スライム被害報告書
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もしも君が平穏に暮らしたいと願うなら、
愛などというものには近づかないことだ。
ほとんどの場合、それは狂った方向にしか向いていない。
 ――――ガリアーノ=ダーレス『破滅と楽園』

―――――――――――――

周囲を木々に取り囲まれた小さな村。古くからこの地に存在していること以外、目立った特長もない。
周辺の野や森には、野生の獣や魔物も少なくなかったが、過去に村が襲われたことはなかった。
それを知るものたちは、長くにわたり、野に住む彼らを刺激しないように暮らしを続けてきた。
両者は積極的に近寄らず、しかし決して断絶はしない、互いの関係に丁度良い距離を保っていたのである。
そんな辺鄙な村にわざわざ立ち寄ろうとする者は少なかったが、人々は特に不自由もなく穏やかな暮らしを続けていた。
誰もがこんな平穏な日々が続くと信じていた。
しかし……それは人の勝手な思い込みに過ぎなかったのである……。

―――――――――――――

ある日、村から森に木の実を取りに出かけた少女が夜になっても帰らないということが起こった。
村外れにある森は、木々が鬱蒼と茂り昼でも薄暗いものの、人を襲うような生物は住んでいない。
そのことは村の誰もが知っていたため、人々は彼女の身を案じ、
村の男達を中心とした捜索隊が森に分け入り、何日も少女の姿を探し回った。
しかし、彼らの懸命な努力も空しく、ついに少女の姿を見つけることは出来なかった。

そしてまたある時、森に狩りに出かけた狩人の娘が行方不明になるという事件が起こった。
森を知り尽くし、獣や魔物からの身の守り方も知るはずの彼女が消えたことに不安を覚えた村人は、
以前にも増して徹底的な山狩りを行ったが、またも彼女の行方を知ることは出来なかった。
いつの間にか人々の間には、村はずれに広がる森に何かよくないものが棲みついたのだと噂が広まり、
誰もがそこに決して近づかないようになった。

だが、ある日ついに村の中でも神隠しが起こってしまった。
村から一歩も出ていないはずの少女が、忽然と姿を消してしまったのである。
朝、両親が畑仕事に出かけるまでは、確かに家にいた。見送りをする姿を、両親がしっかりと目にしている。
しかし、夕方彼らが家に帰ってみるとどこにも娘の姿は見当たらず。
空っぽの部屋にはテーブルの上に湯気が立つ、のみかけのミルクが入ったコップが残されていた。
流石に村の中、白昼に起こった行方不明事件は人々に今まで以上の衝撃と恐怖を与え、村人達は冒険者に解決を依頼することに決めた。

それから数日後、町からやってきた若い冒険者達は森を探索し、その奥にひっそりと口を開ける小さな洞窟を発見した。
おそらく何者かがこの洞窟に住み着き、娘をさらったのであろう。
そう冒険者達は推測し、あくる日、村人達の事件解決の期待を受けながら洞窟に向かった。
「何、どんな相手が巣くっていようと心配ありません。すぐにまた安心して暮らせるようになりますよ」
リーダー格の剣士の女性はそう言って笑い、村人に手を振ると仲間のもう一人の女の子と共に森に消えていった。
……だが、彼女たちもまた、帰っては来なかった。

冒険者の手にも負えない「何か」が洞窟に住みついた。
人々にはその事実だけが突きつけられ、恐怖よりも、もはや絶望と諦念が心を覆いつつあった。
村には重苦しい空気が立ちこめ、人々の顔からは笑顔が失われた。
昼でも戸や窓は固く閉じられ、まるで命が死に絶えたかのような静寂が村を支配していた。

――――――――――――――

「いい加減にせんか!」
だん、と拳が机を叩くと室内にしわがれた男の声が響き渡る。
その声には怒りというよりも、どこか疲れ果てた響きが色濃く混じっていた。
「冒険者でもどうにもならなかったのじゃ! グレイ、お前のような子供に何が出来る!」
年老いた男の表情は苦悩のために歪められ、その顔に刻まれたしわをいっそう深いものとさせていた。
「だからって! このまま何もしないで、いつまでもビクビクとしたままでいるっていうのか!?」
男の正面、机をはさんで反対側の位置に立つ「グレイ」と呼ばれた少年が声を張り上げる。
苛立ちに荒れてはいたが、その心のまっすぐさを示すようなよく通った声だった。
成人前くらいの歳か、まだ若い発展途上の体つき。
名前の通り短めの灰色がかった髪と、揺るがない瞳が少年の芯の強さを感じさせる。
そんな彼を見つめる男は、いくばくかの同情をこめた声で目の前の少年諭すように語り掛ける。
「……グレイ、わしだって早く皆を安心させてやりたいのじゃ。
じゃが、同時に村のものを危険に晒すような真似もできん。
もしや、そのうち洞窟の主がいなくなってくれるかも知れぬ。
わしは村長として、それまで余計な手出しをして更なる被害を招くような真似は出来ないのじゃ……」
「けど!」
「グレイ! ……フィナのことで心を痛めているのはお前だけではない。
また、腕の立つ冒険者を探してもいる。お前がむちゃな真似をする必要はない。
……もう今日は遅い。日が沈む前に帰れ……」
老人は沈んだ口調でそれだけを言うと、いまだ納得しかね言葉を続けようとするグレイを部屋から追い出し、深いため息をついた。

――――――――――――――

「くそっ!!」
村の長老との押し問答からしばらく後、グレイは自分の家に戻ってきていた。
憤りをぶつけるかのようにドアを勢いに任せて閉めると、グレイはベッドに身を投げ出した。
天井を睨みつけながら、長老の家での昼間の会話を思い出す。
実際に村人に被害が出、これだけ人々が怯えている姿を見ても、
長老をはじめ村の大人達は積極的に事件を解決しようというを意志を見せていない。
彼が必死に叫んでも、せいぜいが同情的な目をするくらいだ。誰も彼と一緒に森に探しにいこうとはしてくれなかった。
対策といえば、村の入り口に見張りを立てるか、長老が言ったように冒険者を探そうと言うくらいだ。
だが、お世辞にも裕福といえない村ではそれほど多くの報酬が用意できるわけではなく、名のある冒険者に頼むことなどは夢であった。
せいぜい駆け出しに毛が生えた程度の腕を頼るのが精一杯。
いくらそれほど冒険者の腕に関する知識のない彼でも、その程度の者に事件が解決できるとは思えない。
ごろり、と体を横向ける。彼の視線の先、カーテンを閉めていない窓から隣の家が見える。
もう闇があたりを染めているというのに、視線の先の家には灯りがついていない。
その建物は、一人目の行方不明者が住んでいた家であった。
森に分け入り、そして帰ってこなかった少女、フィナの暮らしていた家である。
「フィナ姉ちゃん……」
ぽつりと、少年の口から彼女の名が漏れる。
早くに両親を亡くした少年にとって、彼を助け、教え、成長を見守っていた彼女は母であり、姉であり、先生であり――そして初恋の人であった。
自分が一人前になったら、彼女に告白し、交際を申し込もう。
成長した少年がいつの間にかそう決意するようになり、実際にそれまでの関係から一歩進展させようとしていた矢先、突然彼女は消えてしまったのである。
彼女が消えたことにグレイは大きなショックを受け、危険を承知で自ら森に探しにも出向いた。だが、結果は手がかりすら見つけられず。
冒険者が洞窟を見つけた時には自分も付いていきたいと頼んだものの、長老達の反対にあって果たすことは出来なかった。
「フィナ姉ちゃんは、助けを待っているかもしれないのに……。
くそッ! 場所はもう分かっているのに。村のやつらが行かないなら、俺一人でだって……!」
目の前で拳を握る。あまりに力を入れたためか、その爪が手のひらに食い込み、かすかに血がにじんでいた。
少年は構わず、まるで目の前に憎い相手がいるかのように、暗い窓を見つめ続けていた。

――――――――――――――

「…イ、……レイ。おきて……グレイ……」
「う、うう……」
真っ暗な中、耳元で誰かが囁く声がする。意識が暗闇から引き上げられる。
だが、まだ頭はぼんやりとしたままだ。体に感じる布団の感触。どうやらあのまま寝てしまったようだ。
「……グレイ、まだ寝てるの?」
また、耳元で声がする。どこかで聞いたような声。ずっと、聞きたかった声。
誰の声だったろうか? ずいぶん、久しく聞いていなかったような……。
ゆっくりとまぶたを上げる。薄暗い部屋の中、視界には枕もとのランプが作る薄明かりに女性のシルエットが映し出されている。
だれだろう? その人影はベッドに腰掛け、こちらを見つめているようだ。
半ば無意識に、ごしごしと目元を手の甲でこする。ぼやけた視界が次第にはっきりと焦点を合わせていった。
「起きた?」
「……!? ……あ、あんたは」
薄明かりの中でも分かる少女の表情。こちらを心配するような色が浮かぶその顔は、紛れもなくフィナのものだった。
「フィナねえちゃん……?」
呆然と呟いたグレイに、目の前の少女はにこりと微笑む。
「ええ、そうよ。グレイ、もしかしてちょっと会わない間に忘れちゃったの? お姉ちゃん泣いちゃうよ?」
ちょっといたずらっぽい笑みを浮かべながら小首をかしげる。そのしぐさはよく見知った彼女のもので、見間違いようがなかった。
「姉ちゃん……」
無意識に頬が、目元が熱くなる。なのに、言葉はちっとも出てこない。
「無事だったのか」とか「何があったのか」とか、「心配したんだ」とかいろいろ言いたいこと、聞きたいことがあるのに。
そんな内心を表情から読み取ったのか、フィナは少し申し訳ないような、その一方どこか何かに期待するような表情を浮かべた。
「ごめんね、心配かけたよね。でもねグレイ、あなたはもうそんな思い、しなくていいんだよ……」
「どういう……こと?」
彼女の言葉の意味を問いただそうと口を開く。だが、フィナはただにこにこと微笑むばかりであった。
「知りたい?」
「知りたいに決まってるだろ!」
「うん、いいよ。教えてあげるね……」
その言葉を発したと同時に、突然目の前の少女の雰囲気が変わる。
彼女の瞳はどこか……少年が今まで見たことのない熱を帯びていた。

「……姉ちゃん? どうし……むぐっ!?」
フィナの様子に不審なものを感じたグレイが彼女に近づこうとした瞬間、突然少女の唇が少年の口に押し当てられる。
何が起こったのか理解できず、戸惑うグレイの唇をフィナの舌が這い回り、やがて口内へと侵入していく。
「んむっ、んんっ! んんん〜っ!」
驚きに目を見開き、彼女から離れようとするグレイを逃がすまいと、フィナは彼の背に腕を回し、強く抱きしめる。
瞬間、緊張に張り詰められていたグレイの体が緩み、彼の腕もまた、ゆっくりとフィナに回されていく。
彼の腕の感触を感じると、フィナは心の底から嬉しそうに微笑んだ。
「んん……んむ……ちゅ……ちゅぴ……」
フィナの舌が少年の歯をつつき、歯茎をなめる。うごめく舌が彼の舌を味わうように絡められた。
フィナの舌はグレイの口の中をまるで唾液を塗りたくるように這い回る。
そして同時に彼女の唾液を少しずつではあるが、確実に彼に飲ませ、浸透させていった。
「んむ……あ……。ちゅ……ぷぁ」
やがて、ゆっくりとフィナは顔をグレイから離していく。
「フィナ……ねえ、ちゃん。なに……を……?」
思考に靄がかけられ、ぼんやりと霞む視界の中で微笑む少女にグレイは問いかける。
だが彼女はその問には答えず、目の前の少年を優しく見つめるだけであった。
少女の服はいつの間にかはだけられ、興奮に上気し、ほんのりと朱に染まった肌が露になっている。
その豊かな胸に唾液の糸が垂れ、浮かんだ汗と共に小さな珠を作った。
「ふふ。ね。グレイはキス、初めて?」
はだけた服を直そうともせず、フィナはにこにことした笑みを崩さないまま、グレイに問いかける。
「え……?」
「あ、初めてだったんだね……嬉しいな。お姉ちゃんもね、グレイが初めてなんだよ?」
戸惑う反応から見抜いたのか、フィナはそういって唇を指でなぞった。そのしぐさはどこかエロチックで、少年の鼓動を早めさせる。
フィナはゆっくりベッドから立ち上がると、その様子を黙って見つめていたグレイに向き直る。
「グレイ、わたしね……あなたのことが好き。大好きだよ。もし、あなたもわたしのことを同じく想ってくれるなら……。
あそこに来て。そして……に……」
言葉がよく聞き取れない。彼女の姿がぼやけていく。いや、少年の視界が歪み、意識が遠のいているのだった。
「ぐ……なんだ、これ。待って。フィナねえちゃん、待ってよ!」
叫び、必死に手を伸ばす。しかし無常にもその手は空を切り、目の前の景色を黒が覆っていく。
「待ってるからね……」
完全に闇に閉ざされた中、どこか遠くからフィナの声が聞こえた。

――――――――――――――

「……て……待って!!」
夢中で手を伸ばす。と同時にグレイは自分が完全に覚醒するのを意識した。
「あ……」
見慣れた自室の天井と、何かを掴もうと伸ばした自分の右腕が見えた。
「……夢、か……?」
目元を腕で覆い、自嘲気味に息を吐く。自覚はなかったが随分参っているらしい。
だが、それを言い訳にしても、よりによって彼女にあんな真似をさせるなんて。
「最低だ、俺って……」
今も苦しんでいるかもしれない彼女をよそに、自分に都合のいい夢を見て、よくもまああんな偉そうな事が言えた物だ。
自己嫌悪が胸を押しつぶす。また長い息が漏れた。
顔を窓側に向ける。まだ外から鳥の声は聞こえず辺りは静まり返っていたが、うっすらと東の空が明るみだしている。
もう、夜明けが近いらしい。ちょっとだけ横になるつもりが、随分と長く眠っていたようだ。
ふと、何の気なしにベッドの端に目をやる。
自分ひとりが寝ていただけにしては不自然な、まるで誰かが長いことそこに座っていたかのようなしわが出来ていた。
それが何を意味しているのかも良く理解しないまま、そっと手を伸ばす。
「!」
まだ、暖かかった。まるで今さっき、座っていた人物が腰を上げて部屋を出て行ったかのように。
ベッドからはね起き、部屋の中を見回す。当然のようにグレイ以外の姿があるわけはない。
開けっ放しのカーテンも、床に脱ぎ捨てた上着も当然昨日の夜のままだ。
ドアに目を向ける。半開きだった。
必死で昨日の夜の記憶を復元する。そう、確か昨日は苛立ちに任せてドアを叩きつけるように閉めたはずだ。
ばたん、という音が耳に残っている。
突然、彼女が最後に残した言葉がよみがえる。
あそこに来て、と言っていた。そして、待っている、とも。
「あそこって……」
ぼんやりと呟くグレイの脳裏に、見たこともないはずの光景が浮かび上がる。
「なんだ……これ?」
森の奥、木々に隠されるように穴を開ける地下への入り口。
その前にたたずむフィナの姿。彼女はこちらに視線を向けると、招くように微笑んだ。
やがて、洞穴の闇の中へと歩みを進めていく。
それが意味する事実を認識するよりも早く、彼は床に落ちていた上着を羽織ると壁際にある棚の引き出しを開ける。
ゴチャゴチャとした道具の中から革の鞘に収められたナイフと小型のランタンを乱暴に掴むと、慌しく家を飛び出した。

――――――――――――――

いまだ闇が支配する森の中を、息を切らして少年が駆ける。その瞳は強い光を宿し、前方の暗闇を睨みつけていた。
朝の冷たい空気が走る彼の頬を切り裂いていくように感じさせるのにも構わず、少年は荒い息を吐きながらもその速度を緩めようとはしない。
時折茂った背の高い草や、低木がグレイの行く手を阻む。
少年は苛立ったようにナイフを抜くと鋭く振りぬき、道を切り開いていった。
暗く鬱蒼とした森にもかかわらず、彼の足取りに迷いはない。まるで、誰かに導かれているかのようでもあった。
どれほど走ったろうか?
不意に木々が途切れ、少年の目の前に大人二人分の背丈ほどの崖の真ん中に、ぽっかりと黒い穴を開ける洞窟が現れた。
はあはあと乱れる息を鎮めもせず、グレイはその洞窟を油断なく睨みつける。
「ここか? 冒険者達が見つけた場所っていうのは……さっき浮かんだ光景と同じだな」
おそらく間違いない。
それにしても、こんな森の奥まで来たことはなかったし、そもそも洞窟があることは知っていても、道は話を聞くまで知らなかった。
なのに何故、まだ薄暗い森を迷わず抜け、あまつさえこの洞窟に既視感すら感じているのか。
「……まあいい、この奥にフィナ姉ちゃんがいるなら、やることは決まっているしな」
あれこれと考えるのをやめ、グレイはランタンに明かりを灯す。
やがてゆっくりと地面を確かめるような足取りで洞窟の闇の中に足を踏み入れた。

「思ったよりは普通の洞窟みたいだな。特に変わったところはないみたいだし」
自分の声が壁面に反響し、妙な響きを持って聞こえてくる。
内部は真っ暗で、明かりは手に持ったランタンの光だけ。洞窟の壁に、自分のシルエットが浮かんでいる。
岩壁はひだのように入り組み、へこんだ部分にたまる深い影がまるで動物の体内にいるような錯覚さえ覚えさせる。
グレイはぶるりと肩を震わすと、嫌な想像を追い払うようにナイフの柄を強く握り締めた。
洞窟の大きさは、入り口付近では大人一人が立って進めるくらいの比較的小さなものであったが、
緩やかに下る斜面を降りていくにつれだんだんその直径が大きくなっていった。
どうやら、想像以上に深く巨大な洞窟らしい。
だが、今のところ特に何かが棲みついているような気配はなく、時折ムカデが壁面を這っているのが見えるだけだった。
しばらく進むと、地下水が染み出しているのか、岩肌が濡れ始めた。
足元から聞こえる音もそれまでの乾いた地面を叩くものではなく、ぱしゃりという水たまりを踏むような音が混じり始めている。
本当にこんな所にフィナがいるのだろうか? そんな疑念が心の隅に芽生え始めたころ。
彼の耳に自分以外の何かが暗闇の中にうごめく音が聞こえてきた。
思わず足を止め、ランタンを腰に着けるとナイフを構える。
闇の中の気配はどんどんグレイに近づいてくる。しかも、どうやら一体だけではないらしい。
(くそ……もしかして皆をさらったヤツか? 俺にどうにかできるのか!?)
背中を嫌な汗がつたう。やがて、武器を構える彼の前に、ランタンの光に照らされ3人ほどの人影が姿を現した。
「!!」
思わず息を呑む。てっきりモンスターが襲ってくると思っていたグレイの前に現れたのは、
片刃のショートソードやバックラー、ロッドなどの武器に、革鎧や布の服を纏った者達だった。
いずれも若い女性で、特に外傷など、異常があるようには見受けられない。肌の色も健康的なことから、アンデッドなどの類ではなさそうだ。
「あ、あんたたちは……」
思わず少年の口から言葉が漏れる。
その姿は確かに彼の記憶にある、二人目の行方不明者の娘と事件解決のためにここへ向かった冒険者達だった。
「……」
「……」
彼女たちは先ほどから一言も発せず、その顔はうつむき、表情を窺うことはできない。
「……?」
そんな彼女たちの様子に、何かおかしいと思ったグレイは彼女たちに近づこうとはせず、5、6歩ほど離れた所から姿を見つめる。
「あはぁ……」
突如、一人の少女の口から息が漏れた。それを合図とするように他の二人も悩ましげな吐息をつき、皆一様にスカートをめくり上げる。
誰も下着は着けていなかった。あそこは既にぐっしょりと濡れ、ランタンの灯りに照らされている。
あまりにも突然のことでぎょっとしつつも彼女たちから視線が逸らせずにいたグレイの耳に、ぐちゅ、という小さな音が聞こえた。
「あぁっ……はぁん!」
その音と共に、女性達は体をくねらせ、口はあまりに強い快感に悲鳴を上げる。
灯りに照らされた顔は真っ赤に上気し、発情しきっていた。
興奮するよりもあまりの事態の異様さに戸惑うグレイの前で、ぐちゅぐちゅという音と彼女たちの嬌声はどんどん大きくなっていく。
そして、彼は音がどこからしているのかに気付いた。
女性達の秘所だ。既に愛液にびっしょりと濡れたあそこから響いている。
気付いた瞬間、突然明るい緑色の半液体が彼女の秘所からあふれ出した。
まるで固まりきっていないゼリーのようなそれは秘所から太ももを伝い、または直接地面へと糸を引きながら、とめどなく流れ出し続ける。
目の前に繰り広げられる異常な光景を理解できず、凍りつくグレイの前で粘液はどんどん量を増し、やがてモチの様に膨らむとぶよぶよとうごめいた。
大人の腰ほどの高さとなったそれは、人を乗せることも簡単に出来そうだ。実際に冒険者達は皆、その物体にまたがっている。
よく見るとその一部は彼女たちのあそことつながっており、時折それが蠕動を繰り返した。
「やあ……いやぁん……」
「あふ……ふぁぁ……」
「ひゃあん!」
女性たちは皆、一様にうつろな目をし、時折自分達が乗るゼリーから与えられる快感に嬌声を漏らし、体を震えさせた。
「スライム!? だが、こんなヤツがいるなんて……!?」
少年は驚きに目を見開く。各地には確かにスライムという魔物がいるというし、彼もその姿を描いた本を見たことがある。
だが、それは少女の姿をした半液体の魔物だったはずだ。少なくとも、こんな風に女性に取り憑くという説明は図鑑にもなかった。
混乱する彼をよそに、スライムに取り憑かれた少女達は蕩けた表情を浮かべたまま、こちらにゆっくりと近づいてくる。
「くそ、どうしたら!」
相手が完全な魔物なら、まだ――勝ち負けは別として――戦うということも出来たかもしれないが、
なまじ相手が人間、しかも見知った人物であることで決断に迷いを生じさせる。
また、ここにこのような魔物がいたことから、この洞窟にフィナがいる可能性が高まったことで、
少年に「逃げる」と言う選択肢をとることを逡巡させていた。
はっと気付くと、スライムに乗った一人が目の前まで迫り、片刃の剣を振り上げていた。
刃が反されているため、どうやらこちらを殺す意図はないようだが、喰らえば間違いなく失神だろう。
快楽に惚けた表情に反し、鋭く振りぬかれた剣をとっさに転がるようにして回避する。
「……ッ!!」
安堵の息をつく間もなく立ち上がろうして、グレイは体に突如走った衝撃に絶叫を上げようとした。
だがそれは声にはならず、開いた口からはただ空気が吐き出されただけだった。
全身が引きつり、力が抜けて地面に倒れこむ。
ばしゃ、という音が響き顔や服を水が濡らしたが、彼にはそれを気にする余裕などなかった。
力を振り絞って顔をスライムたちのほうに向ける。
最初に斬りかかって来た剣士を乗せたスライムの後ろ、ロッドを構えた少女を乗せるスライムが見えた。
そのロッドの先端に、電撃のスパークが走っている。どうやらグレイの隙を突いて雷撃呪文を打ち込んだらしい。
体は痺れ立ち上がるどころか指一本すら動かせなかった。
どうやら威力は最低に抑えられていたらしく、体を麻痺させただけで命に別状はないようだった。
倒れこんだままのグレイにスライムと少女達が近づいてくる。
焦りと恐怖の中で彼は必死に体を動かそうともがくが、その努力も空しく指先がぴくぴくと震えただけだった。
突然、がつっという音と共に激痛が彼を襲う。
何かで殴られたと理解するよりも早く、彼の意識はもぎ取られるように消失していった。
「くすくす……」
「うふふ……」
「くす……」
少女達の笑い声と、ずるずる、べちゃりと何かがうごめく音が、闇に沈む前の彼の耳に届いた。

――――――――――――――

俺は、どうなったんだ?
真っ暗な中、ぼんやりとそんな考えが脳裏に浮かぶ。次に、ははっと自嘲気味な笑いが漏れた。
情けないにもほどがある。
あれだけ大口を叩いておいて、実際には好きな人も助けられず間抜けな様を晒してしまった。
長老が言うとおり、無謀以外のなにものでも無かったって言うわけだ。
しかし、何とかまだ自分は生きているようだ。あのスライムたちは止めを刺さなかったのか。
かといって誰も来ないし、何も起きやしない。
う〜ん、そもそもここはどこで、俺はどうなっているんだ?

そう思い、少年は体の感覚に注意を向け、周囲の様子を探ろうとする。
なんだか洞窟の奥にいるにしては、じんわりと暖かい。体の痛みもどこにもなかった。
肌に触れるのも固い岩の感触ではなく、衣服とは違う柔らかな何かに包まれているようだ。
体が動くかどうか確かめようと、手足に力を入れると反応があった。
まず腕を動かそうとして、まるで粘性の高い液の中にいるような抵抗を感じる。
「?」
反対側の腕でも同様。さらに足、いや下半身全体がその液体の中に浸かっているようだ。
「なんだ、どうなっているんだ?」
と、自分がいまだ目をつぶっていたままであったことにようやく気付き、グレイはおそるおそる瞼を上げていった。
さっきまでは気にしていなかったが、地の底であるにも関わらず、辺りにはぼんやりとした灯りがあるようだ。
「……!?」
完全に開かれた彼の瞳に映ったのは、とても現実とは思えないような異様な光景だった。
先ほど気を失った場所では断じてない。周りの壁は土や岩ではなく、その表面をぬめぬめとした粘液が覆っている。
というよりも、半透明のとろけたゼリー状の物体が周囲の壁や地面を構成しているようだ。
それ自体が発光しているのか、まるで蛍の光のような仄かな明かりが辺りを照らしており、
壁や天井、そして床の間には粘液がまるで菌糸のように糸を引き、網を張り巡らせている。
時折、とろぉりとその粘液が天井から床に垂れた。
周囲の異常な光景にしばし呆然としていたグレイだったが、はっと我を取り戻すと自分の体を確かめる。
床や地面よりもさらに流動性の高い、どろどろとした緑色の液体が周囲よりもくぼんだ所に池のように溜まり、
いつの間にか服を脱がされた自分は、その中に胸から下がまるで風呂に入るような格好で浸かっていた。
しかし嫌悪感はなく、むしろ心地よさすら感じる。
そのせいか、慌ててスライムのプールから抜け出ようという考えは起こらず、しばしその中でぼうっとしてしまった。

「あ、グレイ起きた? よかった、なかなか起きないから心配しちゃった」
不意に、場の異様さに似合わない少女の声が響く。
慌ててその方向に顔を向けたグレイの前に、ずっと探し続けていた人物が姿を現した。
「ふぃ、フィナ姉ちゃん……?」
呟く少年の声に、彼女はにっこりと微笑む。
「うん、そうだよ。グレイ、気分はどう? どこも痛くない?」
少し心配そうな色を顔に浮かべ、彼女は少年の方に歩いてくる。
だが、グレイの頭を占めるのは嬉しさや安堵よりも、戸惑いだった。
「待って、待ってくれよ! 一体どういうこと!
姉ちゃん、無事だったら何で帰ってこなかったんだよ!?
いや、それよりここは何なんだ!? 一体全体何がどうなってるんだよ!?」
混乱した思考はまともな質問を投げかけることも出来ず、少年の口からは思いついた言葉が勢いに任せて吐き出される。
フィナはそんなグレイの側に歩み寄ると、そっと彼を抱き寄せた。
「ごめんね、分からないよね、怖いよね。
でもね、心配しないでいいよ。わたしは、あなたの知っているフィナだから。
いまからちゃんと、全部説明してあげるから……すぐに、あなたも分かるから」
「何を言って……? わかんないって!」
「グレイ」
彼女の暖かい手が少年の頬に添えられる。薄く緑が買った瞳が彼の目を見つめていた。
「あ……」
少年の心臓が跳ね、早鐘を打つように拍動する。叫ぼうとした言葉は煙のように消えてしまい、口は半開きのまま。
そんな彼の表情に軽く微笑むと、フィナはゆっくりと話し出す。
「何から聞きたい? ……そうだね、ならまずはここがどこで、何なのか、話そうか」
フィナは少年を抱いたまま、少し顔を離すと周囲をゆっくりと見回す。その視線を追うようにグレイもまた視線を辺りに巡らせた。
何度見ても、目に映る景色からは異様さが消えない。自然に出来たとは、いや人の手によってさえ作り出せる空間とは思えなかった。
「ここはね、あの洞窟の一番深いところ。もともとはただの空洞だったけど、今はわたしで満たされた、わたしの一部なの」
「え?」
戸惑いを見せる少年に構わず、フィナは顔を上げるとそっと目を閉じる。
「あの日、森の中で迷ってしまったわたしは偶然、この洞窟を見つけたの。もちろん、奥まで行く気なんてなかったんだけど。
ちょっと入り口に近づいた途端、わたしは「それ」に捕まっちゃった。そして、わたしの体を包むと取り込んでいこうとしたの。
でも、そこには誤算があった。「それ」はただ生存本能に従っていただけで、人間が持つ「意志」を知らなかったのね。
わたしはゆっくりと一つになりながらも、自分自身の意志を、想いを失くす事はなかった。
そして気がついたときには、わたしは今の「わたし」になっていたの」
グレイは絶句した。フィナがかつてと変わらない声で、しかしうっとりとした響きをにじませ語る内容は、少年には欠片も理解できないものだった。
ただ、彼女が最早ヒトでなくなってしまっているということだけは、直感的に理解できた。
「フィナ姉ちゃん、「それ」って何のこと……?」
「う〜ん、なんて言ったらいいのかなあ? もともと、自分への関心も自意識もなかったみたいだし……」
震える声で、グレイは問いかける。問に対する上手い説明が思いつかないのか、彼女は小首をかしげ、ちょっと考え込むそぶりを見せた。
「ん〜……「スライムの母体」みたいなものとでも考えてくれればいいよ」
「スライム……。……! まって、スライムと同じになるってことは、フィナ姉ちゃん……!?」
息を呑むグレイに、フィナはぺろりと舌を出す。
「うん、そうだよ。わたしね、魔物になっちゃった。ほら、こんなこともできるんだよ?」
言った瞬間、纏っていた衣装が消え、グレイの頬に添えられていた彼女の手が透き通るとどろりと形を崩す。
ねとりとした暖かい粘液が彼の頬を包んだ。
「……!」
思わず悲鳴を上げそうになる少年だったが、自分が彼女を化け物として見てしまいたくない、彼女を悲しませたくないという想いがぎりぎりで声が出るのを耐えさせる。
そんな優しい彼の想いを感じ取ったフィナは、さらに体を寄せ、強く抱きしめた。
抱かれるグレイは、彼女にスライムになったと言われても、その体つきや暖かさは人間の女性のものとまるで変わらない様に感じられた。
「グレイは優しいね……。ごめんね。驚かせちゃったよね? 気持ち悪かったよね?
でも、どうしてもあなたにはわたしのこと、知って欲しかったから。
だってわたし、あなたのことが大好きだから……あなたのことを好きな気持ちだけは失くしたくなかったから」
「フィナ姉ちゃん……」
人でなくなっても変わらないその心。いや、その心があったからこそ、魔物になっても「フィナ」でいられたのだろう。
その心の中心に、自分への想いがあったのだ。グレイにとって、これほど嬉しいことはなかった。
「うん、俺も……たとえ魔物になっちゃっても、ずっと姉ちゃんのことが好きだよ。
あはは、本当は俺が一人前になったら告白しようとしてたんだけどね。
いや、そんなことはどうでもいいか。だってまた、こうやってちゃんと会えたんだから」
照れながらも、少年は自分の気持ちを正直に吐き出す。
そうだ、細かいことなんてどうでもいいじゃないか。
ちゃんとまた会えた。自分が大好きだといってくれて、自分が大好きな人が側にいてくれる。
お互いの気持ちが一緒なら、種族とか姿の違いなんて何の障害にもならないだろう?
そう、強く感じられる。
フィナもまた、同じ想いを抱いているのか、少年と同じような穏やかな微笑を浮かべながら、こちらを見つめている。
「うれしい……。やっぱり、あなたを好きになってよかった」
目を細めると、その端から一粒の涙がぽろりとこぼれた。
潤んだ瞳の視線が絡みつく。
「……ん……ごめんね、ちょっと、我慢できなくなってきちゃったかも……。
グレイ、ごめんね? おねえちゃん、あなたが欲しくなってきちゃった。
ずっと待っていたから……もう、限界なの。
ごめんね? とっても気持ちよくしてあげるから……。
だから、いいよね? あなたを……ちょうだい」
頬が紅潮し、その舌がぺろりと唇をなめる。
「ねえちゃん? どうし……むぐうっ!!」
頭部がぐいと近づけられたかと思うと突然、フィナは少年の唇をふさぐ。
口づけをされたということがとっさに理解できず、まるで事態についていけない少年はさらにパニックになる。
「や、やめ……んんっ! ん……んむ……」
「んん……ちゅぱ……んちゅ……。ぁ……ちゅ、ちゅぅ……」
じたばたと暴れる彼の様子に構わず、少女は彼の口内に舌を伸ばし、舌を絡め、隅々まで舐めまわしていく。
ほんのりといい香りがする。流し込まれた唾液はマグマのように熱く、蜂蜜のように甘かった。
次第に彼の瞳の光がぼやける。暴れていた腕からも力がぬけると、彼女の背に優しく回された。
頬はフィナと同じく真っ赤になり、彼女をさらに貪ろうと舌が口内をうごめいた。
やがて、彼女の体全体が透き通り始め、その表面から汗とも違う、とろりとした液が滲み出す。
(どう、気持ちいい?)
ぼおっとした目でその様子を見つめる少年の頭の中に、彼女の声が響いた。
(……あ、ようやくつながったかな? 聞こえる? わたしの声……)
(フィナ姉ちゃん?)
驚いたように目を見開くグレイに、フィナはちょっと得意そうな表情を浮かべる。
(さっきここに来る前に――あなたは夢だと思ったみたいだけど――キスしたの、覚えてる?
そのとき、あなたに飲んでもらったわたしの一部がやっとあなたに同化したの。
これからは、どこにいてもわたしはあなたを感じられるし、あなたにわたしを感じてもらえる……)
響く言葉に少年が感じたのは、自分の中にいつもどこでも彼女がいてくれるという幸福感と一体感だった。
(なんだか、運命の赤い糸みたいだ……)
ふっと思った考えに、少女は嬉しそうに目を細めた。
(ふふ。それって、何か素敵だね。じゃあ、もっと、もっとつながって……)
「ん、んぶっ……」
同時に彼女の舌が伸び、喉の奥に入り込む。舌はぐにぐにと伸び続け、食道、そして胃に達していくかのようだった。
じゅるる、ぐちゅりという音が彼の耳に届く。
だが苦しさはなく、まるで体の内側から愛撫されているかのような感触が脳を刺激した。
(どう? 苦しくない? 気持ち悪くない?)
彼を心配するような思念が飛んでくる。
こんな姿になっても、彼の心配をするその様子は、昔のフィナのままであり、グレイはなんだか嬉しくなった。
(大丈夫だよ、フィナ姉ちゃん、これ、すごく気持ちいいよ)
(よかった……。わたしもね、すごく気持ちいいの。じゃあ、もっと気持ちよくしてあげるね……)
彼女の下半身が、頭と上半身の形を残したままどろりと溶け、グレイを包み込んでいく。
液はぬめぬめと光沢を放ちながら、動き出す。グレイの下半身を完全に包み込む液体と同化し、
フィナの背に回された腕、そして彼の胸元までを覆った。
どろどろした暖かい液体が、まるで皮膚から染み込んでくるようにすら感じられる。
グレイに当てられたフィナの胸は彼女が強く抱きつくたびにぐにぐにと形を変え、その感触が彼をさらに興奮させていく。
完全に勃起した彼自身を包みこんだスライムは優しく蠕動し、しまり、しかし的確に弱点を突き快感を与えてくる。
まるでいくつもの手で、触手で、ひだで絞られ、なめられ、触られているかのようだ。
彼女の中は熱く、グレイはまるで自分が溶けていってしまいそうに感じられた。
「くうっ!」
耐え切れずフィナの中に精を放つ。綺麗な薄緑色の彼女の体の中に白濁した液体が混ざりこむ。
びくんと少女の体が跳ねる。すぐに精は薄められ分解され、フィナに吸収された。
「や、ぁん! う、ふ……はぁん!! あぁん、はぅ、ああ! ぁ……う……はぁ、はぁ……」
ほとんど同時に、彼女が嬌声を上げ、びくびくと震えた。
(はあ、はあ……フィナ姉ちゃん、今のって……)
(ぁぁ……うん、そうだよ……わたしたち、今は感覚もつながっているの。
わたしはあなたで、あなたはわたし。ね、もっと感じて……。もっといっしょになろ?)
グレイの中に伸ばされていたスライムの舌が途中からぷちんと切れると、彼は喉を鳴らしてそれを飲み込んだ。
お腹の中でそのスライムはとろけ、彼に同化していく。最早彼からは快感以外の感覚は消え去っていた。
フィナも既に胸元から下は完全にどろどろと溶解し、彼をのみ込んでいた。
快感の波が絶え間なく押し寄せ、二人の思考を焼き払う。
「あう……ああ! ああぁっ! もっと、もっとぉ!!」
「うああ……ひ、あっ、ああああ! うく……あ、おああ!!」
「ぇあ、みん、なあ……なかっ、なかにぃ……だしてええええ!!!」
「あああああああああっ!!!」
完全に快楽におぼれ、交わり動く二人の姿は、人でも魔物でもなく、本能に支配された、それだけを求めるただの獣であった。

―――――――――――――

「……ふう……気持ち、よかった……」
「わたしも……なんだか思い出すと恥ずかしくなってきちゃう……」
快感の余韻に浸り、スライムに仰向けに浮かびながら、グレイはポツリと漏らす。
彼の体にはいまだに形こそ人のものであるが、半透明のスライムの姿をしたフィナが抱きつき、そっと胸元を撫で続けている。
そんな彼女にグレイはそっと手を回し、抱いた。
「なんだかいろいろ考えていたこととは違っちゃったけど、フィナ姉ちゃんと会えたし。
こうやって一緒になれて……よかったよ」
照れくさいのか、視線を逸らしながら呟くグレイに、フィナは嬉しさを顔いっぱいに表す。
その手で少年の顔をまっすぐ自分に向けさせるとちゅっと口付けした。
「わたしも、だよ。
正直なところ、こんな体になっちゃって……もうあなたとは一緒になれないかもって、少しだけ思ってたから。
ありがとう、グレイ」
安堵したような彼女に、グレイは抱く力を強めることで答える。その想いが伝わったらしく、また彼女はキスをした。
「そうだ、フィナ姉ちゃん。中に出しちゃったけど大丈夫?」
さっきはほとんど全部中に出してしまった。子供が出来たらできたで大変なのだろうが、作れないとなってもそれはさびしい気がする。
フィナはちょっときょとんとしていたが、やがて言われた意味に気付くと顔を染めながら消え入りそうな声で言った。
「あ……うん、大丈夫。さっきのはわたしの栄養になっちゃったし。
あ、でも人間のとは違うけど、ちゃんとわたしたちにも子供は出来るよ。
わたしも、あなたの赤ちゃん欲しいし……」
もじもじとした振る舞いに、彼の頬がぼっと赤くなる。だが流石にやりすぎたせいか、今は再度暴走する気力はなかった。

突然、ずるりという音がグレイの耳に届く。
ぎょっとして目を向けた物陰から、先ほど彼を襲った、スライムに取りつかれた少女達が姿を見せた。
思わず彼女をかばい、身構えようとするグレイにフィナは安心させるように声をかけた。
「大丈夫だよ。この子達はわたし達を襲ったりしないから。
さっき「あなたをここまで連れてきて」って頼んだのに、いきなり気絶させるんだもの。
お姉ちゃんすっごく心配したんだよ。だからちょっとお仕置きしてたの」
「……」
とりあえずその内容については聞かないほうがいい気がする。だが、そういえば何故フィナは他の女の子達を襲ったのだろうか?
彼の視線からその疑問に気付いたのか、フィナはちょっとばつが悪そうにうつむき、人差し指同士をくっつけあうともごもごと弁解した。
「あ、あのね……。お姉ちゃんがこの体になる前から……スライム、全然何も食べてなかったみたいで。
すごくお腹が減っちゃって。でも、あなた以外の男の子とエッチなことはしたくなかったから。
洞窟に近づいた子がいたから、捕まえて精気吸わせてもらっちゃってて……。でも、それだけじゃ足りなくて。
あなたに会いたかったんだけど、一度村まで行ったら、別の子に見つかっちゃって。だから、つい捕まえちゃって」
「え……ついって、それはちょっと……」
「しかも、次はわたしを倒そうとする子達が来たから、捕まえてちょっと脅かそうと……」
「フィナ、ねえちゃん……」
「それだけならまだよかったんだけど。この子達、皆グレイのこと気になるとかっていうんだもの。
ライバルには負けたくなかったし、でもそういう想いを消しちゃうのはずるい気がしたし、かわいそうだったから……。
わたしの一部をとりつかせて、仲間にしちゃった」
えへ、と舌を出す。
ああ、フィナ、やっぱりそーいうとこは人間の価値観と違うんだなあとか、
ゴールインした後にいまさら実はモテてましたといわれてもとか、考えがごちゃごちゃしてグレイは頭を抱えたくなった。
彼の様子に構わず、フィナは続ける。
「グレイも男の子だから、「はーれむ」って言うのが好きだよね? 大丈夫、お姉ちゃん分かってるから。
それにグレイが一番好きなのは、わたしだって知ってるから。だから、この子達にもしてあげて?」
その言葉が終わるが早いか、体にスライムを纏った少女や、スライムにまたがった娘がグレイに抱きついてきた。
「グレイ様……ほしい、ほしいですぅ……
「ああ……ご主人様……いっぱい、してくださぃ……」
皆一様に発情した表情を浮かべ、彼の手や足、胸に体を擦り付けてくる。
「うぷ……ちょ、うくぅ……急に、そんな、やめ……」
もみくちゃにされるグレイの脳裏に、フィナの声が響く。
(さっきのキスの時、精力回復効果のあるスライムを飲ませてあげたから。心配しないでいっぱいしてあげてね。もちろん、わたしにも)
「ちょ! フィナ姉ちゃん!?」
抗議の声が聞こえないかのように微笑み、再び抱きついてきたフィナと少女達の体にうずもれ、グレイは見えなくなった。
その後しばらく、粘液で濡れる洞窟から嬌声と水音が消えることはなかった。



一週間後、少年まで消え騒然とする村にグレイとフィナ、そして行方知れずだった娘達がひょっこりと姿を現した。
彼らは口々に心配し、何があったか問う村人たちに
「もう、何かに村人が襲われ行方不明者が出ることはない。自分達は村から出て、新しい所で暮らす」
とだけ言うと、また忽然と姿を消した。
確かにその言葉通り、それから村人が神隠しにあうことはなくなった。
人々は平穏と笑顔を取り戻し、事件のことも次第に記憶から薄れていった。
だがしばらくして、どこか見たことのある顔立ちのスライムたちが森の中に棲みつくようになったという。

――『濡れる洞窟、とろける愛』 Fin ――

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