リザードマン被害報告書
このページは図鑑を閲覧してくださった方々のアンケートによって作成されています。
ご協力ありがとうございます。

 私の家は代々、とある小さな村で剣術道場を営んでいる。
 むろん道場の広さも門下生の数も、都の大道場ほどではない。しかし村の近くには野生
の獣や魔物が住むため、それらからの自衛の技術として剣術を習いに来るものは多く、道
場はそれなりに賑わっていた。
 そんな家業を営む一族に生まれた私も、当然のようにまだ幼いころから父に剣を教えら
れていた。だが、そこは遊びたい盛りの子どものこと。剣術自体が嫌いなわけではなかっ
たが、大体は村の子供達とちゃんばらごっこで遊んでいる、というのが常だった。

 ある日のこと、いつものように村の広場で友達と遊んでいた私の前に、一人の女の子が
やってきた。年のころは私と同じ位。まだまだ幼い体つきだがその背には大人が扱うよう
な大きな剣をおい、褐色の長い髪にきりりとつりあがった目が凛とした雰囲気を漂わせて
いる。村では見たことの無い顔だった。
 はじめ村の中を目的も無く歩いていた彼女だったが、私たちが手に棒切れを持って決闘
ごっこで遊んでいるのを見るなり、つかつかとこちらに歩いてきた。
「おまえ、せんしだな! いざ、じんじょうにしょうぶしろ!」
 私たちがきょとんとして彼女を見つめる中、彼女はそう叫ぶが早いか鞘込めのまま剣を
構える。
「いくぞ!」
 短い言葉と共に少女の足が地を蹴り、小さな体が矢のように打ち出される。その勢いを
全身に乗せ、少女は私たちに打ちかかってきた。
「ぎゃっ!?」
「ぐっ!」
 幼い少女のものとは思えないその剣捌きに、友人達は反撃はおろか防御すらも出来ず、
一刀の下に次々と倒されていく。
 あっという間に私の目の前に迫った少女は、それまでの速度を全く落とさず鋭い薙ぎを
放ってくる。
「うわわっ!?」
 ぎりぎりでその動きを見ることが出来た私は、なんとか手に持った棒切れを突き出し、
その一撃を受ける。
「!」
 少女はその一撃が受けられたのが意外だったのか、一瞬目を見開いた。だがすぐに不敵
な笑みを浮かべると、先ほど以上の速さで連撃を繰り出してきた。
「はっ! やぁっ!! たあっ!!」
「くっ、くぅう!!」
 とても少女とは思えない速い、力強い打ち込みに手が痺れるが、半ば男の意地にかけて
何とか剣を捌いていく。
 最早私は遊びどころか、道場での試合以上に必死だった。父のしごきが役に立った、な
どと感謝する間があるはずもない。対する少女は、全く疲れた様子もなく、防戦一方の私
に次々と攻撃を繰り出してくる。
 その少女らしかぬ卓越した剣技に、私は反撃どころか逃げられるようなわずかの隙も見
つけることが出来ず、じりじりと下がるだけだった。見る間に広場の端へと追い詰められ、
その周りの草地へと追いやられていく。
「なかなかやるな! だがこれで、とどめだ!」
 少女はそれまでの打ち合いで私の実力を見切ったのか、大きく叫ぶと全身に力をみなぎ
らせる。これまで以上の威力があるだろうその一撃は受けられない。それを直感的に悟っ
た私は目をつぶり、やぶれかぶれで手に持った棒を闇雲に振り回した。
「くら――えっ!?」
 直後、私の手に持った棒切れが彼女の体のどこか当たったらしき感触が伝わる。おそる
おそる私が目を開くと、全力の一撃を放とうとした少女が突然視界から消えていた。
 一体なんだったんだ、もしかして幻だったのかと思って彼女が立っていた辺りをよく見
ると……さっきは無我夢中だった上に、辺りが丈の長い草に覆われて分からなかったが、
先ほどまで彼女がいた場所の近く、小さな足跡が途切れたそこには丁度地面がくぼんだ天
然の落とし穴があった。
「きゅう……」
 当の少女はというと、私の棒切れが偶然当たった時にバランスを崩し、その脇のくぼみ
に落っこちたらしい。落ちた時に頭を打ったのか、可愛らしい声を上げて気絶している。
 しかし、ざっと見たところ服のあちこちに土がついて汚れているものの、命に別状はな
さそうだ。
「よ、よかった……」
 いくら相手から仕掛けてきたとはいえ、怪我されてはこちらも気まずい。そうはならな
かったようで、とりあえず安心できた。
 そして一息ついた私は、このままにしておいてはまずいと気付く。
「と、とりあえず助けなきゃ!」
 とはいえ私以外の子達はやられた後逃げていってしまったのか、姿が無い。仕方なく私
は一人で、四苦八苦しながら気を失ったままの少女をなんとか穴から助け出し、手近な木
の陰に寝かせて置くことにした。

「しっかし、いきなりなんだったんだ? それに、とんでもなく強かったし…」
 上着を脱いで丸め、即席の枕にして彼女を寝かせ、私はそのあどけない寝顔を見つめる。
木陰の下、すうすうと小さな呼吸の音を響かせながら、少女は気持ちよさそうに眠ってい
た。その無防備な様子は、とてもではないが先ほどまで私と戦っていた子と同じには見え
なかった。彼女は、その年にしては強いとかいうレベルの腕ではなかった。多分、ウチの
道場の門下生と比べてもトップクラス、いやそれ以上の強さだろう。
 先ほどはいきなり襲われた戸惑いと恐怖でそれどころではなかったが、落ちついて考え
てみることができるようになると、彼女に俄然興味が湧いてきた。
 強さ、というものに憧れる少年にとって、自分と同年代でその「強さ」を持っている少
女が気になるのは当然だったといえる。
「どこの子なんだろう……」
 なぜかドキドキしながら、私は少女を先ほど以上に熱心に見つめる。
「う、ううん…」
「えっ!?」
 ごろりと寝返りを打った拍子に、私の見つめる前で彼女の長いスカートから、尻尾が飛
び出した。尻尾、といってもそれは犬猫のもののように毛では覆われておらず、しかも緑
色をしている。よく見ればすべすべに見えるその表面は、小さな鱗がびっしりと覆ってい
た。こんな尻尾は見たことがある。もちろん、人間に生えているものではなかったが。そ
う、その尻尾はまるでトカゲかなにかが持つようなものだった。
「なんなのこの子……。ま、ますますわけわかんないよ……」
 当時、彼女の種族――トカゲの特徴を持った亜人種、リザードマンのことなど全く知ら
なかった私は、ただただ途方にくれてすやすやと眠る彼女が起き、説明してくれるのを待
つしかなかった。

「ぁ…あれ? わたし…?」
 やきもきする私のことなど知らず、それから半刻ほど過ぎて、彼女はようやく目を覚ま
した。ぼーっとした表情のままあちこちを見回し、口元を手袋をした手で押さえて小さな
あくびをもらす。
 おそらく無意識なのだろう、彼女のしっぽが左右にゆらゆら揺れる様子がちょっと可愛
く思えた。
 そんな彼女の様子にしばし和んでいた私だったが、このまま、はいさよなら、というつ
もりは無かった。会話の糸口を探そうと、いきなり襲い掛かられた方が言うのもなんだが、
とりあえず聞いてみる。
「えっと、大丈夫?」
 私の声に、自分の側に誰かがいることにようやく気付いた少女はこちらに顔を向けると
一瞬驚き、そしてすぐに口を開いた。
「あ、おまえはさっきの! あれ? ここ、は……」
「う、うん。さっきの広場の近くだよ。ほら、きみ気を失っちゃってたから」
 私の言葉に、彼女はうつむく。
「……ということは、わたし、まけちゃったんだ……」
「いや、勝ったとか負けたっていうものじゃないって言うか……」
 とりあえず少女は怪我も無いようだが、うつむいたままずっと何かを考えている。あま
りに真剣な様子に、心配になった私が声をかけようとした刹那、どうやら先ほどの勝負で
私に負けたと思っているらしい少女は、とんでもないことを言い出した。

「あの、わたしとけっこんしてください」

「……はああああ!!!???」

 彼女が言うには、自分達リザードマンの一族は剣の腕を磨くために、皆幼いころから各
地を旅し、あちこちで戦士との手合わせを行うらしい。
 その例に漏れず、旅立ちの年齢になった彼女は、故郷を出、旅をはじめて最初に訪れた
この村で、見つけた剣士たち(つまり、ちゃんばらごっこをしていた私ら子ども)に勝負
を挑んだのだそうで。結果として先ほどの戦いになったのであった。
 それはまあいいとして、その後に言った内容が私にとっては大問題だった。
 彼女らの一族の掟として、万一、戦士との手合わせに自分が敗れた場合、(その相手の
戦士の性別が男なら)彼と結婚し、子供をつくらなければならないのだという。彼女の母
も、祖母もそうしてきたらしく、自分もその掟に従うつもりだという。
(強い戦士との間に子供をもうけることで、血筋・遺伝的に強い子孫を作り、その技術や
武術をも受け継ぐのが目的なんだとか)
 それらも含めてすべて、知人の学者が後で語ったことで、当時のわたしは知る由も無か
った。さらには、リザードマンの子どもは本来旅立った後すぐには戦士との手合わせを行
わず、野生の狼や猪などの動物を相手にして、次第に腕を磨き、同時に旅の中で人間社会
での常識も身につけていくそうなのだ。
 しかし目の前のこの子の場合、旅に出たばかりでいきなり試合の相手を見つけてしまい、
しかも運悪く負けてしまったために、こんな突飛な事態になったのだという。
(まあ、そういうことはずっと後になってから理解したのだが)

 襲い掛かってきた時の様子とは全くの別人のような態度で、彼女は私のことをじっと見
つめる。ほんのりと色づいた頬と、気のせいか若干潤んだ瞳が、女性の魅力というものを
まだ理解していない幼い私をもたじろがせた。
「いっしゅんのすきをついてくりだされたひっさつのいちげき!
いつやられたのかもわからないほどのしんそくのけんぎ!
あなたのうでにかんぷくしました!」
「いや、そんなすごいことをしたんじゃないんだってば! あ、あのね……?」
「どうか、わたしのおっととなってください!
わたしのこども、いちぞくにそのけんじゅつをおおしえください!」
「いやいや、だからさあ!」
 私の手を胸の前で両手で握り、純粋な輝きを宿す瞳でお願いする彼女にどきどきさせら
れるものの、恋愛とか以前に、異性の間での好きとか嫌いとかをさえよく分かってない年
齢の少年が「結婚」とか言われても困るわけで。
「いや、むりだって!」
「そんな…。わたしのこと、おきらいですか…?」
 私の拒絶の言葉に、少女は心から悲しそうな表情を浮かべる。大きな瞳にはみるみる涙
が浮かび、今にもこぼれそうだ。肩を落とし、しょんぼりとしたその様子に、凄まじい罪
悪感を覚える私。
「ちがうちがう! いきなりでびっくりしたけど、君のことが嫌いだからじゃない!
ただ、あんまりにも急でびっくりだし、まだ早すぎるっていうこと!
そう、結婚は大人になってからするものだっていわれたから!」
 今にも泣き出しそうな彼女を悲しませたくなくて私が思わずそう言うと、彼女はうつむ
いていた顔を挙げ、ぱあっと輝かせる。あまりの変化に若干身を引きかけた私の手を小さ
な両手で取ると、トカゲ娘の少女は本当に嬉しそうにこう言った。
「では、あなたのせいじんのひにまたあいにきます!
そうしたら、けっこんしてくださいますね!?
わたしはそれまでおまちしています、またあえるひをたのしみにまっていますね!」
 あっけに取られる私が言葉を返す前に彼女は素早く立ち上がる。そして私から離れると、
満面の笑顔のまま、ぺこりと可愛らしくお辞儀をして軽やかに駆け去っていった。

 ……今思うと、その時には既に、私は彼女との恋の勝負に敗れていたのだろう。
あの凛々しい、しかしどこか抜けたリザードマンの女の子が、好きになっていたのかもし
れない……

 で、その後の話である。。
 数年後、私の成人の日に約束通り再び村にやってきた成長した彼女は、私にもう一度求
婚した。それまで逢えなかった年月の間に彼女への思いを深めていた私は当然その申し出
を受け入れ、私たちは結婚した。同時に私は父から道場を継ぎ、この流派の代表、師範と
して教える立場になった。
 そして妻となったリザードマン娘である彼女もまた、剣技の修行にうってつけの道場と
いう環境が気に入ったらしく、いつの間にか私たちの稽古に混ざり、父から師範として認
められ、門下生に稽古をつけるようになっていた。幼いのころに見たその腕はこの数年で
さらに磨き上げられており、剣を振るその姿はお世辞抜きで美しくなっていた。

 私だって負けてはいられず、あの出会いの日からずっと、実力で彼女に勝てるように
(実際は彼女を失望させたくなかっただけかもしれないが)必死で剣の修練を行ってきた。
その日々の研鑽が役立ったのか、はたまた人とは違うリザードマンである彼女の剣術に興
味があるのか。いつのまにか、私たちは都の剣術道場からも出稽古を求められるようにな
り、村の道場にいたっては弟子入りを求める者や私たちを一目見ようとする者達が連日人
だかりを作るほどで、ちょっと前までは考えられないくらいの大人気となっていた。

 そんな私たちの最近の悩みは…
「とうさま! かあさま! わたしもたびにでたいのです!」
 私と妻の間に授かった一人娘、リズのことである。妻と同じリザードマンである娘は、
彼女らの一族の掟によればそろそろ旅立ちの年頃。
 だがあの(どこか抜けている)妻の子のことである。さらにはあの掟を知る私たちに
とっては心配で心配で。とてもじゃないが剣術修行の旅に何か出せるはずが無い。
 かといって連綿と続いてきた彼女の一族の定めを、今になって無視することも出来ず。
苦肉の策として、現在娘より上の腕の私から、試合で一本取ったら旅立ちを認める、と
いう約束をしてしまったのである。
 そうして妻をふくめ、皆からは親バカと言われながらも、娘相手にいろんな意味で負
けられない戦いを続ける日々が続いているのであった。

――『剣術道場秘録』 Fin ――


SS感想用スレッド
TOPへ 本館