ストレンジさんから戴きました!
ありがとうございます!


!注意! 本物語に登場する人物、団体、事件などはフィクションであり、実在の人物、
     団体、事件などとは一切何の関係もありません。
     また、主人公の名前など、一部設定は本物語のために作者ストレンジが設定
     したものであり、原作者のクロスさんの設定とは異なる場合があることをお
     断りしておきます。

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   ☆ EXシナリオ 明日奈編『良薬は胸に苦し?』 ☆
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「……んぁ、う〜ん……」
 耳に届いた鳥のさえずりと、カーテン越しにも分かる朝の陽射しを感じた俺――夜麻里那
津(よまり・なつ)は、布団の中で体をよじる。片手を伸ばして鳴り出しかけた目覚まし時
計を止めつつ、ぼんやりと考えをめぐらせた。
(あ〜、もう朝かよ。え〜っと……、今日は……火曜か……。)
 俺は目を閉じたまま、脳内で日付と曜日を確認する。今日が平日で、当然学校があること
に気付いて溜息をつきたくなったが、なんとか我慢した。
「……出来ればこのまま二度寝したいけど、まあ無理だよな」
 自らの体温が移り、程よい暖かさで体を包む布団から出るにはそれなりの精神力を消費す
るのだが、仕方ない。平穏な眠りの時間は終わったんだと自分に言い聞かせ、俺は布団に入
ったまま大きく伸びをした。
「ぅっく、ふぁぁ〜あ……。ったく、なんか全然眠り足りないぞ……」
 大あくびをしながら悪態をつく。まあ、それも至極当然といえた。なぜならベッドに入っ
てから、まだ三時間しか経っていないのだ。いくらなんでもその睡眠時間は体力を回復する
には少なすぎる。
 それというのも、隣に住む幼馴染の少女――明日奈がここ最近は毎晩遅くまで俺の部屋に
入り浸っているからである。いや、ただ単に遊びに来ているのならまだいい。年頃の少女が
幼馴染とはいえ男の部屋に夜遅くいる状況は一般的には良くはないのかもしれないが、とり
あえずはいいとする。
 問題なのは彼女の目的が、俺とのエッチであることだ。彼女は毎夜のように俺のベッドの
中にもぐりこんできて、俺と交わろうとするのである。俺だってそういうことに人並みの好
奇心を持つ高校生、多少なりとも気になる女の子から求められて断るようなまねが出来るは
ずが無く、結局はいつも彼女のおねだりに負けて、いけないんじゃないかとは思いつつも受
け入れてしまうのだ。
 そのせいでここしばらくの間、俺の睡眠時間と体力と精力はがりがりと削られているのだ
った。



 と、こいつはいきなり何を言い出すのかと思う方もいるだろうから説明しておく。まずは
じめに、俺の睡眠時間を奪っている張本人、隣の家に住む幼馴染の少女、夢宮明日奈(ゆめ
みや・あすな)について。
 彼女は俺が小さな頃からずっと一緒に育ってきた少女で、今も同じ学校に通い、同じクラ
スで勉強するという、ある意味で家族以外では一番俺との距離が近い女の子である。性格は
明るく元気で、誰にでも優しいってのが彼女を見たやつ十人中十人が抱く印象だ。俺もそれ
は同感で、幼馴染ってことを抜きにしてもいい子だと思う。
 が、その正体は何を隠そう普通の人間ではない。なんとサキュバスという魔物なのである。
 サキュバス、またの名を淫魔。その名前は知っているという人もいるかもしれない。イメ
ージとしてはゲームとかに出てくる、エロい衣装を纏って男を誘惑する美女の悪魔というヤ
ツだ。
 彼女も元々は正真正銘の人間だったのだが、つい先日起きたとある出来事の結果、サキュ
バスになってしまったのだという。まあ、魔物になったとはいっても意識や記憶とかに関し
ては基本的に人間のときのままのものが残っているようだし、さらに明日奈の場合は人間だ
ったときの影響か、性格はサキュバスの中でも従順でおとなしい方らしい。そのため今のと
ころは特に大きな問題――例えば見ず知らずの人を襲って世間に正体がばれたりとか――は
起こっていない。少なくともその点は俺にとっても救いであった。
 それでもさすが淫魔というべきか、人間だったときよりも性欲が増大し男(というか、俺)
と交わることに対する理性のブレーキがなくなっているようで、ちょっとでも隙を見せたら
押し倒されてしまうことが問題といえば問題であった。
 それに何を勘違いしたのか、最近じゃ「俺のため」だとかいって、俺と仲のいい女の子を
自分と同じサキュバスにしだしている。俺にはさっぱり理解できないが、彼女の脳内では俺
の知り合いの女の子をサキュバスにすることが俺の幸せとイコールのようである。
 例えばついこの間も、家に帰ったら妹が羽と尻尾を生やして俺に抱きついてきたりした。
それまで俺に対してつんけんしていた妹が甘ったるい声で「おにいちゃ〜ん」などと言うも
んだから、その時はあまりのショックになんていうか現実から逃げたくなった。
 前言撤回。やっぱり俺の周りのサキュバス問題に関してはトラブル山積みで全然救いなん
か無い。



 閑話休題。
「そういえば、今日はあいつら来ないな……?」
 布団から身を起こし、俺は頭をかきながらポツリと呟く。妹の理梨までサキュバスになっ
てしまったここ最近は、毎朝明日奈か理梨のどちらかが俺を起こし……というか、襲いに来
るのが通例になってしまっていた。ちょっとでも油断して寝坊しようものならサキュバスた
ちに布団にもぐりこまれ、そのまま朝っぱらからヤるはめになることもざらである。
「いや、本来これが普通で正しい朝の姿なのだが、うーむ……」
 彼女らの姿が見えないことになんとなく拍子抜けした俺は一人唸る。直後、心の片隅でち
ょっとだけ朝のイベントが無かったことに残念がっている自分がいたことに気付き、俺は自
己嫌悪に頭を抱えてうずくまった。
「って、いつまでもこんなことしてる場合じゃないか。朝飯を作らないと……」
 数分後、ようやく冷静さを取り戻した俺は雑念を思考から追い出すように声を上げ、立ち
上がる。寝巻きを脱いでベッドの上に放り投げ、部屋の隅の衣装ラックに掛かっていたシャ
ツ身につけ、制服のズボンと靴下を穿く。同じく掛かっていた制服の上着を引っつかむと、
反対側の手に鞄を持って部屋を出た。
 妹の前の廊下を通って階段を一階へと下りる。この夜麻里家は母方の家だが、親は仕事の
都合で長く家を空けているため今現在この家で暮らしているのは俺と、妹の理梨の二人だけ
である。
「おはよー」
 挨拶しつつ俺は今のドアを開ける。だが返事はおろか室内のどこにも人影は無く、そこに
は朝の静かな空気が漂っているだけだった。
「あれ? てっきり下にいると思ったんだが、理梨はまだ起きていないのか?」
 そう呟きつつも俺は居間のソファーに上着と鞄を置き、洗面所に向かい洗顔を済ませる。
 その後壁にかけてあったタオルで顔をぬぐいながらキッチンへと入った俺は、食卓の上に
一枚の紙が乗っていることに気付いた。
「ん……? これ、理梨の書いたメモか?」
 紙切れを手に取り、そこに見覚えのある筆跡で書かれた文字を読む。
「『お兄ちゃんへ。今日は校外学習で朝早いから、先に行くね。遅くなると思うし、夕飯も
友達と外で食べちゃうつもりだから、よろしく。理梨』……か。そういえば昨日そんなこと
言ってたような」
 女の子らしい丸っこい字体で書かれた妹のメモを見、俺は自分の記憶を掘り起こす。言わ
れて見れば昨夜、理梨は何か準備をしていた気がする。おそらく今日のためのものだったの
だろう。
 通りで今朝は理梨が起こしに来なかったわけだ。納得しつつ俺は自分の朝飯にとテーブル
の上にあった菓子パンの袋を開けると、一口かじる。
「にしても、明日奈まで来ないってのはどういうわけだ? 俺たちは別に校外学習の予定も
無かったと思うが」
 もそもそとパンを食べているうちに、ふと今朝はまだ一度も姿を見ていない幼馴染の事に
意識が向く。明日奈の家も夜麻里家と同じく、両親は数日前から出張だかで留守にしている
はずだ。そういう場合、特別な用事がなければ朝食は一緒にとるのが通例になっている。事
実昨日も一昨日も朝には明日奈はうちに来て、一緒に飯を食べていた。
「いくらなんでもこの時間まで来ないってのは今まで無かったよな?」
 俺は壁に掛けられた時計にちらりと視線をやる。普段通り明日奈が来ていれば、とっくに
朝食は始まっている時間だ。彼女に限って考えにくいが、仮に寝坊したにしてももうそろそ
ろ起きてきてもいい時間帯である。一度考えが浮かぶと、妙に気になってしまった。
「ふーむ。よし、たまにはこっちから起こしに行ってやるか」
 その考えは我ながらいいアイディアのような気がしてきた。俺は残りのパンを牛乳で流し
込み、パンの包装紙やらをゴミ箱に投げ込むと鞄と上着を掴んで玄関へと向かった。

―――――――――――――

 明日奈の家は、今俺が住んでいる夜麻里家の左隣、歩いて一分も掛からない距離にある。
 俺は玄関の鉄柵を押し開けて夢宮家の敷地へと足を踏み入れると、そのまま庭を通って玄
関脇間で進み、壁に埋め込まれたインターホンのボタンを押す。チャイムの音が鳴るのが壁
越しに俺にも聞こえたが、予想に反して明日奈が出てくる様子は無かった。
「あれ? おっかしいな……あいつが一人で先に行くとは思えないんだけど」
 首をかしげつつもう一度チャイムを鳴らし、さらに声をかける。それでも全く返事が無い
ことに疑問を感じた俺は、ドアノブを握り、だめもとで回してみた。
 多分何かあって先にいったんだろう。もし鍵が掛かってたら今日は学校へは一人で行こう。
そんな俺の考えとは裏腹にドアには鍵が掛かっておらず、軽く引くとあっさりと開いた。
「あれ? 開いてる。ってことは、明日奈いるんだよな?」
 一瞬ぼけっとしていた俺は自分の言葉で正気に戻る。お邪魔しますと一応断りをいれつつ
家の中に入ると、玄関には明日奈の靴があった。やっぱり彼女はまだ家にいたんだと思いな
がら、俺も靴を脱いで上がる。
「起きてきてる様子は無いな? となると、上か?」
 明日奈の家のつくりも夜麻里家とほとんど変わらず、一階には居間やキッチン、そして二
階に明日奈の部屋がある。一階には人の姿はなく、そもそもキッチンの様子や新聞が郵便受
けに入れっぱなしになっていることから、明日奈は今朝、まだ起きてきていないようだった。
「あいつが寝坊か……珍しいな。とりあえず、まずは部屋にでも行ってみるか」
 俺は独り言を言いつつ、階段を上がる。最近は明日奈の方から俺の部屋にやって来ている
のであまり訪れる機会はなくなってしまったが、小さい頃から一緒に育ってきただけあって
彼女の家の勝手は良く知ったものだ。
 慣れた足取りで二階へ上がり、明日奈の部屋の前に立つ。ドアにはプレートが掛かってお
り、可愛らしい文字で「あすなのへや」と記してあった。
 俺はドアを静かにノックし、声をかける。
「お〜い明日奈、もう朝だぞ〜。起きないと遅刻しちまうぞ〜」
 だが、俺の呼びかけに答える声は無かった。
「おっかしいな? 下にいない以上、まだ部屋にいると思ったんだけどな」
 俺はもう一度扉をノックし、声をかける。しかしやはり部屋の中からの返事は無かった。
「いないのか? そんなはずは無いんだけどな……。一応確かめてみるか……おーい明日奈、
入るぞ?」
 断りつつ、俺は部屋のドアを開ける。幼馴染とはいえ、女の子の部屋に足を踏み入れるこ
とにちょっとだけ緊張しつつ、俺は室内に入る。カーテンはまだ閉められ、開いた扉の向こ
う側の室内は薄暗かった。部屋には本棚や勉強机が置かれ、壁にはカレンダーや動物のポス
ターがはられている。衣装ダンスの上には女の子らしくぬいぐるみが飾られていた。多少小
物が変わっているものの、室内の物はほとんどが見慣れたものである。
「かわんねえなあ。……お」
 カーテンを開けて室内に視線を巡らせると、綺麗に片付けられた机の反対側に置かれたベ
ッドの上、布団が盛り上がっていた。近寄ってみると、そこには目を閉じた幼馴染の見慣れ
た顔があった。セミロングの髪が枕の上に広がり、あどけない寝顔をこちらに向けている。
掛けられた布団は呼吸に合わせて小さく上下していた。
「なんだ、やっぱり寝てたのか」
 ベッドの側にしゃがみこみ、明日奈の顔を覗き込みながら俺は呆れと安堵が混じった声を
出す。その声が聞こえたのか、明日奈はゆっくりと目を開けた。
「ん……、んぅ……?」
「お。起きたか。おはよう明日奈」
「ナツくん……?」
 まだ少しぼんやりした声を発する彼女に、俺は笑いをこらえて話しかける。
「ああ、俺。しかし珍しいな、明日奈が寝坊なんてな」
「あ……ごめんなさい。い、今起きるね……」
 俺の言葉に時計に目をやり、明日奈はよろよろと身を起こす。寝起きということを差し引
いても妙に動きが鈍いその様子に違和感を感じた俺は、再度彼女の顔を覗き込んだ。冷静に
なってよく観察みてみると、明日奈の顔はいつもより妙に赤みが掛かっているように思える。
「お前……」
 呟きつつ、俺は片手を彼女の額に当てる。
「ひゃん……、いきなり、なに?」
「いいから、ちょっと動くな。……うーん」
 いきなり触れられたことに驚いた声を上げる彼女を制しつつ、もう片方の手を自分の額に
当てて比べてみると、明らかに彼女の額の方が熱かった。
「ちょっと熱っぽいか? 明日奈、体温計って部屋にあるか?」
「体温計? あ、そこの引き出し、箱の中にあるよ」
「わかった。ちょっと引き出し開けるぞ」
 明日奈をベッドに寝かせ、俺は彼女が指した引き出しの中から体温計を探す。取り出した
それを明日奈に渡し、彼女がわきの下に挟んで体温を測るのをしばし待った。それほどの間
をおかずに、体温計から計測が終わったことを知らせる電子音が鳴る。
「あ、終わったみたい」
「どれ、かしてみ?」
 俺は明日奈から体温計を受け取ると、デジタル画面に表示された数字を読み上げる。
「38.5度……。やっぱ熱あったか」
「え? 熱?」
「ああ。自分でも分かるだろ? う〜ん、こりゃ多分風邪だな。今日は学校休んで一日寝て
ろ」
「だ、大丈夫だよ。これくらい」
 俺の言葉に起き上がろうとした明日奈をそっと布団に押し戻し、彼女の顔を覗き込んで言
う。
「大丈夫じゃねーよ。いいから、無理しないで休めよ。先生には俺がちゃんと言っておくか
らさ」
「ま、待って」
 ベッドに背を向け、ドアに向かおうとした俺のシャツの裾を、不意に彼女が掴む。足を止
め振りかえると、寂しげな目でこちらを見つめる幼馴染の顔が目に映った。その弱弱しい姿
に、無意識のうちに俺の鼓動が高まる。
「お、おい明日奈……」
 俺の声を遮り、明日奈は悲痛ともいえる響きの声を出す。
「大丈夫、大丈夫だから……! だから、お願い……。置いていかないで……!」
「置いていくって……しょうがないだろ? 俺は学校あるんだし、お前は風邪なんだしさ」
「でも、やだ……。いっちゃやだ。お願いナツくん、一人にしないで」
 潤んだ瞳で明日奈が俺を見つめる。その視線を受けて、俺も真っ赤な顔で懇願する明日奈
を見つめ返した。
 たっぷり10秒ほど見つめあった後、俺は目を閉じると肩をすくめ、息を吐き出す。
「はぁ、仕方ないな。わかったよ、どこにも行かない。だからそんな泣きそうな顔するなよ」
「ほ、ほんとう……?」
「ああ。ま、確かにこんな調子のお前を一人にしとくのも心配だしな。今日は一日側にいて、
看病してやるよ」
「ナツくん……。あ、ありがとう……」
 俺の言葉に明日奈は安堵の吐息を漏らし、シャツの裾を握ったまま頭を下げる。俺は彼女
に頷くと、わざとふざけた様子で付け加えた。
「気にすんなよ。ほら、そうすりゃ俺も堂々と学校サボれるわけだしさ」
「ふふ、いけないんだ」
 俺の言葉に少しだけいつもの調子に戻って小さく笑う明日奈に笑い返し、俺はそっとシャ
ツから彼女の手を外す。その瞬間、彼女の口から名残惜しそうな声が漏れた。
「あ……」
「大丈夫だから」
 俺は寂しげな表情の明日奈の頭を撫で、彼女の手をきちんと布団の中に入れる。それでも
いまだ少しだけ不安げな表情を浮かべる幼馴染を安心させるように、俺は出来るだけ優しい
声をかけた。
「んじゃ、欠席の電話してくるから明日奈はちゃんと寝てろ。すぐ戻ってくるから、心配す
るなよな?」
「うん……」
 明日奈がベッドに横になったのを確認すると、俺は欠席の連絡をするために部屋を出る。
赤い顔をした明日奈の姿を脳裏に思い浮かべ、俺はぽつりと呟いた。
「しかしなんだな。サキュバスも風邪は引くんだな……」
 妙な新発見に一人腕組みをしつつ階段を下り、俺は一階の廊下、その途中に置かれた電
話の所へと向かった。
「ええっと。何番だっけか。普通学校になんて電話かけないからな〜」
 受話器を取り、生徒手帳を開いて学校の電話番号を見ながら間違えないようにボタンを押
していく。数度のコール音の後、先生が出たので俺は手短に明日奈と俺の欠席の旨を伝えた。
風邪を引いた明日奈の欠席はともかく、看病とはいえ俺まで学校を休むこと認められないん
じゃないかとも思ったが、幸い電話に出たのは丁度俺たちのことを良く知る担任だったこと
もあり、あっさりと欠席を認めてもらえた。
「……はい。はい、分かりました。夢宮にも伝えておきます。はい、では失礼します」
 明日奈との約束を破らないで済んだことに内心安堵しつつ、俺は受話器を置く。それから
玄関に置かれた鞄と上着をちらりと見、ふと学校を休むのなら鞄を置いて着替えてこようか
とも思った。が、さっきの明日奈の様子を思い返すにちょっとでも遅くなったらあいつは十
中八九無理して起きては俺の姿を探すだろう。
「やれやれ。まあ仕方ない。早く戻って安心させてやるか」
 なんだかんだで面倒見がいいなと自分に苦笑しつつ、俺は階段を上がり彼女の部屋へと向
かうのだった。
「戻ったぞー。入っていいかー?」
「どうぞ。入っていいよ」
 幼馴染とはいえ、一応マナーなのでドアをノックしながら声をかけると、中から明日奈の
返事が聞こえた。彼女の部屋に再度入った俺に、待ちかねていたかのような明日奈の目が向
けられる。
「おかえり」
 嬉しそうに言う彼女に小さく笑い、俺は口を開く。
「ただいま。っていうか、起きてたのかよ。寝ちゃっててよかったのに」
「あ、ごめんね……」
「いや、別にあやまることないけどさ。まあいいや。あ、そうだ。ほら、冷えピタあったか
ら張っとけよ」
「うん、ありがとう」
 俺はタンスに向かい、引き出しから先ほど体温計を探していた時に見つけた冷却シートを
取り出す。パッケージを破りながらベッドに向かうと、その側にしゃがみこんだ。
「明日奈、ちょっと髪どかすぞ」
 こちらを見つめたままの明日奈に声をかけ、手で彼女の前髪をそっとずらす。俺の手が触
れる瞬間、彼女はくすぐったそうな、恥ずかしそうな表情を浮かべた。その顔を横目で見つ
つ、シートのフィルムをはがす。シートを明日奈の額にそっと貼り付け、ずれないように手
で軽く押し付けた。
「きゃ……」
 不意に触れたシートの冷たい感触に、反射的に明日奈の口から声が漏れる。額に手をやっ
てシートを確かめる明日奈を見、俺はふと気付いたことを口にした。
「そういえば明日奈、いつの間にかサキュバスのカッコになってんのな」
「あ、うん」
 その言葉に明日奈が頷く。着ている物こそ先ほどまでのパジャマのままだったが、枕の上
の頭からは二本の節くれだった角が生え、髪を分けて尖った耳が姿を現していた。よく気を
つけてみれば、目はいつもよりかすかにツリ上がり、瞳も魔物特有の輝きを持つものに変わ
っている。
「ってことは……もしかして布団の下には羽と尻尾も?」
「え、えっと……尻尾だけ。本当は羽も出したいんだけど、ほら、邪魔になっちゃうから」
 彼女が言うと、先端がハートのような形をした細い尻尾が布団の裾から飛び出す。ゆっく
りとくねる尻尾の動きを何となく目で追いながら、俺は明日奈に尋ねた。
「ふーん、何でまた?」
「あ、えっとね。こっちの姿の方が、ちょっとだけ楽なの。だから」
「ああ、そうか。今のお前はそっちのカッコの方が素だもんな」
 明日奈の答えに俺は納得して頷く。魔物に変えられてしまった今の明日奈にとっては、こ
のサキュバスの格好が本来の姿なのだ。とはいえいくらなんでも他人の目があるところをこ
の格好で歩くわけには行かないので、普段は人間のときの姿に変身して正体を隠している。
 実際に変身にはほんのわずかな魔力しか使っていないというらしいが、具合の悪い今の彼
女にはそれでもかなりの違いなのだろう。
「うん。……この姿、いや?」
「え? ああ、もう見慣れたし、別にいやとか思ったりはしないよ。そっちの方が体が楽っ
てんなら、今日はそのままでいろよ」
 ここなら俺以外の人間が彼女の姿を目にすることも無いだろうし、サキュバス姿になって
いた方が体も楽だというのなら、別に俺がどうこう言うこともない。彼女の問いに答えなが
ら、俺は本棚から適当に漫画や小説を何冊か見繕い、ベッドの横、床に敷かれたカーペット
の上に腰を下ろす。
「ん……。ありがとね、ナツくん」
 それに明日奈は嬉しそうな声を出し、にこりと微笑んだ。その笑顔に何となく照れくさい
ものを感じた俺はそっぽを向いて視線を逸らしながらわざとぶっきらぼうに言う。
「別にお礼言われることなんてしてねえよ。いいから、もう寝ろ。いつまでたっても治らな
いぞ」
「うん。そうだね、そうする。……えへへ」
 何がおかしいのかその後もしばらくの間、くすくすと笑う彼女の声に俺は自分でも分かる
ほど顔を熱くしながら、誤魔化すように本の頁をめくる。俺はその笑い声が穏やかな寝息に
変わったのを聞き、彼女がきちんと寝付いたのを確かめると静かに腰を上げ、彼女の頭をそ
っと撫でた。
「ったく。具合が悪い時まで人に気を使うなっての。どんな姿だってそれがお前なら気にし
ないし……好きな女の子のためなら、看病なんて理由抜きにしても、いくらでも側にいてや
るよ」
 思わず口から漏れた本心に、言った後で俺は激しく照れる。彼女が寝ていたことにほっと
胸をなでおろすと、俺はさっきの言葉を忘れようと再び小説の続きに没頭した。



「……ん、んん……」
 明日奈があげた小さな声が耳に届き、俺は顔をあげて目をベッドに向ける。俺の視線の先、
ゆっくりと上がった少女のまぶたの向こうから、いまだ夢うつつな様子のサキュバスが琥珀
色をした瞳をこちらを向け、俺の顔を見つめていた。
「お、起きたのか。具合はどうだ?」
 眠たげに目を擦るサキュバス姿の明日奈を見、俺は本を閉じて声をかける。
「うん。さっきよりはずっと楽になったよ」
「そっか、そりゃよかった。けどまあ、まだちょっと顔赤いから無理しないで寝てろよ?」
「うん、わかった。そういえば今、何時?」
「ん? ええっと、ちょっと待て。時計、時計……あ、あった」
 彼女の言葉に俺は部屋を見回し、棚の上に置かれた時計を見る。文字盤の上を巡る時計の
針は11時を少し回ったところだった。俺がここに来て、明日奈を寝かせたのが確か8時過
ぎくらいだったから、いつの間にかかれこれ3時間近く経っていることになる。
「だいたい11時だな」
「11時か……結構寝ちゃってたんだね、私。皆は今頃授業中だね」
「まあ、病気だから仕方ないさ。そうだ明日奈、何か欲しいものないか? 飲み物とか」
 俺の問いかけに彼女は少し考え込み、おずおずと口を開く。
「あ、じゃあ何か冷たいもの飲みたいかな……。冷蔵庫の一番下の段に入ってるポカリでい
いから、お願いしてもいい?」
「分かった、ポカリな。後は?」
「う〜ん、とりあえずはそれだけでいいかも。あ、ナツくんもお腹が空いたら、食卓にある
ものとか遠慮しないで食べてね」
「ああ、ありがと。まあまだ昼には早いし、とりあえず飲み物だけ持ってくるからな。起き
て待ってなくていいから、そのまま寝てろよ?」
「うん」
「よし、じゃあ取ってくるよ」
 俺の言葉に明日奈が頷き、きちんとベッドに横になったのを見届けてから部屋を出る。静
かに廊下を通り、階段を下りて一階のキッチンへと向かった。
「コップは……適当でいいか。一応氷も入れておくか?」
 誰にともなく言いながら、俺は戸棚を開けて明日奈の分と自分のためのコップを取り出し、
冷蔵庫の中にあった氷を入れる。それから冷蔵庫下段をあけると、明日奈が言っていた通り、
飲み物のストックからポカリのペットボトルを発見した。二つのコップにポカリを注ぎ、一
応ペットボトル自体も持っていくことにする。
「これでよし、と」
 そう呟き、二階に戻ろうとした俺はふとキッチンの片隅に置かれた薬箱に目を留める。
「そういえばサキュバスに風邪薬って効くもんなのか?」
 普通なら薬を飲ませるべきなのかもしれないが、なにしろ今の明日奈は人間ではなく魔物
である。サキュバスだからといって、そのことを日常生活において気にすることは無かった
が、この場合はちょっと考える必要があった。
「人間の薬が効かないだけならまだしも、逆に毒とかになったらヤバイしな。理梨なら分か
ったかもしれないけど……しかたない。ポカリだけ持ってくか」
 さっきの明日奈の様子を見たところ、そこまでひどい風邪ではないようだし、今日一日ち
ゃんと休んでいれば薬無しでも大丈夫だろう。俺はそう結論付けると両手に飲み物の入った
コップを持ち、ペットボトルを脇に挟んで再び彼女の部屋に向かった。
「ほれ明日奈、持ってきたぞ」
「あ、ありがとうナツくん」
 両手が塞がっているのでちょっとだけ苦労しながら扉を開け、室内に入った俺は彼女にコ
ップを手渡す。表面に水滴のついたコップを両手で受け取った彼女はそれをそっと口元に近
づけ、冷えた液体を少しずつのどに流し込んでいった。
 その様子を側で立ったまま見まもりつつ、俺もスポーツドリンクを一口すする。それから
部屋にあったローテーブルをベッド脇に引き寄せ、ぺットボトルと自分のコップを置く。ガ
ラス板にコップがあたる小さな音を耳にしながら、俺は床に腰を下ろした。
「ふぁ。おいしかった」
 のどが渇いていたのか、いつの間にか自分の分を全部飲み終わった明日奈が息をつく。俺
は彼女からコップを受け取ると、テーブルの上に置いた。
「わざわざごめんね」
「いいって。それより一杯だけで大丈夫か? もし足りなければもっと注いでやるけど」
 俺の言葉に彼女は小さく首を振る。まあ本人がいいといっているし、本当に飲みたくなっ
たら自分で注いで飲むだろうと考え、俺もそれ以上無理には勧めなかった。
「んじゃ、またあと一時間くらい寝てな。昼飯にはお粥かなにか作ってやるから」
「うん、迷惑かけてごめんね」
「全然迷惑なんて思ってないから気にすんなよ。ほら、起きてると無駄に疲れちまうぞ」
「うん…………」
 しかしその返事の割りに、ベッドに横たわった明日奈はこちらにちらちらと意味ありげな
視線を送ってくる。明らかに何かいいたげな彼女の様子に、俺はとりあえず声をかけてみた。
「どうした?」
「あ、うん、その……」
「遠慮しないで言ってみろよ。俺で出来ることなら何でもしてやるからさ」
 俺の言葉にもその後しばらくは言おうか言うまいかといった感じでもじもじとしていた明
日奈だったが、やがて意を決したらしく布団から顔半分を出した状態で、囁くように言った。
「え、ええっとね……。そ、その……もし嫌じゃなかったら、でいいんだけど……」
「ああ」
「その、私の体、拭いてくれない……かな?」
「体を、拭く?」
 ためらいがちに発せられた彼女の言葉を俺が繰り返すと、明日奈は真っ赤な顔でこくりと
頷く。恥ずかしそうに布団を引っ張って口元を隠したまま、もごもごと呟く。
「なんだか……汗でべとべとするから。も、もしナツくんが嫌じゃなかったら、だけど」
「あ、ああ、別に俺は構わないけど……。っていうか、明日奈はいいのか? 体拭くってな
ると、その……俺に裸、見せることになるぞ?」
 明日奈の口から飛び出た予想の斜め上をいく申し出に、俺は自分でも何言ってるのかよく
分からなくなり、ついそんなことを口走る。一瞬のちに自分が何を言ったか理解した俺は、
我ながら馬鹿なことを言ってしまったと頭を抱えたくなった。これじゃあ俺、ド変態じゃね
えか。
 だが彼女はさらに俺の予想を裏切った。明日奈は俺の言葉に顔を染めつつも、先ほどより
も大きく頷いたのだ。
「い、いいよ……ナツくんなら。ううん、違うかな。ナツくんにして欲しいの。……ダメ?」
 しかもこちらを上目遣いで見ながら、小首をかしげてお願いまでしてきた。
「……う。わ、分かった。何でもしてやるって言ったしな。じゃ、タオルとか持ってくるか
ら、ちょっと待ってろ」
 そんな明日奈のお願いを断れるはずもなく、俺は顔を風邪をひいている彼女以上に熱くし
ながら頷いたのだった。

 それから数分後。俺はお湯を入れた洗面器とタオルを持って部屋に戻り、再び明日奈と向
かい合っていた。
 シーツの上に横たわった明日奈は、先ほどと同じくサキュバスの姿になっている。頭から
生える悪魔の角や尖った耳、期待にゆっくりと揺れる細い尻尾といった人間には無いパーツ
と、女の子らしい薄いピンク色のごく普通のパジャマとのギャップが、妙な新鮮さを持って
俺の目に映る。
「そ、それじゃ……お願い、します」
 風邪のせいだけではなく、期待に頬を紅く染めた明日奈が囁くような声で言う。シーツに
広がる髪と胸を隠すように置かれた手、こちらを見つめる潤んだ瞳に俺の心臓はうるさいく
らいに跳ねた。
「じゃ、じゃあ……まずは上、脱がすからな」
 努めていつもの声を出しながら、俺は明日奈の上着のボタンに手を伸ばす。彼女が頷くの
を見て、まずその一つ目を外す。
 よく考えてみれば、明日奈とは既にエッチまでしている以上、サキュバス姿の彼女の裸は
何度も見ているのだが、風邪で弱っているせいかいつもとは違って恥らう幼馴染の姿は、や
けに俺をどぎまぎさせた。
 そんなことを意識して真っ赤になりつつも、なんとか俺は上着を脱がせ終わった。俺の目
の前に露になった柔らかな双丘はしっとりと汗で濡れ、華奢ながらも女性としての魅力を十
分に備えた体が美しい曲線を描いている。
「な、ナツくん……そんなに見られると、は、恥ずかしい……」
「あ……。わ、わりい」
「もう……。えっちなんだから……」
 俺から少し視線を外し体を隠しながら、明日奈は消え入りそうな声で呟く。俺は慌てて彼
女から目を逸らしたが、しかし明日奈の口から漏れた響きには本気で嫌がっているような感
じはなかった。ちらりと横目で盗み見れば、彼女の頬は羞恥で桜に色づいているものの、瞳
には興奮の色が浮かんでいる。
「ええっと、そうだ、体冷えちまうから! さ、さっさと体拭こう!」
 これ以上そんな彼女を見ていたら自分の方が興奮を抑えられなくなりそうな気がして、俺
は煩悩を吹き飛ばそうと叫ぶ。明日奈も同じような状態だったのか、俺の言葉にこくこくと
頷いた。
 洗面器のお湯に浸したタオルを良く絞り、こちらに背を向けた明日奈の背中、その滑らか
な肌にそっと当てる。
「……んっ」
 肌にタオルが触れた瞬間、明日奈の口から小さな声が漏れた。同時に隠していた羽が飛び
出し、室内に風を起こす。俺は思わず彼女から手を離し、尋ねる。
「わ、悪い。熱かったか?」
「う、ううん。大丈夫。ちょっとびっくりしただけだから。続けて?」 
「あ、ああ」
 明日奈の言葉に俺は再びタオルを取り、壊れ物を扱うように優しく、優しく彼女の肌を拭
いていく。俺の手の動きに合わせて薄い悪魔の羽がゆっくりとはためいた。
「……ん。あ……っ、んぅ……」
 首筋、背中、腰……と肌に温かいタオルが触れ、その表面を撫でるたび、明日奈は気持ち
よさそうな表情を浮かべ、快感がかすかに滲む響きを漏らす。彼女の表情を見、声が耳に届
くたびに俺の中では否応無しに興奮が高まっていった。
 俺はふとすれば熱に押し流されそうになる自分を無理やり押さえつけつつ、優しく手を動
かし続ける。
「ほら、腕上げてー」
 明日奈に腕を上げさせ、わきの下を拭う。
「あ、んっ……くすぐったいよ……」
 言葉の通りそこを触られるのはくすぐったいのか尻尾が揺れ、ぺしぺしとベッドを叩く。
尻尾が立てるリズミカルな音を耳にしながら、俺は一通り背中の汗を拭うと、明日奈に声を
かけた。
「よし、んじゃ正面は自分でな。タオルここに置くぞ」
 流石に前は俺がやるわけにもいかないだろうと思い、俺は洗面器のふちにタオルをかけ立
ち上がって部屋を出ようとする。
「あっ、待って!」
 しかし彼女はその言葉に慌てて振りかえると、俺の腕を掴んだ。
「ね、ナツくん。こっちも拭いて欲しいの、お願い」
「お、おい明日奈」
 明日奈が自分の胸に手を当てる。思わず彼女のふくらみを見てしまい、顔が一瞬で熱くな
った。
「いや、でも」
「お願い……」
 口ごもる俺に、彼女は泣きそうな声で繰り返す。ほんのわずかの間、俺たちは無言で見つ
め合っていたが……結局はこっちが折れることになった。溜息をつきながら、俺は彼女に言
う。
「……はぁ。わかった。ただし、体拭くだけだからな。お前風邪治ってないんだし、えっち
なことはしないからな」
 半分自分に言い聞かせるような言葉に、明日奈は嬉しそうな表情で頷く。
「うん。それでもいいから」
「ったく、ほんとにしかたねえな」
 ぶつぶつと言いながら、俺はもう一度タオルを手に取り、絞る。
 こちらに向き直った明日奈の期待に満ちた表情から目を逸らしながら、俺は彼女の柔らか
な胸にそっとタオルを当てた。そのまま、乳房を包み込むようにしながら優しく肌を拭いて
いく。
 タオルごしなのにかかわらず、彼女の肌の柔らかさと滑らかさは俺の手に伝わってくる。
「ん、あ……。ふぁぁ……あったかくて、きもち、いいよ……」
 さらには俺が手を動かすたび、明日奈が快感に震え、うっとりとした声を出す。それに俺
はまるで彼女の胸を揉みし抱いているような錯覚に陥った。錯覚を意識から無理やり追い出
し、性欲が頭をもたげてくるのを堪えながら俺はただ黙々と手を動かす。片側の乳房を拭き
終わり、手はもう片方へ。同じく快感に震える明日奈の顔を無意識のうちにちらちら見つつ、
先ほどと同じく、肌に傷をつけないようにと細心の注意を払ってタオルで肌を撫でる。
「次、お腹な」
「ん、お願いね」
 それから手は下へと下がり、明日奈のお腹を拭いていく。可愛らしいへその周りにそって
撫でると、彼女の尻尾がぴくんと跳ねた。それでも胸のときよりは快感も少ないのか、明日
奈は顔を赤らめつつも、声を上げることはなかった。その代わりに静かに繰り返される呼吸
が室内に熱っぽい音を響かせていた。
「うん、まあ上はこれでいいだろ」
 なんだか山積みの課題を終えたときよりもひどい疲労を感じつつ、ようやく俺は彼女の体
を拭き終わった。
「ありがとう、ナツくん」
「だから別にお礼言われるようなことじゃないって」
 彼女に言われ、俺が用意した新しい下着をつけながら、いまだ紅い頬で明日奈が言う。そ
れにぶっきらぼうに返しながら、俺は床に腰を下ろした。
「ほら、もう一回寝ろよ。あったかくしてゆっくり休めばすぐ良くなるだろ」
「うん、そうだね」
 体を拭き終え、下着を取り替えてパジャマを元通り着た明日奈は再びベッドにその身を横
たえる。こちらに顔を向けながら、彼女はくすくすと笑いを漏らした。
「なんだよ?」
 本を読む手を止め、尋ねた俺に彼女は笑顔を浮かべたまま言う。
「なんだか、昔を思い出しちゃって」
「昔?」
 瞬きと共に俺が繰り返した言葉に、彼女は脳裏に記憶を再生させるように、一瞬目を閉じ、
笑顔を深める。
「ほら、小さい頃に私が風邪を引いた時。あの時もナツくんずっと側にいてくれたじゃない」
「ああ。そういえばあったな、そんなこと」
 明日奈の言葉に俺もその記憶を思い出す。確かあれは俺たちが小学校に入るよりも前くら
いの頃だったろうか。そのときもやはり、俺の両親も、明日奈の両親も仕事で家を留守にし
ていた。そんな時に風邪を引いた明日奈は、遊びに行こうとする俺に一人では寂しいと、側
にいて欲しいと泣きながら頼んだのだった。そしてやはり、俺は彼女のお願いを断ることが
出来ずに一日中彼女と一緒にいた記憶がある。
「よく覚えてたな、そんなこと」
 自分はそんなこと、すっかり忘れかけていた。そう言うと彼女はちょっとだけ恥ずかしそ
うな表情を浮かべる。
「だって、ナツくんと一番長く一緒にいられた日だったんだもん。小学校に入ってからは、
だんだん一緒に遊んでくれなくなっちゃったし……」
 少しだけ寂しげに、明日奈の声が沈む。確かに小学校に入ってくらいからは、友達に女の
子と一緒にいることをからかわれるのが恥ずかしくて、彼女を避けていた時期があった。今
ではそんなことも気にせず付き合っているが、二人とも成長した今と昔とはまるで同じとい
うことにはならないだろう。
「ごめん」
 そう、本心から言葉を発する。今更こんなことを言っても遅いとは思ったが、謝りたかっ
た。
「ううん、私こそごめんね。そういうつもりじゃなかったの」
 俺の様子に、彼女は慌てて言う。そして、再び顔に笑みを浮かべて続けた。
「昔は昔、今は今だものね。最近は昔みたいに、ナツくんたくさん一緒にいてくれるように
なったし」
「まあ、な」
 その理由の一つは「サキュバス化した幼馴染が何かやらかさないか心配だから」というも
のなのだが、それでも俺が側にいてくれることは明日奈にとって本当に嬉しいのだろう。俺
としても、幸せそうな明日奈を見ていると悪い気はしなかった。
「それに……おっきくなった今なら、小さな頃はできなかったことも出来るようになったし、
ね?」
 なんとなく気恥ずかしくなって黙り込んだ俺に、明日奈が囁く。その瞳にはサキュバスら
しい淫靡な光が宿り、頬は熟れた林檎のように紅く染まっていた。彼女の口から漏れる息は
まるで香のように俺の神経を犯していく。
「ほら、この体はナツくんだけのものだよ……」
 明日奈は布団をずらして俺に見えるようにしながら、パジャマのボタンを一つ外す。開い
た胸元から綺麗な肌色がのぞき、無意識のうちに俺の目を奪った。
「もう一回、触ってもいいよ? 今度は布越しじゃなくて、直接その手で……」
 理性を蕩かすような声と仕草で俺を誘惑する幼馴染の姿をしたサキュバス。思わず手を伸
ばしかけた俺は、危うい所で正気を取り戻した。そのまま伸ばした手で、彼女の頭を叩く。
「いたぁ!?」
 間抜けな悲鳴をあげ、頭を抑える明日奈。
「ひ、ひどいよぉ! いきなり叩くなんて」
 先ほどまでの妖艶な雰囲気は綺麗さっぱり吹き飛び、目じりに涙を浮かべて俺を恨めしげ
に見つめる。
「う、うるさい! 病人があほなことすんな。ほら、おとなしく待ってろ。昼飯作って持っ
てくるから」
 彼女に魅了されかけていたのを誤魔化すように、怒った声を出しながら俺は明日奈のボタ
ンを留め、布団を引っ張ってかけ直してやる。何が楽しいのか、明日奈はにこにこしながら
俺のされるがままになっていた。
「残念……。もうちょっとで上手く行ったのにな」
「やかましい」
 そんな俺を見ながら全く悪びれる様子も無く呟く彼女の頭をもう一度軽く叩き、俺は洗面
器とタオルを持ち、部屋を出て行く。階段を下りながら、ふともしさっきの誘いに乗ってい
たらどうなっただろうと考え、直後にそんな考えを浮かべた自分をぶん殴りたくなった。
「これじゃどっちが淫魔なんだか」
 自虐的に呟き、俺は昼飯の用意をするためキッチンのドアを開けるのだった。



「……くん。ツくん、起き……。起きて、ナツくん」
「ん……」
 耳元で自分の名を呼ばれ、俺はゆっくりと目を開く。目に写る像はきちんとした形をして
いなかったが、誰かがこちらをのぞきこんでいるようだとは分かった。しかし、まだ少し脳
がぼんやりとしていたせいで、視界に映ったのが誰かすぐには分からなかった。
「あ、起きた?」
 俺のまぶたが上がったこと気付き、その人影が声をかける。セミロングの髪から突き出す
二本の角と尖った耳。魔性の輝きを持ちつつも、どこか優しげな瞳がこちらを見つめている。
「明日奈……?」 
「うん、そうだよ。おはよう、ナツくん」
 寝ぼけ声で呟いた名前に、少女が頷く。手元から落ちた文庫本が立てた音が完全に意識を
覚醒させ、俺は自分がいつの間にか眠ってしまっていたことにようやく気付いた。
「わ、悪い! いつの間にかすっかり眠っちまってた!」
「ううん、こっちこそ眠ってたところ起こしちゃってごめんね」
 慌てて飛び起きた俺に、明日奈は首を振る。
「ほら、もう暗くなってきちゃったから」
 彼女の言うとおり、窓の外は既に日も沈みかけ、闇が空を覆いだしている。時計を見れば、
いつもならとっくに夕飯の準備をする頃だった。
「げ、ほんとだ。もうこんな時間か」
「うん。だから一度、家に戻った方がいいんじゃないかって。ナツくん、自分のだけじゃな
くて理梨ちゃんのご飯の用意もしてるでしょう? 理梨ちゃん、寂しがると思って」
 明日奈の言葉に、俺は頷く。本当は一瞬たりとて側を離れて欲しくないだろうに、そうい
うところで他人を気遣うのが夢宮明日奈という女の子なのだった。そしてまた、そんな明日
奈の性格が、俺が彼女のことを好きな理由の一つである。
 と同時に、朝に見たメモの内容を思い出した。明日奈の看病ですっかり忘れていたのだが、
確か今日の夕飯は外食で済ますといっていた。確か朝はばたばたしてて明日奈にそのことは
伝えていなかったと思うし、今更かもしれないが安心させてやろう。
「ああ、いや。いい忘れてたけど理梨は今日、帰り遅いんだよ。俺も自分の一人分だけ作る
くらいなら買って済まそうと思ってたし。だから夕飯を作りに戻らなくても大丈夫ってわけ」
「そうなの? じゃあ……」
「ああ、今日はずっと一緒にいて大丈夫だ」
 そういった言葉が宙に消えるよりも早く、明日奈が抱きついてきた。寝起きで反応しきれ
ず押し倒された俺は床にしたたか頭を打ち付ける。
「ぐあ」
 うめき声を上げる俺に構わず、明日奈はまるでじゃれつく子犬のように頬を俺の胸に擦り
付ける。
「ほんと!? 今日はずっと一緒にいてくれるの? 嘘じゃないよね?」
「あ、ああ……」
 顔を離したかと思うと、きらきらと目を輝かせこちらの顔を覗き込む明日奈の迫力に押さ
れながら、俺はそう答える。途端、満面の笑みを浮かべた彼女が俺の唇を塞いだ。
「ん、むぐ……っ!」
「ちゅ……。ん、ちゅ、ちゅぱ……、あん……」
 何度も唇を押し付け、俺の唇を吸う明日奈。突然のことにパニックに陥る俺は抵抗らしい
抵抗も出来ず、明日奈のされるがままになってしまう。
 十分堪能したのか、それからしばらくしてようやく顔を離した明日奈に俺もなんとか落ち
着きを取り戻し一息つく。口を開いていきなりの行為をたしなめようとするよりも早く、彼
女はさらにとんでもないことを言い出した。
「それじゃあ、今夜はいっぱいできるよね」
「え?」
 一瞬何のことか分からずきょとんとしていた俺は、彼女の次の行動でその意味を理解した。
 明日奈は俺に意味ありげな流し目を送ると、まるでこちらに見せ付けるかのようにゆっく
りと来ているものを脱ぎだしたのだ。
「ちょ、ちょっと待て! お前いきなり何してんだ!?」
 思わず制止の声をかける俺に、パジャマを着たサキュバス姿の明日奈はどこか妖しく、に
こりと微笑む。
「何って、えっちの準備だよ? あ、それとも着たまましたほうが興奮する?」
 半ば分かっていたとはいえ、彼女の答えを実際に聞くとサキュバスの性欲を甘く見ていた
と痛感した。男の前だというのに、恥らうどころか嬉しそうに服を脱いでいく幼馴染に頭痛
すら感じつつも俺は言葉を探す。
「あ〜……なんだ。その、な? いくらなんでも風邪引いてる状態でそういうことをするの
はまずいだろう? 気になってお互いに楽しめないというか」
 俺は何を言っているんだと思いながら、なんとか彼女の気を変えようと言葉をかける。だ
がそれに明日奈は心配無用とばかりに胸を張った。
「大丈夫だよ。もうすっかり治ったもの」
 その拍子にブラジャーに包まれた胸が突き出され、俺は目のやり場に困る。
 確かに彼女の顔色は、先ほどまでの熱っぽい赤からいつもの綺麗な肌色に戻っていた。声
の調子も、揺れる尻尾と羽も元気になったことを示しているように感じる。
「おいおい、治ったっていっても病み上がりにはかわりないんだから安静にしてないとだめ
だろ? ぶり返しちまうぞ」
 彼女に押し倒され、馬乗りになられたままで逃げ場の無い俺は、この状況をなんとかする
ために声を出す。けれどもそれは当然、無駄な努力だった。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。ほら、私サキュバスでしょ? 大好きなナツくんの栄養た
っぷりの精液を……ここにたくさん貰えば、風邪引く前より元気になっちゃうよ」
 自らの股間を指で撫で上げながら言う彼女の言葉で、俺は最早自分の運命が決しているこ
とを悟った。それに、正直なところ口ではああいいつつも、心のどこかで彼女との行為を望
んでいる自分がいるのも事実だった。
 そして俺はいつもと同じく、せめてもの抵抗に目をつぶり息を吐き出すと色々な意味を込
めて言う。
「……しょうがないな。ただ、無理だけはしないでくれよ?」
「うん! ありがとう、ナツくん!」
 甘いなあ、と思いながらも、嬉しそうに満面の笑顔を浮かべる彼女の顔を見た瞬間、俺は
まあいいかと半ば諦めにも似た感想を抱くのだった。

「それじゃ、ナツくんも脱がしちゃうね」
 俺の許しを得た明日奈が、待ちきれないといった声でズボンに手をかける。あっという間
にズボンと下着が剥ぎ取られ、俺のものが外気に晒された。
「わ……もう、こんなにおっきく……」
「う……」
 先ほどから上に乗られているせいで当たる彼女のおしりの柔らかな感触や、間近で感じる
熱を含んだ呼吸のために、恥ずかしながら俺のものはすっかり大きく硬くなっていた。
 彼女にまじまじと見つめられ、俺は真っ赤な顔で視線を逸らす。
「ふふ、恥ずかしがらなくてもいいよ。ほら、私もね、もうこんなになっちゃってるんだも
の……」
 そっぽを向いた俺に笑いかけながら、紅潮した顔の明日奈が手を取る。そのまま導かれた
俺の手が彼女の股間に当たると、指先に温かい湿り気を感じた。
 思わず彼女の顔を見た俺に、明日奈は羞恥に頬を染めながら頷く。
「ね? 分かるでしょ? 私のここもナツくんが欲しくて、もうこんなになっちゃってるの」
 彼女の告白に、自分が求められていることを知った俺は何となく嬉しくなる。だから結局
彼女を甘やかしてしまうんだろうなと思ったが、この幸せが得られるならそれでもいいと思
った。
「ね、さわりっこ、しよ?」
 そう言い終わる前に、明日奈の手が俺のものを包む。すべすべの手の感触と、優しく、ゆ
っくりと竿をしごくような動きがじわりとした熱を生み出し、脳を侵していった。
「く、うぁ……」
 サキュバスとなった幼馴染がもたらす快感は堪えようも無く、俺の口から声が漏れる。
「くす、気持ちいいの? じゃあ、もっとしてあげるね……?」
 俺の表情と声からそれを読み取った明日奈は優しく、淫らな笑みを浮かべて俺のモノをさ
らにしごき始めた。さらにはぬれそぼる股間をそそり立つ肉棒にあて、擦る。
「んっ……これ、あっ、私も……、きもちいい……!」
「ぐ……うぅ……っ!」
 敏感な場所に熱く硬いものが当たる感触が強い快感を生み出し、明日奈の体を震わせる。
快楽に支配された今の彼女は、まさにサキュバスそのものだった。決して人前では見せない
淫らな顔を浮かべ、与えられる快楽を貪ろうとしている。
 そして、それは俺も同じだった。さらに快感を得ようとするかのように、彼女の股間に当
てられた肉棒がびくびくと震える。体に電気を流されるような強烈な快感に、気を抜けばイ
ってしまいそうだった。
「んんっ……、はぁっ、ナツくん、こっち、ここもさわってぇ……!」
 さらなる快楽を得ようとする彼女は俺の手を胸に導く。なだらかな曲線を描く胸は、汗で
しっとりと濡れていた。快楽の波に翻弄されながらも俺は頷き、胸に当てた手を動かす。
「ふぁう! そんな! あ、あんっ! ナツくん、強すぎるよぉ……ふあぁっ!」
 明日奈が上げる嬌声を聞きながら、俺は手の中で形を変える胸の弾力を楽しむ。ツンと立
ち上がった乳首を指で挟み、軽くつねると彼女の尻尾がびくんと痙攣した。そして一瞬、彼
女の体から力が抜ける。
 どうやら、今ので軽く達したらしい。
「はぁ、はぁ……、体が治ったばかりだからかな? なんだかいつもより感じちゃうみたい」
 快楽に光を失いかけた瞳で、明日奈が言う。
「わるい。無理させちゃったか? 辛いなら……」
 少しだけ理性を取り戻した俺は、彼女を気遣い声をかける。だが、明日奈は俺の言葉を聞
くと、泣きそうな声で俺の胸のすがりついた。
「だ、だいじょうぶ! だいじょうぶだから! だからナツくん、ここまで来て止めるなん
て言わないで……?」
 そう言って明日奈は必死で俺を見つめる。顔はおろか、尖った耳までも既に真っ赤で、魔
物の瞳は涙に潤んでいた。
「分かったよ。ごめん。意地悪だったな……」
 不用意な一言で彼女を傷つけたことを謝る。「本当?」と何度も聞き返す幼馴染に頷き続
けると、ようやく明日奈は安堵の表情を浮かべてくれた。
「明日奈」
 名前を呼び、彼女に目で合図を送る。俺の意図はそれだけで十分に伝わったらしく、明日
奈はわずかに腰を浮かし、頬を染めつつも嬉しそうな表情で俺のものを秘所にあてがった。
「ふぁ……、う、ん……んぁ…………っ」
 腰を沈め、肉棒を自らに突きさす彼女の口から、苦悶と快楽が混じった声が漏れる。しか
しそれもわずかな間のことで、やがて俺を根元までのみ込んだ明日奈は長い息を吐き出した。
「全部……、ん……入った、ね……」
「ああ……」
 俺の腹に手をあて、こちらの顔を覗き込みながら明日奈が言う。しばらく無言で見つめあ
い、一つになっていることに言いようのない幸福感を味わっていた俺たちは、やがてどちら
からともなく動き始めた。
 それからしばしの間、部屋には愛し合う恋人たちの声が消えることなく響いていた。

―――――――――――――

「は、は……はっくしゅ!!」
 大きなくしゃみを響かせる俺に、ベッドわきに立つ制服姿の妹、理梨が溜息を吐き出し、
呆れたような声を出す。
「明日奈お姉ちゃんの看病してて、風邪を貰ってきちゃったって……なんか、そういうと
こお兄ちゃんらしいよね」
「う、るせ……くしゅっ!!」
 熱のせいでぼんやりした頭で精一杯考えた妹に対する文句の言葉も、口から発する前にく
しゃみに遮られる。かわいそうな人を見るような妹の視線に対して、せめてもの反撃と睨み
返してみたが、まるで効果はなかったようだ。
「くしゅっ! ふぁ……」
「あらら、本気で風邪ね……。お医者さん、行く?」
「いや……そこまでじゃないだろ」
 真面目な顔になった理梨が尋ねるのに俺は首を振る。鼻をすすり上げると、理梨がティッ
シュを何枚か抜き取り俺に手渡してくれた。
「ほら、これで鼻水吹いて」
「わりいな」
 体を起こして差し出されたちり紙を素直に受け取り、大きな音をさせながら鼻をかむ。丸
めたティッシュをゴミ箱に投げ込み、俺はベッドに再び体を横たえた。
「お兄ちゃん、今日は一日寝てた方がいいと思うよ。私もなるべく早く帰ってくるから」
 妹の言葉に頷き、布団をくび元までずり上げる。その様子を見ながら、理梨は鞄を持つと
口を開いた。
「それじゃあ、そろそろ行くね? 学校休めるからって遊んだりしちゃダメだよ?」
「分かっとるわい。大丈夫だから行ってこい」
 どちらが年上なのか分からなくなるような台詞を掛けられるも、熱でぼおっとした頭では
そう返すのがせいぜいだった。
 理梨が部屋を出、ドアが閉められると室内には静けさが満ちていく。一人で寝ているのを
感じ、なんとなく寂しくなっていく心を紛らわせようと、俺は独り言を呟いた。
「あー……。しかし、ああ言われてもしょうがないか……。看病して今度は自分がダウンと
か、どこの漫画だよ……」
 目をつぶると、窓の外を風が吹き抜ける音が耳に届く。時折羽音が聞こえるのは電線に止
まった鳥が飛び立つ音だろう。
「明日奈は何をやってるかな……。って風邪治ったなら、学校か」
 ふと思い浮かんだ隣の幼馴染のことが、口から漏れる。病気の時に一人でいるっていうこ
とがどれだけ心細いものか、ようやく俺にもわかった。昨日、明日奈が必死で俺を引き止め
たのにも今なら頷ける。
 我ながら女々しいと思ったが、声が漏れるのを止めることは出来なかった。
「明日奈……」
「呼んだ? ナツくん」
「っ!?」
 するはずの無い声に、思わず俺は目を開く。目の前には見慣れた、サキュバス姿の明日奈
の顔が間近にあった。自分でも良く分からない恥ずかしさと嬉しさで、顔が一気に熱くなる。
「お、おおお、お前……な、ななな、なんで?」
 しどろもどろになりながら叫び、起き上がりかけた俺の体を明日奈の手がそっとベッドに
押し戻す。彼女は俺の顔をまっすぐに見つめ、にっこりと笑みを浮かべながら言った。
「さっきね、理梨ちゃんが家に来て「お兄ちゃん、一人で寂しがってると思うから」って。
私がうつしちゃった風邪だし、お詫びと昨日のお返しもかねて、今日は一日、側にいて看病
してあげようと思ったの」
 昨日に続き、俺と一日一緒にいられるからなのだろうか。どことなく嬉しそうな明日奈の
背の羽がぱたぱたとはためき、尻尾が揺れる。
「心配しないでも、身も心も、いーっぱい元気にしてあげるから、ね?」
 俺が言葉を失ってぽかんと幼馴染を見つめていると、明日奈はもう一度にこりと微笑む。
彼女はゆっくりと顔を近づけると俺の顔に両手をあてて、頬へとキスをした。
「!?」
「それから……元気になったら、またたくさんしようね。ナ・ツ・く・ん」
 突然のキスに目を見開く俺の耳元で、幼馴染のサキュバスが妖しく囁く。魔性の誘惑を受
けながら、俺は体力が戻るのはしばらく先になりそうだと、ぼんやりと思うのだった。

―― EXシナリオ 明日奈編『良薬は胸に苦し?』  終わり ――

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