「・・・こいつら・・・・」
夢を見ていた。20年以上も前、一緒に軍に入ろうと誓い俺を隊長としてくれた友達のことを。
「シュナイダー、お前が隊長な?ぴったりさ。」
「何で俺だよ!?大変なんだぞ!」
「面倒ごとはお前がやれ、な?」
「頭のいい上に強いじゃんか!」
ほめてるのかからかってるのか分からなかった。だが幼くもうれしかった記憶だけが残っている。
そして一瞬で葬り去られてしまったことも。
「奴ら、市街地爆撃だと!?こんな市街地に何高火力唱術ぶっ放しやがる!」
「熱い、助けてくれぇ!!」
「シュナイダー!熱い、熱ぃよぉ!!」
「地獄か・・・なんだよこれ・・・」
あの唱術をぶっ放したのは領主達だ。魔物と仲がよかった市街地の粛清。反乱軍が逃げ込んだことを口実に町全体を唱術で破壊した。
だから解放軍に入った。理由は何でもよかった。魔物が恐ろしいとか、そんなことはどうでもよくあの領主さえ倒せればと思った。
「貴様、あの時の生き残りだったのか!?」
「地獄で詫びろ!俺の友人と両親、あの市街地で死んだ奴に!」
あの時奴を貫いたグレイヴの感触はいまだに覚えている。思い出そうと思えばはっきりと思い出せる。
19年越しの報復は成功した。それまでの苛烈な戦い方から俺はラヴィーネの部隊長に推され、それに見合う戦果を立てた。
だが報復が終わったあと、一体何をしたらいいかも分からずただ軍にいて今までどおり活躍し続けるしかなかった。
そこで、夢が途切れた。
「お目覚め?」
少女の声がシュナイダーの耳に入り、彼は目を覚ます。目の前にあるのは真っ白な壁。何の飾り気も無い。
視界は普通。立たされているらしく別に横向きというわけでもない。だが苦しくないどころか身体の感覚すらない。
「・・・お目覚め・・・だと?俺は確か・・・」
「ええ、確かにあの爆薬で吹っ飛んだ・・・姉さんは加減を知らないのね。おかげで数倍手間取る羽目になった。もっとも記憶も身体も無事でよかったけど。」
首も動かせないが、ご丁寧にその少女は目の前に来て彼の顔を覗き込む。緑色の瞳に水色のショートヘアー。白衣を着用した・・・フェルアと話していたリシスその人だ。
シュナイダーも顔くらいは知っている。フェルアの妹であり相当な狂科学者。だがその知識は古の賢者にすら劣らないと。
「お前、まさか・・・!」
「分かってるなら話が早い。私ははっきりいって本物の賢者。それこそ自分の墓に奴隷を埋めたり人体実験でミスったのを放置するような似非賢者なんか比較にならない・・・ね。」
双剣を引き抜き、空を切らせてリシスは大げさな舞台の上に立ったように応える。
「そう、シェングラスどころか世界最大の賢者、リシス・シュライツ・フィレンディスとは私のこと。」
「お前・・・何故俺を助けた?」
「体のいい実験材料ってだけ。別に主義思想とか私には関係ないの。」
シュナイダーはわけが分からない様子でリシスを見ている。シェングラスの司令官の妹なら余計に助けたらまずいのではないかと。
そんな思考でのみの疑問を読み取ったのか、リシスは何も気にしていないように応える。
「ぶっちゃけ、実力で全員黙らせてるし。その気になればシェングラスを魔物の都にだって変えられるんだけどさ?」
「何!?」
「そんな真似しても面白くないし?だからこうやって調べつくせるところまで調べてる。言っておくけど私は助けたなんて微塵も思ってないの。」
どういう意味だとシュナイダーが思い、ようやく今の状況が不自然すぎる事に気づく。明らかに声の感じが違う。
以前の声より少しトーンが高くなっている。それに気づいたリシスが軽く笑みを見せるとシュナイダーに訊ねる。
「貴方、今の自分の姿を見たい?」
「無論だ。一体何故動かせない?」
「そりゃあちょいと術仕掛けてる最中だから。じゃ、見せてあげる。」
リシスが空中に術を描き、何かを出す・・・光が鏡面のように収束し、鏡に変化する。術を反射させる技だが鏡に応用することが出来るというのも知っていた。
が・・・シュナイダーはそれに移った自分の姿を見て驚愕する。紺色の髪の毛は長く伸びていて、肌も白くなり顔つきは女性に近い。
それだけでも驚かせるには十分だが・・・首から下が全くなくなっている。
「な!?」
「ようやく気づいたのね・・・私はあくまでも貴方を実験として使ったまでよ?人工的に生み出せないかってね・・・首なしの兵士「デュラハン」を。」
「お前、一体・・・・!」
「魔王とかそんな類でもない。単なる狂い気味の賢者よ。ちょいと大変だったけど?首の接合部分に術式を埋め込んで2つに割った魔石で連結、身体はそれによって女性に変質したわけだけど。まぁ、そろそろ感覚も戻る頃ね。」
すると、急激に身体の感覚が戻る。そして身体が今ある場所がすぐに分かってしまう・・・見ているわけでもないのに、ある場所ははっきりと感じられる。
自分の頭に近づくと、そのまま半透明なケースを開けて自分の頭を何も無い首のあった場所へと乗せる。
改めてシュナイダーが鏡を見る・・・まさに女性といってもいい。自分で言うのもなんだがそこそこ綺麗であり体系もいい。少々胸が重くもあるがそれほどの大きさだ。
「鎧とかは身体にあわせてちょっとだけ作り直したから。術への耐性は高めてるからあの程度の爆発では木っ端微塵ということは無し。ついでにグレイヴはあの戦闘で吹っ飛んだから変えも用意したけど。」
「何故俺にそこまでする。」
「まさか今の魔王の影響が出るなんて思わなくてさ、魔物化させて女性になるなんて聞いてない。それに元に戻せないしさ?元に戻したら貴方は確実に死ぬ。」
複雑そうな表情をシュナイダーは浮かべる。生かしてもらったのはありがたいがよりによってこういう身体とは聞いていない。
確かに擬態の必要も無く、多少注意していればばれないレベルではある・・・鉄槌でも喰らわない限り首が転がり落ちるとかは無いだろう。
「頭の再生能力は高いからね。ぶっ潰されてもすぐ元通り。まぁ身体の出血多量と心臓に気をつければいいってわけ。」
「繰り返すが何故俺にそこまで・・・」
「私は実験材料は望まない場合完璧に、最低でも8割は元に戻すことを心がけてるの。戻せない貴方へのせめてもの侘び。貴方はこうなること望んでなさそうだし。」
こんな身体は望んでいない。だが戻せないのならいっそ早く死んでもよかったかもしれないとシュナイダーが思ってしまう。
「言っておくけど、自殺できないよ。その身体。貴方の夢を見て行動制御もかけさせてもらった。実験材料が早く死んでもらうと困るしね。」
「何が望みだ!」
「貴方がどれだけ動けて、どれだけ戦えるか。どう生きて老化や寿命などもどうなるか。私が見たいのはそれだけよ。貴方の主義思想なんてどうでもいいの。」
白衣の下からポーチを取り出すと、リシスはシュナイダーへと投げてよこす。
「周辺の地図よ。ここはシェングラス中央のかなり郊外。あと当面の食料。魔石に転送作用があるから食事等は普通に行っても大丈夫よ。」
「・・・ここまでするか?俺に・・・姉の計画を狂わせていいのか?」
「貴方1人でどうにかなる問題と思えないもの。姉さんの計画が私1人で崩れ去るなんてことはありえない。それに貴方は貴方自身の変化をどう捉えるかしらね?」
怪しげに笑みを浮かべ、気味が悪いなとシュナイダーは思いながら外へと出て行く。階段を上がりどんでん返しの扉を開けて外に出ると森が広がっている。
振り返るときこりが使うような休憩小屋があった。この地下に研究室があるなど誰も考えもしないだろう。
「・・・しかしな、どうすればいい?」
性別どころか種族まで変わり、行く当ても無い・・・解放軍にとりあえず合流するほうがいいかもしれないが、敵地の真っ只中でもある。
情報を集めて慎重に動くしかない・・・何せシェングラス領内なのだから正体が分かった途端にどうなるか分かったものでもない。
「シージュ様、見つけました。結構衰弱していますが・・・」
「何よりです。直ちに治療を。」
いまだ豪雨であるブレウィス領郊外の陣地、シージュが率いる部隊は陣を敷いて情報収集に当たっている。やはりここに連れ込まれた捕虜と言うのは偽装工作らしい。
リファを見つけたと言う兵士の報告にシージュはうなずいてみせる。シュナイダーは行方不明だがリファが見つかったからまだよしとするべきだろう。
「・・・しかしシュナイダーは何処へ消えたのでしょうか。」
「分からないです。見た感じではどうなんですか?」
「高度な転移術が使われた形跡があり、方向だけしか感知できませんでした。シェングラス中央の郊外方面・・・東南東かと。」
その方向に軍を出すとさすがに感づかれる。全面戦争の引き金にすることだけは控えろとシージュはレクシスにいわれていたのだ。
だが、このまま黙っているようなシージュでもない。いくのは危ないと分かっていてもやはりどうにかしたいという気持ちが先走ってしまう。
「リファの治療は何日くらいで終わるんです?」
「1日もあれば治癒術などで何とか。」
「・・・分かったです。下がるです。」
兵士を外に出し、シージュは1人で陣屋の椅子に腰掛けてどうするかを考え始める。護衛に刺客か傭兵を雇うべきではないだろうかとか、そんなことも。
正規軍のメンバーを護衛に付かせれば解放軍とばれてしまう。そうなるとやはり傭兵だ。救出任務を請け負ってくれる、そんな人がいい。
「あぁ、誰かいますか?」
「ここに。」
先ほどとは違う兵士がシージュの呼びかけに応じて来ると、シージュは1個の包みを渡して兵士に命令する。
「この包みをブレウィスの酒場に持っていくのです。内容は秘密です。」
「依頼、ですか?」
「一応そんなところです。あぁ、それと明日から一旦本国に戻るです。」
「本国へ?また急にどうして。」
兵士がいぶかしがると、シージュは少々困った表情をしながら応える。
「レクシスに会ったとき忘れてたですが、隣の大陸からの密使が私に会いたいといていたのを思い出したんです。1週間くらい開けとくです。」
「使者を呼ぶわけには?」
「戦争が噂になるとナーウィシア解放軍との全面戦争と噂が先走る可能性も高いです。今はシェングラスの内部も切り崩しナーウィシア諸侯を結束させておきたいです。」
シージュの言葉は本音ではあった。以前のシェングラスとナーウィシアでは有力諸侯の結束が乱れたため惨敗したようなもの。
だから利権などの密約や領土の安定、中央政府を作ったときの方針などを決めておかないとまた切り崩される可能性がある。シェングラスは内部工作だけは得意中の得意だったのだ。
「はっ。では・・・」
「明日からです。お願いするのです。」
兵士は了解とうなずき、早速ブレウィスの酒場に書物を届けにいく。自治領内なら単独でも特に危険も無く、盗賊が襲ってくることも無いだろう。
残されたシージュは誰もいない陣屋で1人物思いにふける。普通の人として暮らしていた頃が懐かしくもあり、もう二度と手が届かないとも思ってしまう。
「今は満足です。この身体でも。ですけど・・・」
自分の体のことはもうなれた・・・戦うときもかなり便利で日常生活はそれ以上。だがどこかにおいてきたものをつい懐かしんでしまう。
里親に預けられて普通に学校に行き・・・だがもう戻ってこない。故郷は吹き飛ばされ、生存者もいなかったのだから。
「・・・まぁ、これ以上私みたいな目にあわせないのも解放軍盟主の義務です・・・か。」
「濡れちまったな・・・やれやれだ。」
「そうだな。」
ブレウィスの酒場で休憩を取る2人がいる。まだ20代にも達していない若い傭兵2人であり片方は灰色の髪の毛に槍を持ち、もう片方は茶髪にグレイヴもち。尻尾があり耳も人とは違うものだ。
イーグレットとフィーナ。ここ最近有名になっている「白鷺と竜人」のコンビであり傭兵としてはかなり有名なほうだ。ちなみに「ブレークドアームズ」の称号もちらしい。
「・・・というより依頼でも受けないか。ここ最近各地への旅ばかりで特にこれと言ったことも無い。」
「ん、ああ・・・そうだよな。どーすっか・・・」
イーグレットがとりあえず掲示板を見て見る。最近の依頼は解放軍やらシェングラス軍やらの依頼が多く民間系列は少なめではある。
その中に、真新しい依頼を見つける。依頼のランクはかなり高いが報酬はそれ相応・・・いや、相場の5、6倍はある。
ブレウィス領は自治領内部とは言えシェングラスの人も数多く出入りしているためここには両軍の依頼が数多くたまっている。報酬は高いが命の危険は保障できないものばかりではある。
イーグレットはどちらでもないので興味を引かれ、とりあえず紙を剥ぎ取って依頼の文面を見てみる。
――シェングラス中央への護衛任務
依頼内容は私のシェングラス中央領への護衛任務。ある事情がありシェングラス内部へと向かうことになったのですが、道中や目的の達成のためどうしても人助けが必要です。
依頼はまずシェングラス中央へと護衛、仲間から情報を聞き出しある人物を探して欲しいのです。終わったあとは引き続き要人の奪還任務へと移行します。
報酬は以下のとおりです。貴方の力を貸してください。 -シエル-
「誰だこいつ?」
イーグレットが疑問符を浮かべて訊ねる。シエルという人物は聞いたことが無い・・・これほどの予算を出せる人物は大勢力の盟主か領主、それとも豪商のはずだが。
「偽名だな。要人が本人の名前を出すわけにもいかないから隠している。」
「・・・ま、受けてみっか?かなり高額だし、待ち合わせ場所もそう遠くなさそうだ。」
地図を確認してフィーナもそうだなとうなずく。特に遠くもないし、だますにしても掲示板に貼り付けて偽名を使った依頼でそんな真似をする奴はいない。
だます必要があるのは個人依頼の時だけだ。傭兵が憎いからだましてやると言う奴もいるようだが、それにしてもこの依頼が高額すぎる。
前金でも軽く普通の依頼に匹敵する額を支払い、もう受付の方に預けていると言うのだ。だますつもりは無いだろう。
「行くぞ、イーグレット。」
「ん、そうだな。」
フィーナが受付に行くと早速契約書に2人の名前を書こうとするといきなりスキンヘッドの大男が割って入ってくる。
「待ちな、その依頼は俺が先に目をつけてたんでな。」
「黙れ。先にとった私達の依頼だ。とっておきたいなら先に紙をとれ。」
鋭い視線でフィーナが男をにらみつける。一歩も譲るつもりは無いようだ。
「はむかおうってのか!?この俺様に!」
「そこまで言うなら戦いの準備は出来ているだろうな?正々堂々勝負しろ!」
「やってやろうじゃねぇか!テーブルをどかせろ!」
スキンヘッドの大男が怒鳴りつけるとあわてて周囲の人物がテーブルを退き、10m四方の空間を作り出す。
フィーナはグレイヴを構えるとあいた空間にでて鮮やかに振り回す。一方の大男は長柄の斧、ポールアクスを武器としているらしい。
「フィーナ、大丈夫そうか?」
「こいつごときに負ける気はしない。力任せの奴だ。」
イーグレットは安心するが、周囲に連中の部下らしい奴が混ざっているのを見て少し不安げに思う。
何かするんじゃないかと不安でもある。が・・・そんなことを気にする前に大男が斧を振り回す。
すぐにフィーナがグレイヴを縦にして受け止め、受け流すと石突で強い一撃を放つ・・・大男はうめきながらも、すぐに振り向き斧を振りかざす。
「力任せか。それでよく・・・」
軽くフィーナが横に回避し、穂先を回転させると刃の付いていない部分で大男を殴り飛ばす。
こんな相手、殺すまでも無い。フィーナは相手の実力が無いとわかったためか警戒心を解き稽古でもしているかのように振舞う。
「貴様より、猪のほうがまだ厄介だな・・・そんな腕でよくここの親分を気取れるものだ。」
「何を!貴様!」
すると、いきなりテーブルクロスがフィーナの顔面めがけ投げつけられる・・・おそらく大男の部下がやったものだろう。
すぐにフィーナが振り払うが、そのときには大男が斧を構え今にも振りかざそうとしている。
「っ!?く・・・!」
「捉えたぁ!」
斧がグレイヴに接触する寸前に先ほどテーブルクロスを放り投げた人物が突然突き飛ばされ大男を弾き飛ばす。
すばやくイーグレットが石突で先ほどの人物を殴り飛ばすと、大男めがけ槍を構えなおす。
「1対1じゃないとは。酷いもんだな?」
「ちっ。てめぇらかかれ!」
「今度はお仲間?まぁいいか・・・」
後ろから襲い掛かってくる相手に対し、イーグレットは軽く飛び上がるとまわし蹴りを喰らわせる。
すかさず剣を払いのけて石突で敵を弾き飛ばす・・・フィーアは誇りのない敵に怒り心頭なのかグレイヴでなぎ払いまくる。
「貴様ら、誇りすら失ったか・・・!」
「そんなもん知るか!勝ちゃあいいんだよ、勝ちゃあな!」
その言葉は禁句だなとイーグレットが思った瞬間、フィーナはグレイヴの刃先を容赦なく敵に突き出す。
貫かれた敵は激痛に絶叫し、そのまま倒れこむ・・・残った大男は冷や汗を流すが容赦なくフィーナはグレイヴを突き刺す。
「ぐ・・・!」
「誇りの無い貴様を・・・生かす道理など無い!」
グレイヴを引き抜くと、柄でフィーナが大男を突き飛ばす・・・さらに追撃しようとするが、イーグレットが引き止める。
「手を出す必要は無いな。もうこいつは立ち直れない。」
「だが!」
「次であったら、またぶちのめせば良い。こいつにそれだけの技量は無いさ。」
平然とイーグレットはフィーナをなだめ、受付から契約書類を貰うとそのままサインをする。
「・・・次私の前に出たとき、命は無いと思え。」
鋭い視線でフィーナは大男をにらみつける・・・到底16歳かそこらの人(まぁリザードマンではあるが)とは思えない眼光に大男はあわてて退散していく。
酒場はすぐにいつもの活気を取り戻し、倒れた人物に包帯を巻いたり重傷の人物に周辺の傭兵が治癒術をお情けでかけるとテーブルを戻し楽しみ始める。
「厄介ごとに巻き込まれたけど、とりあえず依頼を頼む。」
「了解。ではこちらの書類にサインを。」
受付が契約書の控えにもサインを求め、2人がそれぞれの名前を書く。フィーナと組んだ翌日から喜劇と悲劇が一気に倍増したかとイーグレットが思う。
フィーナが槍術(もっともグレイヴだが扱い方は槍に近かった)を教えてくれたためイーグレットの技量もかなり上がり、夜も退屈せずにすむのだが・・・逆に魔物とのコンビが気に入らないのか寝込みを襲撃されたりしたことも多々。
まぁ、襲撃者はひっとらえて身包み剥いだから今では完璧に資金源にしかなっていない。フィーナはその手の気配に敏感なためイーグレットが起きる頃には敵の半数は気絶か武装解除されていたりする。
「何を思い出してた?もう私は書いたぞ。」
「あ、悪い。」
フィーナのサインが終わり、イーグレットも羽ペンを走らせて名前を書くと控えの契約書を受け取る。
依頼主にこれを見せて依頼を受けた傭兵と言うのを確認して、ようやく依頼を受けられる。ナーウィシア、シェングラス共通の方式であり傭兵の契約に法的効力もあるため少々面倒だが仕方ない。
「では、活躍を期待します。」
社交辞令とも言える受付の言葉に2人は礼をするとそのまま契約書を片手に待ち合わせ場所へと急ぐ。
「・・・貴方達が依頼を受けた傭兵、ですね?」
一旦本国に戻ると見せかけて、大きく迂回路を取りシェングラス中央へと向かう道の半ばにシージュがいる。
すでに夜になり月も真上にある・・・そこに来たのは2人組みの傭兵。イーグレットとフィーナなのだが・・・フィーナは彼女の顔を見て少し驚いた様子だ。
「どうりで高額の依頼なわけだ・・・」
「何?」
「相棒は分かっているようですね。」
何のことか分からないと言った様子でイーグレットがシージュの様子を観察しているが・・・粘液が微妙に出ている、解けたローブを見てまさかと呟く。
「まさかあんた・・・!ナーウィシア解放軍のシージュ!?」
「ご名答。ですが人前では契約書どおりシエルと言うことで通すです。依頼内容に依存無ければ行くです。」
あぁ、とイーグレットはうなずくが予想外の人物からの依頼に言葉も出ない様子だ。
シェングラスより勢力は劣るが、支配体制を突き崩せるだけの戦力を持った解放軍の盟主がわざわざ単身で敵地に乗り込むとは、通常では考えられない。
「南下するのか?これから。」
「街道沿いに行けば怪しまれるです。だから森を突き抜けて直接市街地へと出てそれから作戦開始なのです。まぁ、何が出るか分からないから護衛をお願いしたいのですけど。」
普通に考えれば無謀だ。何の魔物が出てくるかも分からない森の中央を突っ切ると言うのだから。
もっともシージュもフィーナも魔物であり、イーグレットもフィーナの夫であるからめったに襲撃される、と言うことはなさそうだが。
「・・・そういえばシージュって、戦いとか大丈夫なのか?」
何気にイーグレットが気になっていたことを訊ねる。民間人出身と聞いていたので戦えるのかどうか不安げなようだ。
すると、シージュは笑みを浮かべると脚にかけていた術を解き偽装を解除する・・・同時に服がさらに溶け出し、触手も何本も飛び出してくる。
「これで出来るのです。こんな感じで?」
粘液に包まれた触手で器用に細身の槍を絡めている・・・何処に閉まっていたか分からないが、4本ほど同時に持っている。
「わ、それって何!?」
「あぁ、槍は術で格納可能なものです。触手のほうは自由自在に動かせるので手も同然ですね。粘液も案外滑り止めとして役立ちますし。」
驚いているイーグレットをよそに、シージュは槍をまた10cmの棒くらいのサイズに戻すと触手も引っ込ませもう一度人の姿に偽装する。
ローブは普通の形をしている・・・もっとも下のほうにわずかに粘液がたれているが着衣のままローパーと化した彼女ではこれしか方法が無い。
「・・・辛いか?」
「辛くなんか無いです。今が楽しくて、生きてることに感謝したいくらいです。この身体だと傷もすぐ癒えるですし、レクシスともしっかりと抱き合えるので。」
「・・・あいつがか。なるほどな、道理で一介の傭兵が司令官か。」
腕の立つ傭兵とは言えいきなり司令官への抜擢にフィーナはいぶかしく思っていたが、そんなことがあったかと改めて納得する。盟主のお気に入りというか夫ならそれ相応の身分ではないとまずいのだろう。
結果的に抜擢は成功とも言える。強襲部隊「ラヴィーネ」の活躍はイーグレット、フィーナともども聞いている。数で勝るシェングラスですら彼らを見れば真っ先に撤退を考慮しろと言われているほどだ。
「一介の傭兵じゃないです!立派な人ですよ、レクシスは!」
「そうだったね、シージュ。」
まったくとイーグレットはシージュののろけっぷりにあきれてしまう。まぁ確かに凄い人材だとは思うのだが。
しかし、こうしてみるとナーウィシア解放軍の盟主も単に1人の女性だなとイーグレットは改めて実感する。自慢したり、のろけてみせたり。手が届かないような存在でもなさそうだ。
むしろ同じ年齢くらいの女性で、それこそどこにでもいそうな雰囲気ではある。貴族とは違う雰囲気だ。
「・・・どうするか・・・」
自殺は出来ないとシュナイダーはリシスから聞かされていた。ここまでシェングラスの兵士などとすれ違っても何の影響も無く中央へと来れたものだと思っている。
だとしたら、今まで通り戦うしかないだろうか。自分の存在意義はその程度しかない。解放軍の部下に事情を説明するのも面倒だし大体今までのシュナイダーとしてみてくれるかも疑問だ。
「ならいっそのこと・・・」
このまま誰のためでもなく戦い続けてもいいだろう。いっそ自分が戦って他の連中のためになるならそのためでいい。
そんなこと思いながらリシスから手渡されたグレイヴを見つめる。かなり鋭い刀剣をベースに長柄をつけたタイプだ。最初からグレイヴとして作られたものではないらしい。
「・・・一体何つけたんだ?このグレイヴ。」
70cm程度の穂先・・・それをシュナイダーが外し銘を見てみる。そして冗談だろと突っ込みたくなるような銘を見つけてしまった。
ウィングルアの名職人であるナーウィシア自治領のレティシア、ヴィンスにも匹敵するとされる隣の大陸で至高の腕を持ち、今はその腕を封じたとされるクロム・ヴェインの銘だ。
数多くの武器がウィングルアからも依頼されたが例の邪剣騒動以降、数多くが貴族から民間に売却されたという。だが腕利きの傭兵や正規軍将校ではその質を信頼して今でも使い続けている。
「まったく。」
以前レクシスから偵察に向かわされ、一連の経緯を知っているシュナイダーはため息をつく。もう腕を捨てた名工の剣、使っていいかどうか複雑ではある。
「感傷にふけってる場合でもない・・・ちっ、シェングラスの異端狩りか。」
道端を見てまずいなと思い、足早に立ち去ろうとする。こういう類の連中にかかわると後々ろくなことが無い。
タダでさえこれから中央に潜入しようと言うのに本隊と戦う真似は避けておきたいものだ。が・・・よりによって連中は完全に気づいている。
「おい、貴様!」
「何だ。」
相変わらず自分の喉から出るトーンの高い声にシュナイダーはなれないながらも振り向こうとするが、ちょっと上手くいかない。
やむを得ず身体ごと振り向くと、シェングラスの重装兵が槍を構えじっとシュナイダーを見ている。どうやらこいつが気配を感じ取る役目らしい。
「貴様も魔物か・・・なるほどな。」
気配を感じる能力はかなり高いとシュナイダーが感心する・・・空気の乱れやわずかな音、それを総称して気配とも言う。ウィングルアの兵士でも隊長ともなれば敏感なのはかなり多い。
あっさりと見破られたことにシュナイダーはふんと鼻で笑うと、部隊長と思われる人物をにらみつける。
「ならば俺は何か答えられるか?」
「む・・・」
「見た目に異常は無いのだぞ?それを貴様の不確かな気配ごときに・・・」
そんなことを言っていると、いきなり低空をハーピーが疾走していく。武装などからして運送屋らしく自治領から王都近辺の集落に届け物でもするのだろう。
折り悪くハーピーの羽がすさまじい勢いで直撃する・・・低空の高速飛行での衝撃はフレイルの直撃よりも強く、一瞬で首が取れてしまう。
「やはりな・・・!」
「分かったら仕方ないな・・・!」
相手は異端である魔物を排斥するような連中、手を出すことに躊躇していてはすぐにやられてしまう。
すぐに左手で首を抱えあげると、グレイヴを構えなおし部隊長が突き出した槍を柄から一気に切り裂く・・・クロム・ヴェインの剣ゆえに出来る所業だ。
「なっ!?」
「腕前は圧倒的に下だな・・・やめておけ。」
首を元に戻すと、シュナイダーはグレイヴを構えなおし重装兵を真正面から引き裂く・・・重厚な鎧でも、薄絹を切り裂くようにあっさりと裂かれ隊長が倒れる。
「なっ!?く・・・奴を倒せ!」
誰かを包囲していたほかの兵士が剣や槍を構えるが・・・隊長が叶わなかったと見て及び腰のようだ・・・だが、シュナイダーは1人たりとも逃す気は無い。
苛烈な戦い方から「氷の奔流」と呼ばれた彼は、魔物となってもなおその信条を変えることなく正面の兵士に立ち向かう。
「な、何!?」
突然のことにシェングラス兵は反応できず袈裟懸けに切り裂かれる・・・残りの4人は槍を同時に突き出すがシュナイダーはとっさに回避する。
1人が槍をシュナイダーの紙煮から娶ったが、気持ち悪いのか大きく槍を振り回してそのまま放り投げてしまう。
「人の首投げやがって・・・何だと思っている!」
少しむっときたのか、シュナイダーは放り投げた兵士を感覚のみで認識するとグレイヴをすばやく振るい、1人をなぎ払う。
残りの3名がほぼ同時に突撃してくるが、槍が鎧を貫くかどうかという微妙なタイミングで身を伏せグレイヴをなぎ払う。
鎧は名刀を加工したグレイヴの前に身を守ることも出来ず引き裂かれ、シェングラス兵は血を流し倒れこむ・・・シュナイダーはやれやれと思い首を拾いに行く。
「あの、これですか?」
拾ってきた女性は蒼い髪の毛にローブらしい服を着ている・・・もっともブーツとローブの腰から下の辺りにうろこの模様が入っているからすぐ分かる。
マーメイドだろう。おそらく何も知らずに内陸部へと出てきてシェングラス兵に捕まった、そんなところだ。
「悪いな、まったく・・・名前は?」
「私・・・リトといいます。あの・・・」
「何故このあたりをうろついていた。シェングラス王都は危険だと知らないのか?そのことくらい知らないわけでもあるまい・・・見た感じ、陸上に上がりなれているな。」
脚への偽装の仕方も慣れている上に歩くのもずいぶんと上手い。シュナイダーがしっかりと観察していたのをみてリトはきょとんとした表情で見つめる。
「分かってしまったんですか?」
「当然だ・・・何の用件があった?」
「氷の奔流・・・探しているんです。」
自分だと思い、シュナイダーは何故そんなものを探しているのか訊ねる。事と次第では身の危険にもなりかねない。
「理由は明かせないんですが、とにかく・・・貴方の名前は?」
訳ありだ。絶対苛烈に戦って殲滅してその中に親友が居たとかそういう感じだ。だとしたら今任務を終えるまでは隠し通すしかない。
自分に課せられた・・・いや、やりかけの仕事を放り出すわけにはいかなかった。責任は取るべき時にとるしかない。
「シュネー・・・だ。こういう口調は元からというべきか。」
「よろしくです。では、同行させてくれますか?」
冗談だろとシュナイダーが毒づくと、リトは首を振って本気で答える。
「貴方のような人がいれば心強い・・・それに中央にしかウィングルア全土の地図がないので・・・氷の奔流を探すのにも必要ですから。。」
それで一時中央に行かなければと納得する。正確な全国地図はほとんどシェングラスが確保し、自治領には旧世代の地図とハーピー達に書かせた戦術用の鳥瞰図程度しかない。
それをそろえるとなれば大変だろうし、やはりシェングラスの中央で地図をそろえる必要がありそうだ。
「まぁいいだろう、だがこちらは王都でやることがある。それからは別行動だ。探すのには協力する。」
「あ、ありがとうございます!」
「気にするな・・・旅は何とやらだ。」
ずいぶん適当だなとシュナイダーは自分ながら思ってしまう。だが、道中くらいは退屈しないで済みそうだ・・・それにリファはおそらく自分の姿を見ても分からないだろう。
唯一彼女のことだけは気がかりだ・・・最近何かを伝えようとして伝えられなかったり騒がしさが半減したりやけに自分を気にかける回数が増えていたのだから。
2人は話をしつつ、馬車4台が通れるとも言われている王都への街道を進んでいく。当面異端狩りの兵士は出てこないだろうと信じながら。