サキュバス被害報告書
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深夜、小さなランプの明かりのみがともる室内。
部屋の内装や備え付けられた調度品は非常に高級な雰囲気を持つものばかりで、どこかの城の一室のようにも見える。
その中で一組の男女が抱き合い、愛の営みを行っていた。
男の方はすらりとした体つきだが、決して細くは無く、どこか戦士の力強さを漂わせている。
体の動きと共に金髪がゆれ、灯火に輝く翠玉の瞳には優しさと情熱の炎がともっていた。
彼の下で揺られる女の方は、闇色の長い髪を純白のシーツに広げ、その表情は快楽がもたらす熱に幸せそうに蕩けている。
可愛らしい口からは、彼の動きがもたらす快感に合わせて美しくも淫らな嬌声を上げていた。
豊かな胸のふくらみが激しく揺れ、腰が自ら更なる快感を得ようと動く。
男の手に抱きとめられたふとももには珠の汗が浮かび、その足は最愛の人を放さないよう、しっかりと彼の背に回されていた。
淫らな姿でありながら、どこかそれは美しい。そして何よりも目を引くのが、彼女の体から生える、人にあらざりしモノだった。
闇色の髪の間からはつややかな角が2本、その姿を見せており、背中から生えた蝙蝠のような皮膜を持つ羽がシーツの上に広がっている。
おそらく彼女のお尻から生えているのだろう、細くすべすべとした黒い尻尾は与えられる刺激に時折ぴく、ぴくっと震えていた。
その姿はまさしく人が恐れる悪魔と呼ぶにふさわしくあるのだろうが、男の方はまるで気にした様子も無く女を求め続ける。
しかしそれは別段不可思議なことでもないのだった。
なぜなら二人は夫婦なのだから。

「ああっ! カテリナッ……僕……! うっ! もう、くるっ…!」
「あん! わたしも……いくのっ! きてぇ! あなたぁ、なかに……いっぱい、きてぇ!」
快感の波が最高に達した彼らはきつく抱き合い、夫は妻の胎内に全ての精を放った。
余韻に二人の体が時折びくりと震える。抱き合いつながったまま、長い口付けをして……
やがて彼らは顔を離し見つめあった後、お互いの体を清めあい、また愛する人を抱きながら眠りについた。

――――――――――――――

まぶたの裏に感じる光と小鳥のさえずり、そして隣にいる夫が身じろぐ振動に、カテリナ=フリスアリスの意識はぼんやりとながら目覚め始めた。
「ん……ぅ……?」
その小さな声に気付いたのか、青年はその凛々しい顔でちょっと困ったように微笑み、いまだ半分夢の中の妻に語りかける。
「すみません、起こしちゃいましたか? もっとゆっくりしていたいんですが、そろそろ行かないと」
その声にゆっくりと周囲を見回し、時計を見る。まだ早朝と言っていい時間だ。
しかし、彼の夫、カーライル=フリスアリスはこの地域の守護戦士団を率いる身でもある。
週に何度かはこうやって、自ら早朝の街の見回りに出て行くのだった。隊長自らそんなことしなくてもと言う部下も多かったが、上の者こそが規範をみせなくてはならない、と彼はかたくなに譲らなかった。
正直な所、目が覚めた後の寝床に夫がいないことに気付き、時々寂しく思うことが無いとはいえなかった。
だが、彼のそういうまっすぐな所は彼女にとっても誇らしかったし、その彼だからこそこうして変わらず自分を愛してくれたし、自分が幼いころから愛したのだと理解していた。
それが分かっている彼女は内心の寂しさを隠し、柔らかな笑顔を見せながら夫の仕度を見つめる。
彼は手際よく服を着替え、壁に掛けられていた愛剣を手に取る。そしてベッドの上にちょこんと座る彼女に微笑み口付けをすると、いってきますと挨拶を残しドアに向かった。
その姿に彼女は手と尻尾を振りながら、がんばってね、気をつけてねと言葉をかけ、見送る。

この地方都市を治める領主の屋敷、フリスアリス家でのいつもの朝の光景であった。

カーライルが出かけてから約半時ほどすぎ、カテリナもようやくきちんと目が覚めてきた。
ベッドの上に座ったまま、夫はいつ帰ってくるだろうかと思い返す。
そこで、昨夜「今日は朝の見回りのあと、少し遠出をするから帰るのは夕方」と言っていたことを思い出した。
自分は何をしようかと考えをめぐらせ、今日の予定は何も無いことを確認する。
と、そこではじめて彼女は最近何もしていないことに気がついた。
彼女自身がさらわれ、サキュバスの体になってしまった事件から一ヶ月。
ようやく周囲は落ち着きを取り戻し、彼女達夫婦も誰にも邪魔されずのんびりと過ごせるようになったのがついこの間。
それまでなかなか出来なかった夫との夜の時間を堪能する以外、彼女には特に目的もやることも無く、日がな一日屋敷で過ごすというのがこのところの常だった。
だんだん妙な焦りが襲ってきて、とりあえず昨日はどうしたか思い出してみる。
確か昨日は……夫と朝食を一緒にとったあと、彼が街に出かけるのを見送り、庭の花をみながら部屋でのんびりとして。
昼食の後は、メイドたちと談笑したり部屋で読書をしていて、夫が帰ってきたのでまた一緒にのんびりして、夕食を食べてお風呂に入った後は、寝室で愛を確かめ合った……という一日のはず。
思い出すにつれ、焦りは最早危機感といっていいものに変わっていた。もしや最近、食事・睡眠そしてエッチしかしていないのではないか?
よくはわからないが「ニート、ニート」と言う謎の呪文が頭に木霊する。
一応彼女の名誉のために言っておくと、実際のところ本当に彼女の仕事は無いのである。
地方とはいえ貴族であるフリスアリス家には沢山のメイドが勤めており、家事から彼女の身の回りの世話までほとんど全てを担っていた。
一応カテリナも花嫁修業のために、料理など一通りの家事は覚えた。だが、メイドを手伝おうとしても彼女達の方が恐縮してしまったので、それからはほとんど任せてしまうようになっていた。
領主の仕事も現当主である父が一手に引き受けており、しかも娘に対しやや過保護の気のある父は自分に仕事を手伝わせてくれない。
これが生来の純粋なサキュバスなら快楽以外のことには興味を示したり、逆に気に病んだりしない。
だが、なまじ彼女は人間からサキュバスとなった上、マスターの望んだ結果……人間の時の性格や思考、価値観をほとんど失っていないため、ここ最近の自堕落な生活が気になってしまったのだった。
しかも夫のカーライルが誠実真面目を絵に描いたような人物の上、領主の娘婿にもかかわらず守護戦士団として街の人のために汗を流しているので……余計自分がいけないことばかりしているような気がしてくる。
「これではいけません! いくら貴族でも、サキュバスでも、こんな生活をしてはいけませんわ! フリスアリス家の娘として、これではカーライル様に顔向けできません!」
ぐっと可愛らしく握りこぶしを作ると、着替えをすませ、彼女は「じぶんのおしごと」を見つけるべく行動を開始した。

軽めの朝食を済まし、廊下を歩く。
いつもなら自室へ戻ってゆっくりしている所だったが、今日はそんなことはしていられない。
「でも、おしごとといっても何をしましょう……?」
問題はそれである。屋敷で出来そうな仕事は家事か父の手伝いだが、これはどちらも無理だともう分かっている。
朝食の際、それとなく切り出してみた結果が
「ふむ、仕事の手伝い? はは、その気持ちだけで十分嬉しいよカテリナ。私のことは気にせず、のんびりと自由にすごしなさい。」
「お嬢様に家事をお頼みするなんて!? と、とんでもございません!! わたくしたちはお嬢様のお世話が出来ることが何よりの幸せでございます!
お嬢様は当主様にとっても、婿様にとっても、もちろんわたくしたちにとっても大切なお方。どうかご自愛くださいませ。」
というものである。こちらとしてもその気持ちは嬉しいのですが……みんな過保護すぎなのです、と小さくため息をこぼす。
と、たたた……という足音が近づいてくるのが聞こえ、彼女は顔を上げた。
「あら? お嬢様、どうしました?」
こちらに気付いて声をかけてきたのは新米メイドのジュリア。屋敷の一部の人間しか知らないことだが、彼女もまた、サキュバスである。
しかも、カテリナがサキュバスとなった元凶なのだが、紆余曲折あった結果、今では屋敷でメイドとして奉公をしている。給金無しで。
ジュリア自身は彼女に恨みがあったわけではなく、事件後謝罪をして、これからはずっと忠誠を誓いますと言っていたとはいえ……
元は敵だった者を雇い入れ、しかも一緒に暮らしているというのは正直なところ器が大きいにもほどがある。
とある冒険者に「フリスアリス家ってのは大物ばっかりだな。その気になればあんたら親子に夫婦で一国くらい盗れるんじゃないか?」と言われたくらいだ。
そうだ、彼女なら屋敷に来て日が浅いから私に対する過度の配慮も無いだろうし、何より同族だから「おしごと」のアイディアをくれるかもしれない。
そう思い、口を開こうとした所。ふと、彼女が持っているものが目に止まった。
「あ、これですか? 先ほど急ぎの使者が持ってきたもので、どうも街外れのゴミ捨て場に魔物がいるらしくて退去させるのを手伝って欲しいとか。
カーライル様がおりませんでしたので、旦那様にお伝えしようと思っていたところなんです。」
「あら、それは大変ですね……」
視線に気付いたのか、カテリナの言葉よりも早く、ジュリアが説明する。
と、そのときカテリナの頭上に電球がピコーン!と閃いた。
「ジュリア、貴女はまだこの屋敷に慣れていないでしょう? お父様が自室にいなかったら行き先が分からないのではありませんか?
これは、私の方からお父様にお渡ししておきます」
「はい? あ、それは、助かります、けど……」
いきなり言われた内容に理解が追いついていないジュリアの手から書簡を取り、ざっと目を通す。
相手はスライム一匹。確かにカーライルや冒険者たちならともかく、街の一般人にはスライム一匹と言えど厄介な相手なのだろう。
だが、サキュバスとなった今のカテリナには以前には無かった魔力というものがある。
高位の魔物ならともかく、スライム一匹をゴミ捨て場からどかすくらいならなんとかなるだろう。
(これですわ! 領主の娘が自ら街の者を救う! 折角サキュバスになったんですもの、この力も有効利用しないと!
これで自堕落な生活ともお別れできますし、なによりカーライル様と同じお仕事です!
もしかしたら褒めていただけるかも? そしてベッドの上でごほうびを……やん、いやですわ私ったら!)
「お、お嬢様……? なんだか顔が赤いですけど……?」
どこかぼーっとした表情で、あまつさえ体をくねくねさせ始めた彼女に、おそるおそると言った様子でジュリアの声がかけられる。
その声にじゅる、とつばを飲み込み妄想を中断したカテリナは、さらに顔を真っ赤にさせ慌てて平静を装った。
どうみても、もう完全にバレバレであったが。
「な、なんでもありませんわ! と、とにかく! これは私がお父様にお渡ししますから、貴女はお父様に伝えなくて結構です!
そ、それではお仕事頑張ってくださいね! ご、ごきげんよう〜」
いぶかしむジュリアの視線に耐え切れなくなった彼女は、半ば逆切れ気味にまくし立てると、慌ててその場から立ち去った。
「あ、お、お嬢様〜!? 一体どちらへ〜!?」
その場に一人残されたメイドは、事態がさっぱり把握できず、頭上に何個も「?」マークを浮かべていた。

――――――――――――――

領主の屋敷から伸びる坂を市街に向かって下ると、街の中央通りにぶつかる。
広い道幅のあちこちで様々な人々が生き生きと活動し、それを横目に急ぎ足の旅人や商人が目的地を目指し歩みを進める。
「当店一押シ回復薬「きゅあぽーしょん」入荷シマシタ。怪我二モヨク効キマス。ゼヒオ求メクダサイ……」
広場では露店用の少女型ゴーレムが商品を掲げ、商品の宣伝をしている様子を街の奥様方が興味深そうに見ていた。
「500!」
「お嬢ちゃんそりゃ無理だぜ? しょうがねえ950!」
「え〜!? ケチ、550にしてよ!」
また別の店ではインプの少女と店の主人が激しい値切り争いをし、人だかりが出来ていた。
「あの店主にゃ口では勝てねえよな〜」
「いや、俺はインプの子が勝つとみたね」
周囲の見物人はどちらが言値を通すか、賭けを始めているものも見える。
武器屋の前ではリザードマンの少女がショーケースに展示された片手剣と大剣にちらりちらりと目をやり見比べていたが、値札を見るとがっかりとした様子で歩み去った。
そんな人々の様子をカテリナは面白そうに見ながら、目的地の街外れへと歩く。
思えばこうして街に出るのも久しぶりだった。誘拐事件後はずっと屋敷にいたのだったが、街の様子も人々の様子もちっとも変わっていない。
皆顔を輝かせ、生き生きとしている。そんな人々の様子に領主の娘としてだけでなく、純粋に彼女は嬉しくなった。
「あ、カテリナ様だー!」
幼い男の子がカテリナに気付き、声を上げる。その声でほかの人々も彼女に気付き、こちらに歩み寄ってきた。
「おお、カテリナ様!」
「お嬢様、今日はどうかなさいましたか?」
「カテリナおじょうさま、きれいねー」「これ、いけませんよ。子供がとんだ失礼を……」
「体の具合はもう大丈夫なので?」「カテリナ様」「お嬢様」
あっという間に人々に囲まれる。少々戸惑いながらも彼らに笑顔を返し、ゴミ捨て場にいるスライム退治に行くのだと告げる。
人々の反応は励ましの言葉を掛けるもの、彼女を案じるもの、感謝するものなど様々だったが、誰も彼も皆、彼女に好意的であった。
人間でなくなり魔物になってしまった自分にも以前と変わりなく接してくれる人々に、彼女は嬉しさと心からの感謝をかみ締め、この人々の力になりたいと決意を新たにした。

――――――――――――――

それからしばらく後。街外れのゴミ捨て場。
書簡に記してあった件の場所に、カテリナはやってきていた。
あの後ついていきたい、何か力になりたいと懇願する住人達を危険だからと何とか説得し、近くでゴミ捨て場を見張っていた警備兵に詳しい事情を聞きだした。
どこからやってきたのか昨晩辺りからこのゴミ捨て場にスライムが出現し、人々はゴミ捨てに行くことも出来ず困っていると言う。
何とか説得してどいてもらおうにもスライムとは上手くコミュニケーションが成り立たず、かといって退治しようにも間が悪く魔術を使えるような人間が出払ってしまっていた。
そこで領主に助力を頼んだ、ということらしい。
やってきたのが冒険者でも魔術師でもなく領主の娘、ということで当初戸惑っていた兵士だったが、カテリナの妙なやる気に押されたのか、
最後には「それではお願いします」とだけ言ってそそくさとこの場から去っていった。

改めてゴミ捨て場を見る。大小さまざな廃棄物が作っていた山が散らかされ、ゴミが辺りに散乱している。
その中央に、いまもがさごそとゴミをあさる影があった。
「アウ……オナカ、スイタ……ゴハン……ゴハン……」
透き通った青色の体。
遠目からは人間のようなシルエットをしているものの、その半透明の溶け流れるようにうごめく体と、体と一体化した足元の水溜りのような粘液が彼女を誰の目にも魔物と認識させる。
見つめるカテリナの視線にも気付いた様子はなく、スライムは夢中でゴミをあさり、引っ掻き回し、食べ物を探しているようだ。
本来彼女たちスライムは人間の男性の精などを栄養とするのだが、上手く相手が見つからなかったのか、目の前のスライムは何とか食べ物を得ようとこんな所までやってきてしまったらしい。
「あ、あの〜……そこのスライムさ〜ん! あの〜! すみません、ここにいられると街の皆さんが困りますので、どこか別の所にどいていただきたいんですけど〜!」
とりあえず何とか意思疎通を出来ないかと声をかけてみる。個体差があるとはいえ、スライムには人語を理解するくらいの知能はあると聞いていた。
しかし、こちらに興味が無いのか、はたまたここからどく気が無いのか、目の前のスライムはこちらに注意を向けることすらなく、ひたすらあたりを弄り回していた。
その様子にカテリナはふう、と小さく息をつき考え込む。
(さて、どうしましょうか……。流石に有無を言わさず退治するのはかわいそうですし、かといってあの調子ではこちらの言葉を聞いてくださるとも思えません。)
もしどうしても手段が無いのであれば、最悪実力行使で退治することも考えていた。
が、目の前のスライムの無垢な子供のような行動を見ているうちに、彼女はそれだけはしたくないと考えるようになっていた。
「う〜ん……。あ、そうです! 私ならではの手がありました!」
再び、頭上に電球が閃く。
すぐさま思いついた手を実行するべく。カテリナはスライムの前に回りこむと、その透き通った水晶のような瞳を見つめた。
「……? ミュ〜?」
流石に目の前に立った人影には注意を向ける気になったのか、スライムはのんびりとした動きで少女の視線を受け止める。
カテリナがにっこりと微笑んだ瞬間、少女の姿をしたスライムの体が、見えない矢に貫かれたようにびくん!と硬直した。
「ア……ア……」
そのままスライムはもともとぽやんとした表情をさらにぼおっとさせ、動きを止めた。
(できましたわ! 上手く行きました!)
自分の術が成功したことを感じ、カテリナは内心で達成感と満足感を覚える。
サキュバスが持つ魔力、それを先ほど目があった瞬間に視線を通じて相手に撃ち込んだのである。
本来は異性を魅力するためのチャームなどに使われることが多いのだが、今回は相手を一時的に支配下に置くために魔力を使うことにした。
これなら同性間でも効果を期待できるはずだと思ったためである。
心配なのは魔物にも効くのかどうかだったが、相手が魔法耐性の少ないスライムだったこともあって無事、効果を発揮したようだ。
後はこのまま、ゴミ捨て場や街から離れるようにお願いすればいいだろう。思った以上に簡単にけりがついた。
(初めて使ってみましたけど、やればできるのですね……)
知らず、緊張に固まっていた体から力が抜け、ふうっと息が吐き出される。
その油断がいけなかった。

確かにカテリナは魔力が使えるようになったといってもまだ素人同然であったが、サキュバスの力はそこらの魔術師の比ではない。
実際、彼女の考えた方法は理にかなっていた。普通のサキュバスならこれで上手く行っただろうし、相手が人間やほかの魔物なら魔力を打ち込んだ時点で終了だったはずである。
スライム以外ではこんな事態は起きなかったのだろう。
原生生物に似通った群体的な身体性質を持つスライムには、本体の少女のような形以外の余剰部分、生物的な原初の本能が強い部分がある。
通常はその部分も本体により統率されているが、スライム全体に支配命令がいきわたる前に魔力による支配が緩んだため、スライムの方では本体部からの支配から切り離され独立した部分ができてしまった。
その足元の粘液だまりのような部分が、本体の支配から断ち切られ暴走してしまったのである。
本来男性の精を求めるスライムだが、高濃度の魔力をにじませるカテリナを餌と認識したのか足元にまとわりつく。
「あれ……? え……!? え、、ちょっとまってください! やだ、足が……!」
気がついたときには両足は完全にスライムに固定され、しかもじわじわと足元からにじみ上がって来る。
すねの肌にじかにひやりとしたスライムの感触を感じると、カテリナの顔に恐怖が浮かんだ。
目の前のスライム少女はまだ魔力の影響が抜け切っていないのか、そんなカテリナの様子を無感動な目で見つめている。
じわじわとスライムが這い上がってくる。小さな水溜りに見えた足元の粘液のどこからこれだけの量が生み出されたのか。
太ももの辺りから下は最早完全にスライムに埋まり、そこから生え出た触手のような細長いスライムが腰にまとわりつき出す。
思わず手で払おうとしたが、それを見越したかのように新たに生まれ出た触手が彼女の両手を背後に拘束した。
「いや……やめて……お願い……」
震える声で懇願するも、理性を持たぬスライムの触手は本能のままうごめき、ついにすそから服の中に侵入をしだした。
「ぁ……やあ……いやぁ……」
ねちょねちょとスライムがうごめく音が容赦なく彼女の耳を打つ。スライムが体に触れるにつれ、まるで彼女は力が吸い取られていくように感じた。
さらに、下半身にまとわりついたスライムが彼女の下着を溶かしだした。
ずるり、と下着の原形もとどめぬぼろきれとなった布がずり落ち、彼女の秘所があらわになる。
直後、ずにゅう、とまる男性器を思わせるフォルムを持つ触手が、足元の粘液だまりから蛇のように鎌首を上げた。
「いやぁ! おねがい、やめて! ゆるして、それだけはゆるしてぇ!」
その姿を見ただけで、次に何をされるのか想像してしまったカテリナは半狂乱になりながら叫ぶ。
だが体はがっちりと拘束され、逃げ出すことも出来ない。絶望と共に彼女は目を閉ざし、襲ってくる衝撃に耐えようとして――

『ホーリーセイヴァーッ! 魔よ、聖なる光に退けッ!』

ザシュッと何かが断ち切られる音が響く。恐る恐る目を開けると、眼前の触手はその中ほどからざっくりと断ち切られ、
足元の粘液の中心に、冷たい白銀の輝きを持つ剣が彼女を守るように突き立っていた。
決して見間違えることの無い、この剣。あの人が聖騎士となった証として授かった、愛する人を守るための美しくも力強い剣。
剣が突き立った所から粘液は消滅し、彼女を縛っていた触手の拘束も消え去る。
そのまま彼女はがくりと地に崩れ落ちた。
助かった安堵と今になってまたよみがえった恐怖に涙のにじんだカテリナの視界に、剣は幻などではなく確かな現実としてその姿を示していた。
そして、その耳に決して幻聴などではない愛しい人の声が聞こえてくる。
「間に合った……ッ! カテリナ、怪我は無いかッ!?」
焦りと心配がにじむその声に顔を上げる。金髪を乱れさせその額に汗を浮かばせながらも、彼女のことを心配そうに見つめる青年がこちらに駆け寄ってくる所だった。
「カーライル様……!」
彼女の夫、最愛の人、カーライル=フリスアリスがそこにいた。

――――――――――――――

あの後、カテリナはスライムの少女に再度「お願い」をし、なんとかスライムの方も受け入れてくれたようだった。
少女の姿をしたスライムは最後に一度だけこちらを振り返り「ゴメンネ……」とだけ言うと、ゆっくりと周囲の森の中に消えていった。
なんだかこちらの方が悪いことしてしまったかも、と先ほどよりも一回り小さくなったスライムの姿を見て思う。
そこで彼女はまだ彼にお礼を言っていないことに気づいた。
「先ほどは危ない所をありがとうございました、カーライル様。それにしても何故ここに?」
と、振り向くと困惑と心配と安堵と……とにかくいろいろな感情がごちゃまぜになったカーライルがこちらを凝視していた。
その表情に気おされ、「ええと……」と小さく呟く彼女に、カーライルは堰をきったようにしゃべりだした。
「カテリナ様! どれだけ皆が心配したと思っているのです!
どうしてここにと聞きたいのはこちらの方です!
義父上からの緊急の呼び出しで慌てて戻ってみれば、貴女がいなくなったというし!
街の者からようやく話を聞けば一人で魔物退治にいったというし!
警備兵は貴女がゴミ捨て場から戻ってこないというし!
いくら魔力が使えるようになったからといって、二度とこんなムチャしないでください!
貴女にもしものことがあったら、僕は、僕は……!」
途中から顔をくしゃ、と歪め、目からは涙が溢れ出してしまった。
「よかった、無事で本当によかった……!」
後から後から流れる涙をぬぐおうともせず、カーライルはカテリナを抱きしめる。
彼女の目にもまた涙が溢れ、彼を抱きしめ返すと胸に顔をうずめながらごめんなさい、ごめんなさいと繰り返した。
どうして忘れていたのだろう。自分が誘拐されたあの日、命がけで助けに来てくれた彼。
あの時も、彼はこんな顔をしていた。わが身よりも私のことを案じ、私のために全てを投げ出し、私のために悲痛な顔をしていた。
あの時、もう決して彼にあんな悲しい顔をさせないと誓ったのに。
今また彼は私のために苦しみ、悲しみ、涙を流している。
バカだ、私はバカだ。ちっぽけな自己満足を手に入れようとして、褒めてもらいたいなんて子供っぽい考えでその危険も顧みずこんなことをして。
もう泣かないで。もう、こんなことはしないから。もう、あなたを悲しませないから。
その想いを伝えるように、カテリナは涙をこぼしながらもしっかりとカーライルを抱き返した。

――――――――――――――

その日の夜、フリスアリス家、カーライルとカテリナの寝室。
夕食と入浴を済ませた二人は、いまはゆっくりとベッドに並んで腰掛けていた。
甘えるようにカテリナが頭をカーライルの肩に預けると、彼もまた彼女の華奢な腰に優しく手を回した。
「……やっと一息つけました……」
「まったくです」
本当に、言葉通りにあの後は大変だった。しばらく抱き合って落ち着いたところ、そこで初めて彼女の服がぼろぼろになっていたことに気付いた。
彼女はとりあえずカーライルのマントを羽織って人を呼び、代わりの服を用意してもらわなくてはならなかった。
そして館に帰る前に、守護戦士団の詰め所に立ち寄ると、事件が無事片付いた旨を伝えた。
館に戻るなり飛び出してきた彼女の父親は、思わず身を引く彼女の両手をがっしりと掴むとよかったよかったと繰り返した。
廊下の両脇にはメイドたちがずらりと並び、皆同じように、ご無事で何よりでございますと安堵の涙を流していた。
ふと窓の外を見ると、庭の木から宙吊りにされている一人のメイドがちらり見えた。
今回、カテリナのわがままでまったくの貧乏くじを引かされたのは彼女であろう。カテリナは心の中で深く謝罪し、あとで何かお詫びをしようと思った。
それから数時間後、今こうやってようやくゆっくりとすることが出来ていた。
「それにしても、一体どうしてあんな無茶をしたのですか。一歩間違えれば本当に命が危なかったかもしれないのですよ」
向き合い、そう言って顔を覗き込むカーライルの瞳には怒りよりも、彼女の身を案じる色が濃い。
その目にばつが悪くなったカテリナは一瞬目をそらしたものの、再び視線を合わせると正直に朝から今まで考えていたことを話し出した。
皆、それぞれ一生懸命になって役目を果たしているのに、自分だけがただ何もせず過ごしていると思ったこと。
皆が自分に対してあまりに過保護なので、一人で出来ることを示したかったこと。
魔物退治の仕事をして、カーライルと同じことをしたかったこと。
その結果彼を心配させることになって、申し訳ないと思ったこと。
そして、そんな自分を助けに来てくれたのが嬉しかったこと、とても感謝していること。
彼女は自分の胸のうちを整理するように、一つ一つしっかりと、目の前の青年に伝えていった。
その間、彼は口を挟むことなくしっかりと心に留めるように耳を傾けていたが、話が終わると困ったようにカテリナのことを見つめた。
「そんなことを考えておられたのですね。ちっとも気がつきませんでした。謝るべきはこちらの方です。
僕は最近街のことに掛かりきりで、貴女の事をきちんと見ていなかったのですね……」
心底すまなそうな表情をするカーライルに、カテリナは首を左右に振る。
「いいえ、私が浅はかだったのです。皆がどれだけ私のことを大切に想い、心配してくださっているのか今日改めて痛いほど分かりましたわ。
もう皆にも貴方にも心配をかけるような真似はしません。お約束します。」
そう言って、ぺこりと頭を下げる。
そんな彼女を見ながら、カーライルは微笑んだ。
「でもカテリナ様、一つだけさっきのお話には間違いがありますよ。」
その言葉に疑問の表情を浮かべる彼女に、彼は優しく語りかける。
「カテリナ様のなさるお仕事がない、という部分です。貴女は何もしていないわけではありません。
貴女がいてくださるからこそ、義父上もメイドたちも、街の者も皆笑顔でいられるのです。もちろん、僕も。
これはカテリナ様にしか出来ないお仕事ですよ?」
そう言ってどこかいたずらっぽい表情をするカーライルに、その言葉の意味を理解したカテリナが恥ずかしそうにうつむく。
照れたような上目遣いで彼の顔を覗き込みながら、ちょっと拗ねたように呟いた。
「もう、そんなことを言って……からかわないでください。明日から皆の前でどんな顔をすればいいのか分かりませんわ」

――――――――――――――

そうしていつもの二人の時間が始まる。
優しく、しかししっかりと抱き合い長い口付けを交わすと、カテリナはカーライルの前にかがみこみ、ズボンと下着を下ろして彼のものを取り出した。
「カテリナ……?」
その様子に、カーライルが当惑した声をかける。
「今日は、私が……。その、昼間のお礼もかねて……」
恥ずかしさを声ににじませつつも、そう言いながら優しく肉棒を愛撫していく。すべすべの手が触れるたび、彼のものはどんどんと大きくなっていった。
彼女はその様子を愛しげに眺めながら、手のひら全体、指をたくみに使い、亀頭、そして陰嚢を刺激する。
「う……あ……」
その快感に堪らず漏れた声に嬉しそうに目を細めると、カテリナは可愛らしい口いっぱいにペニスをほおばった。
「んっ……おおきいです……はむ……んちゅ……」
「な……何を……?」
「口で……。殿方は、お好きなのでしょう……?」
どこか媚びるような上目遣いで答えると、再び先端にキスをし、まるでアイスキャンディーをなめるように舌を使う彼女。
サキュバスになったせいなのか、それとも夜の経験値のおかげか。その舌使いはカーライルの弱点を知り尽くしており、気を抜くとすぐにでも射精してしまいそうだった。
「く……うぁ……」
快感に耐える声が漏れるたび、カテリナは嬉しそうにモノを舐め、しゃぶり、吸う。
ぴちゅ……くちゅ……ちゅぷ……
部屋に淫靡な音が響く。
彼女の股からも愛液がとろとろと流れ出し、その太ももを伝ってシーツに染みを作っていた。
興奮が抑えきれないのか尻尾がフリフリと揺られ、ときどき背の羽がぱたぱたと動いた。
カーライルが彼女の頭に手を沿え、そっと撫でるとカテリナは幸せそうに目を細め、彼にもっと快感を与えようと顔を動かす。
「ぁん……つの、さわられるの……きもち、いいです……。ちゅ、ちゅ……かーらいるさまの、おいひぃ、です……」
恍惚の表情で一心不乱に嘗め回すカテリナ。カーライルも射精をこらえながら、愛しい彼女を撫でる。
「カテリナ……もう……」
「いいですよ……。私の顔でも……んちゅ……お口でも……。ちゅ……お好きなところに、出して、ください……」
彼の限界が近いことをその顔と言葉から見て取ったカテリナは、さらに口と舌の動きを加速させた。
その激しい動きがついに彼の限界を超えさせる。彼のものから精液が噴出す瞬間、その全てを逃すまいとするかのように彼女はペニスを咥えこんだ。
「んっ……! んんっ……! ……んくっ……ごく……んくっ……」
精液をまるで貴重な美酒のようにおいしそうに飲み込んで行く彼女。その全てを飲みこむと、彼女は幸せそうに彼に微笑みかけた。
「たくさん、だしていただけましたね……。うれしい、です……」
つ……と彼女の口の端から精液が垂れる。その様子はどこまでも淫靡で、そしてどこまでも愛しかった。
「綺麗にいたしますね……」
萎えた彼のモノに再び口付けし、ぺろぺろと嘗め回す彼女。すぐに息子は大きさを取り戻し、それをまた彼女は嬉しそうに見つめる。
そんな彼女を優しく見つめながら、カーライルが口を開く。
「ありがとう……。今度は、僕の番だ……。さあ、横になって……」
「はい、ご主人様……」
彼の言葉に、カテリナは体をベッドに横たえ、恥ずかしそうに股を開いた。
すでに愛液でしとどに濡れた秘所は挿入を待ちきれないようにひくひくとうごめき、尻尾が誘うようにゆらゆらと左右にふれた。
カーライルは羞恥と興奮で桜色に染まるカテリナの頬、胸、お腹、太もも、翼、尻尾を順に優しく撫でると、既に再び硬さを取り戻したペニスを秘所にあてがった。
それだけでピクリと体を快感に震わせるカテリナに、カーライルが微笑む。
「それじゃあ、入れるよ……」
「はい……。きて、ください……」
自分の快感よりも、愛する人の身を案じるようないつもの彼の様子に、いつものように彼女も優しく微笑みを返す。
「ふぁあぁあん……!」
彼のペニスが妻の秘所にゆっくりと侵入する。それだけで二人の体を先ほど以上の快感がかけぬけた。
「あっ……はぁっ……ゃ……ひゃぅっ! ……あぁン!! ひゃぁ……あなたぁ……! きもち、あっ……きもち、いぃですぅ……!」
カテリナの喘ぎ声にあわせるように、カーライルは腰を振る。最初はゆっくりと、やがて情熱的に激しく。
その動きに、さらにカテリナの表情と声は蕩けていく。
そしてまたいつものように、二人の幸せな夜は更けていった。

――『フリスアリス家日記 カテリナお嬢様の○○な一日』――

……fin
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