レッサーサキュバス被害報告書
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「はあっ、はあっ、はあっ……」
人里から離れた街道。人通りもほとんど無いその道を一台の馬車が猛スピードで駆け抜けていく。
御者台に座る男は身なりこそ立派に見えたが、その顔には恐怖と焦燥が張り付いていた。
その様子は、まるで狼に追われる獲物のように見える。
いや、実際彼らは追われていたのだった。それも狼などよりも、もっと恐ろしいものに。
やがて、馬車はうっそうとした森に入る。御者は後ろを振り返ったが、彼の目には誰もあとをつけていないように見えた。
何とか逃げ切れたか。そう安堵しつつ、念を入れて木々の陰に馬車を停める。
そこで初めて、馬車の中から声が掛かった。
「逃げ切れたのですか?」
年のころ15・6歳程度の少女らしい、澄んだ高い声が響く。恐怖に震えてはいるものの、その声には生まれのよさを感じさせる高貴さがあった。
「……そのようでございます。念のため、もう少し身を隠してから出発することにいたしましょう。」
御者の青年が答える。幾分落ち着いてきたのか、彼の声も平静を取り戻しつつあった。
「お嬢様、お怪我はございませんでしたか?」
かなり馬車を飛ばしてきたことを思い返し、青年は馬車の中に声をかける。
しかし、その問いかけに先ほどの少女以外の声が答えた。
『そうそう。怪我なんてされちゃったら困るのよね〜。ウフフ、お姫様の前に、まずは貴方からいただいちゃうわね〜』
その声が響くと同時に、黒い影が青年に躍りかかる。

絶叫が上がった。

――――――――――――――

ごろごろ。
……決して岩が転がる音ではない。そもそもここは街中だ。岩が転がってくるような罠など無い。
ごろごろ。
「なあ、それやめないか? さっきから道行く人が皆俺たちのこと見てるぞ」
通行人の視線に耐えかねた俺は、外していた視線を斜め上に向け、空中でごろごろするパートナーに声をかけた。
「だって〜暇なのよ〜。だいたいラウスが悪いんだよ? まだ約束の時間までたっぷりあるのに〜」
空中に浮かびながらそう言い返すのは角、皮膜の羽、細長い尻尾を持つ悪魔の少女。
彼女こそが俺のパートナー、サキュバスの『リリナ(仮名)』である。
「そうしないとお前、遅刻ぎりぎりまでやりたがるだろ。出発前に疲れてどうすんだ」
今はここ、町の入り口の大門前で人と待ち合わせをしているのだが……5分で飽きた彼女が「空中で」ごろごろとしだしたのである。
ただでさえ彼女の容姿は目立つというのに、正体を思いっきりばらしたまんま空中に浮いているのだ。
ああ、また通行人から変な目で見られてる……。いやな浮き方である。
しかしここで帰るわけには行かない。なにせアイツからの呼び出しなのだから。
でもなあ……アイツだって俺たちの今の状況、知らないわけではあるまいに。もうちょっと人目につかないところで落ち合うとかさあ……。
などと仕方の無いことを考えていると、俺たちとは別の意味で周囲から浮いたヤツがこっちに向かってくるのに気付いた。
「遅れてすまない! 待たせたかい?」
白銀の軽鎧に篭手、具足と白いマント。腰につけた長剣が金具とぶつかってがちゃりと音を立てる。
整った顔だちと翠玉の大きな瞳、そして金髪がいかにもな美男子、といった印象を周囲に与える。
約束の時間よりも10分は早いというのに、走ってくるのがコイツらしい。
「いや、そうでもない。そもそも約束は正午だろ。まだ遅刻ですらないぞ」
「その物言い、変わってないね。ラウス」
「そっちこそだよ、カーライル」
若干の呆れを混ぜて答える。コイツが今回の同行者、『カーライル=フレオン』 俺の古くからの知り合いでもある。

「しっかしずいぶんと急な呼び出しだな? そもそもなんで聖王教会騎士団のおまえさんがこんな地方都市まで来てるんだよ?
しかも極めつけは俺とパートナーの力を借りたい、なんて。おまえんとこで俺らがなんていわれてるか知ってるんだろ?」
合流した俺たちはとりあえず事情を説明してもらうため、適当な酒場に入ることにした。
「マスター、さけー。いいワインかなんか入ってないの〜?」
隣で速攻酒を飲み始めた淫魔がいる気がするがとりあえず無視。
「ああ、順を追って説明するよ」
最初にリリナを見たときは戸惑っていたカーライルもこの短い時間で彼女の扱い方を見極めたようだ。うむ、見事なスルー。
「フリスアリス家って知ってるかい? ここら一体を治めている領主だ。まあ貴族としては中の上、くらいだけどね。
で、この家には一人娘がいるんだが、一週間前に彼女がさらわれたらしい。その娘、カテリナ=フリスアリスを助け出すのに協力して欲しいんだ」
「地方とはいえ、貴族の子女の誘拐? それなら騎士団が動くはずだろう?
そもそもギルドにすら告知されないようなレベルの依頼、個人的に解決しようとするなんてお前らしくないぞ?」
当然の疑問をぶつけてみる。ギルドからの依頼ならまだしも、教会騎士団と俺はいろいろ、相性がよくない。
これから生死を共にする仲間となるのだから、不審や疑念は払っておきたい。信頼関係のないパーティーほど怖いものは無いのだから。
そういうとカーライルは声を潜め、俺たちだけに聞こえるように話した。
「ラウス、君にだから言うけど……今回の件は僕の独断なんだ。他の部下の誰にも話していない。
実はそのフリスアリス家とはちょっとした縁があってね。その当主、彼女の父親から内々に話があったんだ。」
「何でまた? 貴族ならもっと堂々と、正規ルートで頼んだ方が確実だろう?」
「そうなんだけどね、今回はそうも行かない理由があって……。
実は、さらった相手――といっても人間じゃないけど――の正体と、その居場所はもう分かってるんだ。おそらく、彼女もそこに捕まってる」
俺は無言でその先を促す。
「彼女がさらわれたときに一緒にいた御者は発見されたんだけど、ひどく精気を搾り取られていてね。
どうも相手は人間じゃなく、悪魔だったみたいなんだ。で、方々手を尽くして、最近になってこのあたりで悪魔が住み着いたといわれる廃墟を突き止めたらしいよ」
悪魔、という言葉が出たところでリリナも酒を飲む手をとめ、真剣にこちらの話を聞き始めた。
それはいいがお前、どれだけ飲んでんだよ。こないだの臨時収入全部なくす気か。
「なるほど、そういうことね。蛇の道は蛇、か。確かに相手が悪魔ならこっちにはその手の内を知り尽くしたやつがいるしな」
そういって隣のりリナの髪を軽く梳いてやる。彼女の方は気持ちよさそうに目を細め、俺のなすがままにしていた。猫みたいだな。
「だが、それならなおさらお前らの本分だろう? そっちには泣く子も黙る悪魔祓い部隊がいるんじゃないのか?」
俺たちにとっては天敵だがな。前に一度、リリナの件で呼び出された時には俺ともども、邪神の手先みたいな目で見られたし。
前の依頼者の貴族と、ギルドからの書状が無かったら異端審問コースだったかもしれん。
「それがまずいんだよ。教会の上には人間主義者や反魔王派が多くて、君達の協力を得ることなんてとても出来そうにない。
正直、あそこでは僕みたいな共存派は異端なんだ。さらに悪いことに、今の対悪魔特務騎士団のトップは神経質なまでの魔物嫌いでね。
さらわれた人質すら、魔に汚染された、とかいう理由で異端審問しかねないんだ。当主はそれを何よりおそれているんだよ。かわいい一人娘だからね。
そこで知り合いの僕にこっそりと話を持ちかけてきたわけさ」
わからんでもないが……しかし組織ってのはどうしていつもこうなるかな。ま、ここで議論しても仕方ない。
冒険者は冒険者らしく、依頼人の仕事をこなすとしますか。

――――――――――――――

翌朝早く、俺たちは宿を出、目的地に向かうことにした。
目的地は街から三日ほどの所にある廃墟。といっても王都かどこかの貴族だかなんだかがうち捨てた別荘らしい。
そこを例の悪魔が住処にしている、という話だそうだ。そういやこいつもそうだったっけ。悪魔って城跡とか好きなのかね。
まだ朝だというのに街中には人通りが多い。流石はこの地方の都市。人間だけでなく亜人や異種族の姿もちらほら見える。
街中の噴水には若い詩人が腰掛け、そのハープに合わせて蒼い髪の歌姫が美しい歌声を響かせている。
朝市では人狼の少女が買い物袋を抱えたまま、軒先からつるされた肉をものほしそうに眺めていた。
人間の方も、街中に魔物がいることになじんでいる様子だ。中央教会の直轄領じゃまず見られない光景といえる。
ここの領主が人間と魔物の共存に理解が深い、っていうのは本当らしいな。

街を出て街道を進む。それなりの道のりではあるが、目指す場所が場所だけに道はしっかりと整備されているし、他の魔物の襲撃も無く、それほどの困難も無かった。
変わったことといえば、分かれ道に「この先マタンゴの里、立ち入るべからず」の看板があったことと(幸い目的地とは反対方向であった)、
道の真ん中でリザードマンの少女に説教されている夫婦(だと思う。母親の方もリザードマンだったが)を見かけたくらいか。

「こうして二人で歩いていると思い出すね。子供のころのこと。」
「あ〜……世界一の剣士になる、とかいってよく冒険ごっこしたっけか。
それでお前はちゃんと騎士になったもんな。異例の出世なんだろ? その歳とコネなしで聖騎士になるのってさ」
「ありがとう、でもなんだか君に言われると照れくさいな。それにラウス、君だって本当なら……」
「それはいいって。今の俺はただの冒険者だし、それに満足してるさ。おかげでリリナと出会えたしな。それで十分さ。お前も剣ばっか振ってないでさっさと嫁さん貰え」
その話題を打ち切るようにからかってみる。初心なコイツは昔からいつもこの手の話題が苦手で顔を真っ赤にしてたっけ。
しかし、このときばかりは反応が違った。
「ああ……そうだね……」
何か悩み事か? コイツがこんな反応するのは初めてだ。気にはなったがそうそう首を突っ込んでいいものでもないだろう。
そう考え、あえてそれには触れないことにした。
「ごしゅじんさま……」
後ろから声がした。
しまった! 先の話題は別の方で効果を発揮してしまったようだ!
「あたしと一緒にいられて幸せって……ずっといっしょだって……うれしいです!」
言ってねえ! おいこらやめろ胸を当てるな耳かむなバカここ街道だろこんなとこで体力減らすなおいまてズボンに手をかけるなまてまてーッ!

前言撤回。身内が最大の困難でした。

3日後、目的地の廃墟前に俺たち3人は無事つくことが出来た。
何故だ。予定では昼過ぎに着くはずが何で月が空に浮かんでる。
隣のサキュバスをにらむ。美少女の頭にたんこぶである。シュールだ。
別荘、というよりは城とすらいえそうな大きな屋敷である。あちこちの壁がはがれ、庭に草が生い茂っているが建物自体はしっかりとしている。
……人気は無い。廃墟だから当たり前だが、中の様子が外から見たとおりとは限らない。気配を断つ結界なんかが張られてる可能性もあるしな。
とはいえここでじっとしているわけにもいくまい。
「突入するぞ。カーライル、俺が先に行くから後ろは頼む。リリナ、魔力探知を怠るなよ」
二人と顔を見合わせ、頷きあう。
ぎいい……ときしんだ音を立てる古びた扉を開け、俺たちは館の中に足を踏み入れた。

広い玄関ホールを進む。今のところ変わった様子は無い。
と、ホールの中ほどまでに進んだところ、突然背後で扉が閉まった。ガチャリ、とご丁寧に鍵が掛かる音までする。
「クソ、やっぱこうなるか!」
「ラウス! 来るよ!」
カーライルの声に反応し、上から奇襲してきた影をかわす。
攻撃が外れたそいつはすぐさま飛び跳ねるように後ずさった。
「リリナ、『コールウィスプ』!」
「おまかせっ!」
リリナが呼び出した人魂の明かりに、敵の様子が暗がりに浮かび上がる。
ホールの中にいたのはどう見ても貴族の屋敷に不釣合いな、夜盗崩れの男達。ひいふう……8人か。
それぞれ手にさびた片手剣や手斧を持ち、ぼろのレザーアーマーを着込んでいる。
「おいおい? 悪魔が相手じゃなかったのか?」
話が違うぞ、とカーライルを見やる。だがその疑問に答えたのは彼ではなく、反対側のリリナだった。
「ううん、違うよご主人様。こいつら、既に誰かに操られてる。多分、私と同じ淫魔のテンプーテーション!」
「なんだって!?」
驚いてもう一度男達を見る。なるほど……確かにどいつもこいつもボーっとした表情だ。意識があるのか怪しいやつもいる。
ってことはこいつらはただのコマ、ね。大方ここをねぐらにしてた盗賊ってとこだろう。
ならばボスは別の所にいるはず。敵の装備を考えても、もとは小規模な夜盗。つまり駒の数はここにいるだけで全部。
まさかたった3人を相手に他の部屋に伏兵は置かないだろう。こちらが少人数と見て全力を投入、さっさと潰すつもりか。
なら、ここはさっさとボスを叩き、その娘さんを助ける方がいいな。
「カーライル、こいつらは俺たちで相手をする。お前は先に娘さんを探せ!」
「わかった! 気をつけて!」
お互いの実力を信頼しているからこそ、互いに一瞬の躊躇も無く行動を開始する。
リリナが放った爆炎で敵がひるんだ一瞬をつき、カーライルは包囲を突破し、駆け出した。
「おっと、あんたらの相手はこっちだ!」
追おうとした一人になぎ払いを食らわせる。完全に不意をつかれたそいつはまともに剣を食らい、ふっとんだ。
これで一人、と思ったのだが……口と鼻からだらだらと血を流しながらも、男はよろよろと立ち上がる。
「多分、完全にマリオネット状態よ。どうする?」
リリナが俺に耳打ちする。う〜ん。正直どうすっかなあ。一番手っ取り早いとはいえ、流石に殺すのはなあ……。
ああ、何で俺にくる仕事はこうなんだと思いつつ。じりじりと近づいてくる敵に向かい、はあ、とため息を一つつき俺は剣を握りなおした。

――――――――――――――

廊下の突き当りの部屋、おそらくはかつての館の主の部屋であろう、小ホールといってもいいくらいの広さの部屋の中、
カーライルは剣を握りしめ、目の前の相手をにらみつけていた。
そんな青年の様子を、相手は面白そうに見つめている。
「あらあら、怖い顔だこと。折角の美男子が台無しよ?」
からかうような調子に、カーライルは普段の温厚な彼を知るものが見たら驚くような激しい声を荒げる。
「黙れッ! 貴様、カテリナ様はどこだッ! 返答しだいでは……斬るッ!」
びりびりと空気を震わせるような彼の殺気をまるで感じないように、相手はこつこつ、と足音を立てながら近づいてくる。
彼の傍らに浮かぶ人魂の明かりがその異形の姿をうつしだした。
一言で言えば妖艶、と評されるような絶世の美貌。頭部のねじれた小さな角、腰の辺りから生える漆黒の翼と尻尾もまた、
完璧な彫刻のようにバランスの取れたプロポーションを作り上げていた。
「こわいこわい、どうせ最初から私を斬るつもりだったくせに。
でも、不機嫌なのは貴方ばかりじゃなくてよ? 折角やっとお楽しみの時間になったと思ったら……邪魔されたんだからね!!」
突如、強大な魔力の本流がほとばしる。その風にあおられて散らばっていた本のページが激しくはためいた。
「く……覚悟ッ!!」
カーライルはひるむことなく、悪魔に飛び掛った。聖なる加護を帯びた剣が閃き、空間に三日月の軌跡を残す。
だが、その一刀は背後の机を両断したのみだった。かわされた。流石に相手の実力を認めざるをえない。
「あらあら怖い。でも私とやるにはちょーっと甘かったみたいね。」
「戯言を……!?」
背後の声に、振り返ろうとした彼は、体が動かないことに気付いた。
「な……これ……は……」
ようやくそれだけの言葉を振り絞った彼に、いつの間にか目の前に回った悪魔がまるで奇術師が種明かしをするように語り掛ける。
「私のことを悪魔と知っておきながら、目を見て話しちゃったのはまずかったわね〜。
さっきからずっと、魔眼をかけさせてもらったわ。……それでもあれだけの動きが出来るとは思わなかったけどね。」
うかつだった。騎士団の知識やリリナから聞いて悪魔のことは十分分かっていたつもりだったし、
ホールの盗賊たちのことを考えればこの程度、警戒してしかるべきだったのに。
頭に血が上りすぎた。もし、さらわれたのが彼女でなかったならこんなことは無かったはずだが。
「心配しないでも貴方を殺したりしないわ。そうね、貴方ハンサムだし、インキュバスに変えて永久に私のペットにしてあげるわよ」
そういって悪魔が顔を近づけてくる。多分あの唇を受けたら僕の人としての生は終わるのだろう。
だが何も出来ない。指一本すら動かせず、顔もそらすことが出来ず、どんどん相手が近づいてくる。
くそ、惨めだ。無力だ。何も出来ないまま、こんな所で僕は――

「「ここかあー!!」」

突如背後のドアが吹き飛んだ。そのショックに正直カーライルは心臓が止まるかと思ったが、それは悪魔の方も一緒だったらしい。
完全に彼のことを忘れてドアのほうを凝視している。今のショックで術が解けたのか、カーライルは体の自由が戻ったことが分かるとすぐさま悪魔から離れた。
悪魔から十分に間合いを取り、ドアを吹き飛ばした突然の乱入者の方を見やる。
「なんで貴族ってヤツはいらん部屋をぽこぽこ作るんだ! おかげで外れの部屋を全部回るなんてバカみたいなマネをしちまったぜ!」
「ぶーぶー」
今にも不機嫌を爆発させそうな様子の二人、ラウスとリリナがそこにいた。

「バカな……貴様たち私の僕を全て倒してきたというのか? 痛みも恐怖も感じず、死ぬまで戦う人形達を?」
信じられない、といった調子で声を出す悪魔。その問に、彼らはこともなげに答える。
「あー…だって全部で8人だろ? 全員ぶっ飛ばして一人一人『マジックプリズン』に閉じ込めるだけだし、楽勝だったぜ」
「そうそう、あれくらいならすぐ終わるよね」
ねー、と言い合う二人。
「そんな……。しかし! 詰めが甘かったわね! ほら、貴方も私に魅了されなさい!」
「いけない! ラウス!」
カーライルの叫びもむなしく、魅了の魔眼がラウスを捕らえる。しまった、今度はラウスを人形にするつもりだ。これでは相手の思う壺に……

ならなかった。

「ん? ああ、悪い。俺、その手の魅了効かないから」
「ふふ〜ん、ご主人様をめろめろにできるのはこの世であたしただ一人なのよ〜」
「な、何故……」
呆然とした様子で悪魔が呟く。それは僕も聞きたい。一見した所、彼の装備は先ほどと変わった様子もないし。リリナが何かしたわけでもないようだ。
「あ〜……どうも俺、先天的な体質で淫魔の魅了魔力がきかないみたいなんだよな。ごくごくたまーにいるんだって、そういうの」
「すごいでしょ!」
何故か本人より隣の悪魔娘が誇らしげだ。と、彼女は突然何かに気付いたように大声を上げた。
「……ってああ〜!! あんた泣き虫『ジュリア』じゃない! こんなとこでなにやってんのよ!」
ジュリア? それがこの悪魔の名前か?
そう思い目を向けると、悪魔はこれまで以上の驚愕を顔に貼り付け、よろよろと後ずさった。
「な、何故私の真の名をしっているの……? ま、まさか貴女……!」
「魔界でずーっとあたしの後を追っかけてきた泣き虫が随分偉くなったものね〜。
偉くなっちゃったからあたし達に攻撃したうえ、あたしのご主人様に色目使おうなんて思っちゃったのね〜?
ふ〜ん……そう……いい度胸じゃない!?」
怖い。さっきの悪魔の比ではない威圧感だ。殺気だけで物理的に殺せるかもしれない。
ジュリアと呼ばれた悪魔の方は、先ほどまでの態度はどこへやら。かわいそうなくらい震えている。まるで小動物のようだ。
「ち、ちがうんですお姉さま。誤解です、知らなかったんです!! ゴメンなさい許してくださいお願いします〜!!」
「言い訳は後で聞くわ。とりあえず、アソコで反省してなさい。『イーヴィルゲイト』!!」
「あそこってもしかしてアソコですか!? ごめんなさい、ごめんなさい!! やめて、あそこだけはゆるして〜!!」
ジュリアの哀願もむなしく、突如空中に開いた異界の穴の渦の中に悪魔は引きずり込まれていった。
「……『次元の狭間に放り込んだ!』……」
何だろう、それ。不思議に思ってラウスに目を向けると、
「いや、言わなくちゃいけない気がして。様式美として」
といった。

――――――――――――――

悪魔、ジュリアを倒した(?)俺たちはその隣の部屋に捕まっていた女の子、カテリナ=フリスアリスを無事見つけることが出来た。
それでめでたしめでたし、と行きたいところだったのだが……
「カテリナ様、しっかりしてください! もう大丈夫です、悪魔は僕たちが倒しました。さあ、お屋敷に帰りましょう!」
「はあ……はあ……カーライル様……、助けに来て、くださったのですね。信じて、おりました……」
カテリナの様子がおかしい。顔は真っ赤で息も荒く、体は火のように熱くなっている。
「なんだ? これ、普通じゃないぞ!?」
「! ちょっとどいて!」
突然何かに気付いたリリナが俺とカーライルをどけ、彼女の額に手をかざす。
少しの間目を閉じて何かを探っていたが、再び目を開けると焦ったような声を出した。
「まさかと思ったけど……この子、サキュバス化が始まってるわ! でも不完全……。
きっと、さらってから今までは魔力に体を慣らすだけだったんでしょうね。今夜あたりから実際に犯すつもりだったんだわ。
ジュリアめ……あとで『帰ってきたリリナスペシャルMK-U』の刑ね……!」
「いろいろと突っ込みたいが、とにかくどうすればいいんだ?」
「ここまで魔力が浸透しちゃってると、あたしでも解呪は出来ないわ……。かといってこのままにしておくと、発狂するか廃人になるかも……。
ジュリアはぶっ飛ばしちゃったから、魔力を安定させるために……あたしたちでちゃんとサキュバス化させてあげないと」
その言葉を聞いて、俺は隣に立ちすくむ男を見る。こいつにとっては死の宣告にも等しいはずだ。
「もう……彼女は悪魔になるしかないのですか……?」
ようやくそれだけを搾り出した彼に、リリナは辛そうに頷く。
「力になれなくて、ごめんなさい……。
でも……まだサキュバス化が始まってない今なら、なんとか魔術的に介入して人間の意識を強く残すことと、マスターを完全に特定することぐらいはできるかも。」
「意識を残すって? あとマスターを特定?」
俺の言葉に彼女は頷く。
「普通はサキュバス化した人間は、快楽と精気を求めて手当たり次第に男を襲うの。でも、今ならまだ「マスター」を刷り込むことは出来るはず。
普通のレッサーサキュバスでも意識や記憶は人間の時のものが残るけど、マスターがそう望めば人間の意識や価値観を強く残せるかもしれない。」
どうする?と彼女は聞いている。俺にではない。隣に立つ青年騎士へ。
俺も何となく、カーライルとこの娘さんは互いにそういう感情を持っているんじゃないかと思っていたが、淫魔であるリリナは完全に見抜いていたらしい。
俺たちはただ、黙ってヤツの言葉を待つ。その間にもカテリナの息は荒くなる一方で、その表情は最早完全に発情していた。
「それしか方法が無いのなら……僕は……。リリナさん、やり方を、教えてください!」
逡巡は一時。顔を上げたカーライルの瞳には、決意の炎がともっていた。

「まずはあたしが彼女の中の魔力にサキュバスとしての形を与えるわ。あなたは、その後で彼女に己を刻み込んで。
大丈夫。その元になる術式はあたしが作っておくから、貴方は自分が彼女のマスターであることと、彼女に望むことを強く想って」
「分かりました」
簡素ではあるが床に魔方陣を書き、その中央にカテリナを寝かせる。
頭側にリリナ、そしてその側にカーライルが座る。俺は儀式の邪魔にならないよう、方陣から離れた壁に背を預けた。
「すみません、カテリナ様……僕がもっと早く、助けに来ていれば……」
沈痛な面持ちのカーライルに、カテリナは精一杯の笑顔を作って語りかける。
「……そんな顔をなさらないでください……ぁ……はあ……
こうしてきちんときていただけで、私は、十分嬉しいのです……から」
体の不調と魔物化するという恐怖に耐えて他者を案じられる心の優しさと強さ。なるほど、アイツが惚れるのも分かる。
いいこじゃないか。それだけに、なんともやりきれないが。
「カテリナさん、はじめるわ。ちょっとだけ苦しいかもしれないけど、我慢してね」
リリナの言葉にカテリナが頷く。カーライルと確認しあうと、彼女から魔力が吹き上がった。
そのままカテリナの額に手をかざし、呪文を詠唱しながら少しずつカテリナ自身の魔力に形を与えていく。
魔力が流れ込むにつれ、カテリナの体に変化が現れだした。
「ああ……はぁっ……あ、いや、いやあ……」
彼女のあえぎ声に呼応するように、頭からリリナのものよりはやや小さな角が伸び始める。
「彼女をうつぶせに!」
「はい!」
カーライルがカテリナの体をうつぶせに横たえる。と、身にまとった白いワンピースの背中の部分の布が大きく膨らみ、
その生地を引き裂くようにして、ぬらぬらとした液に濡れた小さな翼が生えた。
「あぁっ!ぅ……ぁン!」
翼が生えるのと同時に、彼女の叫びに答えるように、細い尻尾が服のすそからにゅるんと飛び出す。
「はぁ……あァん……」
最後に体のところどころを獣のような体毛が覆うのを確認すると、リリナはふぅっと息をついた。
カテリナの方を見る。まだ息は荒いが、先ほどよりは落ち着いたようだ。
「終わったわよ。後はカーライルさん、あなたしだいね」
そういってリリナは立ち上がり、俺のほうに歩いてくる。
この後はアイツの仕事だな。最後に俺はカーライルの方を一度だけ見、リリナと共に部屋を後にした。

二人が去った後の部屋。カーライルと落ち着きを取り戻したカテリナは向かい合って床に腰を下ろしていた。
「カテリナ様……。申し訳ありません。こんな、こんなことになってしまって」
カーライルが頭を下げる。その様子にカテリナは首を左右に振り、彼の頭を胸にかき抱くと優しく語りかけた。
「そんな悲しい顔をしないでください。私はこうして貴方が来て、約束を守っていただけただけで嬉しいのです。
私のほうこそ、謝らなくてはなりません。貴方を危険な目にあわせただけでなく、もう少しで約束を破ってしまう所だったのですから。」
「カテリナ様……!」
幼いころにしたままごとのような約束。「立派な騎士となって彼女を守る」こと。「騎士となった彼のお嫁さんになること」。
二人は初めて出会い、約束を交わしたあの日からその想いをずっと大切に守り続けてきたのだった。
「私は見ての通り、サキュバスになってしまいました……。それでも、リリナさんと貴方の想いのおかげで……カーライル様への想いはあの日から少しも変わっていません。
カーライル様……こんな私でよろしければ、どうか私を貴方様のものとしてください。私の全てを、あなたにささげます」
そういってカーライルの額に口づけをするカテリナ。彼は彼女を正面から見つめると、新たな誓いを捧げる。
「カテリナ様。私はこの剣にかけて誓います。この命の炎消えるまで、貴女の盾となり全ての苦難からその身を守り続けることを!」
どちらからともなく二人は顔を近づけ、新たな約束を心に刻み込むように長い口づけを交わした。

「カーライル様……どうか、誓いの証を私に……」
破れたワンピースを脱ぎ、一糸纏わぬ姿となったカテリナの言葉に、同じく衣服を脱いだカーライルが頷く。
サキュバスとなっても性格は人のときのままなのか、恥じらうようすが彼を興奮させる。
「カテリナ様、いれ……ますね……」
なんとか心を落ち着け、彼女を案じながらゆっくりと一物を秘所にあてがい、進めていく。
ずぶ……ずずずず……
「やぁ!はぁ……! あァンっ! はいって……入ってきますぅ!」
サキュバスになったためなのか、血が流れても彼女があまり痛がるそぶりの無いのが彼には救いだった。
根元までうずめ、動きを止めてカテリナの顔を見る。彼女は約束の通りに処女を捧げることができた嬉しさと、快感でその表情は幸せそうであった。
「これで私は、カーライル様のものになったのですね……よかった……うれしい、です……」
その言葉に、少しばかり複雑な心境になりながらもカーライルは頷く。
「さあ、リリナさんの言っていたように、私に貴方を刻み込んでください。マスターである貴方の望みを。私は、その全てに従います……」
「しかし……! そんな、貴女様をそんな風になど……!」
そう叫ぶカーライルをカテリナは抱きしめると、耳元でささやいた。
「そんな悲しい顔をしないでください。貴方のせいではないのです。どうか今だけは、ただ一夜の夢と思って……私で気持ちよくなってください」
「カテリナ様……。いいえ、夢なんかにはしません。これからもずっと……たとえそれが淫らな夢のようでも、僕は貴女と共に……」
暗闇の中しばらく見つめあっていた二人だったが、やがてカーライルはゆっくりと、彼女をいたわるように動き始めた……。

――――――――――――――

「久しぶりの我が家ー!!」
「いえ〜い!」
あれから一ヶ月。何とか俺たちは自分たちの城に戻ってきていた。といってもその前も旅暮らしだったから……ちゃんと帰るの半年振りくらいか?
「今回は疲れたぜ。主に後始末的な意味で。」
あの後俺たちはサキュバスとなったカテリナをつれて街に戻った。
捕まえていたジュリアが白状した内容によると、どうも今回の誘拐劇はフリスアリス家に代わってこの辺りの領主を狙っていた一派が仕組んだらしい。
どうも魔物共存派が領主であることが気に入らなかったらしく、娘を誘拐して魔物にし、それをネタに失脚させようとしていたらしい。
領主じきじきに頼まれ、そいつらの掃除まで手伝うことになってしまった。まあ、報酬はちゃんと払ってくれたからいいが。
心配だったのは助けてくれと頼まれた娘が魔物になってしまっていたことだったが、カテリナ自身がとりなしてくれたこともあって、
とがめられるどころか無事に戻ってきてくれただけで十分だといってくれた。
確かに教会騎士団なんかだったら、娘が魔物化してたら捕まってそのまま異端審問送りってこともありえたしな。
しかしカーライルのやつ、サキュバスになってしまったカテリナと結婚するために騎士団辞めちまうとはな。……逆玉か。うらやましくなんてねえぞ。
ああ、カテリナの親父さんはえらくカーライルを気に入ってたし、魔物になってしまっても変わらず想い続け、一人娘を守ってくれる婿が出来たことが嬉しかったから
あんな上機嫌だったのか。しかし領主の娘が魔物になっても平然と受け入れられるとは、カーライルもあのオヤジもほんと心が広いぜ。
とりあえず疲れた。寝よう。うん、カーライルとあの娘ならきっと上手くやるだろう。いろいろと。今はとにかく寝て休みたい。
そう思い寝室のドアを開ける。
「ご主人様、おそいよぉ〜。……ずっとお仕事で出来なかった分、今日はいっぱい、いっぱいシようね……?」
完全戦闘態勢のパートナー兼嫁がいた。不意打ちだ。お前さっきまで一緒にいなかったか? いつの間に用意した!
俺はとっさに部屋を飛び出そうとした。しかし回り込まれてしまった! だめだ、この相手からは逃げられない!

俺死ぬんじゃないかな?

……Fin……


そのころどこかの街道。
「そこにいる剣士二人! いい加減隠れてないで出てきなさい!!」
「「びくぅっ!!」」
「あんまりふざけてると斬りますよ。」
……がさごそ……
「……はあ〜……。父様! 母様! 一体何度言ったら後をつけるのをやめてくださるのですか!
一本取ったら私の独り立ちを認めてくださる約束だったでしょう! そもそも道場はどうしたのです!?」
「気にするな、道場は大丈夫だ。皆リズのことを気にしててな、母さんと二人で見に行くといったら後は任せてくれといっていた。
なあリズ、やっぱりとうさん心配なんだよ。」
「そうよリズ、まだ貴女は未熟なんだから立会いを挑むのは待ちなさい。いまは獣相手に修行で十分。
ほら、あそこの猪。父さんと母さんが弱らせるから、止めを刺すのよ!」
「だから、それじゃ修行にならないでしょう!
……二人ともいい加減、子離れしてくださいーッ!!!!」

――真の剣士への道はまだまだ遠いようだ。
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