クイーンスライム被害報告書
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 突然視界がぶれる。軋んだ音を耳が捉えた刹那、地面を足が踏み抜いた感触とともに脳
内に警鐘が鳴り響く。一瞬の浮遊感の後、脳が揺らされるような気持ち悪さが俺を襲う。
「やべっ……!」
 反射的に言葉が漏れる。ややあって、全身に衝撃。
「ぐあ……っ」
 身体に伝わるショックで、肺から空気が叩き出される。痛みではっきりしない目を回復
させようと、俺は頭を振った。
 しばらくすると、身体を打ちつけた痛みも治まり、視界も元に戻る。立ち上がろうとし
て再び左の腕に強い痛みを感じた。どうやら折れてしまったらしい。
「いてて……。くそ……やっちまった」
 うめきながら身を起こし、俺は辺りを見回す。
 周囲を全方向石造りの高い壁で囲まれた、かなり広い空間だ。壁や所々に立っている石
柱には、コケがびっしりと生え、蔦が巻きついている。壁や柱には精緻な彫刻や紋様が刻
まれていたが、その大部分は長い年月の間に風化し、植物の緑に覆い隠されていた。むし
ろ、わずかなりともかつての姿を残していることに驚嘆すべきかもしれない。ここは、そ
れくらい古い遺跡なのだ。
「まあ、これだけ古ければ床が抜けるのも当然かもなあ」
 天を仰ぐと遥か高くに俺が今まで歩いていた通路、その残骸が見えた。床が抜け、吹き
抜けとなった部分に橋のように掛かっていた通路は、その真ん中から折れ、消失している。
老朽化した通路は人一人の体重を支えきれず、俺の身体もろともここまで落下してしまっ
たのだ。周囲の地面には床と通路だったものの破片が散らばっている。
 足を踏み出す前に一応罠の有無は確かめたのだが、やはり今までの仕事とは勝手が違う
ようだ。まさか地面が抜けるとは思っていなかった。我ながら情けない。
「ちっ、バカ丸出しだったな……。にしても、かなり落ちたな……。地面に草が生えてた
とはいえ、よくこれだけですんだってもんだ」
 天然のトラップに引っかかった自分の間抜けさ加減と、あの高さから落ちて命があった
幸運をかみ締めながら、もう一度上を見上げる。天井は既に抜け落ち、頭上に空が見えて
いた。そこから流れ込んだのか、石の板が敷き詰められた床にはあちこち土が積もり、深
い草むらが出来上がっていた。そのおかげで、落下しても腕一本で済んだらしい。俺は傍
らに落ちていた道具袋を拾い上げると、中から傷薬を取り出し、骨折以外に、あちこちに
出来ていた傷に塗りこむ。傷口にしみた薬に顔をしかめつつも手当てをし、折れた腕には
適当な枝を添え木代わりにして包帯を巻く。
「これでよし、と。さて、まずはどこかに出口が無いかを調べないとな」
 応急処置を終えた俺はそう自分に言い聞かせ、ゆっくりと歩き出した。

 さて、何で俺がこんな場所にいるかということを説明するには、まず自分自身のことを
少しばかり語らなくてはならない。
 捨てられたのか、物心付いた時には都会の貧民街にいた俺には、助けてくれるものなど
誰もいなかった。何も出来ない子供は食い物も寝床も着るものも満足に得られず、日々が
死との隣り合わせのようなものだった。何も出来ないからこそ、生きるためにはなりふり
構うことなどできなかった俺は、同じような境遇に置かれた子供の例に漏れず盗みを初め
とした犯罪行為に手を染めることで一日一日を生き延びていった。
 幸か不幸か、俺には多少の才能と運があったらしい。10を少し過ぎる頃には、俺はそ
こらのシーフにも見劣りしない腕になっていた。盗みの腕が磨かれ、日々の飯にも困るこ
とはなくなり、それから数年後にはわずかではあるが生活に余裕を持てるようになってい
た。
 自らの腕の成長と、それがもたらす結果に天狗になった俺は、次第に金持ちや貴族を標
的にするようになっていった。町人なんかとは比べ物にならないほどの財を溜め込んだ家
からの盗みは、上手くいけばこつこつと稼ぐのがバカらしくなるほどの金を一晩で手に入
れることも出来た。
 そのうまみを知った俺が貴族相手の盗賊になるのは当然のことだった。ただ、自分の腕
を過信し有頂天になっていた俺はあまりにも派手にやりすぎた。闇に紛れるべき盗賊のは
ずの俺の存在はいつしか人々の間に知られるようになり、それに伴い家々の警備は厳しく
なっていった。特に貴族を狙った仕事はやりづらくなり、危うく捕まりそうな目に遭うこ
とも珍しくなくなってしまった。
 かといって一攫千金の魅力に毒された俺は今更ちびちびとした盗みを行う暮らしに戻る
ことや、足を洗って真面目に働くことなどできやしなかった。
 しかし、日々俺に対する警戒が強まるのを見、下見すら難しくなると、流石の俺もしば
し盗賊家業は休まざるを得ないと考えるしかなかった。かといってほとぼりがさめるまで
飯を食わないわけにも行かず、俺はとりあえずのつなぎとして、盗賊時代に身につけた開
錠や罠回避のスキルを生かした冒険者やトレジャーハンターの真似ごとでもするかと考え
たのだった。
 別に俺は冒険や謎、神秘に命を賭けるような人物ではなかったし、かといって汗水たら
して真面目に金を稼ぐ暮らしも好きではなかった。トレジャーハンターという選択は、リ
スクはあれど一攫千金も夢ではないという点で、まあ悪くはなさそうだったから選んだに
過ぎなかった。ただ、元々盗みを一人でやっていた上に、お尋ね者の俺には仲間になって
くれるような人物はいない。さらにはどんなダンジョンがどこにあるのかという情報すら
知らず、冒険のいろはも身についていなかったため、俺は情報屋に金を払って、腕慣らし
のために危険度が低く、かつ少しは見入りも期待できる遺跡を紹介してもらったのだった。
 それがここ、樹海の中に忘れ去られた古代の遺跡である。かつては儀式場だかなんだか
であったらしく、いまだに時たま貴重なマジックアイテムが見つかることもあるらしい。
 その話を聞いた俺ははるばる足を運び、遺跡の探索を始めたわけだが……先ほどの通り、
探索を始めてすぐに、俺は老朽化した床を踏み抜いてここまで落ちてきてしまったという
わけだ。

「まずいな……」
 落ちた場所、大型の闘技場ほどもある円形のフロアをぐるりと歩いて確かめた俺は、顔
をしかめながら手近な段差に腰をおろす。
 ここはかつて魔法の実験やらなにやらに使われていた儀式場だったらしい、ということ
はこの場所の位置を情報を買った売人から聞いていた。なるほど、今は土が流れ込み草で
覆われ、あちこち風化して崩れているものの、円形のフロアの中央には周りよりも一段高
くなった祭壇のような部分があり、それをぐるりとまっすぐな石柱が等間隔に並んでいる。
 しかし、そんなものは学者でも無い俺には何の意味もなかった。折れた腕をきちんと手
当てしないといけないこともあり、いつまでもこんなところに長居するつもりはなかった
俺は上に上がる階段か、別の部屋への通路の入り口を探してみたのだが、残念ながら唯一
上のフロアと通じる階段はその途中で崩れてしまっていた。壁を登ってみることも一応は
考えたが、垂直の壁は高さがかなりある上、掴んだり足をかけたりするような部分もそう
は多くない。片腕が折れたこの状態では難しいだろう。
「これは詰んだか……?」
 重く溜息を吐き出すと共にうなだれる。元々、今回の探索は腕ならしという目的もあっ
て、この遺跡に長居をするつもりはなかった。さらに単独での行動ということもあり、手
持ちのアイテムはそれほど多くない。かろうじて一日分の食料と水くらいはあるが、せい
ぜい気休め程度だ。誰かが助けが来るなんて都合のいい話があるとは思えないし、そこま
で俺の体力が持つとは思えなかった。
「あー……。やっぱりなれないことなんかするんじゃなかったかなあ」
 少しだけ後悔しつつ、呟く。まあ、あのまま無理に盗みを続けていたとしても遅かれ早
かれ捕まって、処刑されただろうが……かといって、こんな人気の無い遺跡でたった一人
誰にも知られず死んでいくというのも、寂しく、怖かった。
 無意識に震えた身体を抱き、抑える。と、そのとき俺の耳は小さな、しかし確かな音を
聞いた。
「!?」
 思わず顔を上げ、そちらを向く。目に映るのは折れた柱や瓦礫、地面を覆う草の緑だけ
で特に何も変わったものは無いが、俺は懐から短剣を取り出し、構えた。確かに、何かが
聞こえた。瓦礫が積み重なった上から小石が落ちるような音だったが、それは自然に起き
たものではなく、何かが動いて起こした音だと俺は経験から直感的に悟っていた。
 一体何者だろう。いつからいたのだろうか。さきほど歩いて調べた時には、このフロア
には俺以外には誰もいなかったはずだ。いや、それよりも先ほどはいなかったとすれば、
一体どこからやってきたのか。もしかしたら、見落としていた通路があったのかもしれな
い。
 脱出できるかもしれないという希望に、俺の期待が高まる。
 だが、まずは相手の正体を確かめてからだ。正直、盗賊の俺にはそれほどの戦闘技術は
無い。危険の少ない動物程度ならいいのだが。俺は次々と考えをめぐらせ、手の中の短剣、
その柄を握り締める。
 相手は再び動き出したのか、気を張り詰めたままの俺の耳に、何かをひきずるような音
が先ほどよりもはっきりと届く。緊張に頬を流れる汗を感じつつ、俺は立ち上がると音の
出所に向けて、そろそろと歩き出した。
 注意深く足を進める俺は、やがてフロアを取り囲む壁際までたどり着いた。高い石壁に
は一箇所、人の腰の高さくらいまでのひびが入っている。どうやら、物音はそこから聞こ
えてきているようだ。
「しかし、これじゃあ出口にはならないな」
 脱出できるかもしれないという期待が裏切られた落胆を声に出しつつ、俺は呟く。俺の
声が聞こえたのか、直後壁の向こうからの音は先ほどよりも一段と大きくなった。
「と、それよりも問題は音の主か」
 はっとして我を取り戻し、手足に力を込める俺の前で、ひび割れから蒼く透き通った液
体が染み出す。次から次へと、泉が湧き出すように染み出した液体はゆっくりと音もなく
地面へと垂れていく。 水などよりはるかに粘度が高いらしく、地面に垂れ落ちた粘液は
ある一定の範囲以上には広がることなく、その表面が不自然に盛り上がっていった。やが
てその粘液の塊はぐにぐにと蠢きながら、ある形を作り出していく。
 中心から盛り上がった塊から左右に一対、細い塊が伸びだす。腕だ、と気付いた時には
既に塊にはおぼろげながら人の姿を形作っていた。長い髪、ボリュームのある大きな胸、
くびれた腰。それは、美しい女性、その生まれたままの姿だった。
 彼女はゆっくりと目を見開き、俺の顔を見つめると微笑む。無邪気な、しかしどこか妖
艶な微笑だった。男が逆らえない、魔性を感じさせる。俺も、一瞬事態の異常さと相手へ
の恐怖を忘れかけそうになった。
 だが、女の身を染める色は透き通った蒼一色で、身体の表面はどろどろと溶け流れてい
る。さらに太ももから下は完全に粘液の水溜りに溶け込んでいた。当たり前だが、人間の
姿ではない。ナイフを握り締める手に力を入れなおし、俺は相手を睨みつける。
「魔物、ってやつか?」
 この目で実際に見るのは初めてだが、そういう「人ならざる存在」がいることは話に聞
いて知っていた。そして、彼女ら魔物が人を襲う存在であることも。
 目の前に姿を現した相手は、おそらくスライムといわれる魔物だろう。半液体状の身体
を持ち、様々な姿に変形させることが可能だという。今、人では通れないほどのひびから
姿を現すのを実際に見、その特性は十分に分かった。ならば、不定形の身体ゆえ、剣や槍
での攻撃では大したダメージは与えられないという話も納得できる。
 とはいえ、目の前で蠢くスライムの女を見るに、その動きは極めて緩慢である。どこか
ぽやんとした表情からも、それほど高い知性を持っているわけではないだろう。戦闘経験
の乏しい俺でも、逃げるくらいは何とかなるはずだ。 
「……あ」
 そこまで考えて、自分が今どういう状況に置かれているのかをようやく思い出した俺は、
自らのばかさ加減に自分をぶん殴りたくなった。逃げるも何も、自分はこの円形の場所に
閉じ込められているのである。逃げ続けるにしても体力の問題もある。いくら相手の動き
がとろいからといって、限定された空間の中でいつまでも捕まらずにいられるわけが無い。
「だけど、戦うっていってもな」
 胸の前で構えたナイフと、目の前のスライムを交互に見る。こんなちっぽけなナイフ一
本で、戦闘経験も乏しく、片腕の使えない俺が魔物を相手にして勝てるだろうか。正直自
身は無い。だが、やらなければこのまま目の前の魔物に襲われて終了だろう。
「う、うう……」
「…………?」
 ナイフを構えたままの格好で固まった俺を、スライムは小首をかしげて不思議そうに見
つめる。人間とは全く違う生き物のはずなのに、その妙に人間臭いしぐさが俺を躊躇わせ
る原因の一つでもあった。透き通っていてどろどろしてても、その顔や身体は女性の形を
しているのである。正直、斬りづらい。
 しかし、現実というものはいつだって無慈悲なもので、戸惑う俺の前で状況はさらに悪
化していく。
 壁のひびから染み出す粘液は止まっておらず、スライム娘の足元の粘液溜りはいつの間
にかその量を大きく増やしていた。既に俺の足元まで粘液は到達し、その範囲は水溜りと
はいえないほどになっている。それだけではなく、どろどろと蠢く足元の粘液からはさら
に2体、少女の姿をしたスライムがその身を起こした。足元の粘液が繋がっている所を見
ると、このスライム少女達は3人に見えるものの、本体は同じであるようだ。おそらく普
通のスライムではないのだろうが、では目の前の魔物が何なのかということは魔物に疎い
俺の知識の中にはなかったし、そもそも知っていたとして大した意味はなさそうだった。
 新たに現れた2体の娘部分もまた、俺を見つめ微笑む。その微笑に、俺は諦念と共にナ
イフを投げ捨てた。足元にまで広がっているスライムに落ちたナイフは、粘液のしぶきを
上げた。
「あー……こりゃ終わったな」
 最早どう考えても俺に状況を打破することが出来るとは思えなかった。既に、目の前の
魔物と対峙してしまった時点で俺の負けが確定していたのだ。多分、このまま目の前の魔
物に喰われて一巻の終わりだろう。まあ、どっちにしろ手詰まりだったのだし、俺みたい
な間抜けなやつの最期はそんなもんだろうと半ば開き直ってもいた。
「せめて、痛かったり苦しかったりしないように喰って欲しいぜ」
 虫のいいことだとは思いつつも、最後にそう呟いて俺は目を閉じる。足元から粘液が這
い上がってくる感触が、服の上からでもはっきりと分かった。思わず背筋が震えたが、ス
ライムは構わず俺の身体にまとわり付いてくる。
 べちゃり、という音と同時に俺は左右から抱きつかれる。おそらくは女性の姿をした部
分の仕業だろう。だが濡れ、ぐにゅぐにゅとした感触は人間の女性とは程遠かった。
(まあ、魔物とはいえ女に抱かれて最期を迎えるってのは、それはそれで悪くないかもな)
 だが、スライム娘の次の行動は半ばやけくそ気味の俺の考えを上回っていた。
 左右から抱きついていた娘とは別の、一番最初に姿を現した正面にいた娘が、俺の頬に
その蕩ける手を伸ばしたらしいのが感触で分かった。そしてあろうことか、そのまま顔を
近づけ、唇をふさいだのだ。
「……んっ」
「む、ぐぅ……っ!?」
 突然押し当てられた滑らかな唇の感触に、思わず俺は目を見開く。目の前には、彫像の
ように整った少女の顔があった。混乱する俺をよそに、スライムは愛しげに俺の唇を吸い、
舌を口内へと伸ばしてくる。
「……むぐ、ん、んんっ!」
 反射的にそれを拒もうとしたものの、スライムの舌は唇の隙間からじわじわと侵入して
いく。そして強引に口を開かせると、口の中を這い回り、貪り始めた。彼女の舌が、独自
の意志を持った生き物のように激しく蠢き、俺の舌を絡めとり、唾液を舐め取る。さらに
彼女は表面から溶け出した粘液を俺に飲み込ませようと動いた。
 その間にも左右から抱きつく少女達は、俺の服の隙間から腕を差し入れ、肌を撫で回す。
右側のスライムが俺の首筋に頭を埋めてその肌を舐め、左側のスライムは耳たぶをついば
んでいた。
 巨大なスライムから生える少女3人に抱きつかれ、殆ど飲み込まれた様な状況に置かれ
た俺は、キスや愛撫に快楽を感じつつも、同時に激しく混乱していた。
 てっきり、魔物であるスライムの彼女にどろどろに溶かされて喰われるものだと思って
いたからだ。しかし、その割には身体が溶かされるような感触や、痛みは無い。それにな
んだか、このスライムの行動には「俺を気持ちよくさせようとしている」とでもいうべき
印象を受ける。だが、その感覚はとてもじゃないが素直に信じられるものではなかった。
(そんなばかなことが……)
 そもそも、俺を感じさせることでスライムに何のメリットがあるというのか。俺を食べ
るなら、キスしたり愛撫したりといったことをする必要はないはずだ。獲物を弄んでいる
のかとも思ったが、目の前の表情にそういった色はない。3人ともどこか甘ったるい顔で
俺を見つめている。
 やがてキスには満足したのか、正面の娘が顔を離す。それと同時に左右の娘たちは愛撫
を続けながら、俺が身に纏った衣服を脱がし始めた。一体何のつもりか分からず、俺は先
ほど以上に混乱する。
「ぐぅ……ッ!」
 ボタンを外され、上着を脱がされる瞬間、俺は左腕に激痛を感じる。異常な状況に綺麗
さっぱり忘れていたが、落下した時に折れていたのだった。思わず上げた声に左右の娘達
はびくりと動きを止め、痛みに顔をしかめる俺に、正面のスライム娘が心配そうな表情を
つくる。
「心配してくれんのか? はは、ありがとな。けどこれくらい、なんでもないって」
 目の前の少女は人間の形を真似ただけの存在で、その浮かんだ表情ももしかしたら俺の
勝手な思い込みによる幻視かもしれなかったが……「女の子に心配される」という今まで
決して経験することのなかった事態に、俺は不思議な優越感と、嬉しさを感じた。そして
つい、強がって見せてしまう。
「……」
 俺の言葉を理解しているのかどうか。表情を変えないスライム娘は、一つ頷く。同時に
左側のスライムは、折れた腕を慎重に蒼い胴体で包み込み始めた。
「なんだ?」
 不可解な彼女の行動に、俺は戸惑う。透き通ったスライムの身体の中で、まかれた包帯
が解け、添え木が外される。そして、何かが皮膚の下へと浸み込んでいく確かな感触があ
る。痺れるような感じに近いが、しかしそれは苦痛ではなかった。腕を優しく握られてい
るような、そんな感触である。
「え?」
 そこまで考えて、俺は腕の痛みが消えていることに気付いた。スライム越しに見た感じ
でも、腕は腫れ上がってもおらず、健康そのものに見える。動かしてみても、痛みは欠片
もなかった。ただ、身体をかき混ぜられたスライム達がどことなく嬉しそうな表情を見せ
たが。
「……治して、くれたのか?」
 思わず呟いた言葉に、正面のスライムはにこりと微笑む。俺は最初の印象を訂正するこ
とにした。どうやら彼女には、人の言葉を理解し、その感情をある程度察するくらいの知
性があるのは間違いないようだ。そして、彼女達には俺を殺す気はない。なぜかは分から
ないが、それは確実だった。
 俺の怪我が治ったことを確認すると、スライムたちは再び衣服を脱がせにかかった。上
着が器用に剥ぎ取られ、ベルトが緩められ、ズボンが下ろされる。下着も同様に脱がされ
ると、男性器が露になった。先ほどまでの愛撫ですっかり固くなったそれを目にした俺は、
なんともいえない気まずさを感じる。
 だが、スライムたちはまるで気にした様子はなかった。それどころか嬉しそうな、期待
に満ちた淫らな表情を浮かべる。正面のスライムが微笑むと、左右に抱きついたスライム
たちは俺を抱え、ゆっくりと彼女へ近づけていった。既にうすうす気付いてはいたが、ど
うやら彼女たちはその根本は同一の存在でありながら、正面のスライムはその主、例える
なら女王とでも言うべき存在であり、左右の二体は従者的な立ち位置にあるらしい。
 そんなことを考えているうちに、主スライムの身体が俺の目と鼻の先にあった。最初よ
りは多少落ち着いて見ることが出来るようになった俺は、その身体をしげしげと観察する。
 透き通った蒼い色と、表面が所々どろどろと溶けているところを除けば、その身体つき
は男にとって非常に魅力的なものだといえた。豊満な、というよりは巨大な胸、腹から腰
にかけての美しい曲線。細い腕。人間ではありえないからこその、魅惑的な女体がそこに
あった。
 左右の従者スライムに導かれ、俺はゆっくりと自分自身を女王の中に埋められていく。
「うぐ、うぅ……っ」
 口から声が漏れる。だがそれは苦痛によるものではなく、あまりの快感がもたらされた
ためであった。蠢き、俺を包み、刺激を与えてくる彼女の体内はまさに桃源郷であり、人
を蕩かす魔性のものであるといえた。
 従者たちは俺に抱きつき、肌を撫で、舐め回しながら女王に更なる快感を与えよと急か
す。既にそんなことをされなくとも、俺は初めて味わう魔物の快楽に完全にやられていた。
荒い息を吐き、獣のように腰を突き出し続けた。そのたびにスライムの身体が跳ね、ゆが
み、半開きになった女王の口からは声にならない声がもれる。根っこで繋がっているから
感覚が共有されているのか、俺が一突きを入れるたびに、左右に抱きつく娘達も快感に顔
を染める。
 スライムの方もまた、俺の攻めに負けじとするかのように男性器への刺激が激しさを増
していく。まるで手で優しく触られているかと思うと、次の瞬間にはひだひだが俺を絞り、
生暖かいものが巻きつく。その絶え間ない責めに俺は悶え、声を殺しながらひたすら動き
続けた。
 だが、ついに限界が訪れた。その兆候を鋭敏に感じ取ったスライムは俺への刺激を一段
と激しいものとし、俺はそれに屈した。
「う……あ……、あ……っ、ああああああああああっ!」
 声を上げた瞬間、男性器から勢いよく液が発射される。それは一滴残らずスライムの体
内に飲み込まれ、透き通った身体の中に白く漂った。その光景を見て、脱力感と共に急速
に眠気が襲ってくる。どうやら、張っていた気が絶頂を迎えたと同時に切れてしまったよ
うだ。
 力の抜けた俺の身体を、従者の子達が支えてくれた。柔らかな彼女たちのスライムの身
体は、疲れた俺には心地よいベッドのようだった。どこか嬉しそうに見える女王の顔をぼ
んやりと見つめていた俺の視界も、やがてゆっくりと暗闇に閉ざされていった。

「おきて」
 いい夢だか悪い夢だか判別付きかねる夢を見ていた気がする。まあ、悪党なんかにいい
夢を見る資格は無いのかもしれないが。だが、現実なんてひどいもんしかないんだから、
せめて夢でくらいは苦痛の無い、快楽に浸ってもいいだろう。
「おきて、おきてください」
 聞いたことの無い、女の子の声が耳に届く。思考が纏まらないまま、声に従い俺はまぶ
たを開いた。
「……!」
 目に映ったものが何であるかを頭が理解した瞬間、俺は息を呑み目を大きく見開いた。
そこにいたのは、全身が透き通った女の子。先ほど俺を捕らえたスライムだ。だが、気を
失う前の俺が感じた通り、彼女にこちらへの敵意や害意は全く無いようだ。スライムは俺
が起きたことを認めると嬉しそうに微笑む。その光景、さっきのあれ全てが夢ではなかっ
たことに、俺はなんとも言えない表情を浮かべた。
「あ、やっと起きましたね。具合は、いかがですか?」
「え? あ、ああ……別に、どこも悪くないが」
 流暢な言葉で自然に語り掛けられ、思わず俺も素で返してしまう。身体を起こそうとし
て、俺は自分がスライムの粘液の上に浮かぶようにして横になっているのに気付いた。盛
り上がるようにして背中が持ち上げられ、起き上がった身体を少女の姿をしたスライムが
支えてくれる。
「あ、ありがとう。ええと、あんたは、さっきのスライム……?」
「はい、そうです」
 にこにこと微笑みながら、彼女は頷く。
「ああ、その身体はそうだよな。……って! あんたしゃべれんのかよ!?」
 思わず叫ぶ。彼女は俺の言葉に、一瞬きょとんととした表情を浮かべ、ややあって納得
したように頷いた。人とは違う存在のはずなのに、そんな仕草一つ一つに、人間臭さを強
く感じる。
「ええっと、それはですね。あなたの精をもらって、私が成長したからなんです。先ほど
あなたが目を覚ますまでに、あなたから少しヒトの知識を学ばせてもらいました」
「あ、そう……」
 一体どんな方法を使って知識を学んだのかは正直気になったが、聞かない方が幸せな気
がした俺は、とりあえず一番最初から気になっていた点を尋ねてみることにした。
「あんたは……なんなんだ?」
 核心を突く問いに、目の前のスライムはうーんと唸った後、ちょっと困ったような表情
を浮かべる。
「わたしもよく分からないんですよねー。スライムなのはスライムなんですけど。なんな
んでしょうね、わたし」
 苦笑気味の言葉に、俺は思わず脱力する。
「あ、あのな……。いくらなんでも、自分のことくらい分かるだろう?」
「それが……わたしが自分を『スライム』って捉えてる認識も、あなたから学んだ知識の
中にあった言葉を借りてるだけですから。確かに……ちょっと他の子とは違う気もします
が、他のスライムのことを詳しく知ってるわけでもないですし。違うからどうだ、ってこ
とは、あんまり。その……基本的には、わたしは食べることと増えることが満たされれば
いいので」
「食べる……! やっぱり、結局は俺を食べるのか?」
 害意は無いと思っていたが、彼女の言葉に俺はぎょっとして尋ねる。だが、目の前のス
ライムは即座に否定した。
「いえ、あなた自身を食べはしませんよ。さっきちょっと言ったかもしれませんが、わた
しの食事は主に人間の精ですから」
「あ、ああ……アレ、食事だったのか」
 顔色一つ変えずに言う彼女の言葉に、逆に俺のほうが顔を赤くしてしまう。
「ええ、ですから。今後ともよろしくお願いしますね。さっきので少し増えることが出来
ましたが、もっともっと大きくならないと」
「え?」
 スライムの言葉を耳が捉え、頭が理解すると同時に俺は周囲を見回す。いつの間にか、
スライムの粘液は水溜りどころか池と呼べるほど大きく広がっていた。その盛り上がった
水面に俺は浮かんでおり、傍らには微笑む少女の形をした部分がある。俺が気を失ってい
た間にもうこんなに増えたのか? いや、それよりも今後とも、って。
 俺の考えに気付いたのか、少女の姿をしたスライムは頷く。
「ええ、これからずっと。あなたと『わたし』でもっと大きくなっていきましょうね」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
 俺の必死の呼びかけも、彼女は効いていないようだった。幸せそうな笑みを浮かべたま
ま、言葉を続ける。
「そうそう、あなたのおかげで大きくなったので、また新しい『わたし』を作ったんです
よ。あなたの持つ女性のイメージを借りて外見を決めましたから、きっと気に入っていた
だけるはずです」
 その言葉と共に、彼女のわきからぐねぐねと粘液が盛り上がり、少女の姿を形作る。蒼
一色の身体は同じだが、長い髪を伸ばし、大きな胸と尻を持つスライムだった。その後ろ
には、先ほどの交わりで俺の左右にいた少女たちも姿を現していた。
「うーん、増えると『わたし』の区別がつきづらいのが難ですね。こうすればいいでしょ
うか?」
 かすかに困り顔になったスライム娘が唸ると、正面の彼女の頭の上に王冠のような部分
が生み出される。同時に他の3体の頭部分には、メイドがつけるヘッドドレスのように見
える部分が生まれた。
「うん。これで元の『わたし』と、新たに生んだ『わたし』、分かりやすくなりましたね。
それでは、さっきの続きをいたしましょう?」
 粘液の池の上、4体になった少女部分が、そろって俺に微笑みかける。既に彼女に捕ら
えられている俺に逃げ場などなく、メイドスライムに抱きつかれキスされながら、俺は女
王の下へと運ばれていった。



 出会いの日から何ヶ月が過ぎただろうか。俺は今日もまた、「彼女」の上に浮かびなが
ら空を見上げていた。かつて俺が落ちたフロアは、今では壁までなみなみと蒼い粘液が満
ち、さながらスライムのプールのようになっていた。その真ん中で寝転ぶ俺の両脇にはメ
イドのようなカチューシャ部分を持つスライムが抱きつき、裸の俺の胸板を舐め回してい
る。服は着ていない。そんなものは彼女たちとの営みには邪魔なだけだったし、温度の調
節は身体を包み覆うスライムがしてくれていたから、暑さや寒さに苦しむことはなかった。
「どうかしましたか?」
 不意に、視界に女王の顔が覆いかぶさる。やや心配げにこちらを見つめる顔に、俺は笑
って返す。
「いや、別に。ただ、随分大きくなったなあ、って」
 視線の先には、かつて俺が床板を踏み抜いて落っこちてきた通路が見える。そのあちこ
ちに、光を反射して煌くスライムの蒼い輝きが見えた。既に彼女はこの遺跡の隅々までそ
の身体を広げているのだ。女王以外の分体である少女部分は約百人を数え、小さな村ほど
の規模になっている。遺跡内のあちこちに散らばり、活動するその全てが女王である彼女
と繋がっているという点で、この遺跡自体が彼女の体内にあるようなものだった。
「そうですね。あなたのおかげで、随分大きくなれました。でも、もっともっと大きくな
らないと。まだまだ『わたし』を増やしたいですし。」
 実際にこの目で見たわけではないが、分体たちの間には色々と役割分担があるらしく、
どこからか食料を調達してきたり、定期的にやってくる商人(といっても、人間であるか
は甚だ疑問だが)と交渉して色々な物品を仕入れたりしているようだ。
 丁度今もよく熟れた果実が彼女の体内を流れ、俺の手元まで運ばれてきた。彼女に断っ
て手を突っ込んで取り出し、一口かじる。甘い果汁が口いっぱいに広がった。
「いつもいつも、わりいな」
 お礼の言葉に、目の前の女王は嬉しそうに目を細める。全ての分体は彼女の一部なので、
礼はこうして女王に言うのがいつの間にかの決まりになっていた。まあ、大抵俺の世話を
焼くのは分体の娘部分で、「女王自身」が俺に何かをしたことというのは、殆ど記憶に無
いのだが。
「まだお食べになりますか? 他に欲しいものがあったら、何でも言ってくださいね」
 寝転んだ俺の側に控えるフリルカチューシャをつけた(ように見える)少女部分が尋ね
る。彼女が俺の世話係のような役を担う分身体らしい。根源は同じとは言われても、この
少女部分の性格の多様性には当初は随分と驚いたものだった。
「いや、いいよ」
 そういって、俺は女王の身体に自らの身体を預ける。女王の手が優しく俺を抱きしめ、
すぐさま少女の姿をしたスライム達が覆いかぶさり、俺をスライムの中に飲み込んだ。い
つものことだが不思議と息苦しくはなく、むしろ穏やかな心地よさが全身を包んでいく。
女王がそっと俺の身体を全身で抱く脇で、従者たちも奉仕を始める。
(しかし、これはひどい怠け者生活だな)
 苦笑する。王侯貴族ですら、これほどまでに自堕落な生活は送るまい。最早俺は自分で
何かをすることなど、殆どなかった。食事をはじめ、殆ど全ての行為を彼女に任せきりな
のである。いや、彼女に依存して生きているという方がより正確だろうか。
 依存、まさしくそうなのだ。俺は最早彼女の一部と言っていい状況にある。彼女が生殺
与奪の権限を持っているようなものだ。だが、別にそこには不満は無い。元々、彼女がい
なければ俺はここで野垂れ死んでいただろうし、それを救ってくれたばかりか、毎日こん
な快楽に浸かっていられることに感謝こそすれ、不満を抱いたことなどなかった。
 いや、それよりなにより、俺は彼女と共に暮らすうちに、この優しい魔物に愛情すら感
じるようになった。怪我を治してもらった時からか、それとも、俺に微笑みかけてくれた
時からか、はたまた俺の精が、新たな少女部分を産んだのを見たときからか。いつからだ
ったのかははっきりと分からなかったし、他人に理解はされないだろうが、この愛は本物
だった。
 だけど、彼女はどうなんだろう。
 俺は彼女にどう思われているのだろうか。ふと、今まで考えたことのない、いや、考え
まいとしていた疑問が頭をもたげた。出会ったばかりの彼女は、つまるところ俺を精気を
補充するための存在、つまり食欲と増殖の本能を満たすためのものと考えていたはずだ。
その時のことはいい。過ぎたことはいい。
 しかし、今の彼女は?
 俺との交わりや、外界との接触を通じてその知能を急速に成長させていった今の彼女は、
人間と変わらない感情を持っているようにも思える。人ではない彼女に人間の尺度を当て
はめること事態が愚かだとは思うが、それでも、男として女に愛されたいという欲が俺の
中にはあった。
「……きもちよく、ない?」
 俺が考え込み、反応が鈍くなってしまったことを敏感に察したスライムたちが、不安げ
に尋ねる。
「いや、すまない。あんまり気持ちよくてちょっとぼおっとしてた。続けてもらえるか?」
 その言葉に、スライムの少女達――実際は、全て同じ存在だが――は嬉しそうに奉仕を
続ける。だが俺はそれに心地よさを感じていても、心のどこかに疑問が引っかかって、素
直に楽しめなかった。

 夜。俺は昼間と同じように、スライムに包まれて眠る。だがこの日はいつものようにす
ぐに寝付けなかった。寝転がり、夜空に浮かぶ星月をみながら、長い息を吐き出す。
「…………」
 分かっている。引っかかっているのは、昼間に気付いてしまった疑問だ。「彼女は、自
分をどう思っているのか」――さらに突き詰めれば、「彼女は自分を『愛して』くれてい
るのか」ということであった。
「ち……。いまさらだよな」
 誰の愛も知らずに、必要とせずに一人盗みに手を染めて生きてきて。しくじって死ぬこ
とが殆ど決定されていた状況から奇跡的に生き延びて。これ以上ないほど自堕落である意
味恵まれた日々を与えられているというのに、まだ足りないらしい。
「ほんと、どうしようもねえ」
 一人悪態をつく。また長い息を吐き出し、目をつぶる。
 やがて、不意に顔を覗き込む気配を感じた俺は目を開ける。
「……あ。起こしてしまいましたか?」
 そこには、女王の顔があった。おずおずとかけられた声に、俺は首を振る。
「いや、目をつぶってただけ。なかなか寝付けなくてな。それより、珍しいな」
 いつもなら女王部分は単体で活動をしたりしない。俺への対応でも、大した用事でなけ
れば分身体にやらせるか、仮に女王部分が来るにしても、分身体である従者を伴うのが常
だ。それがわざわざ「彼女だけ」で、こんな夜更けにやってきたことに俺は何かいつもと
違ったことを感じ、身を起こした。
「何か?」
「ええ、少し……」
 俺の問いかけにも、彼女は歯切れが悪い。無理に聞きだすことも出来ず、俺もまた、口
をつぐむ。
 しばし、互いの間に気まずい沈黙が落ちる。やがて、彼女は何度かためらった後、その
言葉を発した。
「あの……。後悔、とか……していませんか?」
「え?」
 一瞬、彼女の言葉の意味が上手くつかめず、俺は戸惑った声を出した。思わず飛び起き
た俺の視線の先で、彼女は辛そうな表情でうつむき言葉を続けた。
「魔との暮らしに。……わたしに出会わなければ、あなたはもしかしたら上手くここから
出ることが出来たかもしれない。元の、人の世界に戻れたかもしれない。それに……未練
は無いのですか?」
 何故、彼女が突然そんなことを言い出したのか、俺にはわからなかった。だが、その疑
問にも彼女自身が答えてくれる。
「わたしはあなたのおかげでここまで大きくなり、外の世界と触れることも多くなりまし
た。そして外へと少しずつ行動の場を広げると同時に、戻るべき場所の大切さも、わかる
ようになりました。だから……あなたをわたしの都合でここに縛り付けてしまうことは、
果たしてあなたの幸せになるのだろうかと、ふと考えてしまったのです」
 成長し続け、知性を増した彼女は、そういったことまで考えられるようになったのだろ
う。本能だけに従う魔物なら、決して考えないようなことを。俺をただの栄養源とみなし
ているなら、そんな悩みなど持つはずが無い。それは、つまり。
「……愛するものと一緒にいたいという自分の気持ちよりも、愛するものの幸せを願うの
か……」
 無意識のうちに零れ落ちた言葉に、女王はこくりと頷く。
「…………」
 俺は目の前の女性に、一瞬何も言うことができなかった。自分がいかに小さく、自分勝
手な悩みを考えていたかと思うと、彼女に申し訳ない思いでいっぱいになった。
 目の前の魔物は、俺のことを深く愛してくれていたのだ。それも、本能を抑え込んで、
自らを犠牲にしてまで俺の幸せを思うほどに。それを感じ、俺は言葉に出来ないほどの想
いを彼女に抱いた。その一割でも伝えようと、そっと女王の蒼い身体に抱きつく。
「俺の心配なんて……そんなこと、考えなくていい」
 彼女の耳元で、そっと、だが確たる意志を込めて囁く。
「俺には、外の世界に未練なんて無い。ただこうして一緒にいられるだけで十分幸せなん
だ。だから、おまえは離れないでくれ……」
 まるで迷子の子供がやっとみつけた親にすがりつくように、俺は彼女の柔らかな身体を
抱きしめる。
「うん……」
 最初とまどっていた彼女もまた、愛しげに俺の身体を包み込んでいった。

 しばし抱き合っていた俺と女王は、やがてどちらからともなく身体を離す。今度はお互
いに頬に手をあて、ゆっくりと顔を近づけあっていく。初めて出会ったときと同じに、唇
同士が触れ合う。
「ん……んん、ちゅ……ちゅぱ……んぅ……」
 俺は以前とは違い、積極的に舌を伸ばし、絡めあう。女王もまた、それに答えて舌を動
かした。
 大きく膨らんだ透き通った胸が、俺の胸板との間でゴム鞠のように形を変える。その弾
力と肌触りをさらに楽しもうと、俺は彼女の胸に手を伸ばした。
「しかし……でかい胸だな」
「んっ……あ……ふぁ」
 女王の口から、悩ましげな吐息が漏れる。スライムである彼女は全身が性感帯であると
いえるが、やはり女性の特徴を強く出した部分ほど感じるらしい。乳房が俺の手の中で形
を変えるたび、彼女の身体が跳ねる。
「あっ、ん……ぁあ……、あ……」
 だが、女王の方もやられっぱなしでいるつもりはなかったようだ。どろどろと形を崩し
た足元の粘液が、いつの間にか俺の身体を這い上がってきていた。スライムは腰から下を
包み込むと、俺の肉棒へと刺激を与え始める。
「うっ……うぅ、く……」
 スライムが一物にまとわり付く感触に声を上げ、俺の動きが止まったのを見逃さず、女
王は両腕を回して俺の身体をかき抱く。どろりと崩れた腕が下から這い上がるスライムと
つながり、俺の胸より下はスライムに包み込まれてしまった。身動きの取れなくなった俺
を優しく、だがどこまでも淫らに見つめると、女王は俺に刺激を与えながら、俺の腰を動
かし始める。
 波に揺られるような、赤子が母親に抱かれるような、不思議な安堵感とともに、全身に
快感の電気が走る。男性器だけでなく、身体全てを女性器につつまれているかのような、
そんな奇妙だが、抗いがたい快楽が俺の脳を焼く。
「くぁ……あ、あ、あっ……ぐ、く、くぅ……!」
 まるで意味を成さない声が、俺の口から漏れる。強烈な快感で、簡単にイってしまいそ
うだったが女王は絶妙の加減で、すぐに俺が限界を超えないようにしていた。
「……ふぁあ……ああ……ぁ……うぁあ……」
 だが、彼女自身も快感を堪えることは難しいようで、蕩けた顔、そこにだらしなく開い
た口からは熱のこもった息と、声が発せられていた。次第に女王の動きは本能的なものを
むき出しにした激しいものとなり、俺もまた、彼女に動かされるよりも前に腰を突き出し
ていた。
 そして、しばし男女の荒い呼吸の音と粘液をかき混ぜる音だけが人気の無い夜の遺跡に
響き渡る。それは長く続いたようにも、短い時間のことのようにも思えた。
 やがて、男と女の叫びとともに、辺りは再び静けさを取り戻す。
 透き通った蒼いスライムの池の真ん中で、俺は身体を起こす。同じく起き上がった女王
の目をまっすぐに見て、想いを伝えた。
「さっきはちゃんと言ってなかったな……。俺も、あんたを愛している。だから、せめて
この身が終わる時までは、あんたのなかにいさせてくれ」
 照れに頬を染めながらも、俺はそれを言い切る。俺の手を取り、胸元に抱く女王はその
瞳から蒼く輝く涙を零しながら、何度も何度も頷いた。そして、再び俺の全身を包み込ん
でいく。
 母親の子宮に抱かれる胎児のように、俺は静かに眼を閉じ、しばし彼女の中に広がる海
に漂っていた。

――『透ける蒼の中で』 Fin ――

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