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                    『討伐依頼:廃城に住み着いた悪魔を倒してくれ! 
 依頼主 :地方の有力貴族 
 
 最近、我が領地の外れにある廃城に悪魔が住み着いたらしい。 
 付近の村では悪魔によると見られる行方不明者も出ているようだ。 
 見事悪魔を倒したものには望みの報酬を約束する。冒険者達よ頼む!』 
 
…という依頼をギルドで見つけた俺は、ほいほいと飛びついてこんな山奥にある城までやってきたわけだ。 
まあ、こういうと無謀にも思えるだろうが、俺もそれなりに場数を踏んだ冒険者。 
それに冒険者というものの多くは、刺激というものを求めているものだ。 
そのような者にとって、高額な報酬と「デモンスレイヤー」の称号は依頼の危険性を超えて魅力的なものだった。 
 
「しかし…廃墟と聞いていたが、思った以上にきれいだな…」 
てっきり荒れ果てた城に、魔物がわんさか、というような図を想像していた俺は、外観、そして城内の様子に驚かされた。 
確かに、人が住んでいるような生活感は無いものの…廃墟どころか、掃除さえすれば今日からでも人が住めそうなほど設備や内装はしっかりとした姿を見せていた。 
「悪魔がハウスキーピング…なんて、まさかな。」 
冗談を言いつつ、入り口からホールの中を進む。ざっとみたところ、正面に二階へ進む階段があり、その奥にあるのがかつての主の間だろう。 
しかし、悪魔がそこにいるとは限らない。場合によっては城の中を見回ったり、悪魔がいなければ待ち伏せすることにもなるだろう。 
と、そんなことを考えながら慎重に歩みを進める俺に、頭上から女の声がかかった。 
「何者だ? 私の城に踏み入るとは。」 
直後、ばさりと言う音と共に、正面の階段の踊り場に人影が舞い降りた。否、「人影」というのは語弊があるかもしれない。 
なぜなら、窓から入る薄明かりで浮かび上がるシルエットは、人にはありえない姿形をしていたからである。 
露出の多い、扇情的な服を身にまとった、均整の取れた美術品のような女性の肢体だが、 
その頭部にはねじれた角が生え、その背中からは鋭いラインを持つ薄い皮膜の翼があり、 
そして先のとがった細長い尻尾が作る影がゆらゆらと揺れていた。 
「でやがったな! なるほど、確かに悪魔だな。」 
まさか女性型とは思っていなかったが、悪魔は悪魔。その姿とは裏腹に高い魔力、残忍な性格を持つ奴らだ。 
ヤバイ仕事どころか、死の危険すら覚悟してきていた俺にも流石に緊張が走る。 
「ここを私の居城と知っての狼藉か? 覚悟は出来ているのだろうな?」 
そんな俺に対し、女悪魔は高圧的に言葉を浴びせてくる。覚悟もクソも、冒険者と魔物がであったらやるかやられるかだ。 
「そっちこそ、俺にやられる覚悟はすんでるんだろうな?」 
こっちも負けずに挑発めいた言葉を投げかける。本当はそんな余裕も無いのだが、ここで呑まれたら負けだ。 
「人間風情が…その無礼、後悔させてやるぞ!」 
どうやらあっちにはたかが人間、しかもたった一人のヤツが強気な態度でいるのが癇に障ったらしい。 
ぎりぎりとこぶしを握り、体の周囲に魔力が高まっていくのが魔術には素人の俺にも分かる。 
「我が魔力の前に跪き、醜く無様に踊るがいいわ!!」 
その言葉と共に、女悪魔から膨大な魔力が放出される。 
テンプーテーション。俗に言う「魅了の魔法」というヤツだ。 
異性を自らに従わせ操るもので、強力なものでは魂すら隷属させ、下僕人形としてしまうという。 
しくじった。悪魔がそういった魔法を得意とすることは知っていたが、初手からそれをまともに食らってしまうとは。 
くそ、このままでは俺はヤツの操り人形に… 
 
「あれ?」 
…ならなかった。 
以前、この術にかかったやつの話は聞いたことがあるが、魅了されると対象に猛烈な憧憬や畏怖や性欲を感じるものだという。 
だが、そういった感情が何故か全く沸いてこない。 
改めて女悪魔を見てみるが、やっぱりなんともない。相手もまた術が効かなかった事が想像の範囲外だったのか、唖然とした様子で目と口をまん丸にしていた。 
「ば、ばかな…貴様、魅了されていないのか…?」 
おそらく茫然自失だったのだろう。数秒後、はっとして正気を取り戻した女悪魔は震える指で俺を指差しながらつぶやいた。 
「え…あ〜…まあ、そう、だな。」 
なんとなく魅了されなかったことが悪かったような気がしてそう応える俺。 
別段、祝福された装備や護符、魔石で出来た指輪なんて身に着けてないし、抵抗の魔法なんか唱えられないので俺にもわけがわからない。 
どう見ても高位の魔族である相手が術を失敗するとも思えないし、術を見切ったわけでもない。 
などと俺は考えにふけっていたのだが、それも突然中断された。 
「うっ…く…ぐす…」 
「は…?」 
突然の嗚咽にあわてて女悪魔の方を見ると、顔を真っ赤にし、その切れ長の目にいっぱいの涙を湛え泣き出す寸前だった。 
どころか、直後ぺたんと床に座り込むと本当に泣き出してしまった。 
「うわあーん!あたしのじゅつ、やぶられちゃったよー!」 
「お、おいおい…。」 
まるで俺が何か悪いことをしてしまったかのようだ。 
さっきまでの高圧的で妖艶な態度はどこへやら。子供のように泣き続ける姿にいたたまれなくなった俺は、相手が討伐しに来た対象ということも忘れてあわてて駆け寄った。 
「あたし、ゆうしょただしい、さきゅばすで、まかいのきぞくなのにー! こんなただのおとこにー!」 
あー…こいつ淫魔だったのか。そりゃ、得意の魅了が効かなかったらショックは大きいだろうな。 
などと人事のように思う俺。いかん、現実逃避している場合じゃない。何とかこの事態を打開せんと。 
「えーと、ほら、今日は調子が悪かったんだよ。一回帰って休んだらきっと次は魅了できるさ。」 
自分でも何言ってんだ、とは思ったが、相手の方は聞く耳持たず。 
「もうだめだよー!まかいにかえってもにんげんもゆうわくできないいんまってばかにされるんだー!」 
「あーもう!」 
らちがあかなくなった俺は、思わず女悪魔を抱きしめてしまった。 
「ふぇっ!?」 
思わぬ行動にあわてる女悪魔。俺はそんな彼女の頭を優しく撫でながら、できる限り優しく、そして真剣に言葉をかけた。 
「その…正直、おまえは綺麗だと思った。魅了の魔法とか関係なくな。それに、今のお前はその…ちょっと、かわいいかも…なんて…」 
「え…」 
あああ俺は何を言ってるんだ。これじゃまるで青春真っ只中の坊やの告白じゃないか。 
悪魔に愛の告白とか、ぶっ殺されるだろ常識的に。 
などと大混乱の俺を、さらに超混乱に叩き落してくれる出来事が直後に起こった。 
「うん…あり…がと。」 
そういうと、女悪魔は頭を俺の肩にうずめ、俺の体を抱きしめたのである。 
そうして俺達はしばらくそのまま抱き合っていた。 
 
ややあって、彼女は顔を上げると俺の目を見て穏やかに微笑みながら、言葉を紡いだ。 
「お前…人間なのに、あたしみたいな悪魔にも優しいんだね…」 
その声は敵意に満ちていた先ほどまでとうってかわって、俺に対する好意に満ちている。 
「あたし…リジェーナ。ねえ…貴方の名前、教えてくれる?」 
本来「悪魔に名を教える」ことは冒険者ならしてはいけないこととして知られる。 
その危険性は俺も十分知っていたが、それ以上に彼女に名を知ってもらいたいという欲求があった。 
それに「悪魔自身が自らの名を教える」ということの意味を俺が知っているということだけでなく、彼女になら教えても大丈夫だという確信があった。 
「俺か?俺はラウス。ラウス=クラウデ。見ての通り、しがない冒険者さ。」 
「らうす…」 
大事な呪文を唱えるように、言葉をなぞる彼女は既に泣き止んでいた。やれやれと一気に疲労感が襲ってきたものの、問題は全然解決していない。 
そもそも俺は、彼女を討伐しに来たのだが…しかしいまさら「じゃあ戦闘だ」という感じにもなれない。 
彼女はさっきからずっと俺に抱きついたままだし、俺の方も彼女から離れるのがなんとなく寂しいような気がしてされるがままにしている。 
「ね…ラウスは、あたしを討伐するの?」 
「……」 
考えまいとしていたことを指摘され、俺は黙る。確かに本来の目的はそれだし、今がチャンスなのかもしれない。 
だが、それでいいのか? 
「いいよ…ラウスになら、あたし――」 
「いいや。」 
俺は彼女の言葉を遮る。そうだ、たとえ魔物だろうが、泣いている相手に剣を向けるなんて、人として許されない。俺自身、そんなことは望んでいない。 
「うれしい…ありがとう…!」 
そんな俺の決意を感じ取ったのか、リジェーナは俺にぎゅっと抱きついた。 
そして数瞬後、俺から離れ、俺の顔を正面から見据えた彼女の目には、強い意志が見て取れた。 
「こんなざまじゃもう、魔界にも帰れないし…どうか、あたしを貰ってください…」 
思わずドキッとする俺の前に彼女は跪くと、恭しく頭を垂れ、誓いの言葉を唱えた。 
「我、リジェーナ=アスタ=ロトガルトは、ラウス=クラウデに永遠の忠誠と隷属を誓うものなり。 
 この誓いある限り我は主の剣となり盾となり、 
 この誓い破られし時には、我はいかなる責め苦も受けるものなり。 
 誓約は縛鎖となりて、我が身と魂に刻まれるものなり。」 
「ちょ…おま…おいおい!?」 
詞をつむぐにつれ、俺と彼女を中心に紅い魔方陣が浮かび上がる。 
「さあ、ラウス…いいえ、ご主人様…私に、証をください…」 
その紅い光の中で微笑む彼女は、俺を見つめ誓いの証を求める。 
その姿は悪魔にもかかわらず、いや、人で無いからこそなのか…とても美しかった。 
そして俺は彼女に頷いた。彼女は心から嬉しそうに、俺のキスを受け入れたのだった。 
 
「で、どうなったんだ?」 
キスの後、右手の甲に浮かんだ魔方紋を見ながら、傍らの彼女に問いかける。 
「えっと、これであたしはご主人様のものです。これからよろしくお願いしますね、ご主人さまっ!」 
そういって抱きついてくる彼女を受け止めながら、これはこれで良かったんじゃないのかと思い始めていた。 
 
結局、あの後いろいろと考えた末に俺たちは一緒にギルドに出向き、事の顛末を報告することにした。 
俺が彼女のマスターとなり、そして彼女自身が悪さをしないことを誓ったことで問題は一応の決着を見た。 
依頼主の貴族との交渉の結果、報酬代わりに廃城を貰い一緒に住むことにした。 
(ちなみに、行方不明騒ぎは彼女の仕業ではなかったらしい。) 
 
で、今はどうなったのかというと… 
冒険者なんかやってた俺や欲望のままに生きる魔族の彼女が城に閉じこもる生活なんて長く続けることが出来るはずも無く。 
やっぱり以前と同じような気ままな旅暮らしをしているのだった。 
「悪魔を従えた者」と「高位魔族」のコンビの噂のおかげで仕事には困らないし、実際に彼女の魔術は非常に助けになるのだが… 
 
「くらいなさい!ダークブレイズ!!」 
「グギャアア!!」 
リジェーナの放った暗黒の炎がオークどもの一団を包み込む。断末魔の悲鳴が響いていたが、やがてそれも聞こえなくなった。 
炎が消え去った後には骨すら残らず、ただ焼け焦げた地面があるだけだった。 
「ふふ〜ん、オークごときがあたしたちにかなうわけ無いじゃない! らくしょーよ!」 
「おっし!いっちょうあがりっと! おつかれさん。」 
そういっていつものように俺は傍らのパートナーであり、妻でもある彼女に声をかける。 
「ごしゅじんさまー!!」 
と、こっちもいつものようにすぐさま俺に飛びついてきた。 
「はぶっ!」 
そして、こうなるとわかっているのに吹き飛ぶ俺。 
「ごしゅじんさまあ〜あたし、すっごくがんばったよ? だから…ね? ごほうび、ちょうだあい?」 
蕩けるような甘い声と表情で「ごほうび」をねだるリジェーナ。まさしくその姿は淫魔、サキュバスというにふさわしかった。 
「わかったわかった!ただ、ここではほどほどにしろよ! 宿に着いたらちゃーんとしてやるからな?」 
「はぁい、ごしゅじんさまぁ〜 はぷっ…はむ…ちゅぷ…」 
そういうが早いか、俺のズボンを下ろし、モノをしゃぶり始める。 
 
サキュバスらしく、彼女はことあるごとに俺との行為を求めてくる。 
実際、マスターである俺からの魔力補給も兼ねているのだろうが、何しろ相手はサキュバス。性欲に底というものが無い。 
はじめのころはあまりの気持ちよさにやりすぎて、戦闘ではダメージを受けなかった俺がぶっ倒れてしまうまであった。 
まあ、俺もこれを楽しみにしているとこがないとはいえないんだが… 
 
ああ…またニヤニヤした顔のギルドの奴らに「クエストはお楽しみでしたね。」とか言われるんだろうな… 
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「しかし、何でご主人様には魅了がきかなかったのでしょうか?」 
「さあなあ…でも、結局魅了されたのと同じになっちまったから、いいんじゃないか?」 
「はいっ!」 
                  
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