――好奇心は猫を殺す。 
                  そんなことを言われるくらい、好奇心というものは一種の魔物だ。 
                  しかし、人が人である以上。その誘惑を振り払うことは出来はしない。 
                  いつの世でも、世界中のどんな場所であっても、その好奇心が日常という幻想を砕き、非日常への現実へ旅立たせるのだ。 
                   
                  昼といわず夜といわず、様々な姿の人々が行きかい、見たことも聞いたこともないような品々が飛び交う。 
                  各地の交易都市、そしてどんな町にもある市場とは、そんな世界のビックリ箱のような場所である。 
                  一攫千金を狙う冒険者。レアアイテムを求める好事家。胡散臭い商人。そんな彼らを見つめ、集まる人々。 
                  ひっきりなしにざわめく人々の声。途切れぬ人影。皆一様に熱っぽい瞳をし、ここから富と名声、そして夢を得ようとしている。 
                  そしてそんな彼らの手の中を行き来する、立派な武具、美しい調度品、不思議な道具と金貨銀貨銅貨。 
                  人々の欲望と好奇心と…そして夢が作り出したその姿は、ある意味人間の真実を映しだしているのではないだろうか。 
                   
                  ―――――――――――――― 
                   
                  露店めぐり。それは冒険者から町の住人まで幅広く愛好家のいる趣味である。 
                  今まで見たこともない、珍しいものが待っていないかと店を巡る期待感。 そして、ガラクタの中に掘り出し物を見つけたときの興奮。 
                  子供っぽいのかもしれないが、僕もまた、そんな感覚の虜になったうちの一人だった。 
                  今日もまた、もはや日課の一部になっている露店めぐりのため、市場へと足を運ぶ。 
                  すでに広場には様々な露店が出され、広げられたシートの上や、木材を組み合わせ作られた簡素な台には様々な品物が並べられている。 
                  そして、姿も形も違う様々な人々がある者は物珍しそうに、またある者は真剣なまなざしで店を覗き、展示された品物や値札を見つめている。 
                  耳に聞こえてくるのは商売人や客が作り出すがやがやとした喧騒。本来、耳障りな雑音であるそれも、市場の活気を作り出している。 
                  僕はそんな空間を、なれた足取りで人の波をかきわけ歩く。人ごみの合間からちらりちらりと店に目をやるのも忘れない。 
                  遺跡から持ち出されたかのような古びたペンダント。全く読めない、謎の文字が書かれたスクロール。 
                  銀色に涼しく輝くガントレット。瓶に詰められた赤青緑の薬品類。 
                  そんな多種多様な品々を見ているだけで、なんだかワクワクしてくる。 
                  もっとも、そういったアイテムの多くは、一般人に過ぎない僕には高価すぎて買えるものなんてほとんどないけど。 
                  いつもどおりの散歩が終わり、今日も特に変わったことはなく家に戻ろうとしたその時。 
                   
                  「お、ちょーっとまった! そこ行く少年。君だよ、君。とぉっておきの、不思議な不思議な壷には興味ないかな?」 
                   
                  喧騒の中でもよく通る、そんな声が聞こえてきた。その声に僕は慌てて左右を見回す。 
                  「こっちこっち。おーい。ほら、ここだってば」 
                  広場の隅、隣の店の大きな棚と簡易店舗の間のわずかなスペースに布を敷き、こちらに手を振る少女が見えた。 
                  「えっと……僕?」 
                  僕はまた左右を見回し、右手の人差し指で自分の顔を指差す。不思議と、僕以外の人はその声に足を止めることはなかった。 
                  「そうそう、君君。まったく、君以外に誰がいるって言うんだい?」 
                  人懐こい笑みを勝気な顔に浮かべた少女は、そんな僕を見ながらうんうんと頷いた。 
                  なんだろ、新手の押し売りかな。 
                  ちょっと疑念を浮かべながらも、彼女を無視して立ち去ることも出来ず、僕は彼女の前までとことこと歩いていった。 
                  僕が目の前に立ち止まると、彼女はにっこりと元気な笑顔を浮かべる。 
                  異国の少女だろうか? ターバンを頭に巻き、不思議な模様の描かれた布を胸に纏い、ふっくらとしたズボンに先がとんがった靴を履いている。 
                  ちょっとこの辺りでは見かけたことのない格好だ。 
                  興味深そうにしげしげと見つめる僕の視線に気を悪くした風もなく、彼女はごそごそと壷を木箱から取り出し、それをぽんと叩く。 
                  そして、その口から商人らしく威勢のいい、しかし少女らしい高い声が響いた。 
                  「少年! 君は運がいいよ! 世界にたった一つのこの不思議な壷! 数多の冒険者やコレクターが求めてやまなかったこの壷が君を選んだんだ! 
                  うん、おねーさんには分かるね! 今日この時この瞬間、君がここにやってきたのは運命だった!」 
                  勝気な表情に似合ったはきはきとした調子で、言葉を紡いでいく少女。 
                  ちょっと言ってることが大げさすぎて胡散臭いけど、巧みな話術に流石は商人だと感心してしまう。 
                  その声を聞きながら彼女が目の前に置いた壷を改めて見やる。 
                  パッと見、ごく一般的な形をした濃い灰色の壷で、その表面に不思議な幾何学文様が描かれている以外、特に珍しさは感じない。 
                  保護のためか、その口は布がかぶせられている。 
                  正直、どの家にも似たような壷が一個くらい転がっていそうだ。とてもコレクター垂涎の品には見えない。 
                  そんな僕の視線に気がついたのか、にかっと笑むと少女は声を潜め、僕にだけ聞こえるようにこそこそと耳打ちをした。 
                  「あら? 疑ってるね、君〜? まあ無理もないけどね。でもこいつは本当に本物、世にたった一個しかない貴重品なのよ。」 
                  その調子は真剣に秘密を話すようにも、僕をからかっているようにも思える。 
                  うーん、この子は悪い人じゃあないようだけど、だからといってこんな妖しい壷を買うのもなあ。 
                  と、僕はそこでもっとも重大な問題に気がついた。 
                  「あ。その……恥ずかしい話なんですけど、僕、そんなにお金ないんです…けど」 
                  そう、それが万が一言うような本物であれ、カモに偽物を掴ませようとしているのであれ、今の僕には先立つものがない。 
                  それはそうだ。貴族や騎士でもない、一人暮らしをしている一般人の若者がそんなレアアイテムを買える金なんて持っているわけがない。 
                  よりによって貧乏な僕とは、引っ掛ける相手を間違えたな。そんなことを考えるが、どこかちょっと切なくなる。 
                  「ごめんなさい。それじゃあ、そういうことで」 
                  そういって立ち去ろうとする僕の袖を、彼女が掴む。そのままぐいと引っ張られ、僕は180度回転すると、また彼女と向き合った。 
                  「わっ!? ちょ、ちょっと!?」 
                  声を上げようとする僕の目の前で、突き出された彼女の人差し指がリズミカルに左右に揺れる。 
                  「ちっちっち。勘違いしてもらっちゃあ困るよ少年。一体どこのだれがお金を取るって言ったのかな? 
                  最初に聞かなかったかい? 壷が君を選んだんだ。お金をいただくなんてとんでもない! ただでいいさ、是非この壷を持っていっておくれよ!」 
                  そう言うと、例の壷を僕に押し付ける。なんなんだこれ。よく事態が飲み込めない。 
                  これが言うような本物にしろ、それとも真っ赤な偽物にしろ、ただじゃあ商売にならないじゃないか。 
                  「え……、でも……」 
                  「いいのいいの。うんうん、その壷も喜んでいるよ。いいご主人様が見つかってよかったよかった。それじゃ、大切にしてあげなよ?」 
                  戸惑う僕に、ウインクを一つ飛ばすと、商人はうんうんと一人で納得している。 
                  まあ、くれるって言うのなら貰っておこうか。壷なら、何かの役に立つかもしれないし。 
                  そう、半ば自分を無理やり納得させる。 
                  「じゃあ……あの……ありがとう、ございます」 
                  とりあえずぺこりと頭を下げ礼を言うと、僕は手に壷を持ったまま、その露店を後にした。 
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                  それからややあって少年の姿が人ごみの中に消えていってからも、彼が消えた道を少女はじっと見つめていた。 
                  「ほんとにね、大事にしてあげてよね…?」 
                  にやりとした笑みをその顔に浮かべながら、呟いた彼女の言葉を耳にしたものは、誰もいなかった。 
                   
                  ―――――――――――――― 
                   
                  市場から壷を抱えたまま、帰宅の途につく。商店の立ち並ぶ大通りから一本道を曲がり、民家が立ち並ぶ路地を歩く。 
                  しばらく進むと、小さな我が家が見えてきた。 
                  見た目は質素で、実際中身もそれほど立派ではない……というか正直ボロだが。それでも僕が一人で住むには十分だった。 
                  「ただいま〜」 
                  ドアを開け、帰宅の言葉を発する。その声に答えるものはいない。分かってはいるのだが、つい言ってしまうのだ。 
                  日常の中の挨拶というものは、一人暮らしということを強く意識させるものの一つである。まあ、いまさらそれくらいで寂しくなったりはしないけど。 
                  「とりあえず、ここでいいかな。……よいしょっと」 
                  先ほど手に入れ、持ち帰ってきた壷をごとりと床の適当な所に下ろす。 
                  高さは大人の腰より少し低いくらいか。周囲は大人一人が抱えられるくらいの大きさだが、不思議とそれほど重くはなかった。 
                  体力にそれほど自信のない自分でも市場から家まで持って帰れるくらいなのだから。 
                  ただとはいえ、折角手に入れたのでもう一度その壷をじっくり眺めてみる。 
                  「ふ〜む……」 
                  さっきも思ったが、やはりどこにでも転がっていそうな壷だ。まあ、逆にそれならばこんな呆れるほど普通の家でも違和感は沸くまい。 
                  適当なものを入れるためとしてでも、有効に使わせてもらおう。 
                  そう思い、とりあえず口にかぶせられている布を取ろうと近づく。と、勢い余ってつま先が壷の側面を叩いてしまった。 
                  「きゃっ」 
                  壷に傷がつかなかっただろうかとか、ぶつけた指が痛むとか、そんな考えは全て吹き飛んだ。 
                  なんだ今の。ちょっと小さくて気のせいかと思ったけど……声? しかも女の子の? え? 外で遊んでる子が転んだとか? 
                  慌てて窓から周囲を見回してみる。しかし外には子供はおろか、人っ子一人いなかった。 
                  「……まさかね。いや、ないでしょ」 
                  口ではそういっているものの、僕の頭はその考えを消せなかった。 
                  今の声は……壷の中から聞こえてきたんじゃないか? 
                  おそるおそる壷に目をやる。さっきの声が幻聴だったとでもいうかのように、壷は静まり返っている。 
                  そっと、その表面に手を当ててみる。……反応はない。 
                  こん、こんと拳で軽く叩いてみる。……やっぱり反応はない。 
                  思い切って、そっと壷の側面に耳を当ててみる。……当然のように、何も聞こえない。 
                  「……」 
                  「……」 
                  嫌な沈黙が落ちる。部屋の真ん中に壷を置きなおし、その周囲をぐるぐると歩く。 
                  「う〜ん、壷がしゃべる。いや、しゃべる壷? ……なるほど。確かに不思議な壷かも」 
                  「……」 
                  僕の独り言にも壷は無反応。 
                  「中に誰かいるのかな?」 
                  「……」 
                  やっぱり沈黙。でもこのまま放っておくことは出来ないよなあ。僕にも人間の例に漏れず、好奇心というものがあるのだから。 
                  本来は不気味に思うものなのかもしれないが、市場でのあの少女から貰った物だからか、それとも先ほどの声が意外と可愛かったからか、不思議と恐怖はなかった。 
                  「とすると……布を取って、覗き込むか……?」 
                  「…!…」 
                  気のせいか、そういった僕の言葉に壷がぴくんとはねた気がした。 
                  「いやいや、中に何が入っているかわからないのにそれは危険かも。この壷、家の外で叩き割った方がいいかな?」 
                  「…!!…」 
                  がたっと動く。今度は明らかに怯えた雰囲気。もう気のせいじゃない。 
                  この壷自体が生きているのか、それとも中に何かがいるのかは分からないが、少なくともただの壷なんかじゃあない。 
                  「覗くか……」 
                  嬉しそうな壷。 
                  「やっぱり割るか……」 
                  びびる壷。 
                  僕の言葉が聞こえるたび、壷は喜んだり怖がったり期待したり震え上がったり。 
                  その様子がなんだかおかしくなって、僕は壷に対し、さっき以上にどんどん興味がわいてきた。 
                  というか、僕の言葉に対する反応が余りにも素直すぎて、この中にいるものは決して悪いものではないとすら思えてきたのだ。 
                  壷の方は僕の思惑を知ることも出来ず、聞こえる言葉に一喜一憂していた。 
                  「……やっぱり中身が気になる……。よし、決めた!」 
                  「…!…」 
                  「叩き割って真っ二つにしよう!!」 
                  「……!!!!」 
                  そういった瞬間、一際大きく壷が跳ねた。そして、カタカタ……と小刻みに震えだす。 
                  面白かったのでちょっと意地悪してみたのだが、予想以上に効果が出てしまった。 
                  そのあまりの怖がりように、言った僕の方もなんだか気の毒になってきた。 
                  なんだか悪いことをした。近よって嘘だよ、といってあげようかと1歩壷の方に足を出した瞬間。 
                  ぼん!という音と共に壷からまっしろな煙が立ち上った。 
                  あまりに急な、そして大きな反応に驚いてしりもちをついてしまった僕の視界が煙で覆われる。 
                  それも一瞬のことで、煙はすぐに立ち消え……その中から現れた一人の少女の姿が、驚きに目を見開く僕の瞳に映った。 
                  僕の頭に浮かんだ第一印象は、突然目の前に現れたことへの驚きや、理解を超えた存在への恐怖ではなく……なんだか不思議な格好をした子だなあ、というものだった。 
                  年のころは12、3歳くらいだろうか。若いというよりはまだ幼いといった言葉であらわされるような、この辺りでは珍しい褐色の肌をした小柄な女の子。 
                  壷の表面に描かれていた装飾のような、幾何学的な模様の描かれた布がぺったんとした胸…というか胴体を覆っている。 
                  細い手首や足首には布を巻き、さらに金色のわっかで飾られていた。 
                  しかし、何よりも目を引くのは彼女の下半身だった。スカートやズボンではなく……「壷」を履いている。 
                  いや、壷から体と足が生えている、というのが一番ぴったり来る表現だろうか? 
                  とんがった三角の耳が覗く、薄い水色のショートの髪。頭には何故か小さな丸い壷がくっついていたが、妙に似合っている。 
                  そして赤い瞳の可愛らしい顔には、僕でなくても庇護欲をそそられるだろう。 
                  しかし、その瞳には大粒の涙が浮かび、恐怖をこらえるかのように閉じられた口はぷるぷると震えている。 
                  なんだかこの絵はヤバイ。一人暮らしの男に家に幼女。しかも涙目。これでは僕は明らかに犯罪者ではないか。 
                  もし、今自警団が踏み込んできたら一発でアウトだ。弁解の余地無し。判決、有罪。其の者死刑に処す。 
                  「あ、あの〜。その、なんだ。いや、これはね……?」 
                  とりあえず、目の前の少女を何とかなだめ説明しようとしたものの、上手く言葉が出てこない。 
                  その間にも、彼女の方はみるみるその目のふちにたまった涙の珠が大きくなっていき、唇からは「ひ……ひぅ……」とかいう小さな叫びがもれ始めていた。 
                  「あ……いや、あう……その……」 
                  そんな彼女の様子にますますパニくる僕。 
                  おろおろするだけになった僕を見ていた彼女は、なにを決心したのか、突然頭を下げると叫んだ。 
                  「ど、どうか! どうか割らないでください!! な、なんでもします! なんでもしますから! 
                  出てけといわれれば出ていきます! お金ならいくらでも払います! だ、だから、どうか! どうか割るのだけは許してくださいぃ〜!!」 
                  さらに突然その場に土下座をしようとする。 
                  が、下半身が壷なので上手く出来ず、ごろんとひっくり返ってしまった。 
                  「あ、あら……? あ〜う〜。お、起き上がれませ〜ん。た、助けてくださ〜い!」 
                  「……ぷっ」 
                  手足をばたばたさせ、うるうると涙目でこちらを見つめ助けを求める彼女の姿がおかしく、どこか愛らしくて思わず笑いが漏れてしまう。 
                  「ひ、ひどいです〜。わらってないでたすけてくださ〜い! う、うう〜……」 
                  そんな僕を見てさらに涙目になる彼女。ぐしゅ、と顔をゆがめた姿にどこか嗜虐心をそそられる。 
                  まあ、あんまりいじめてもかわいそうだ。そう思った僕は、彼女の手を引き、起き上がらせてあげた。 
                   
                  ―――――――――――――― 
                   
                  「大変お見苦しい所をお見せしました……。あ、助けていただいてありがとうございます」 
                  顔を真っ赤に染めながら、少女はぺこりと頭を下げる。 
                  「いや、こっちの悪ふざけが過ぎたのがいけなかったんだし……。ごめんね。割ったりしないから、安心して」 
                  顔を上げた彼女に、今度は僕が頭を下げる。さっきのが冗談だったことがわかって、彼女は心から安堵したようにほっとした顔をした。 
                  「よかったです……。いきなり殺されるかと思いました……」 
                  「本当にごめんね」 
                  「いえ、私のほうこそ取り乱しちゃって」 
                  そんな調子でしばらく「いや僕が悪かった」「いえいえ私が」というようなやり取りが続いた。 
                  そこで、ふと最初の疑問を思い出した。 
                  「そうだ。ところで君……何者?」 
                  軽い調子でかけた声に、少女の動きが凍りつく。 
                  「……? おーい。もしもーし?」 
                  彼女の周りを回ったり、目の前で手をひらひらさせてみる。反応なし。 
                  と、突然ぎぎぎとオイルの切れたブリキの人形のような動きで彼女がこちらを向いた。 
                  「み、見ました、よね……?」 
                  「何が?」 
                  「わ、私の、こと」 
                  「うん。というか、今も見てるけど」 
                  いきなり何を言い出すのか。首を傾げる僕の前で、突然彼女は柱からロープを吊り下げ始めた。 
                  固まる僕の前で、いきなり彼女はロープの輪に首を通そうとしはじめる。 
                  「ちょっとおおお! いきなりどうしたの!?」 
                  「止めないでくださいぃ〜!! 男の人を捕まえるどころか、何もされてないのに自分から正体をばらしてしまったつぼまじんなんて、もう生きていけません〜!」 
                  暴れる彼女を後ろから取り押さえる。どたんばたんとしばらくもみあった末、何とか落ち着いた彼女を座らせた僕は事情を聞くことにした。 
                  「……なるほど、ということは君は「つぼまじん」と呼ばれる魔物なんだね?」 
                  「はい……」 
                  この世の終わりのような表情でうなだれる少女。その声にも元気がない。 
                  「で、何でいきなり死のうなんてするのさ?」 
                  「あう……。その、私たちはミミックの一種で、壷に擬態して人間の男の人を捕まえるんです。 
                  ですから、その正体は秘密で、ばれちゃいけないんです。それなのに……それなのに……うっく……えぐ。 
                  見破られたのならともかく、ひっく、いきなり自分から正体をばらしちゃうなんて……ぐす。私、つぼまじん失格です……」 
                  そう言ってずびーと鼻をかむ。なんか十分に余裕がありそうな気がするが突っ込まないような方がいいだろう。 
                  「んじゃあ、今までのは見なかったことにする、とか?」 
                  一応提案してみる。しかし、彼女は首を横に振った。 
                  「だめです……。私たちの壷の中は、根源的につながっている部分があるんです。そこを通じて私のしたことは筒抜けですから……。 
                  もう、皆に『ダメつぼまじん』って後ろ指さされちゃいます……。そして、きっとそんなダメ壷はもう完全に攻略が終わったダンジョンに置かれちゃうんです……」 
                  そういって、自分の言葉にどよ〜んと沈み込む。 
                  う〜ん、元はといえば僕のいたずらが過ぎたせいだしなあ。このままではあまりにも彼女が気の毒だ。何とか力になってやれないものだろうか。 
                  「ねえ、何か手はないの? 君はちっとも悪くないし、もともと僕のせいなんだから。なんだったら君の仲間?に僕が説明に行ったっていいし」 
                  そういって何かいい方法がないか考え込む僕。 
                  といっても、彼女達つぼまじんについてなんてほとんど何も知らないのが正直な所で、何がいい案なのかもわかっていなかったが。 
                  ややあって、考えをめぐらす僕の様子を彼女がじっと見ているのに気がついた。 
                  「……? どうかした?」 
                  「あ、いえ……! その……あの……」 
                  突然顔を真っ赤にして、うつむいてしまう彼女。その指は地面に「の」の字を書き続けている。 
                  いまいち状況がつかめない僕に、朱に染まった顔をあげ、上目遣いでもじもじとしながら彼女が口を開く。 
                  「その……私、魔物なんですよ? なんで、そんなに一生懸命になってくれるんですか……?」 
                  「え……? う〜ん……、そうだなあ、何でだろう?」 
                  言われて自分も不思議に思う。確かに悪いのは僕で、その責任を感じているのはある。だが彼女自身がいったように僕は人、彼女は魔物。 
                  本来異質なものとして拒絶してもおかしくないくらいだ。 
                  けれども、僕の頭にそんな考えはちっとも浮かばなかった。 
                  何故? そう思いながら、目の前にちょこんと座るつぼまじんの女の子を見る。 
                  僕の視線に頬を赤らめ、恥ずかしそうに視線をそらす。しかしそれも一瞬で、またちらちらとこちらに目を向けてくる。 
                  その姿は可愛らしい少女そのものであった。最初に見たときに目を引いた腰の大きな壷も、彼女のチャームポイントのように思えてくる。 
                  「え〜と、君がかわいらしいから、じゃダメかな……」 
                  半ば冗談めかして口にした言葉に、自分の顔が熱くなる。うわ、何を言っているんだ僕は。言ったそばから後悔した。 
                  初対面の相手、人間の男にこんなこと言われても、彼女の方こそ迷惑だろう。 
                  そう考え、ちらりと彼女の方を伺う。 
                  「あ……」 
                  僕の言葉にさらに顔を赤らめ、ぼおっとした表情を浮かべる彼女。 
                  しばらくして、何を納得したのか一人うんうんと頷きはじめた。 
                  その可愛らしい唇からは、「この人なら……かも」とか「お願い……てみよう……って」とか「私も……て欲しい」といった呟きが聞こえる。 
                  と、突然つぼまじんの少女は、ぼんやりと彼女を見つめていた僕の手を取り、真剣な調子で僕の目を見つめてきた。 
                  間近に迫った可愛らしい顔と、まるで戦いを挑むかのような気迫が立ち込める態度に少々引いてしまう僕。 
                  しばらくそうして固まっていた僕たちだが、彼女がすうっと小さく息を吸い込み、直後に出せる精一杯の声を張り上げた。 
                   
                  「わ、私と! そ、その……け、け、結婚してくださいっ!!」 
                   
                  すべて言い切った彼女は、はあはあと肩で息をしている。顔はいまだ赤いが、その表情はどことなく不安そうだ。 
                  そのままどちらも口を開かず、しばし、部屋に沈黙が落ちる。 
                  「えっと……」 
                  沈黙に耐え切れず、彼女が恐る恐る問いかける。 
                  「だめ……ですか……?」 
                  僕の方はといえば、正直いいとかダメとか嬉しいとか迷惑とか、そういう次元の思考はしていなかった。 
                  簡単に言うと、あまりに唐突な事態が連発したことで脳ミソがストップ。 
                  よし、こういうときは一つ一つ問題を解決していこう。そうして頭が再起動する。 
                  「ええと、いくつか聞きたいんだけどいい?」 
                  「はっはい!」 
                  僕の言葉にびくんと体が跳ねた少女がセリフを噛みながらも反応してくれた。 
                  「えっと、何で結婚なの?」 
                  まず一番の疑問はそれ。とりあえずこれを聞かないと話が進まない。 
                  「あの……。私たちは男の人を捕まえて精をもらう魔物ですけど、人間の男の人とそのまま結婚する子もいっぱいいるんです。 
                  それで、伴侶を見つけたつぼまじんは、正体をばらしちゃってもいいって決まりがあるんです。 
                  旦那様がいれば、もうそれ以外の男の人を捕まえなくてもよくなりますから」 
                  ふむ、なるほど。確かにそれならば順序は逆になるものの、問題はなさそうな気がする。 
                  でも、それだけで一生の相手を決めてしまっていいのだろうか。 
                  「でもさ、その相手が僕なんかでいいの? もし、本当はイヤなのに正体を知られたからしなくちゃいけないとかだったら、僕は……」 
                  こんな大事なことは一時の迷いで決めて欲しくない、考え直させようとする僕の手を、彼女の小さな手がぎゅっと握った。 
                  「いいえ、そんなんじゃないんです。確かに、最初に正体を知られちゃったけど、私が魔物だっていうことをちっとも気にしないあなたの態度が嬉しくて……。 
                  それに、私のことをまるで自分のことのように一生懸命に考えてくれる優しいあなたとなら、 
                  ううん、そんなあなただからこそ、ずっと一緒にいられたらいいなって思ったんです」 
                  「……!」 
                  その言葉に、胸が熱くなる。たとえ同じ人間でも、ここまで素直に好意を向けてくれる存在があるだろうか? 
                  僕もまた、こんなに純粋な彼女とずっと一緒にいられたなら、とても幸せだろうと思った。 
                  よくみると、彼女の肩が震えている。無理もない、違う種族が自分のことを受け入れてくれるかどうか不安なのだろう。 
                  自分が彼女の立場だったら、それを口にするだけの勇気があっただろうか? 
                  いや、そんなことよりもまずは彼女を安心させて上げないと。女の子にプロポーズさせてしまった情けない所はこれで挽回させてもらおう。 
                  そう思い、そっと彼女の肩に手を置く。一瞬ピクリと震えた肩も、僕の手から何かを感じ取ったのか、すぐに安堵したように力を抜いた。 
                  「ん……っ。……ちゅ……」 
                  ゆっくりと近づいた顔が、触れ合う。唇が触れ合った瞬間、ちょっと彼女は驚いたみたいだったけど、すぐに僕を受け入れてくれた。 
                  お互いにしっかりと抱き合い、その鼓動を感じあう。不思議と彼女の腰の壷のことは気にならなかった。 
                  そのまま目を閉じ、唇と舌だけで互いの全てを感じあう。 
                  僕がそっと舌を彼女の口に差し込むと、最初はこわごわと、やがて彼女の方からも舌を絡めてきてくれた。 
                  「ちゅ……ちゅぱ……」 
                  部屋に唾液を交換し合う水音が響く。彼女の顔は見なくても、何を望み、何を感じているかがはっきりと分かった。 
                  やがて、どちらからともなく顔を離す。互いに真っ赤な顔をしながら、僕らは見つめあった。 
                  「ええと……これが僕の気持ち。僕でよければ、いや……こちらこそ、よろしくお願いします……」 
                  そう言う最中も、言い終わった後も、僕の顔の熱は引くどころかますます高ぶっていった。 
                  彼女を見つめる。驚きと嬉しさで目をいっぱいに見開き、その口元は両手で隠されていた。 
                  大きな赤い目から、ぽろ……と真珠のような涙がこぼれる。 
                  「うれしい……。嬉しいです……。やだ、嬉しいのに、悲しくなんてないのに。涙が……」 
                  そう言いながらも微笑む彼女の頬に手をあて、そっと涙を拭いてあげる。彼女は心地よさそうに、僕のされるがままにしていた。 
                  そういえば、いまさらながら僕は彼女の名前を知らないことに気付いた。僕も名乗っていないし、彼女も僕の名前を知らないのではないか? 
                  「そうだ、僕の名前。君に知ってもらいたいんだ。僕はロビン。ロビン=ブランシー。 
                  なんだか順番がめちゃめちゃだけど……君の名前も、教えてくれないかな?」 
                  その言葉に、彼女はちょっと困ったように微笑んだ。 
                  「その……私たち、つぼまじんには人間の言うような名前はないんです。もし、もし本当に私のご主人様になっていただけるのなら……。 
                  ロビンさん、あなたが私に『名前をつけて』くれませんか……?」 
                  どこか大事な儀式をこれから行うかのように、真摯な瞳で僕を見つめるつぼまじんの女の子。その声には期待と、どこか嬉しそうな響きが混じっていた。 
                  「え……いいの? う〜ん……名前名前……。あ、じゃあ『アリエ』っていうのはどうかな?」 
                  異国で「水がめ」をあらわす言葉をもじって、女の子っぽい名前を考える。 
                  「アリエ……アリエ……。それが、私の名前……」 
                  まるで大事な呪文を唱えるように繰り返す彼女。 
                  「気に入って、くれたかな?」 
                  「はいっ! ごしゅじんさまっ!!」 
                  問いかける僕に満面の笑みを返し、彼女は僕に抱きついてきた。 
                  「うわっわわわわ!?」 
                  さっきまで抱き合っていた時は意識していなかった、華奢な女の子の体。ぺたんとしながらも男のそれとは違う胸。顔に当たる、さらさらな髪。 
                  そして彼女の全身から伝わってくる暖かいものが、僕の心臓ををどきどきさせる。 
                  僕の胸に体をぴったりとつけながら、アリエは僕を見上げるようにして口を開く。 
                  「ご主人様……どうか、私の中に、来ていただけませんか……?」 
                  そのお願いに頷いた瞬間、まばゆい光が溢れたかと思うと、僕の体は彼女の腰の壷の中に吸い込まれていった。 
                   
                  ―――――――――――――― 
                   
                  「ここは……?」 
                  気がついたとき、僕は見たこともない空間の中にいた。 
                  一面、まじりっけなしの白い色で覆われた広大な空間。空と地面の区別すらつかず、その果てがどこにあるのかをうかがい知ることも出来ない。 
                  僕以外は誰もいない、物音一つしない静かな世界。しかしそこに満ちる空気は暖かく、どこか安心感を与えてくれる。 
                  「ご主人様」 
                  アリエの声に振り向く。ちょっとだけ恥ずかしそうな顔をした彼女がそこに立っていた。 
                  「ここが……?」 
                  「はい、私の……中、です。もう少し詳しく言うと、私の腰の壷の中に作り出された別の世界、です。ミミックさんたちが創る別次元と大体同じですね」 
                  「ふ〜ん……。なんだか静かで落ち着くね」 
                  「あ……、あう……。ありがとう、ございます」 
                  周囲を見回しながら呟く。僕の言葉に彼女はぽっと頬を染めた。 
                  そっか、彼女の「中」を褒めたんだもの、恥ずかしくもなるよね。ってなんでそういう考えが浮かんでくるんだ。 
                  ぶんぶんと頭を振って邪念を追い出す。そんな僕の様子を、彼女はきょとんとした様子で見ていた。 
                  「それで、僕をここに連れてきたのって……」 
                  「はい……。その、私のご主人様になってくださる方との、誓いの儀式を……」 
                  真っ赤になりながらも僕の目を見ながら話してくれる。と、純白の世界に突然、一つのベッドが現れた。 
                  恥ずかしそうにむずむずするアリエとベッドに交互に目をやる。誓いって……。やっぱり、そういうこと、だよね。 
                  考えがその答えにたどり着くや、急に心臓が爆発しそうなくらいにどきどきしてくる。 
                  男と女が二人っきり。まあ興奮するのは無理ないんだけど。でも、上手くできるのか? 
                  ええい、男は度胸! 半ばやけくそで服を脱ぐと、彼女を抱きしめ唇を奪う。 
                  「……んむっ!? ……あ……んん……」 
                  突然のことにその瞳はちょっと怯えたものの、それも一瞬で彼女は僕を受け入れてくれた。 
                  さっきのようにゆっくりと彼女の唇を舐める。すぐにアリエも、目をとろんとさせ、僕の口に舌を差し込んできた。 
                  「ちゅ……れろ……ちゅぱ……ぺろ……」 
                  子犬がじゃれあうように、お互いの口内を舐めまわす。 
                  そしてお互いに唇を、顔を離す。十分に味わったはずなのに、まだまだ物足りなく、名残惜しく感じる。 
                  まあ、時間はたっぷりある。最初から焦らなくてもいいだろう。 
                  「ね、服……ぬいで……」 
                  「はい……ご主人様……」 
                  耳元でそっと囁く声に、その響きに熱がにじみだした声が答える。 
                  僕が見つめる前で、アリエの胸を覆っていた布がはらり、と舞い落ちる。 
                  腰の壷はどうするのだろうと思っていたところ、壷の輪郭がぼやけ、まるで霞のようにすうっと空中に消え去った。 
                  幼い少女の、まだ開かれたことのない秘所があらわになる。さっきのキスで、そこはわずかに濡れ始めていた。 
                  アリエはどこか決まりが悪そうにもじもじとしていたが、それを隠そうとはしなかった。 
                  そんな彼女に、僕の胸は愛おしさでいっぱいになる。 
                  「おいで……アリエ」 
                  ベッドの端に腰掛け、彼女を招く。 
                  僕の上に座らせるように彼女を抱き、そっと、そのクレバスに指を触れた。 
                  「んっ……!」 
                  触れただけで、電流が走ったかのように跳ねる彼女の体。 
                  「ごめん、怖がらないで……。うん、そっと、そっとだね……」 
                  僕の言葉にこくりと頷く彼女。僕は彼女を怖がらせないよう、優しく、繊細なガラス細工に触れるかのように指を動かし始める。 
                  くちゅ…… 
                  次第に擦る音に水気が混じり始めた。アリエにもその音は聞こえたらしく、目をぎゅっと瞑り、耳まで真っ赤になっている。 
                  そんな彼女がかわいくて、僕の動きはどんどん加速していく。わざと音が擦るように擦り、指を溝に沈めるように動かす。 
                  「ん……ぁん……や、やぁ……ひ……だめ、こぇ……でちゃ……」 
                  その快感に、閉じられていたアリエの口から嬌声が漏れ始めた。 
                  下だけでなく、彼女の胸にも開いている手を当てる。未発達なその胸を、乳首の周りを撫でるように優しく触れていく。 
                  「あ……胸……。わたしの……ないから、はずかしぃ……ですよぉ……」 
                  「そんなことないよ。アリエの胸、可愛くて、好きだよ……」 
                  僕の言葉に涙目でいやいやをするのにもかまわず、優しく愛撫を続ける。 
                  「や、やあ……も、もう……ああああ……」 
                  半分ほど開かれた口からは言葉にならない響きがもれ、赤い瞳は快楽に蕩けていた。 
                  やがて、押し寄せる快感は彼女の限界を突破し…… 
                  「あああああああああああっ!!」 
                  絶頂に達すると同時に、彼女の体から力が抜け、くたりと僕の体に背がもたれかかった。 
                  「大丈夫……?」 
                  問いかける僕に、弱弱しく微笑むアリエ。そして、僕の下半身に目を向ける。 
                  その視線の先、既に僕の一物は興奮ではちきれんばかりにふくらみ、彼女の中に入る瞬間を待ち焦がれていた。 
                  「どうぞ、ご主人様……。きて、ください……」 
                  自らの秘所に手をあて、僕を誘う彼女。はやる気持ちを抑えながら、僕は彼女の中に自分自身を沈めていく。 
                  「んっ……あっ……あぅっ……」 
                  異物が侵入する苦しみと痛みに懸命に耐える幼い少女。結合部からは、赤い純潔の証が流れる。 
                  その姿に僕は胸が痛むと同時に、どこか興奮が高まってくるのを感じていた。 
                  しかし、彼女に対する愛おしさが僕の暴走をぎりぎりの所で押しとどめていた。 
                  「や、やぁ……ああぁぁ……」 
                  彼女が僕を根元までのみこむ。僕はそのまま動きを止め、少しでも気がまぎれるよう、彼女の胸をそっと撫で回した。 
                  「あ、ふぁ……もう……大丈夫ですから……ご主人様、うごいて、ください……」 
                  ややあって、アリエはそう伝えてきた。僕は頷くと、彼女をいたわるように、すこしづつ、ゆっくりと腰を動かし始める。 
                  「うぁ……すごぃ……き、きつくって……! ぐ……う……」 
                  彼女のきつい窒内は、たったそれだけの刺激で僕をいかせてしまいそうだった。 
                  歯を食いしばり、射精感をこらえる。 
                  次第に動きは大きくなり、いつしか彼女の声にも甘い響きが混ざりだした。 
                  「はぁ……あぁん……きもちぃぃ……きもちいぃです、ごしゅじんさまぁ……」 
                  「ぼくも……うぁ……すごぃ……いいよ……! もう、すぐにでも……いきそぅ……だ……!」 
                  熱病に冒されたように、快楽におぼれた二人は、ひたすら互いを求め続ける。 
                  「うああぁあぁあぁぁぁぁッ!!!」 
                  「あ、やあああああああああっ!!」 
                  そして僕は、その熱いほとばしりを彼女の中に全て解き放った。 
                  「……あぁ……これで、ずっと、あなたと一緒に……」 
                  股間から白濁した液体をどろりとこぼしながら、幸せそうにそう呟くアリエに、僕は頷き、その唇にそっとキスをした。 
                   
                  ―――――――――――――― 
                   
                  そして……。 
                  あの日から僕の生活は少しだけ変わった。 
                  一人暮らしの寂しさはあの日からなくなり、かわりにちょっとだけ奇妙で、しかしとても可愛らしいお嫁さんが隣にいてくれるようになった。 
                  後日、正体がばれた件はあんな方法で大丈夫だったのかと聞いてみると、 
                  「はい! むしろ皆とってもすてきなご主人様を捕まえた私のこと、うらやましいって言ってました!」 
                  と言って笑った。 
                  捕まえた、かあ……。その言葉はまったくその通りだなあ、とにこにこするアリエを見ながら思う。 
                  あの日から一日たりとも僕の頭から彼女の存在が消えた日はない。 
                  まさしく僕は彼女のツボ、そして彼女は僕のツボにぴったりはまってしまったわけだ。 
                  つぼまじん失格なんてとんでもない。彼女こそ、もっとも厄介なつぼまじんだったんだろうとさえ思える。 
                  もっとも、そんな厄介な壷なら大歓迎なんだけど。 
                  「どうかしましたか? ご主人様?」 
                  そんな考えを浮かべる僕を、不思議そうな顔でアリエは見つめている。 
                  「何でもないよ。ん、そろそろお昼にしようか?」 
                  出会ったときより少しだけ大きくなった彼女の腰の壷と、そのお腹を眺めながら僕は一人笑みを浮かべた。 
                   
                  ――『魔物のるつぼの入手法』―― 
                   
                  ……fin 
                   
                   
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