題『924 〜不老長寿〜』
 
「∞(無限大)」の元となった西洋のウルボルスの蛇。
永遠の命を得られる霊薬、賢者の石。
それらは人々の不老不死に対する願望の現れである。
秦の始皇帝、豊臣秀吉など時の権力者が夢見てはついに叶うことがなかった
老いることも、死ぬこともない永遠という存在。
 
だが今現在、俺はそれに最も近い存在であるようだ。
俺の名前は荒木陣平。
年齢は、かれこれ1000歳を超える。
「1000歳」という言葉に誤解をしないでほしい。
俺の見た目も心も18前後の少年である。
間違っても白髪でシワだらけのじいさんを想像しないことである。
 
事の発端は何世紀も前。
俺が漁船の手伝いをしていた頃にさかのぼる。
 
天慶元年(938年) 日本海の海上にて
 
「おい、陣平!さっさと網、揚げろ!」
今日も頭(かしら)の声の張り上げる声が海の上に響く。
鍛え上げた体に立派なあごひげ、いかにも船の長といった感じである。
「へい、ただ今!」
俺が雑用としてこの船に乗ってから三月(みつき)が経つ。
洗濯・船の修理・掃除・食事の支度・・・・
他の乗組員に認めてもらうため、必死になって働いていた。
 
同年 6月20日
その日の午後、船は大雨に見舞われた。
「急げ!帆をたため!」
「水をかき出せ!しずんじまうぞ!」
男たちの怒号が響く。
しばらくして、嵐はやんだが
どうやら俺たちはだいぶ流されてしまったらしい。
海に出て7日目の災難。
食料庫はいつ尽きるかも解らない。
見渡してみても四方八方、大海原。
海、海、海、島、海、海・・海・・・海・・・ん!?
「島!?」
思わず俺は叫んだ。
海の真ん中に島があったのだ。
「お頭!島です!島がありやした!」
「何!?そうか、そこに上陸だ!」
 
浜に船を泊め、男たちは浅瀬にいる魚を捕っていた。
木の実を採りにいった男もいる。
一方、俺は見張り番。
修理に掃除に洗濯のオマケつきだ。
雑用としては当然の扱いであり、当然の仕事である。
青い空を見上げて大きな欠伸をしたとき向こうから大声が聞こえた。
「お〜い!オナゴが、人魚のオナゴがおるぞ〜!」
人魚!?
話によると腰から上が人間で下が魚の格好をした伝説の生き物!
見張りなんかしている場合じゃない。
俺は声のした方向へと走っていった。
 
男たちの目線の先には何匹もの人魚がいた。
美しい身体に、淡く光る鱗。
その美貌を惜しげもなく見せつけ、俺を含めた男たちの目線を釘付けにしていた。
岩の上に座り、蒼い髪の毛を撫でながら彼女達は美しい歌声を響かせていた。
この世に生を享けて十世紀余り、後にも先にもあのような光景は無い!
ペンを使っても、ブラシを用いても伝えることの出来ないまさに男の夢だ!
俺はまるで何かに魅せられ、憑かれたかのように彼女のもとに歩いていった。
他の男たちも同じだった。
俺は海の色とも、空の色とも、青とも藍とも表せない
美しい色の髪をなびかせた彼女の顔しか見ることが出来なかった。
距離が無くなり、俺は口づけをした。
長く、ゆっくりと・・・
それから俺は浜辺に寝かせられ、彼女は俺の上に覆いかぶさる格好になった。
それからのことはよく覚えていない。
ただ、今まで味わったことのない快楽がそこにあった。
湿ったものが擦れ合う淫らな音。
そして男女の喘ぎ声。
俺は彼女をきつく抱き、彼女は俺を優しく受け止めてくれた。
彼女が腰をゆする度に気を失いそうになるほどの快感が全身を走った。
今考えてみれば、あれが最初で最後の「セックス」という奴だった。




目を覚ますと、俺は暗く冷たい浜辺に仰向けになっていた
頭の上には月が光り輝いている。
辺りには誰もいなかった。
岩の上に一匹の人魚がいた。
「おい、お前!他の仲間をどこにやった!?」
彼女は海のほうを向いたまま、
「彼ら自身の選択よ。彼らは快楽を求め私達の『夫』なったの。
覚えてないでしょうけど、あなたはそれを拒んだ。
これからあなたには多くの出来事にあうことになるわ。
何世紀も生き続け、多くの者と出会うことになる。
さあ、お行きなさい。また会いましょう。坊や。」
と人魚は冷たく、そしてどこか悲しげにそう言った。
 
あれから1000年余り。
俺が歳を取ることなく生き続けている。
俺は旅をし、さまざまな化け物を見てきたが、あの日のことを忘れることはないだろう。

俺はさまざまな化け物と出会うことは、あの日に運命付けられていたのだと思う。