首
筋に顔を埋めると、そっと舌を肌に這わせた。
「ん……これは、どう? ……ぺろ……」
「やぁっ! ん、んっ……、いい……っ! ふぁぁっ、キュオぉ……だめ、それ、だめ
になっちゃうよぉ……」
 キスとは違う、しかし優しい感覚に、少女は涙をこぼしながら身をよじる。だがその
声に紛れもない快感と悦びの響きを聞き取った少年は、さらに彼女の肌を愛していった。
「ぁ……あぁ……ん……っ、やぁっ……!」
「うく……ぁ……くっ、あっ……」
 闇の中、たいまつの灯りが浮かび上がらせる空間で、二人はすべてを忘れたように、
ただお互いの身体を求め合っていった。

――――――――――――――

「もう随分昔のことだね」
 家の中、あれからメリアの渇きを癒し、下半身にも包帯を巻き終わった僕たちは、ベ
ッドの上に寝そべり、お互いの身体を抱き合っていた。精気に満たされた彼女は意識も
理性もはっきりしているらしく、渇いている時より多弁だ、
「そう、だね。キュオも、もうあの頃のあたしぐらいになったんだね」
 あの日から時が止まってしまった彼女の姿は変わらず、僕だけが成長していった。今
ではほんの少し僕の方が、背も大きい。
「やっぱり、その身体はイヤ?」
「ううん……もう、そうでもない、かな。悪くない、って思える気もする。……キュオ
が側にいてくれるから、かも」
 そう言って恥ずかしげに頬を染めた彼女の声が、ふと沈む。
「でも……もうあたしの身体、成長しないんだよね」
「ん……そう、だね」
「あなたに、置いていかれちゃうね」
 ポツリと呟いた彼女に、僕は安心させようと声をかける。
「大丈夫だって。いつもの行商人の子が、今度包帯を持ってきてくれる時に長生きの薬
だか、不老の薬だかを持ってきてれるって。それを使えば、ずっとそばにいられるから」
 眉唾のような気もして、そのときは話半分に聞いていたが……よく考えれば普通の店
にはない品ばかり持ってくる彼女のことだ、案外本物かもしれない。
「ごめんね……あたしに構わなければ、あなたは人として生きられたのに」
 あの日から、マミーと化したメリアは少し変わった。年下の僕を引っ張るような活発
さは影を潜め、控えめな性格が強くなっていた。どちらかというと僕のことを優先する
ようなのも、あの日魔物になったばかりの自分が僕を襲ってしまったという負い目があ
るからだろうか。
「いいんだってば。あの日に言ったことは嘘じゃないんだから。僕は、ずっとそばにい
るから。だって、メリアがどんなになっても、僕には大切なお姉ちゃんなんだからね」
「うん、ありがとう」
 そう言って二人であの日のことを思い出し、少しばかりの恥ずかしさと共に、見つめ
合って笑う。
「あれからしばらくは大変だったね。、あの洞窟は昔の貴族のお墓だってこともびっく
りだったけど、まさかそのお姫様が魔物化してるなんて誰も思ってなかったから、いつ
この村が襲われるのか、って村中大騒ぎだったし」
「無理ない、よね。あたしは魔物になっちゃって、家にもいられなくなっちゃって。キ
ュオが両親を説得してくれたけど」
「でも、結局精気の補給はどうするのとかでもめちゃって、最終的には嫁入り同然にこ
の家に住むことになったんだよね。それから身体に巻く、マミー用の包帯も探さなきゃ
ならなかったし」
「ごめんね、迷惑ばっかりかけて」
 心から申し訳なさそうに、顔を伏せたメリアが小さく呟く。
「いいよ、おかげで今、こうして一緒にいられるんだから。それに、昔言ったみたいに、
メリア姉ちゃんの役に立てて、嬉しいよ」
「キュオ……」
 そして僕らは口付けを交わした。二人の間には、魔物と人間、生者と死者、男と女と
いう決定的な断絶がありながらも、しかしどちらもその違いを苦にしているものはいな
かった。優しく抱き合う彼と彼女には、ただ、愛だけがあった。

――『渇きが満ちるそのときに』 Fin ――

SS感想用スレッド
TOPへ 本館