リャナンシー被害報告書
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木製のドアが一つ、木枠にガラスのはまった窓が一つのごく普通の部屋。
その中には白いシーツで覆われたベッドと、壁に沿って並べられた本棚、そして机とイスが見える。
本棚には様々な本や雑誌等がぎゅうぎゅうに詰め込まれており、それでも入りきらない分は床に重ねられ山を作っていた。
陽光が差し込む部屋の中、一人の青年が机に向かい手に持ったペンを走らせている。
紙の上をすべるようにペンが走ると、黒いインクが白い原稿の上に流麗な筆記体を書き記していく。
「ふう……」
しばらくして青年はペンを置き、軽く息を吐くと固まった体をほぐすように腕と背筋を伸ばす。
机の引き出しから小さな手帳と万年筆を取り出すとイスから立ち上がり、のんびりとした足取りで部屋の出口に向かった。

―――――――――――――

町の外れにある、小高い丘。風が吹きぬけ、さああ……という音と共に草原にさざなみを立てる。
草の切れ目、踏みしめられた小道を歩み、青年は斜面をゆっくりと登っていく。
丘の頂上まで来ると元来た方向に振り返り、適当な所に腰を下ろすと眼下に小さく見える町並みを見下ろした。
手帳を開き、ポケットからペンを取り出すと白紙のページにしゃっしゃっと素早く線を引くように腕を動かしていく。
彼は特に何かの絵を描いているようではなかったが、その手の動きは素人のものではなく、洗練され無駄がなかった。
そうしてしばしの間、ペンを走らせていた青年だったが、不意に手を止めるとぼそりと呟いた。
「……やっぱり、ダメだな。何も浮かびやしない」
ペンを元通りポケットにしまい、傍らに閉じた手帳を置く。
長い息をつきながら天を仰ぐと、澄み切った空に大小いくつかの白い雲が流れていった。
腕を頭の後ろで組んで枕にし、ごろりと緑のじゅうたんに寝転ぶ。

しばらくそうやってぼおっとしていた彼の耳に、すぐ近くから若い娘の声が聞こえてきた。
「おにいさん、そんなところで寝ていると風邪を引くよ?」
直後、寝転んだ彼の顔を覗き込むように覆いかぶさった逆向きの少女の顔が視界一面に映った。
若草色のエプロンドレスを纏った、どこの町にも一人はいるような格好の娘だ。
あくまでも衣装などの格好は、だが。
少女は――他人にはない魅力に溢れ、町を歩けば皆が目をやり、振り向くだろう。
だがどこかその魅力は、人がいうような「可愛らしい」とか「美人」とかいった範疇に当てはまらない気がする。
気にし過ぎ……なのか。改めて娘の姿を見つめる。
短めのツーテールの髪が垂れて風に揺られ、少女らしい柔らかな頬をくすぐっている。
逆光になっていても分かる、蒼く無邪気に輝く大きな瞳がこちらを興味深そうに見つめていた。
「ああ、心配しないでもいいさ。ちょっと気分転換にごろごろしてただけだよ」
寝転がったまま答えると、彼女はころころと笑った。つられて青年も笑みを浮かべる。
直後、少女の顔が視界から消えると寝転んだ自分から一、二歩下がる気配がした。
彼が体を起こすと少女は青年の正面にとことこと回り込み、視線の高さを合わせるようにちょこんと座った。
「お兄さん、絵描きさん?」
「ん? なんでそう思うんだ?」
首をかしげる少女に、青年が聞き返す。彼女はちょっと決まりが悪そうにしながらも、口を開いた。
「その……さっきから何か描いているみたいだったから」
そういって、傍らの地面に置かれた手帳をちらりと見る。
少女の言葉に得心した彼は、さっきの行動をずっと見られていた恥ずかしさから、少し照れくさそうに頬をぽりぽりとかいた。
「ああ……なるほど。いや、残念だけど違うよ。
あれはほんの手慰みでね。行き詰った時の気分転換法なんだ。
本業……って言っていいのか分からないけど、僕はしがない物書き志望の一人さ」
今は売れない物書き志望、に言い換えてもいいけどねと言って小さく笑う。
「わ、作家さんなんだ。ね、どんなの書いてるの?」
期待に目をきらきらさせる少女。そんな彼女に答えないわけには行かず、青年はまた空を見上げながら答えた。
「いろいろさ。新聞記事から論説、レポート、童話……仕事があれば何でも書く、雑文書きだよ。
まあ、自分が本当に書きたいって思っているのは、そういうのじゃないけどね」
「ええ〜? 何々? 知りたい知りたい!」
身を乗り出し彼に詰め寄る少女に苦笑すると、青年はまるで自分の中の大事な想いを確かめるかのように目を閉じる。
一瞬の後再びまぶたを開けると、自分の目と鼻の先まで迫った少女の顔をまっすぐに見つめながら言う。
「……物語をね、書いてみたいんだ。
それも、人間のではなく――この世界で人と共に生きている……魔物の。彼女達の物語をね。
……そう。例えば、君のような」
「……!」
少女が驚いたように目を丸くし、青年から一歩身を引く。
それでも彼女は視線を逸らすことはなかった。彼もまた、先ほどからと同じように少女を見つめ続ける。
「何で……わかったの?」
「まあ、なんとなく、かな」
「うそ。だって今まで誰にもばれたことなんてなかったもの。ね、ほんとは何かあるんでしょ?」
むくれる少女に対し、青年は両手を軽く上げ降参というようなポーズをとる。
「悪かった悪かった。まあ、自分でも良く分かってないし、上手く説明できないんだよ。
強いて言うなら、気配が違うんだ。本当に何となく、普通の人とそれ以外では感じ方が違うんだよ。
今まで何人かそういう気配を持つひととは会った事があるけど、君の気配が一番はっきりと違って感じられたんだ」
「ふ〜ん……。そうなんだ……」
納得したのか、彼女は一人ふんふんと頷いた。そしてまた顔をあげ、青年と向かい合う。
「お兄さん、魔道の才能もあるのかもね。
あたしのことを見破った人、さっきも言ったけどお兄さんが初めてなんだよ。それってね、すごいんだよ」
「お褒めに預かり光栄です、お嬢さま」
いたずらっぽく返す青年に気を悪くしたこともなく、少女はえへへと笑った。
「そういえば、まだ自分の名前も言ってなかったか。
僕はリュート。リュート=ストレイン。さっきも言ったとおりの駄文書き。
で、かわいい魔物のお嬢さん。君の名前も教えてもらえると嬉しいんだけど?」
「や、やだ。いきなり「かわいい」なんて……。あう、は、はずかしぃよぅ。
え、えっと。あたしは……「リャナンシー」っていいます。」
ストレートに褒められた言葉に頬をぽっと染めながら、少女は自分の名を告げた。
「『妖精の恋人(Leanan-Sidhe)』?
なるほど、妖精さんか。それにしては普通の女の子にしか見えないな。
ああ、今は人間に変化しているんだ?」
納得した様子のリュートにリャナンシーはこくんと頷く。
「えと……。リュート、さん。やっぱりあたしの本当の姿……見たい?」
「リュートでいいよ。で、その答えは「もちろん、見たい」に決まってる」
笑顔で即答する青年に、リャナンシーは顔を真っ赤にする。
だがまんざらイヤでもないのか、立ち上がると彼から二、三歩後ずさった。
「じゃ、じゃあ……。いくね?」
頷き、見つめる青年の前で、リャナンシーはゆっくりと、円を描くようにステップを始める。
軽やかな舞踏にスカートのすそが翻り、なびいた。
やがて、少女の体がぼんやりと光りだす。
くるり、と大きく体が回転した瞬間、まとっていた衣服は光の中に消え、少女の美しい裸身があらわになる。
「これは……」
目の前の幻想的な光景に思わず息を呑む青年の前で、少女の姿は次第に変化していった。
耳が尖り、髪から翼のように左右に張り出す。
滑らかな曲線を描く背のラインからは、虹色に輝く蝶のような翅が飛び出した。
穏やかに降り注ぐ光を受け、彼女が舞うたびに翅は万華鏡のように煌く。
さあっという風の音と共に、その体を絹のようにつややかな生地の、白いドレスが覆った。
フリルや小さなリボンが各所についたその衣装は、無邪気な子供のような印象の彼女にはぴったりでよく似合っている。
真っ白なオーバーニーに赤い靴を履いた細い足がたん、と地面を踏み、動きを止める。
彼女の舞った足跡が、地面に不思議な紋様を描いていた。
妖精は踊りが終わると頬を染めたまま、最後にスカートのすそをつまんでちょこんとお辞儀をした。
「ど、どう……? へ、変じゃない?」
しばしぽかんとしたまま彼女を見つめていた青年は、はっと我に返るとぱちぱちと手を鳴らし、
今の自分が表せる、あらんかぎりの賞賛を送った。
「いや……すごいな。上手い言葉がみつからないよ。
情けないな、物書きが感動を表現できないなんて。
ん……でも、こういうのは素直に浮かんだままを言うのが一番か。
あ、んと……すごく、綺麗だったよ。まるで、夢を見ていたみたいに」
「あ……」
またも少女はぼっと顔を赤くする。まるでそういったことに慣れていない生娘のようだ。
しばし二人とも何も話さず、彼らの間をそよ風が吹きぬけていく。
陽光が優しく降り注ぎ、穏やかな時間が流れていった。
やがて、リャナンシーがおずおずと口を開く。
「ね……」
「……ん?」
「リュートは、作家なんでしょ?」
「まあね。けどいまだに芽は出ず、さ。正直、自分が思うほどたいした才能はなかったのかも……」
「そんなことない!!」
少しばかり自虐的に呟く青年の声を、妖精の少女は突然強い調子で遮った。
そのまま、強い光を湛えた目で彼を見つめる。
いや、その視線はほとんど睨んでいると言っていい強さだった。
「あたしが選んだ人だもん! 才能が無いはずなんてない!」
「お、おい……?」
初めて会った男に対し、何故そこまで言い切れるのか。
戸惑う青年をよそに、リャナンシーは胸元で手を組むと、彼にどこか懇願するように言う。
「ね……リュート。
もし、もしもあたしを受け入れてくれるなら……あたし、あなたに成功を約束してあげる。
どんな文豪にも、詩人にも負けない文章を……
ううん、この世の誰であっても永遠に書くことの出来ない物語を書かせてあげる。
ねえ、あたしの愛……受け取ってくれますか……?」
「まて、待ってくれ! ……どういう、ことなんだ……?」
「あたしたち『リャナンシー』には、愛を受け入れてくれた人に芸術的な霊感を与えることの出来る力があるの。
でも……あたしたちの姿はあたしたち自身が愛を交わしたいと望んだ人間にしか見えない。
リュート、あたしは貴方を選んだんだよ……貴方は、あたしを選んでくれる……?」
青年は、見つめる少女の視線をまっすぐ受け止める。ややあって、少女の小さな肩にそっと手を置いた。
「リュート……!」
「勘違いはしないで欲しい。僕は、君の力が欲しいから君を求めるんじゃない。
僕はもう、さっきの美しい舞を……君の本当の姿を見たときから……
いや、きっと最初に君を見たときに、僕は既に君の虜になっていたんだ。
成功とか種族とか能力とかそういうものなんて全然関係ない!
ただ、今は心のそこから君のことが愛しい、それだけなんだよ!」
照れくささに顔を真っ赤にしながら、半ば自棄になって青年は愛を叫ぶ。
その言葉に少女は涙をこぼしながら、彼に抱きついた。彼もまた、妖精の少女をそっと抱き返す。
「ね……。名前で、呼んで?」
彼の胸に顔をうずめたまま、妖精が囁く。
「名前?」
「そう、貴方があたしだけを呼ぶ名前。
あたしたちの種族を呼ぶ名前じゃなくて、この世でただ一人の、私だけの名前。
……貴方の心の中には、それがあるはず」
「…………」
青年はしばし瞳を閉じて自らの心の中を探っていたが、やがて目を開くと彼女の耳元でそっと囁いた。
「……シーナ……」
「……ありがとう、リュート……」
二人はお互いをじっと見つめあい、そして長い口付けを交わした。
まるで彼らを祝福するかのように、丘を風が駆け抜け、草花はその葉を揺らしていた。

―――――――――――――

「ここが、リュートの部屋?」
木造アパートの一室。リュートが寝起きし、また執筆活動にも使っている部屋の中をリャナンシーは興味深そうにあちこち見回す。
「一応ね。たいしたもの無いだろ?」
「そんなことないよ? だってリュートの部屋だもん。気になるよ」
窓から外を眺めたり、無造作に棚に置かれた道具を手にとってみたり、本棚に詰められた本の背表紙をあれこれ確かめたり。
彼女が「へー」だの「ふーん」だの言うたびに、背中の翅がひらいたり閉じたりしている。
そんな様子を苦笑交じりに見つめると、リュートは机の引き出しにペンと手帳をしまった。

「ね、リュートぉ……」
背後から聞こえた、どこか媚びるような声に振り向く。
彼の目の前で、ベッドに横たわった少女が誘うようにこちらを見つめていた。
いつの間にか背の翅は消え、服も可愛らしさの中にどこか扇情的な印象を持った下着に変わっている。
「来て……。いっしょに、なろ?」
その言葉に青年はゆっくりとベッドに向かい、そっと少女に覆いかぶさっていった。
「触るよ……」
そっと呟いた声に、シーナが頷く。リュートは彼女の胸に手を伸ばし、下着の上からそのふくらみに触れた。
「んっ……」
彼女がピクリと反応する。その反応を確かめながら、ゆっくりと胸の双丘を揉みしだいていく。
「や……はぁ……。ど、どう……? あたしの胸、気持ちいい?」
「ああ……やわらかくて、あったかくて……気持ちいいよ……」
「よかった……。もっと、好きなようにして、いいから……」
ほっとしたような声を出しながら、シーナは優しく微笑む。
下着をめくり上げ、その柔肌にじかに手を触れると、彼女の嬌声は一段と大きくなった。
既にツンと立った乳首を口に含み、舌で転がす。
「んむ……ちゅ……」
「やだ、そんなに音立てちゃ……。だめぇ……そんなに強くしたら、だめになっちゃぅ……」
赤子が乳を吸うようにちゅうちゅうと胸を吸い上げると、シーナは真っ赤になる。
だが、そう言いながらも彼女の手は彼の頭は置かれ、さらに顔を乳房に押し当てていた。
「ね、こっちにもぉ……」
胸を責められながらも、空いた手を伸ばしてリュートの腕を掴む。そのまま秘所に手を導いていった。
「分かった……、ちゃんと、するよ……」
彼女に頷くと、青年は既にじっとりと濡れ、下着越しにもじんわりと熱を感じさせる溝に指を当てる。
「あ……ん……」
可愛らしい口から聞こえた期待の声に応えるように、ゆっくりと優しく指を動かしていく。
ぷにぷにとした肉を指が刺激するたび、開いたシーナの口からは熱っぽい吐息と嬌声が漏れ、その体が小刻みに震えた。
リュートの息もはぁはぁと荒いものになっていき、そのズボンは既に反り返るように立ち上がった一物が硬い生地を持ち上げている。
その様子に気付いた妖精の少女は、潤んだ目を細めると彼の耳元に囁く。
「あ……リュートも、もう、こんなに……。ね、我慢しないでいいよ……。きて、ひとつになろ……」
「シーナ……。うん、僕も、シーナと一緒になりたい。いい……?」
「うん……」
こくりと頷く少女を見ながら、青年はもどかしそうにズボンと下着を脱いでいく。
「わ……」
大きくなった一物があらわになると、少女から小さな声が漏れた。
「挿入れるから、力抜いて……」
そっとかけられた優しい声に、彼女はベッドに寝転ぶと足を大きく開く。
リュートは太ももを掴み、その割れ目に自分を押し当てると、彼女に無理をさせないよう、ゆっくりと腰を進めていく。
「ぐ……くぅ……!」
「ん……あっ……うぅ――ッ!」
ずぷぷぷ、と彼女に一物が飲み込まれていく。
その顔は痛みに耐え、唇は噛み締められていた。目には涙が浮かび、珠を作っている。
だが、その瞳にあるのは苦痛ではなく、喜びであった。
彼も少女の膣内の締め付けに耐えながら、嬉しさを笑顔に表す。
「全部、はいった……よ」
青年は左手で彼女の背を抱き、右手で痛みを紛らわすように髪を梳く。
彼の肩に頭を預けながら、少女は目を閉じ、しっかりと頷いた。
瞬間、リュートの脳裏にぱしっという音と白い閃光が走った。
「なっ……!?」
思わず声を上げた青年に、妖精が微笑む。
「あ……分かった? 今のが、あたしたち、リャナンシーとつながった証。
この世ならざる芸術への感性の扉が、あなたの中に開いたの……」
リュートはつながったまま、言葉もなく彼女を見つめる。
まるで泉がとめどなく湧くように、開いた窓から絶え間なく光が差し込んでくるように。
次々とアイディアが、言葉が、文章が、脳に浮かび上がっていく。
今までの自分では絶対に思いつかなかった表現が、展開が、物語の結末が思いつく。
そのあまりに強烈な思考の奔流に、自分がなんだか違う存在になってしまったように思え、彼の体は知らず震えていた。
「大丈夫だよ……。それは、あなたのもの。
あたしというきっかけがあっても、貴方はあなた自身から変わる事はないから……。
怖がらないでいいよ……」
彼の不安を祓うように、耳元で優しく穏やかな声が響く。
それだけで、リュートの心からは不安が消え去り、代わりに安らぎがもたらされた。
「ありがとう。もう、大丈夫だよ」
お礼の言葉と共に、彼女の三角形の耳をそっと甘噛みする。
ぞくりと走る快感に、シーナは体を震えさせた。

「動くよ……」
やがて青年はゆっくりと腰を動かし始める。
「あっ……そんな、急に……ひゃぁん!」
部屋の中にしばしの間、肉が打ちつけられる音と快感に蕩ける声が響く。

「んぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!」
「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
しばらくして二人から一際大きな声が上がると、糸が切れたように青年はベッドに倒れこんだ。
そのまま、傍らで大きく胸を上下させる彼女を抱き寄せる。
「いまさらだけど。これからずっと、よろしくな……」
「うん、あたしの方こそ。ずっと、側にいてね……」
見つめあった二人はいまだつながったまま強く抱き合い、長いながいキスをした。

―――――――――――――

街中を、息せき切って駆けていく一人の青年。
人ごみをかき分け、すり抜けるように、まるで一秒すら惜しいと言うかのように、足早に家へと向かう。
「シーナ! やったよ!」
「あら、リュート。そんなに慌ててどうしたの?」
騒がしくキッチンに駆け込んできた青年を、エプロン姿のリャナンシーが翅をゆっくりと動かし、きょとんとした表情で見つめる。
彼の方は興奮が抑えられない様子だったが、はあはあという荒い息をようやく鎮めると手に持った雑誌をテーブルの上に開いた。
「見てくれ! これ! 僕の作品が賞を貰ったんだ!!」
開かれたページには、先日彼が作品を送ったコンテストの結果が発表されており、
「最優秀賞」という文字と共に大きく彼のペンネームが記されていた。
「わ、本当! すごいじゃない!」
彼の名前を目にしたシーナも喜び、リュートの手を取るとぎゅっと握った。
「君のおかげだよ、シーナ。本当に、ありがとう……!」
その手を優しく握り返す青年に、彼女はにっこりと微笑んだ。
「いいえ、それはリュート自身の実力よ。あたしはほんのちょっと背中を押してあげただけ。
やっぱり、あたしの目には狂いは無かった……よかった、よかったね、あなた……」
「シーナ……!」
青年と少女はしっかりと抱き合うと、どちらからとも無く顔を近づけ、そっとキスをした。



しかし、文壇に彗星の如く現れたその青年が、最初の一作以外の作品を発表することは無かった。
「賞を取った作品があまりにも完璧すぎた。それ以上を求めすぎて、満足できなくなったのだ」
「所詮、あれはまぐれ当たりだったに過ぎなかった、才能が枯れたに違いない」
人々は勝手な推測をし騒いでいたが、作品はおろか作家の情報が全くでないこともあって、
やがて世間では彼への関心も興味も薄れ、人々の記憶からも消えていった。
ある魔物学者の老人は彼が書いた文を読むと、ポツリとこう漏らしたと言う。
「……この文章は人間には書けん。
きっと彼はリャナンシーの愛を受け入れてしまったのだろう。
その優れた才能の代償に、命を捧げてしまったに違いない」、と。

―――――――――――――

「……だそうですよ、リュート?」
「……勝手なこと言ってるな、そのじいさん。
そもそも、いつの間に死んだことになってるんだよ、僕は!」
「そうそう! それにその話じゃあ、まるであたしが死神みたいじゃない!
おかしいわよ!
大体あたしを受け入れてくれた人の……大好きな人の命を奪う妖精なんていないわよ!」
「まあまあ、二人とも落ち着いて。何も知らない人にそう言われるのも仕方ないと思うよ。
リュートはあれ以外作品をどこにも出していないし、そもそも君たちもう何年も人里に降りていないでしょ?」
「そうですわ。そう言われるのが本当にイヤなら、ちゃんと弁解しにいったらいいのですわ」
「ぐ……イオ、テティス。そう言われてもだな……」
山奥の深い森、その中に隠れるように立っている小さな家の中に、4人の人影がある。
不機嫌そうにテーブルに頬杖をつく青年と、彼の背におぶさるように寄りかかる少女。
そして、そんな二人の前で苦笑いを浮かべる美しい容貌の少年と、
どこか呆れたような瞳で二人を見る、蒼い髪が印象的な娘。
一見ごく普通の若者達に見えるが……青年に抱きつく少女の背からは蝶の翅が、
そしてもうひとりの少女の蒼い髪からは魚のひれのような物が覗いていた。
「だってあれから何年経ったと思ってるんだよ?
今頃当時と変わらない姿の俺が出て行ったら、それこそ化け物扱いだぞ!」
「自業自得ですわ。シーナのための物語ばかり作っているから、
コンテストに応募する作品が一つも書けなかったんでしょう?
まったく、時間もアイディアも普通の人が羨むぐらいあると言うのに」
「だってさあ! やっぱり一番の傑作は一番好きな人のために書きたいだろ?
となると、どうしても他のは二の次に……」
「リュート……やだ、はずかしぃってばぁ……」
いちゃつく二人を見ると、少年はやれやれと言うように肩をすくめた。
「はいはい、ご馳走様でした。
それでリュート。人魚の血の代わりに、頼んでた詩は作ってくれた?」
その言葉に青年は抱きついていた妻から体を離そうとする。
妖精の方は少々不満だったようだが、彼がなだめるとふくれながらもしぶしぶ体を離した。
彼女を横目に、リュートは少年に鞄から取り出したノートを渡す。
「分かってるって。いくらなんでもその約束はちゃんと守ってるよ。
ほら、新しい詩を書いたノート。
こうやって僕がいつまでもシーナのために物語を作れるのも二人のおかげだしね。
……シーナのためのやつの次くらいにはいい詩を作るさ」
「はぁ……あくまでも「一番はシーナさん用」なのですわね。
やっぱり、貴方は世に出ないほうがいいですわ。
稀代の才能と言われた作家がこんな人だと知ったら、読者が幻滅しますもの」
「そんなこといっちゃダメだよテティス。リュート以上に詩を作れる人はいないし。
ましてや僕たちに詩を書いてくれる普通の作家なんていないんだから」
「もう、イオは甘すぎますわ! そういう読者が作家をだめにするのですわよ!」
「まあ、あなたたちの場合はねー……。まず、普通の人には依頼自体が出来ないでしょうしねー……」
「確かになあ……なんだかんだ言って、魔物に偏見持っているヤツも多いしねえ……」
シーナとリュートが呟く。その言葉に少年はちょっと困ったような微笑を浮かべた。
「ですから、僕も感謝しているんですよ。
やっぱり僕だってテティスの綺麗な声には、素敵な詩を歌わせてあげたいし」
「イオ……」
見つめ合う二人に、今度はリュートとシーナがため息をつく。

この二組は人間と魔物のカップルという以前に……お互いなんだかんだいっても、バカップルという点で同じなのだった。



リャナンシーの愛を受け入れたものが世から消えるのは、決して早死にしたからではない。
彼らはあまりに妻を愛しすぎたがゆえ、愛する人に全てを捧げ、世の中から切り離されてしまったのだから。

――『とある物書きの恋物語 愛に全てを』 Fin ――
SS感想用スレッド
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