ストレンジさんから戴きました!
ありがとうございます!


!注意! 本物語に登場する人物、団体、事件などはフィクションであり、実在の人物、
     団体、事件などとは一切何の関係もありません。
     また、主人公の名前など、一部設定は本物語のために作者ストレンジが設定
     したものであり、原作者のクロスさんの設定とは異なる場合があることをお
     断りしておきます。

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   ☆ EXシナリオ 理梨編『サキュバス的ヴィタ・セクスアリス』☆
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 すがすがしい空気が窓から流れ込んでくる、気持ちのいい朝。
 我が家、瀬良家の台所からも、おそらくは他の家々と同じく、俺――瀬良静流(せら・
しずる)の握る包丁が野菜を刻み、まな板を叩く小気味よい音が響いていた。傍らのコン
ロにはフライパンが置かれ、食卓まで食欲をそそる香りが漂っている。
「よし、出来たっと」
 綺麗な黄金色に焼きあがった卵焼きを皿に載せ、野菜を添えて彩りを整えると、俺は満
足げな声と共にエプロンを外す。二つの茶碗とお椀にそれぞれご飯と味噌汁をよそると、
俺はいまだ食卓に姿を見せない妹を起こすべく、彼女の部屋に向かった。
「やれやれ、たまには朝ゆっくり寝て、あいつの作った朝飯を食いたいもんだけどな」
 ぼやきながら階段を上り、二階の俺の部屋の隣、妹の部屋へ。ドアには熊の顔をかたど
ったプレートがつけられ、「MY ROOM」と書かれている。
「おっと」
 部屋の前に立ち、ノブを握る前に俺は軽くドアをノックする。あいつからは「おにいち
ゃんならいつでもノック無しで入っていいよ!」といわれているものの、やっぱり妹とは
いえ、年頃の女の子の部屋に入るならノックするのがマナーだろう。
「しかし、あいつがそんなことを言うようになるとはなあ」
 俺は妙にしみじみとそんなことを思う。かつての妹なら、うっかりノック無しでドアを
開けようものならトラウマになりかねないような罵詈雑言を浴びせかけ心を折った後、手
近なものをぶつけて物理的に攻撃してきただろう。
 元々俺と妹は血の繋がった実の兄妹だが、いわゆる複雑な家庭の事情というヤツで長い
間はなればなれで暮らしていた。そのせいか、ひょんなことから再び一緒に暮らすことに
なったとき(それもこれも全てはあのバカ親父のせいなのだが)も、あいつは俺を見るな
り憎まれ口を叩くようなツンツンした態度の女の子になっていたのだった。
 幼少時はいっつも俺の袖をちょこんと摘まんで後に付いてくるような素直な妹が、再び
出会った時にはまるで別人のようにツンツンしていたのを見た俺のショックは計り知れな
いものがあった。正直、泣きそうになったくらいである。マジで。
「けどそれがこうも変化したのも、いいんだか悪いんだか」
 頭を掻きながら、俺は呟いた。妹の態度が俺にべったりするようなものに激変したのは、
ついこの間に起こったある事件による。その結果として妹が昔のように懐いてくれるよう
になったのは嬉しいことには間違いないんだが、それでもアレは……どうなんだろうか。
 考えても仕方ないと、俺はその問題についてこれ以上考えるのをやめる。頭を切り替え
ると、「妹を起こす」という当初の目的を果たすことにした。
「入るぞ〜」
 起こすのが目的とはいえ、寝ている所を大声で驚かせるのは可哀想なので、俺は声を抑
えあまり大きな音を立てないようにドアを開ける。
 部屋の中にはきちんと片付けられた机にペン立てが置かれ、少女マンガと共にやたら分
厚くおそらく内容も難解であろう学術書や専門書が並ぶ本棚がその隣にあった。部屋の片
隅にはあいつの好きな熊のぬいぐるみが、大きなものから小さなものまで数多く並べられ
ている。
「お〜い、そろそろ起きろ……っていねえや」
 室内に足を踏み入れてみたが、予想に反して妹の姿はなかった。女の子らしく可愛らし
い色とデザインのカーテンは閉められているが、ベッドに乱れた様子は無い。どうやら、
昨夜はここでは眠らなかったようだ。
「ってことは、あそこだな」
 自室にいない場合、妹がこの家で寝るような場所はあと二つだ。そのうちの一つである
俺の部屋にいなかったのは起床時に確認済みなので、答えは消去法で最後の場所となる。
 俺は妹の部屋を出ると、階段を一階へと下り、さらにその下の階へと向かう。何を隠そ
う、この家にはバカ親父の作った地下室があるのだった。
 階段を折りきった先にあるドアにたどり着くと、俺はドアを叩く。ノックに反応はなか
ったが構わず開け、中に脚を踏みいれた。
「……ほんと、相変わらずの混沌だな」
 呆れを隠しもせず、俺は呟く。そこそこの広さのある室内、その隅には親父が持ち込ん
だと思しきがらくたがうずたかく積み重なっている。多分、あそこから山を崩さず目当て
のものを発掘することは不可能だろう。そもそも、俺が必要とするようなものがあの中に
あるとは思えないが。
 そして部屋の中央に置かれた台の上には、フラスコやビーカー、実験室にあるような器
具、小型のドリルやはんだごて、紋章の書かれた紙、細かな電子部品といったものが散乱
していた。その殆どが一般の家庭で見ることのないものだ。壁際の戸棚の中には何が入っ
ているのかなんて、確かめたくもなかった。
 床にはゲームに出てくるような魔法陣が描かれ、ご丁寧に(火は消えていたが)蝋燭ま
で立っている。魔法陣の中心にあった名状しがたきものが視界に入る瞬間、反射的に俺は
目をつぶった。どう考えても見ないほうがいいに決まっている。
 魔法陣の周辺には化学式やら妙な図形が書かれたノートが数冊置かれ、それと共に羊皮
紙の上にミミズがのたくったような字がびっしりと書き込まれた古びた本が広げられてい
る。その混沌の光景を見、俺は思わず天を仰いだ。
「何やってんだよこいつは……」
 溜息を吐き出した俺は、視線をがらくたの山と反対側の部屋の隅に置かれたソファで丸
まり、眠る一人の少女に向ける。
「すぅ……すぅ……」
 俺の視線の先、タオルケットに包まれて静かな寝息を立てているのが妹、夜麻里理梨
(よまり・りり)である。家庭の事情で苗字は違うが、れっきとした俺の実の妹だ。
「おーい、起きろ理梨。朝飯できたぞー」
「すぅ……くぅ……すぅ……」
 俺は理梨に歩み寄りつつ声をかけるが、彼女はわずかに身じろぎをするだけだった。
「そろそろ起きねーと飯食う時間無いぞ、遅刻しちまうぞー」
 俺はタオルケットに手をかけ、ばさりと取り払う。その下からは15という年齢にして
は未成熟な……というよりも幼いといった方がしっくり来る身体が姿を現した。その胸に
ぎゅっと抱いたくまのぬいぐるみが彼女の幼い印象をさらに強めている。それでも、透け
るほど薄手のキャミソールを纏ったその姿は、女の子らしく可愛らしい魅力に溢れていた。
「うぅん……」
 身体にかけていた布を取り上げられた妹は、無意識に身体を丸め寝返りを打った。俺に
背を向け、再び寝息を立て続ける。
「ほれ、いい加減目ぇ覚ませ」
 軽く揺さぶってみるかと手を理梨の肩に置いた瞬間、妹の身体がびくんと跳ねる。その
拍子に彼女から、人間の身体には存在しないはずのモノが飛び出した。
 それは、妖しげな紫色をした蝙蝠のような羽と、同じく紫色をした細く、先端がハート
のような形をした尻尾だった。同時に、さらさらとした髪の間からは一対の角が姿を現し、
いつの間にか耳も三角に尖っている。
 そんな姿を持つものは、人間ではありえない。そう、俺の妹、今目の前にいる理梨はサ
キュバスと呼ばれる魔物なのであった。まあ、生まれたときから魔物だったわけではなく、
彼女もかつてはちゃんとした人間の女の子であった。そもそも同じ両親から生まれた俺は
正真正銘の人間だし。彼女は、先ほどもちょっと触れたとある事件の結果、人間ではなく
魔物の女の子――サキュバスになってしまったのである。その事件についてはここでは割
愛するが。
 さてそれはそれとして。いい加減時間も惜しいし、よそった飯も冷めるだろうから目の
前の妹サキュバスを起こさなくてはならない。
「しかたないな、最終手段で」
 俺は羽や尻尾と共に理梨の身体、その半身に浮かび上がった桃色の紋様をちらりと見や
る。しかし俺の視線にも気付いた様子はなく、その間にも彼女は心地よさそうに眠り続け
るだけであった。
「よし……いくぞ!」
 目を閉じて息を吸い込み、理梨の頭に手を当てる。そのままわしわしと妹の金色の髪を
(サキュバスに変身すると、彼女の髪は明るい金色に変わるのだ)をかき回すかのように
激しく頭を撫でてやった。
「ふゃあああぁぁぁぁっ!!」
 直後、悲鳴だか喘ぎだか判別のつかない叫び声が理利の口から迸る。飛び跳ねるように
起き、周囲を見回す。傍らに立つ俺の姿に気付くと、彼女は顔を真っ赤にしたまま俺を見
上げた。
「あ……。お、おにいちゃん……」
「おはよう理梨。目、覚めたか?」
「う、うん……」
 目をとろんとさせ、ぼおっとした表情で理梨は頷く。元々妹は朝が弱い方だが、この状
態の理由はそれだけでもなかった。彼女の半身に描かれた、不思議な紋様。俺も詳しくは
知らないのだが、どうやらこれは自分の身体に受ける快楽を増幅する効果があるらしい。
 俺も理梨から聞いただけなので、実際それがどのくらいの効果なのかはよく分からない
のだが……ほんの数秒頭を撫でただけで頬を真っ赤に染め、切なげな息を吐き出す辺りを
見るに、並みの快感ではないのだろう。ある意味、おっそろしい効果だ。
 はぁはぁと荒い息をようやく治めた理梨に、俺は声をかける。
「わり、ちっと強くやりすぎたか?」
 心配して顔を覗き込む俺だが、彼女はふるふると首を横に振った。
「ううん、大丈夫。ちょっとびっくりしただけ」
「そっか? いやならいやって言えよ? そしたら次からはもうちょっとまともな起こし
方に……」
「だ、だめっ!」
 理梨は俺の言葉を強い調子で遮る。驚いて思わず妹の顔を見返すと、彼女は上目遣いで
俺を見つめ、消え入りそうな声で囁いた。
「や、やだ。なでなでで起こすのやめちゃやだ……! お、お願い、おにいちゃん、なで
なでやめないで……」
 すがりつきながら懇願され、理梨の柔らかな身体を服の上から感じた俺は内心鼓動が早
まるのを押し隠して答える。
「わ、わかったわかった。こ、これからもちゃんと撫でてやるから」
「ほんと……?」
 理梨の潤んだ瞳にどぎまぎしながらもなんとかそれだけを言うと、彼女はようやく身体
を離してくれた。安堵と共に少しばかり残念な気になりながらも、俺は口を開く。
「そ、それじゃ、飯にしよう。もう上に用意してあるから、理梨も早く来いよな」
 俺は理梨に背を向けると、部屋の出口に向かう。やれやれ、これでようやく朝飯が食え
ると思ったのもつかの間。部屋を出ようとした俺は、服が何かに引っかかったかのように
身体を思いっきり引っ張られた。
「ぐえ」
 首が絞まり、思わず蛙が潰されたような声を発してしまう。振り返ると、妹が俺のシャ
ツのすそをその手に摘まんでいた。一瞬、かつて俺たちが小さかった頃の光景が脳裏にフ
ラッシュバックし懐かしく思えたものの、それはそれ。今は懐かしさに浸っている場合で
はない。朝の時間は貴重なのだ。飯を食ったら弁当もつめなきゃならないし。
「……おい理梨。時間もなくなるし、シャツが伸びるからその手を離してほしいんだが」
「や」
「や、って言われてもなあ」
 俺の頼みはたった一言で却下される。こちらを見つめる理梨の瞳は明らかに不機嫌だ。
一体何が不満なんだかと息をつく俺を見、彼女はシャツをぎゅっと握り締める。
「おはようのキスがまだだもん」
「……はい? なんだって?」
 反射的に聞き返した俺に対し、理梨は口を尖らせる。
「おはようの、キス。してくれなきゃ離さないもん」
 理梨はそのまま俺をじっと上目遣いに見つめていた。そこには期待とともに強い意思が
表れている。こいつは俺が言う通りにするまで意地でも動かないだろうし、俺のことを離
す気もないだろう。そういう頑固なとこは昔っから、それこそサキュバスになっても変わ
っていないのである。
 しかし、なんだかサキュバス化した後のこいつは、性格まで元々幼かった見た目通りに
なってしまったのではなかろうか。いや、はなればなれになる前の理梨も俺にべったりで
はあったが、今のこいつはあの頃以上だ。ここまで来ると単に好かれているとかを超えて
兄依存症なレベルである。
「あ〜……、それやったらシャツ離して、ちゃんと朝飯食うか?」
「うん」
 俺の言葉に、理梨は素直に頷く。照れくささにしばし頭をかいていた俺は覚悟を決め、
彼女の髪をかき上げる。
「ゃぁ……」
 肌に触れられくすぐったそうにしている妹の顔を目にしつつ、俺はその額に口付けた。
「んっ……」
 唇が触れた瞬間、理梨の口から漏れた声が耳に届き、心臓の鼓動が早まった。加えて魔
物になったとはいえ、実の妹にキスをしているという背徳感が俺の心を騒がせる。
 唇を理梨の額から離すと、幸せそうに呆ける妹の顔が目の前にあった。背後で尻尾が嬉
しそうにゆれ、シャツを離した指を額に当て、口付けた所をそっとなぞっている。
「じゃ、じゃあキスはしたからな。お、俺は先に行くから理梨も早く上がって来い」
 理梨が俺の服を離したのを見ると俺は内心の動揺を誤魔化すように早口でいい、足早に
地下室を出る。
 危なかった。あの場にあれ以上とどまってあんな妹を見ていたら、理性が持たなかった
だろう。危うくキスから押し倒してその先までやってしまうところだった。あるいは妹に
押し倒されてやられてしまったかもしれない。そんなことになったら完璧に遅刻だ。教師
に「妹が可愛かったので、ついヤってしまって遅刻しました」などと言い訳するわけにも
いくまい。
「ほんと、やれやれだぜ」
 ぼやきながら、俺は台所のある一階への階段を上るのだった。

―――――――――――――

 あの後、朝食を済ませた俺は理梨に身支度をさせ、朝飯の残りと冷凍食品の惣菜を弁当
箱二つに詰め、いつも通りに学校へ行く支度を整える。二階の俺の部屋から鞄と制服の上
着を引っつかんむと階段を下りながらブレザーに腕を通し、下で待つ理梨に声をかけた。
「理梨、忘れ物はないな? ちゃんと人間の姿になったな?」
「うん、大丈夫だよ」
 俺の声に答え、理梨が玄関を出て行く。ばたばたと家の戸締りを確認し、弁当箱をバッ
グに入れると俺も玄関へと駆け出した。
「おにいちゃん、はやくはやく!」
「待ってろ、今行く!」
 妹の急かす声を聞きながら、俺も靴を履き替え家を出た。
「おそいよ〜」
「悪い悪い……って元はといえば誰のせいだよ」
 玄関を出た家の前には赤いブレザーと濃い緑のプリーツスカートという、俺たちの通う
学校、西純(にしずみ)高校の制服を着た理梨が待っていた。流石に理梨も通学中は角や
羽を隠して人間の姿に化けている。家では基本的に見られない貴重な彼女の人間の姿であ
った。
「ほら、弁当。お前の分」
「ありがと、おにいちゃん」
 理梨の分の弁当の入った巾着を手渡し、俺たちは並んで歩き出す。
 と、ほぼ同時に隣の家のドアが開き、俺たちと同じ西純高校の服を着た少女が姿を現し
た。そのまま道路へと歩み出て、こちらに顔を向ける。
「あ、よかった丁度ぴったりだった。おはよう、静流くん、理梨ちゃん」
「おす、明日奈」
「おはよう、明日奈お姉ちゃん」
 俺たちの姿を認め、にっこりと笑って挨拶する彼女は俺の幼馴染、夢宮明日奈(ゆめみ
や・あすな)。その表情が示すとおり、明るく元気で誰にでも優しい女の子だ。実際に学
校での人気もかなりあるらしい。が、彼女もまた、理梨と同じく正体はサキュバスである。
 元々彼女とは家が隣ということもあって、俺と理梨と明日奈の3人は兄姉妹のような付
き合いを(一時理梨は離れていたが)ずっとしてきた。そのため理梨が再びこの家で暮ら
し、同じ学校に通うようになってからは毎朝この3人で通学するのは当然の流れにしてお
なじみの光景となっている。
 住宅街の中を通る道は、俺たち以外にも通勤通学途中の人々の姿がちらほら見える。俺
を真ん中に、左側に理梨、右側に明日奈が並び、俺たちは学校への道を歩き始めた。
「そういや理梨、お前昨夜は何やってたんだ?」
 ふと浮かんだ疑問を、歩きながら俺は口にする。
「あ、うん。ちょっと新しいアイテムを……」
 俺の問いに理梨は言葉を濁す。その反応から、こいつがまた夜遅くまで起きて怪しげな
道具を作ってたと確信した。朝にちらっと地下室で見た光景は、その開発の過程というわ
けだ。
 ちなみに。妹の部屋にあった分厚い学術書を見れば何となく分かるかもしれないが、は
っきり言って理梨は俺や明日奈なんかとは比べ物にならないほど頭がいい。俺と別れてい
た間の十数年間、彼女はアメリカで暮らしていたのだが、そのとき既に飛び級で大学に通
っていたというほどだ。いわゆる天才少女なのである。
 が、サキュバス化した後の彼女はどうもその頭脳を間違った方向に使っていると思う。
要は、その頭脳を活用して媚やらエッチの時に使う道具やらといった性的なアイテムばか
り作っているのだ。それもただの薬や性具ではない。妹の作る魔力の込められた品々は、
常識というものが全く通用しないのだ。
「はぁ……。頼むからあんま妙なもんは作んないでくれよ」
 溜息をつく俺とは裏腹に、明日奈は興味津々といった様子で話に食いついてくる。
「へぇ、理梨ちゃんまた何か作ったの?」
「う、うん。まだ完成はしてないんだけど」
「ふ〜ん。あ、じゃあさ、何か手伝えることあったら言ってね。なんでも協力するから」
「わぁ、ありがとう明日奈お姉ちゃん」
「あ、でもその代わりに……ね……?」
「大丈夫、完成したらお姉ちゃんにもあげるから」
「ほんと? やった!」
 サキュバス二人が盛り上がるのをよそに、俺は疲れ果てた声を出す。
「マジ勘弁してくれ……。理梨、頼むから妙なものを俺に使うなよ……」
 そんな俺の態度を明日奈がたしなめる。
「いいじゃない、静流くんのために理梨ちゃん頑張ってるんだよ」
「……うん。わたし、おにいちゃんをもっと気持ちよくしてあげたいから……。でも、迷
惑だった?」
 内容はともかく、健気な妹の言葉に思わず俺はぐっときてしまう。その俺の顔をちらり
と見た明日奈はずべてを見透かしたかのように言った。
「わあ、理梨ちゃん健気〜。大丈夫、静流くんは口ではなんだかんだ言ってるけど、本心
は理梨ちゃんのことが大好きで、エッチするのも大好きだから。ほら、静流くんって理梨
ちゃんのことになるといつも甘いでしょ?」
「うぐっ!」
 痛いところを的確に突かれ、俺は胸を押さえる。流石は幼馴染にしてサキュバス、なん
でもお見通しということか。でもそういうことは言わないで欲しい。もう嫌というほど分
かってるから。
「おにいちゃん……。嬉しい……」
 そして明日奈の言葉と俺の反応に、理梨は顔を染めて俺の手を握る。小さな手から彼女
の想いが伝わってくるような気がして、俺もまた自然とその手を握り返した。ああもう、
これだから俺は妹に甘いっていわれるんだよ。
「くすくす、静流くん、理梨ちゃん大切にしてあげなきゃダメだよ? って、そんな心配
ないかな。あ〜あ、いいなあ〜」
 羨ましそうな声を出した明日奈にからかわれながら、俺は顔を真っ赤にしつつ無言でた
だ歩くのだった。

 いつの間にか、俺たちが歩く道には俺や妹と同じ制服姿の生徒の姿が増えだしていた。
俺たちも彼らと同じ方向に足を進めながら、しばし他愛もなくとりとめもない雑談を続け
る。
 そうしてしばし歩き続けるうちに、視界に見慣れた学校がその姿を現した。
 俺たちが校門をくぐると、朝練の生徒達が既にグラウンドで練習中だった。シュート練
習をしているサッカー部や、ランニング中の野球部、トラックでは女子陸上部が短距離走
のタイムを計っていた。元気よく声を響かせる部員達を横目で見ながら俺は理梨たちと共
に校庭を横切り、校舎の中に入る。
 昇降口や廊下には既に登校した生徒達の姿がそこここにあり、彼らの声が建物内に活気
を漂わせていた。おはようと言い合う女子とか、既にあーだりぃ、帰りてぇとか言ってる
やる気のない男子とか。挨拶やおしゃべりする生徒の声を聞きながら、昇降口に並んだ下
駄箱に履き古したスニーカーを突っ込み、かかとの潰れた上履きを引き出す。ううむ、改
めて見るとかなりぼろい。
「あ〜、そろそろ新しい靴買うか」
「静流くんの、結構長く履いてるもんね。私も新しい靴欲しいんだよ〜」
 ぼやいた俺に、隣で同じく靴を履き替える明日奈が微笑む。
 仲良く並んでおしゃべりをする生徒たちと同じように、俺たちも下駄箱で靴を履き替え
て昇降口の段差を廊下に上ると、不意に理梨が少しだけ寂しそうな表情を浮かべた。
「ここでおにいちゃんとお別れ、かぁ……」
「だな」
「あ、そうだよね。理梨ちゃんは一年生だから」
「明日奈お姉ちゃんが羨ましいな。同い年でクラスも同じだし、授業中もずっといっしょ
なんでしょ?」
 明日奈を見つめ呟く理梨に、俺は苦笑しながら声をかける。
「まあこればっかりはしゃあないだろ。学年が違うんだしさ」
「でも、おにいちゃんと離れるの、やだ」
 しかし理梨は納得できないのか、俺のシャツを摘まむ。
「ほら、あんまりわがまま言うなって。それにお前、どうせ休み時間と昼休みには俺のと
こ来るんだし。な、いい子だからがまんしてくれよ」
 俺がそう言いながら妹の頭を軽く撫でてやると、理梨は嬉しそうに目を細める。それで
ようやく満足してくれたのか、彼女は俺から手を離し、頷いた。
「うん……わかった、それじゃおにいちゃん、また後でね」
 手を振りながら理梨は一階の一年生の教室へと向かう。その姿を見送った俺と明日奈も
二階、自分達の教室へと向かうべく、階段を上った。

 明日奈と並んで階段を上り、廊下で談笑する生徒達のそばを通り抜けて俺は教室へと向
かう。この学校は結構なマンモス校で、二学年は9クラスある。俺のクラスである8組は
廊下の端っこから2番目なのだ。当然、階段を上った後もそこそこ廊下を歩く距離がある。
 だらだらと歩いていると、その途中で明日奈が俺に話しかけてきた。
「隣で見てると思うけど、静流くん、やっぱり理梨ちゃんには優しいよね」
「そうか?」
 明日奈の言葉に、俺は声を返す。それに彼女はちょっとだけ呆れ顔で言った。
「うん、優しいって言うか、駄々甘」
「まじか……ちっと過保護すぎたかなあ」
 登校中にも言われたことを再度指摘され、流石の俺も少し考え込む。
 思えば理梨がサキュバスになってしまってから、幼い頃に戻ってしまったかのように俺
にべったりな妹を守ってやらなきゃ、と心のどこかで思っていたのかもしれない。それに、
妹とはいえ……女の子が俺を好いてくれるというのは嫌ではなかったし。
「いいんじゃないの? 兄妹の仲がいいのは悪いことじゃないんだし。むしろこれからも
静流くんは理梨ちゃんにばんばん優しくしてあげるべきだよ」
 だが、その言葉を言った当の明日奈は、別に俺を責める風ではなかった。何でそんなこ
とをいきなり言い出したのかいまいち彼女の真意が分からない発言に、俺は苦笑する。
「なんだよそれ」
「ほら、やっぱり静流くんはお兄ちゃんなんだし、妹の理梨ちゃんのことはちゃんと守っ
てあげないと」
「いや、守るのはいいけどさあ。これ以上シスコンって言われんのはたまんねぇよ」
 多分一人っ子の明日奈は、俺たち兄妹にあんまりにも仲いいところを見せられたせいで、
ちょっと羨ましくなったんだろう。それで俺たちのことをからかいでもしているのだろう
と思った俺は、笑いながら顔を彼女から逸らす。
「……けど、少しくらいは、私も甘やかして欲しいな……」
 だが、そのせいで俺は少しだけうつむいた彼女が呟いた言葉を聞き取ることは出来なか
った。
「え? ごめん、聞こえなかった。明日奈、なに?」
「ううん、なんでもない」
「そうか? なら、いいけどさ」
 俺が再び明日奈のほうに振り返ったときには、彼女はもういつもの明るい笑顔を浮かべ
ていた。少しだけ釈然としないものを感じつつも、無理に聞き出すのも変な気がして俺は
そのまま足を動かすのだった。

「いつも思うけど、どう考えても8、9組は階段から遠くて不公平だよな」
「そうだよね〜」
「火事のとき、絶対逃げ遅れるよな。普段だって階段に近いクラスなら間に合ったのに8
組だったから遅刻、ってことありそうだし」
 ようやく8組の前までたどり着いた俺は、ぼやきながら引き戸に手をかけ開ける。ドア
の下につけられた滑車がレールの上を滑る音を聞きながら俺は教室へと足を踏み入れ、後
に明日奈が続いた。
 そのまま自分の机に向かおうとした俺に、やたらと高圧的な女生徒の声が響く。
「遅いわよ瀬良静流! まったく、このわたくしを待たせるとはどういうつもりかしら?」
 もうその声としゃべり方だけで、顔を見なくても相手が誰なのか分かる。
 声の主の彼女は明日奈と同じ俺のクラスメイト、逢間佐久耶(あいま・さくや)だ。彼
女もまた、明日奈や理梨と同じように元は人間だったがサキュバスになってしまった女の
子である。
 元々は気弱で地味な女の子だったのだが、サキュバス化の際に何かあったのか、今では
やたらと強気で自信家の性格になってしまった。おまけにかつては目立たなかった美貌と
色気を前面に押し出すようになったことで、男子生徒はいうまでもなく、女子生徒すら数
多く従えているという話だ。噂ではファンクラブや親衛隊とかいうものまであるらしい。
実際、かなりの数の生徒に対して大きな影響力を持っているのは確かなようだ。
 そのくせ、彼女は何故か俺にやたらと執着しているのだ。そのため俺はいらん嫉妬を方
々でかう羽目になっている。まあ、何も知らない人から見れば、美少女から言い寄られる
というのは羨ましい光景なのかもしれない。
 が、はっきり言って彼女を相手した場合ろくなことにならないのだ。それはもう嫌とい
うほど分かっていたので、俺は声のした方向を向かずに、背後の明日奈に振り返った。
「明日奈、一時間目なんだっけ?」
「え? えっと……あ、ほら英語だよ」
 いきなり尋ねられ、きょとんとしつつも明日奈は黒板の隣に張られた時間割を指差す。
「そっか、英語ね。んじゃ辞書取ってこないと」
 それを見て俺も頷き、廊下のロッカーから英和辞書を取ろうと踵を返した。
「ちょっと! 何いきなり無視してるのよ!? 瀬良! ほら、こっち見なさい!」
 一瞬視界にロングヘアの高飛車そうな女子と、彼女を取り巻く男女数人が映ったが、俺
は気にせず廊下へと向かい、自分のロッカーから辞書を取り出す。
「いい加減にしないと怒るわよ! 瀬良! いいからこっち来なさいよ!」
 再び教室に入り、自分の机に鞄をかけると、俺は椅子に腰を下ろした。遠くで女生徒が
ぎゃあぎゃあ言っているようだが、触らぬ神に祟り無しとも、君子危うきに近寄らずとも
言うし、放っておくのがいいだろう、主に俺の平穏のために。
 傍観……というよりも完全に無視を決め込む俺に、隣の席に座った明日奈が声をかける。
「ね……逢間さん怒ってるけど、いいの?」
「さーなぁ。俺に言われましても」
 それに適当な返事を返していると、前の席の男子生徒、俺の悪友がこちらを振り返りニ
ヤニヤしながら声をかけてきた。
「おーおー、流石に通学路で幼馴染と妹を侍らすモテモテ君は言うこと違うねえ。クラス
どころか校内でもファンの多い逢間佐久耶を放置プレイですか」
「うっせーな蓮司、ほっとけ」
 俺にからかいの言葉をかけるクラスメイト、須藤蓮司(すどう・れんじ)を睨みつけな
がら、机に突っ伏す。
「しかしマジでいいのか? 逢間の呼びつけ無視してよ。逢間の取り巻きの連中もお前の
ことよく思ってないし、後々面倒だぜ?」
「あ〜……そうだよね。いいの? 静流くん?」
 蓮司の言葉に明日奈も少しだけ心配そうな声を出す。
「いいよもう。どうせ行っても行かなくても面倒ごとなんだから。それとも何か、お前ら
は俺にあそこへ行って欲しいのか?」
 顎を机に乗せたまま、俺は騒ぎ続ける佐久耶を指差す。いまだに怒った顔のままの彼女
を取り巻く連中が何とかなだめようとしているものの、まるで効果は上がっていないよう
だ。
 その光景を見、二人はそろって微妙な表情を浮かべた。
「いや……まあ、あれはな」
「うん、行かない方が……いいかも」
「だろ?」
 まったく、家でも学校でも気が休まる暇がないってのはあんまりじゃないか。せめて無
用なトラブルは回避させてもらいたい。
「だから、な? 少しくらい休ませてくれ……」
 授業が始まるまでのわずかな時間、せめて少しでも身体を休めようと俺は目を閉じるの
だった。

―――――――――――――

 あっという間に午前中の授業は終わり、昼休みである。生徒にとって貴重なこの時間、
その一分一秒を惜しみ生徒達は各々の行動に移る。俺のクラスでもチャイムと同時に教室
を飛び出し購買に向かう者や、仲のいい生徒のグループが輪になって弁当を広げ、会話に
花を咲かせている光景があちこちで見られた。
「ふぃー、ようやく午前終わりか。あ〜、だりぃ」
 伸びをする蓮司を見ながら、俺は呆れ声を出す。
「お前殆ど寝てたじゃねーか」
「眠らずに真面目に授業聞ける瀬良がおかしいんだよ。あれはな、催眠魔法の一種だ」
「え、そうなんだ?」
「んなわけがあるか」
 隣の明日奈が初めて知ったとばかりに声を上げる。それにつっこみを入れながら俺はバ
ッグから弁当の包みを取り出した。
「あ、瀬良君。妹さんが来てるわよ」
 教室の入り口に立つクラスメイトの女子が俺に声をかける。名前を呼ばれ、ちらりと入
り口に目をやれば、弁当箱の入った巾着を下げた理梨がドアの影からこちらを見つめてい
るのが見えた。
「お、あいつ早いな。んじゃ明日奈、昼飯はどうする? 屋上でいいか?」
 いつものように明日奈を誘って屋上に行くかと思い声をかけたものの、彼女は残念そう
な顔を作り、首を振る。
「あ、ごめん。今日はちょっと用事があって。私のことはいいから、静流くんと理梨ちゃ
んで食べて」
「そうか、蓮司は?」
「俺も購買で買って済ますよ。ほら、妹さん待ってるんだろ。邪魔する気はないから、さ
っさと行ってこい」
 蓮司にも声をかけてみるが、同じように断られる。
「ああ、んじゃまた後でな」
 手をひらひらさせて早く行けと促す彼らに声をかけ、俺は弁当の包みを持って教室を出
た。ドアをくぐり廊下に出ると、すぐさま理梨が駆け寄ってくる。
「おにいちゃ〜ん」
「わるいな、待ったか?」
「ううん、全然」
 俺を見るなり顔を輝かせる妹の頭に軽く手をやり、俺は髪を梳いてやる。気持ちよさそ
うに目を細めて俺のなすがままになる理梨を見ていると、何だか幸せな気持ちが胸に溢れ
てくるようだった。嬉しそうな理梨の顔に俺も思わず頬を緩める。
 そうしてお互いに見つめ合っていると、不意に後ろから声をかけられた。
「あ〜、お二人さん。仲が非常によろしいのは結構なんだが、せめて違う場所でやってく
れないか?」
「っ!?」
 思わずびくりとした俺に、背後の声が続ける。
「ほんと、夢宮の言う通り駄々甘だな……」
「あ、あはは……」
 ぎくりとして振り返ると、呆れ顔の蓮司と困ったような笑顔を浮かべる明日奈が立って
いた。
「お、お前ら……どこから見てた?」
「どこからも何も、さっきから教室にいたんだから全部に決まってるだろ」
「あ、あぅぅ……」
 蓮司の言葉に、理梨は顔を真っ赤にする。一部始終を見られ、妹と同じく顔が熱くなっ
た俺は、思わず悪友に八つ当たり気味に怒鳴った。
「み、見てんじゃねーよ! お、お前ら用事はどうしたんだよ!」
「いや、お前の立ってるそこ、教室の出入口だから。二箇所あるうちの一個塞いでいちゃ
いちゃされると、流石にいろいろ困るんだよ。教室出ようとすると、嫌でも目に付くんだ
し。ほれ、周り見てみろ」
 彼に言われるまま周囲に目を向けると、ようやく俺は教室と廊下にいる生徒の多くがこ
ちらに目を向けているのに気付いた。微笑ましいものを見るような視線の女生徒や、堪え
きれずくすくす笑いを漏らす女生徒、はたまた嫉妬にまみれた目で睨みつける男子の姿も
ある。
 そこでようやく、俺は昼休みの廊下という人目の多い場所で、妹とはいえ女の子とじゃ
れつくということの意味、そしてそれが周囲へ及ぼす影響を把握した。
 その俺の肩に、蓮司の手が置かれる。
「な? もうちょっとお前は周囲にも気を配った方がいい」
「うぅ……」
「あぅ……」
 最早羞恥のために思考は停止し、俺たち兄妹は反論どころかまともな返事すらできなく
なっていた。既に顔は先ほど以上に赤く、熱くなっている。隣をちらりと見れば、理梨も
同じような状態であった。
「ま、まあ、仲いいのは悪いことじゃ……」
 真っ赤になってしまった俺たちをフォローしようと明日奈が何かを言いかける。それよ
り早く、俺は理梨の手を掴むと駆け出していた。
「わ、わわ、おにいちゃん、まって……っ」
 手を引かれ、身体を引っ張られた理梨が出した慌てた声を背後に聞きながら、俺は全力
で廊下を駆け抜け、階段を駆け上がる。
「あ〜あ、ありゃ、シスコンだのバカップルって称号もあながち間違いじゃねえな」
「いいなぁ……」
 蓮司と明日奈のそんな呟きが俺の耳に届いた気がしたが、俺は幻聴だと自分に言い聞か
せてその言葉を頭から締め出し、理梨と手を繋いだまま屋上へと向かうのであった。

―――――――――――――

「あー……ここまでくればいいか。うぅ、思い返しただけでも死にたくなる……」
 階段を上りきった先にあるドアを開け、俺はフェンスで囲まれた屋上に出る。流石にこ
こまでついてくるような野次馬はいないようで、背後に追いかけてくる人の姿も気配もな
い。来たところでなんの楽しみもなく、行くまでにわざわざ階段を上らなければならない
屋上の人気はいまいちで、今日も俺たち以外の生徒はいなかった。
 ようやく周囲の目から解放され、俺はやれやれと息を吐く。
「なんつうか……迂闊だったな。理梨、なんかごめんな」
 ようやく落ち着きを取り戻した俺は、軽率な行動で恥ずかしい思いをさせてしまったこ
とを妹に謝る。だが、彼女はそれほど気にした様子はなく、首を横に振った。
「ううん、大丈夫、気にしてないよ。それにね、わたし、おにいちゃんに撫でてもらうの
も、さわってもらうのも大好きだから」
「そ、そっか」
 妹の素直な言葉に、俺は再び顔を赤くする。その照れを誤魔化そうと口を開こうとする
より先に、理梨が頬を染め、もじもじとうつむいた。
「うん、さわってもらうのは大好き。で、でもおにいちゃん。えっと……あの、ね。そ、
その……そろそろ、手を」
「手?」
 言われるがまま俺は自分の腕に視線を落とす。弁当の包みを持った右手と反対側、左手
はいまだにがっしりと理梨の小さな手を握っていた。そういえば無我夢中だったので忘れ
ていたが、俺は妹とずっと手を繋いだままだった。
「あ……っ」
「んっ……」
 思わず力を入れてしまった瞬間、理梨の口から熱っぽい吐息が漏れた。そういえば、理
梨の上半身には快楽を増幅する模様が刻み込まれてしまっているのだった。普段なら手を
繋いだくらいは大丈夫なのだが、今回は先ほどの羞恥により精神状態が平静のものでなか
ったために、感じてしまったのだろう。気のせいか、妹の手はどんどん熱くなっているよ
うに思える。
 そして、理梨の手を握っていると一度認識してしまうと、しっとりと汗ばんだ彼女の手
のひらの感触が先ほど以上にはっきりと伝わってきた。それだけで、無意識のうちに心臓
の鼓動が早くなる。
「あっ!? わ、わりい」
「あ……」
 内心の動揺に、反射的に手を離す。その瞬間、理梨の表情にはかすかに名残惜しそうな
表情が浮かんだ。離してと自分で言い出しておきながら、いざ手を離されると寂しそうな
目をする妹を見るのは何となく辛くて、俺はつい思いつくままに口を開く。
「ほ、ほら。なんなら後でまた手は繋いでやるから。な? とりあえず飯にしようぜ?」
「……うん。ありがとう、おにいちゃん」
 俺の言葉ににこりと笑った理梨を見、こっそりと安堵の息を吐く。
 俺たちは手近な段差に腰掛けるとそれぞれの弁当を広げ、昼食とすることにした。
「それじゃ、食べるか」
「うん、いつもありがとう、おにいちゃん」
「いいって、それじゃ、いただきまーす」
 ケースから箸を取り出し、弁当の蓋を開ける。ご飯と朝の余り物、そして冷凍食品をつ
めただけの簡単な弁当だが、理梨はおいしそうに食べてくれた。そんな様子を横目で見な
がら、俺もまた飯をかきこむ。
「わたしの友達がね、おにいちゃんのお弁当に感心してたよ。毎日手作りで二人分も作る
なんて、すごいねって」
「はは。お褒めの言葉はありがたいけど、正直残り物とかだからなあ」
「それでもすごいよ! わたし、おにいちゃんの作るお弁当毎回楽しみなんだから」
 理梨の言葉に照れくささを感じながら、俺は端を動かす。
 しばしの間、お互いのクラスでの出来事や放課後の予定、理梨からの夕飯のリクエスト
など、俺たちは他愛もない話をしながら弁当をつついた。
 ほどなくして二人とも食べ終わり、空になった弁当箱の蓋を閉めた。
「ごちそうさま〜」
「あいよ、おそまつさま。あ〜くったくった……」
 手を合わせてごちそうさまと言う妹に声を返しながら、俺は頭の上に組んだ手を伸ばし
背筋を伸ばす。
 そこで、そういえば今日は飲み物を買っていなかったことに気付いた。いつもは教室を
出た後に自販機で買ってからここにくるのだが、今日はどたばたしていたのですっかり忘
れていたのだ。
「あ〜……ジュースでも買ってくるか……」
 気付いてしまうと何だか喉が渇いてしまうのが人間である。まだ昼休みは残っているは
ずだし、ちょっと買いにでも行くかと俺はぼんやり思う。だが身体を起こそうとした瞬間、
俺の眼前に理梨が水筒を差し出した。
「はい、おにいちゃん。のど渇いちゃったんでしょ?」
「お、さんきゅ」
 絶妙のタイミングで渡された水筒のコップにスポーツドリンクを注ぎ、俺は一息で飲み
干す。よく冷えた液体が喉を潤し、俺の身体ににさわやかさと潤いを与えてくれた。
「うめぇ〜。やっぱこう、ジュースは冷えてなきゃな。理梨、ありがとな」
「ううん、よかった。好きなだけ飲んでいいからね」
「いいのか? なんか悪いな」
 コップに注いだドリンクを飲み干す俺を、理梨はにこにこと嬉しそうに見つめる。
「そういえば理梨、よく水筒なんて持ってきてたな。それにこんなスポーツドリンク、家
にはなかったと思うけど」
 ごくごくとのどを潤しながら発した問いに、理梨は笑顔のまま答える。
「あ、うん。それわたしの手作りだから」
 その言葉を聞いた瞬間、俺は動きを止めた。さび付いた玩具のロボットのようにゆっく
りと首を回し、妹へと顔を向ける。
「なん……だと……? おい理梨、今なんて」
 知らず声が震える俺を気にした様子もなく、彼女は上機嫌のまま言葉を発した。
「えっとね、前からおにいちゃんのために作っておいたの。なかなか飲んでもらう機会が
なかったけど、おいしいって言ってもらえてよかった〜」
 本来なら、妹が手作りのドリンクを作ってくれたことに感動するべきなんだろうし、実
際味はよかったのだが、俺は素直に喜ぶことが出来なかった。理梨が作ったものというの
であれば、これは間違いなくただの手作りスポーツドリンクなんぞではないだろう。おそ
らく……いや、100パーセント彼女の発明品の一つに違いない。しかも、効果は確実に
エッチの時に使うようなものだ。
「ちなみに理梨。参考までに聞きたいんだが、このジュースどういう効果だ?」
「え? うーん、そんなに大した効果じゃないよ。おにいちゃんいつも大変そうだし、元
気が出るようにって作ったヤツだから」
「そ、そうか……心配してくれてありがとな」
 妹の口から語られた内容は、想像していたものよりはずっと普通な効果だった。彼女の
言うとおりならば、このジュースはちょっとキツめの栄養剤か眠気覚まし程度だろう。考
えようによっては午後の眠気を吹き飛ばすのにもってこいともいえる。
 そんな楽観をしていた俺は、突然体が火のように熱くなったのを感じた。
「……ぐっ!?」
 思わず呻いてうつむいた先、ズボンの股間部分は布地が持ち上げられ、立派なテントが
張られていた。驚いて見つめる間にも股間は盛り上がり、既に痛いくらいになっている。
「おい理梨。ちょっととんでもないことになっている気がするんだが」
 俺は困惑しつつ妹に声をかける。その言葉に俺の股間を覗き込んだ彼女は小さく「わぁ」
と漏らすと、顔を輝かせた。
「よかった、ちゃんと効果出てた」
「いや待て、元気っちゃ元気なのかもしれないが、これは明らかに意味が違うだろ」
 呆れつつ妹につっこみを入れた俺だったが、直後全身が心臓になったかのようにどくん
と大きく震えた。同時に身体の中で激しい熱が生まれ、視界をぼやけさせていく。
「や……べっ……」
 その熱は、女を貪る欲情が発したものだと悟った俺は歯を食いしばって耐えようとする。
だが、耐えようとすればするほど性欲は熱さを増し、理性は蕩けていった。
「おにいちゃん、大丈夫?」
 俺の視界いっぱいに、こちらを覗き込む理梨の顔が映る。それだけで、抗いきれない渇
きが俺の心を乱した。彼女と一つになりたい、彼女を思う存分貪りたいと俺の中の何かが
叫ぶ。
「はぁ……っ、り、理梨……」
 離れろと言おうとした俺の口からはただ妹の名だけが発せられ、俺の手はいつの間にか
彼女の華奢な肩に置かれていた。それに理梨は嬉しそうな表情を浮かべ、角や羽、尻尾を
露にしたサキュバスの姿に変わる。
 見慣れた制服と、サキュバス姿の妹というミスマッチな組み合わせに俺は妙な興奮を感
じる。それを見透かしたかのように、理梨は優しく微笑んだ。
「おにいちゃん、わたしが欲しいんだよね……。いいよ……だって、リリムはおにいちゃ
んのものだもん……」
 リリムという名のサキュバスの姿になった妹の瞳が俺を見つめ、彼女は自分から俺に口
付けた。柔らかな唇が触れ合うだけで、俺は自身が蕩けるような錯覚を感じる。
 そして、それが限界だった。
 俺は理梨を押し倒すと、その上に覆いかぶさるように唇を押し付ける。理梨の小さな舌
に俺の舌を絡め、彼女の口内を蹂躙するかのように舐め回した。
「んっ……ぁっ……んちゅ……ちゅ、ぷぁ……あっ……」
 舌を絡め、キスを続けながら、左手は制服の上から可愛らしい胸を撫で回し、右手はス
カートの中にもぐりこむとすぐさま下着を下ろし、既に濡れそぼった妹の割れ目を乱暴な
ほどに弄くりまわす。その度にルーンで増幅された快感が妹の身体を駆け巡り、尻尾と羽
がびくびくと震え、小さな口からは喘ぎが上がった。
「あっ、あっ……やっ、おにいちゃん、はげし……っ、よぉ……」
 俺が手を動かすたび、妹の幸せそうな声が耳に響き、興奮を高めていく。それがさらに
俺の責めを激しくさせ、彼女の身体を震えさせた。
「やぁ……あっ、おにぃ、ちゃ……ぁ、あああぁぁっ」
 やがて、理梨は小さく叫び声を上げ、俺に抱きついたままの身体から力が抜ける。そっ
と俺の背に回された妹の手を解き、軽く達したらしい彼女を横たえると、俺は息を荒げな
がら慌しくズボンと下着を脱ぎ捨てた。露になった下半身からは、既に俺の肉棒が立ち上
がり、挿入を待ちきれないとでも言いたげに硬くなっている。
「はぁ……はぁ……、り、理梨……」
「うん……いいよ、きてぇ……」
 寝転がったまま嬉しそうに顔を朱に染めた理梨が、俺を招くように両手を広げる。既に
理性を失い、情欲のままに動く俺は彼女の言葉を聞くが早いか、まるで突進するかのごと
く、しとどに濡れた小さな割れ目に勢いよく剛直を押し込んだ。
「ふあぁっ、あっ、おにいちゃんのがぁ……はいってくるよぉ……」
「くっ……あぁ……」
 水音を立てて俺のものが理梨を貫いた瞬間、彼女は至福の表情を浮かべる。俺は膣内の
キツさに息を漏らしながらもそのまま腰を進め、根元まで自分のものを押し込んだ。
「ふぁ、ああっ、おっきい、よぉ……。おにいちゃんので、リリムの、膣内、あ……っ、
いっぱいに、なっちゃぅ……」
「ぁあ……く……すご、締め付けて……」
 ただ膣内に入れているだけでも、理梨は俺のものをぎゅうぎゅうと締め付けてくる。気
を抜けばすぐにでも出してしまいそうになるのを歯を食いしばって堪え、理梨の尖った耳
元で囁いた。
「理梨……うごく、ぞ……」
「いいよ、おにい、ちゃん……いっぱい、して……。リリムを、おにいちゃんの……好き
にして……いいから……」
 快感に蕩け、途切れ途切れになりながらも囁く理梨の声に頷き、俺は腰を動かし始める。
肉と肉がこすれあい、お互いに強烈な快感をもたらしていく。
 妹の身体を貪ることだけで満たされた俺の思考は、彼女の体から得られる快楽にあっと
いう間に溺れ、すぐにその動きを早め、激しくしていった。
「はぁっ、理梨、理梨ぃ……!」
「やっ、あぁ……あっ、おにいちゃ、あっ、あ……、ふぁあ……っ!」
 理梨もまた俺にしっかりと抱きつきながら、俺の動きに合わせて腰を動かし、快感を高
めていく。間近にある顔は真っ赤で、瞳は全て淫らな色で塗りつぶされていた。尻尾が俺
の身体を撫で、体の下になった羽も快楽を堪えきれないのか、ぱたぱたと動いた。
 しばし俺たち兄妹はお互いの名を呼び合いながら、ただただ互いの体がもたらす快楽を
貪りあう。
 永遠にこうしていたいと思うほどの気持ちよさを全身に感じ、俺と妹は動き続けた。だ
が、それもやがて限界を迎える。
「くっ……あ、理梨、ぐ……、おれ、もう……」
「あっ、あっ……、わたし、もっ……いく、やあっ……いっちゃいそう、だよぉ……」
 堪えきれない快感がついに俺たちの限界を超える。その瞬間、俺のものから熱い精液が
理梨の膣内に勢いよく迸った。その熱を受け、妹の体がびくびくと震える。脳を焼くよう
な快感を感じながら、俺たちはさらに強く、深く繋がろうとお互いの身体を抱きしめた。
「あ、あ……ああああああああぁぁぁっ!!」
 二人の口から大きく、長い叫び声が空気を振るわせる。
「はぁ、はぁ……」
 いまだ荒い息を吐きながら理梨から自分のものを引き抜くと、どろりとした白い液体が
零れ落ちた。俺はズボンのポケットからティッシュを取り出し、秘所を軽く拭いてやる。
妹の敏感な身体はそれだけでも感じるのか、俺が彼女の身体を清めている間もときおり小
さく震えた。
「んっ……あん……」
「わるいな、ちょっとだけ我慢してくれよ」
「うん、大丈夫。ありがとう、おにいちゃん」
 理梨の身体を拭き終わり、俺も身支度を整えると力を失った体をごろりと横たえる。一
回やったことでとりあえずは落ち着いたのか、俺の頭にも理性が戻ってきていた。同時に、
真昼間の学校で妹相手に思いっきりやった挙句、全部膣内に出してしまったことを実感し、
俺は頭を抱えて身悶えた。
「……ぐああああ! や、やっちまった……!」
 実の所、妹とするのはこれが初めてではない。「サキュバスになった時点で人間とは違
うから兄妹でもオッケーだよ!」と理梨が言うのはおいといても、そもそも妹とそういう
ことを一回でもした時点で自分がいわゆるダメ人間だというのは理解も覚悟もしていた。
 だが、いくらなんでも真昼間の学校はないだろう。しかも、薬の効果があったとはいえ、
自分の意識はきちんとあったのだ。自重できずに理性のない獣のように女の子を犯すのは
男として激しくダメすぎる。妹を守るべき兄が、自分から襲ってどうするんだ。
「あああああ……」
「お、おにいちゃん、どうしたの?」
 自己嫌悪で激しく落ち込む俺を、起き上がった理梨が覗き込む。まだその姿はサキュバ
スのままで、明るい金髪のツインテールの隣には、角が姿を現していた。
「だめだ……俺はだめだめな兄だ……。すまない理梨、あんな、あんな……ああああ」
「そんなに気にしなくていいのに……」
「でもな、やっぱりダメだろ……。学校で妹押し倒した挙句、思いっきり中出しとか万死
に値するだろ……」
「もう……しょうがないなぁ……。んっ……」
「んぐっ……!?」
 ひたすら苦悩する俺を見つめていた理梨は、突然顔を近づけ唇を塞ぐ。妹の不意打ちに
目を白黒させる俺に、彼女は優しく微笑みかけた。
「そんな顔しないでおにいちゃん。わたしね……たとえ薬のせいだとしても、おにいちゃ
んがわたしをあんなに求めてくれたってだけで嬉しかったの。さっきも言ったけど、わた
しの全部がおにいちゃんだけのものなの。だから、おにいちゃんはいつでもどこでも、わ
たしに何をしてもいいんだよ」
「理梨……」
 理梨は微笑んだまま俺の手を取ると自分の胸へと導く。柔らかな体からは、服越しでも
彼女の鼓動が感じられた。
「ほら、ね? どきどきしてるでしょ? おにいちゃんといるだけでこんなにどきどきし
ちゃうの。この音を感じると、おにいちゃんのものになれて幸せだって、いつも思えるん
だよ。だから、ね? わたしとしたことで、そんな悲しい顔しないで……」
 笑顔を曇らせ、目に涙を浮かべた理梨に、俺の中で罪悪感が膨らむ。
「ごめん、ごめんな理梨。悪かった。もう、そういうこと言わないから。だから、泣くな
よ」
 身体を起こし、妹を抱きしめる。彼女も俺に抱きつきながら、小さく頷いた。
「わたしのこと、嫌いにならないでね……」
「ああ、嫌いになんてならないから。大丈夫だから、安心しろ」
 しっかりと理梨を抱き、その頭を撫でてやりながら俺は何度も彼女に言い聞かせる。し
ばらくすると彼女も落ち着いたらしく、もう大丈夫と俺の耳元で囁いた。
 ほぼ同時に、もうすぐ昼休みの終了と生徒に告げる予鈴の鐘が辺りに響き渡る。教室に
戻る生徒達の足音や声が、風に乗って俺たちの耳にも届いた。
「げ。もう昼休みも終わりか。急いで戻らないとやべえな」
「ほんとだ。ちょっと残念、かな。できればこのままずっとおにいちゃんと一緒にいたか
ったけど……」
 身体を離した俺に、理梨は少しだけ寂しそうにうつむく。
「ま、ちょっとの我慢だから。うちに帰るまでは辛抱してくれよ」
「……うん。わかった……。そ、それじゃあおにいちゃん、お家に帰ったらまたしてくれ
る?」
「うっ……。……ああ、いいよ」
 期待に満ちた目で見つめられ、俺は一瞬答えに詰まる。だが、先ほど妹を悲しませた償
いをしなきゃならないし、彼女が喜ぶならいいかと、結局は折れてしまうのだった。
「ただし、さっきの薬みたいな妙なアイテムは勘弁してくれよ?」
 立ち上がり、ドアへと向かう理梨に俺はこれだけは言っておかなくてはと釘を刺す。
「えへへ……わかった、善処するね」
 その声に足を止め、くるりと振り返った理梨は小さく舌を出して笑い、階段を下りてい
った。
「……ありゃ、効果ないな。やれやれ……今度はどんな道具を使われるんだか」
 家に帰った後のことを想像し、疲れた声を出しながら俺は空になった弁当箱を拾い上げ
る。そのまま妹が下りた階段へ向かい、俺も屋上を後にするのだった。

―――――――――――――

 6時間目終了の鐘が鳴り、礼を済ませた教師が出て行く。すぐに教室内は喧騒に包まれ、
退屈な授業から開放された生徒達の活気が支配した。部活に向かうために鞄を持って教室
を出ていくものや、仲良くおしゃべりを始めるもの、あるいは掃除当番なのか、清掃用具
入れから箒を取り出すものなど、皆それぞれの活動を始めている。
 俺も教科書とノートを鞄にしまい、帰り支度を済ませる。前の席をちらりと見るが、既
に空であった。その席の主、蓮司は数分前の終業チャイムと同時に教室を飛び出していた。
当人が言っていたのだが、今日はどうやら彼女とのデート予定があるらしく、どこかで待
ち合わせらしい。
「今日は珍しく一人で帰宅、かあ」
 俺は誰にともなくぽつりと呟く。隣の席の明日奈も、なんでも委員会だかの用事で昼休
みに引き続き放課後も忙しいらしい。いつもは一緒に帰るといって聞かない理梨も理梨で、
今日は先に帰る、と先の休み時間に俺のところに来たとき言っていた。どうやら昼休みに
した約束、「家に帰ったらおにいちゃんとエッチ」のためにいろいろ用意が必要らしい。
明らかにさっきの俺の頼みは聞いてもらえていない気がするが、これはもう仕方ないのか
もしれない。
 俺が微妙な悟りの気分になっているうちに、教室の中はがらんとしていた。それほど長
くぼんやりとしていたわけではないのだが、今日はたまたま皆予定がありでもしたのだろ
う。
「さて、俺もさっさと帰りますかね」
 一人で残っていても何なので、俺は鞄をつかみ席から立ち上がる。途中で買い物でもし
てから家に戻るか、などと考えながら出入り口に向かって歩き出した俺は、ふと気配を感
じて顔を上げた。
「ふふ……ようやく二人きりになれたわね」
 視線の先、出入り口を塞ぐように一人の女子生徒が立ち、こちらを睨んでいる。彼女は
朝に騒いでいたクラスメイトのサキュバス、逢間佐久耶だ。
「あー……お前かよ」
 げんなりとした声を出した俺に構わず、佐久耶は一歩距離をつめる。その一瞬で彼女は
妖しげなボンデージを纏ったサキュバスの姿となった。その顔にはサディスティックな笑
みが浮かび、ねっとりとした絡みつくような視線が俺を舐めまわす。
「朝はよくもこのわたくしに恥をかかせてくれたわね……。ふふふ、覚悟は出来ているん
でしょうね?」
「いや、恥をかかせるも何もお前の独り相撲だろあれ」
「まずは……そうね、誰が主なのかをみっちり身体に叩き込んで、それから……わたくし
の素晴らしさを骨の髄まで教えてあげて……。アスタロットやリリムに見せ付けてあげる
のも面白そうね……。ああ、考えただけでぞくぞくしちゃうわ……」
 俺の冷静なつっこみにも、彼女は聞く耳持たず一人ぶつぶつと何事かを呟き続ける。自
分の身体を抱き、くねくねとする光景は正直、かなり怖い。
「おーい。俺帰っていいか〜?」
 無視してさっさと帰ってもよかったのだが、そんなことしたら佐久耶が怒ってまた面倒
くさいことになりそうだったので、俺は気が進まないながらも一応声をかける。
 が、今回は無視したほうが正解だったようだ。
「ああ……そうよね、何をするかはとりあえず犯してからでいいわよね。ふふ……それじ
ゃあ瀬良くん? すぐに私の僕にしてあげるわね……」
 彼女は俺の声に視線を向けると、ゆっくりとこちらに向かってきた。その目は明らかに
本気だ。こいつにはやるといったらやる凄みがある。思わず鞄が手から落ちた。
「まずったな……さっさと帰っておけばよかった」
 サキュバスとなった佐久耶が一歩近づくたび、俺は一歩後ろに下がる。だが、それも長
くは続かなかった。もともと窓側に近い位置にいた俺は、数歩も行かないうちに背が窓に
ぶつかったのだ。
「ち……っ」
「ふふ、残念……」
 舌打ちした俺を、佐久耶がからかう。
 俺は窓沿いに横へと逃げようとするものの、じりじりと間合いを詰められていった。
「怖がらなくてもいいわ……。あなたはわたくしの専用奴隷として、ちゃんと可愛がって
あげるから」
「折角の申し出だが、御免こうむる」
 軽口を叩きながらも、俺の背には冷たい汗が流れる。一見したところ男と女といっても
こっちは人間、相手は魔物、サキュバスだ。組み合いになったらあっさり押し倒されてし
まうだろうし、かといって側をすり抜けられるような隙も見せてくれそうにない。
「あきらめなさい。そうすればとっても気持ちよくしてあげるから」
「ぐっ……」
 佐久耶の顔が目と鼻の先に近づく。勝利を確信した彼女が、俺の唇を奪おうと顔を近づ
けてくる。
 これまでかと覚悟をしつつ、俺の頭の別の部分は何故かその時かつて明日奈から聞いた
話を思い出していた。
(佐久耶さんが変身したレヴィアタンってサキュバス、静流くんのことが好きなのはもち
ろんなんだけど、自分を淫魔にしたサキュバスのことになるとムキになるんだよね)
(一か八か、もうこれしかねえ!)
「あーっ! お前の主に誰か他のサキュバスが思いっきり抱きついてるー!!」 
 唇同士が触れ合いそうになる絶体絶命の瞬間、俺はとっさに叫んでいた。
「な!? なんですって!? どこ!? どこよ!」
 ほとんどやけくそであったが、その言葉の効果は俺の想像以上だった。佐久耶の顔には
一瞬で怒りと嫉妬が浮かび、俺から身体を離す。
「あ、あっちの校舎の屋上! ほら、あそこ! ってああ! 見えなくなっちまった!」
「許せないわ……どこの誰だか知らないけれど、わたくしのおねえさまをこっそりかすめ
盗ろうなんて……。ふふ、そんないけない子にはみっちりお仕置きしてあげないとね……」
 適当に指した方向を燃えるような瞳で睨むと、彼女は俺のことなど忘れたかのように窓
から飛び立つ。しばしぼんやりとその方向を見ていた俺は、とりあえずの危機を脱したこ
とに安堵の息を吐いた。
「はぁ……。まさかあんな古典的な手に引っかかってくれるとは思わなかったが、なんと
かなったか。おっと、いつまでもここにいてあいつが戻ってくると面倒だ、さっさと退散
した方がよさそうだな」
 少しだけ佐久耶に悪いことしたかなと思いつつも、俺は鞄を拾いなおすと教室を出るの
だった。

―――――――――――――

「ただいま〜」
「おかえりなさ〜い、おにいちゃ〜ん」
 我が家の玄関を開けると、サキュバス姿に変身した理梨が飛びついてくる。彼女はその
まま俺に抱きつき、胸に頬ずりをした。どうやら今日は一緒に帰らなかったので、いつも
より多めに甘えてきているらしい。
「なんだかいつもより遅かったね? 何かあったの?」
 俺に抱きついたままの理梨が、羽を動かしながら尋ねる。
「いや、大したことじゃないよ。ほら、スーパーよって買い物してきたからさ」
 俺が食材の入ったビニール袋を見せると、彼女は胸をなでおろした。
「そう? よかった、てっきりおにいちゃんが変なのに絡まれちゃったのかと思っちゃっ
た」
 まあそれも当たらずとも遠からずなのだが、俺は黙っていた。わざわざ指摘するほどの
ことでもないだろう。
「んじゃ荷物置いて着替えてくるから。理梨、悪いけどこれ食卓にでも置いといてくれる
か? あ、冷やすものは冷蔵庫な」
「うん、いいよ」
 俺からビニール袋を受け取り、理梨はキッチンへと向かう。その姿を見送り、階段を昇
ろうとした俺に、ふと足を止めた妹が振り返った。
「それじゃあおにいちゃん、着替えたら昼間の約束通り、しようね」
「わかってる、ちゃんと約束は守るよ」
「絶対だからね」
 にっこりと笑って念押しする妹に、俺は苦笑しつつ頷く。二階へと向かい、自室に入っ
て鞄を机の上に放り、部屋着に着替えを済ませた俺は期待と不安をない混ぜにした複雑
な心境のまま、再び一階へと下りていった。

「さて」
 俺は眉間に皺を寄せたまま腕を組んで、一言短く言葉を発する。
 既に窓の外も薄暗くなった黄昏時。瀬良家の一階、リビングには私服に着替えた俺と、
サキュバス姿の理梨の姿があった。目の前で楽しそうに笑顔を浮かべる理梨が身に纏うの
は服というよりも布といった方が適切に思えるような衣装で、透けるほど薄い青の布地が
わずかに胸と腰の周りに巻きついているだけである。
 まあ、サキュバスになってしまった理梨がそうした露出の多い服を好むのは今に始まっ
たものでもないし、俺との約束で外に出る際は普通の服を着るということは彼女も了解し
ているので、今更あれこれ言うつもりはなかった。
 俺に難しい顔をさせているのは、それとは別の理由。リビングのテーブルに置かれた三
つの箱であった。
「あー……理梨。これは何なのか聞いてもいいか?」
 箱を見つめていても、基本的にやばそうな予感しかしない。だが、考えても分かるはず
がないし、どうせこのまま黙っていても事態は進展しないだろうと悟った(諦めた、とも
いう)俺はやむなく理梨に声をかけた。
「あ、うん。ほら、おにいちゃん昼間に『妙な道具を使ってエッチするのは勘弁して』っ
て言ったでしょ?」
「あ、ああ」
「でもね、わたしはおにいちゃんをたくさん気持ちよくしてあげたいの。だから、そのた
めにわたしの発明品を使わせて欲しいの」
「う〜ん、その気持ちはありがたいんだけどな……」
 真摯な瞳でこちらを見つめる理梨に、俺はどう言ったものかと頭をかく。彼女が俺のこ
とを一番に想ってくれているのは、もう既にこれ以上ないほど伝わっていた。だから、俺
も出来る限り理梨の要望には応えてやりたいと思う。
 ただ、妹の作る道具はとんでもないものばかりなのだ。昼に飲んだ精力剤なんてのは序
の口どころか、序にすら至っていない。彼女の発明品とはそれこそパソコンのアダルトゲ
ームか、エロ漫画に出てくるような常識など欠片もない効果を持ったものばかりなのだ。
「んで、それとこの箱はどういう関係が?」
「ん、だからね。何を使うかおにいちゃんに選んでもらおうと思って」
 俺の言葉に、理梨は得意げに言う。
「俺が?」
「そう。その箱のうち、二つの中にはわたしの作った道具が入ってるの。そして一個は空
っぽ。空の箱を選んだ時はおにいちゃんの好きなようにしていいよ。その代わり、箱を開
けて道具が出てきたら、それを使ってわたしとえっちして欲しいの」
「なるほどな……」
 まあ、少し俺にとって不利な気もするが、ここが俺の申し出と理梨の望みの妥協点なの
だろう。それにどれが当たりでどれがハズレか分からないといっても、自分で選んだもの
なら無理やり道具を使われるよりは諦めもつく。
 そう自分に言い聞かせ、俺は頷いた。
「わかった、いいよそれで。ただ、最初にどんな道具が入ってるかだけは教えてくれない
か?」
 一応何が出ようと受け入れるつもりではいたが、選ぶ前に覚悟だけはしておきたいので、
俺は理梨に尋ねる。
「ええっと、わたしが今回箱に入れたのは『おにいちゃんが触手になって、わたしの全身
をいっぱいいじめちゃうプレイ』用の変身薬と、『たくさんのおにいちゃんに囲まれてわ
たしが犯されちゃうプレイ』か『たくさんのわたしがおにいちゃんの隅々までご奉仕しち
ゃうプレイ』用に作った分身薬だよ。あとの一個はさっきも言った通り、空っぽだからね」
「そ……そうか……」
 妹の言葉に、俺の額から汗が垂れる。どう考えても、空の箱以外はハズレだ。これなら
この間妹にすがりつかれて根負けし、使うことになった『俺が狼に変身する薬』(比喩的
な意味ではなく、字のままの狼男に変身したのだ)の方がマシだと思える。得意げな妹の
表情を見ていると、何でこんなすごいものが作れるのに、その頭脳を別の方向に生かして
くれないのかと俺は切なくなった。
「それじゃ、おにいちゃん、選んで?」
「あ、ああ……」
 理梨に促され、俺は三つの箱が並んだテーブルの前に立つ。俺は視線をずらし、横の理
梨をちらりと見たが、彼女は期待に満面の笑顔を浮かべている。どうあがいたところで逃
げ場はなく、このうちのどれかを選ぶしかないようだ。
「ええい! 折角だから俺はこの赤い箱を選ぶぜ!」
 ままよ、と思い、勢い任せに俺はテーブルの真ん中に置かれた箱を持ち上げる。俺の祈
りも空しく、テーブルにかぶせられた箱の下には紫色の液体が入った小さな瓶が置かれて
いた。
「あ、これは変身薬だよ」
「ぐぁっ、やらかしたぁ――――っ!」
 ぽつりと呟いた妹の言葉に、俺は頭を抱えて絶叫する。くそ、なんでよりによってこれ
なんだ。まだ分身薬の方が理梨に飲んでもらえる可能性があっただけましだったんじゃな
いのか。ちくしょうもう少し考えてから選べばよかった。
 だが、現実にはそんなことを思っても既に後の祭りであり、目の前には薬瓶を差し出す
理梨の笑顔がある。何度も言われている通り、妹に甘い俺は彼女のこの笑顔を前にして断
ることなど出来ないのだった。
「はい、どうぞおにいちゃん」
「う、うう……。ううう……。うぁぁぁ……くそっ、やってやらぁぁあ!!」
 手渡された瓶の蓋を開け、しばし唸りながら瓶の中に満たされた液体を見つめていた俺
だったが、覚悟を決め、口をつけると一気に飲み干す。紫色の液体はその毒々しさと裏腹
に意外とさっぱりとした味で、むしろ想像よりもずっと飲みやすかった。
「……ぷぁ、飲んだぞ」
 小瓶をテーブルに置き、俺は理梨に言う。それに彼女が答えるより早く、俺の腕がどく
んと脈動を始めた。
「うぅ……っ? く、くぅあぁぁっ!!」
 まるで腕に心臓が出来たかのように感じられたのは一瞬、俺の目の前で指が長細く伸び
ていき、その根元が裂けていく。不思議と痛みはなかった。驚きに声もなくその光景を見
つめる俺に、理梨が声をかける。
「あ、よかった。上手くいってるみたい。大丈夫だからね、おにいちゃん。変身は痛くも
苦しくもないし、後でちゃんと元に戻るお薬用意してあげるから」
 妹の声を聞きながら、俺の身体はどんどん変わっていく。既に両腕は原型を留めておら
ず、シャツの袖からは何本にも分かれた細い触手がうねうねと蠢いていた。しかもその一
本一本にちゃんと感覚があり、俺が思うとおりに動いてくれるのだ。グロテスクとしか言
いようの無い自分の姿に、俺は思わず呟いた。
「まるっきり化け物だな、これ……」
 あまりにも非現実的な光景に、むしろ俺は冷静になっていた。触手を動かし、テーブル
の上のテレビのリモコンに巻きつける。そのまま手元に引き寄せ、触手の先端でボタンを
ぽちぽちと押した。
「う〜ん、意外と動かせるもんだ。元は俺の手だからかな? にしても理梨。ほんとにこ
んな格好の俺とでいいのか?」
「うん、だってどんな姿でもおにいちゃんだもん」
 どうひいき目に見ても、モンスター映画のクリーチャーにしか見えない俺の姿を見、し
かし理梨はこくりと頷いた。
「あー……でもな? この手で撫でたり愛撫しようとしても、その……なんだ。明らかに
理梨にとっては気持ち悪いことになりそうなんだが」
 それでもためらう俺にそっと抱きつき、理梨は俺を見上げて言う。
「言ったでしょ、わたしはね、リリムはおにいちゃんになら何をされてもいいって。おに
いちゃんがリリムに優しくしてくれるのも、リリムをたくさんいじめてくれるのも、どっ
ちも大好きなんだから……」
 そういって理梨は俺の触手の一本を手に取り、愛しげに口付ける。彼女の小さな舌が俺
を舐める感触に、あっという間に興奮が高まり理性を圧倒していくのを感じながら、俺は
彼女に言う。
「理梨……。そんなこと言って……知らないぞ? 多分俺、我慢できなくなるから」
 しゅるしゅると触手を理梨の身体に巻きつけながら、俺は妹の耳元で囁く。
「我慢なんてしないで、おにいちゃん。わたし、理梨を……ううん、リリムを好きなよう
に、好きなだけ、めちゃめちゃにしちゃって?」
 赤い頬で快楽に染まりだした表情を浮かべた愛しい女の子の言葉と、幼い肢体に俺の触
手が巻きついた可愛らしくも淫ら姿が、俺の最後の歯止めを外した。
「わかった……それじゃあ、たくさんしてやるからな……」
「うん……」
 妖しげな光を湛えた瞳がお互いを見つめる。そのまま、俺たちはどちらからともなく口
づけをした。
 それが、淫らな狂宴の始まりだった。

「それじゃあ、ちょっと我慢してくれよ」
「え……? あっ、やぁあん……!」
 俺の意を受け、触手が理梨の身体を絡めとる。細くしなやかな触手は見た目からは想像
できないほどの力強さで妹の身体を宙に浮かべ、両手を頭の上で拘束し、脚を押し広げた。
拘束するもの以外の触手は彼女の身体を撫で回し、時に軽く巻きつく。
「ふぁぁ、おにいちゃんの手が、いっぱい、いっぱいさわってるよぉ……」
 嬉しそうに言う彼女の背で、サキュバスの羽がぱたぱたと動く。細い尻尾は振り子のよ
うに左右に振れ、触手と絡み合った。
 そのうち一本の触手が彼女の纏う薄布を剥ぎ取り、妹の幼い身体をさらけ出させる。拘
束され、腕で隠すことも背を向けることも出来ず、生まれたままの理梨の姿が俺の目の前
に露になった。
「やぁあん……。脱がされちゃったよぉ……」
 恥ずかしそうに身をくねらせながらも、どこか嬉しそうな声が理梨の口から漏れる。そ
の間にも俺の手が変化した触手は彼女の身体を舐めるように這い回った。
「あふっ……やぁ……っ、これ、いいよぉ……、おにいちゃんの触手、きもちいいよぉ……」
 ルーンが描かれた肌の上、首筋、可愛らしい胸、そして、既に濡れそぼった割れ目。触
手は俺の思うがままに蠢き、理梨の身体を撫で回す。
「きゃん……ああっ、ふぁ……っ! もっと、おにいちゃん、もっとしてぇ……!」
 全身に触手が巻きついた理梨は、その可愛い顔を汗と涙、涎で汚しながらもっともっと
とねだる。触手を動かして彼女を俺の前に引き寄せ、そっとその頬を舐めてやると、妹は
蕩けた笑みを浮かべ、俺にキスをねだった。
「んっ……ちゅ、あ……ちゅぱ……、おにいちゃん、きす、きすぅ……もっとほしいよぉ……」
 俺が軽く唇に触れてやると、彼女は切なげな瞳で哀願する。
「ふふ……、甘えん坊だな」
「やだぁ……、足りないよぉ……もっとぉ……もっと、おにいちゃんのきすほしいのぉ……」
 赤子のようにキスを求める理梨に口付け、舌を伸ばす。待ちきれないかのように伸ばさ
れた妹と舌を絡めあい、俺たちは互いの唾液を貪った。
 しばらくして、キスを続けていた俺が顔を離す。あれだけしてもまだ足りないのか、彼
女は名残惜しそうに俺の顔を見つめた。苦笑しながら俺は触手の一本を理梨の口元に伸ば
す。
「しょうがないな、しばらくはこれで我慢してくれ」
「はぁい……ありがとう、おにいちゃぁん……。んぷっ……んっ、ちゅ……ぇろ……」
 すぐさま理梨は嬉しそうに触手を咥え、しゃぶり始めた。口内を犯すように軽く動かし
てやると彼女は目を細めて触手と舌を絡めあった。
「さて、それじゃあそろそろこっちかな……」
 一人呟いた俺は、理梨の身体を持ち上げる。触手により開かれた足の付け根、愛液でぐ
しょぐしょになった秘所に俺はそっと触手の一本を触れさせた。
「んむぅっ! ん、んんっ……んん――っ!!」
 敏感な場所を擦りあげられ、理梨は身体を貫く刺激に目を見開いた。その反応を見、俺
はそっと割れ目の入り口に触手をねじりこませる。
「ん、ぷぁっ……あっ、おに、ちゃ……そこ……は……」
 強烈な快感に思わず触手から口を離し、かすかに怯えた声を上げた理梨に構わず、俺は
秘所に挿入した触手を動かした。しぶきとぐちゅぐちゅと淫らな音を上げながら、俺の触
手が彼女をかき回す。
「あっ……ら、め……やっ、やあぁぁぁぁ……っ!!!」
 あまりの快楽に、理梨は涙を零しながら喘ぎを上げ続ける。震えるその身体に巻きつい
た触手たちはその間にも彼女の身体を這い回り、さらに快楽を高めていった。触手に感じ
る彼女の体の感触や、その声までもが俺の興奮を高めていく。
 その後もしばし俺は彼女を責め続けた。やがて何度か軽い絶頂を向かえ、その瞳を快楽
のみで濁した理梨をそっとリビングのソファーに横たえてやる。全身に巻きつく触手は彼
女の汗まみれで、そのうち口と秘所を侵したものは涎や愛液でぐちゃぐちゃになっていた
が、俺には気にもならなかった。
「あっ、ああ……おにい、ちゃ……」
「大丈夫だ、ここにいるぞ」
 夢を見ているかのような頼りない理梨の呼びかけに、俺は優しく微笑みかける。彼女も
また俺の声に安心したのか、微笑を返した。
 俺はズボンと下着を脱ぎ捨て、先ほどから硬くなっていた肉棒を露にする。触手を動か
して理梨の股を開かせ、こちらに向ける。手の拘束を外してやると、彼女は自ら秘所を押
し広げ、幸せそうな表情で口を開いた。
「嬉しい……おにいちゃんのが……わたしであんなに大きく……。おにいちゃん、おおき
いのください、リリムのここに、いっぱい、いっぱいください……」
 その言葉にためらう事などなかった。
「ああ……いれるよ……」
俺は頷くと、そっと彼女に覆いかぶさりながら一物を埋めていく。最奥まで到達すると俺
たちは顔を近づけて見つめあい、何度目かも分からないキスをした。
「それじゃ……動くぞ」
「うん……」
 確認しあうかのように小さく言葉を交わし、お互いに腰を動かし始める。リズミカルに
弾む二人の体が、お互いに快感を高め、送り続ける。その動きが早く、激しさを増して行
くのは自然なことであった。
 やがて、俺たちの快感は頂に達し、俺は妹の身体を強く抱きしめたまま、その中に全て
を解き放ち、果てた。理梨もまた、俺の全てを幼い身体に受け止め、歓喜に染まった叫び
を上げながら、糸が切れたようにソファーにその身を横たえる。
 その姿を視界に納めながら、俺も妹の横、ソファーに倒れこんだ。
「ありがとう、理梨」
「ううん、わたしこそ。ありがとう、おにいちゃん」
 お互いにお礼をいい、笑いあいながら、俺たち兄妹は互いの身体を愛しげに、優しく抱
きしめたのだった。

―――――――――――――

 しばしの間、事後の気だるい余韻に浸っていた俺たちはどちらからともなく体を起こす。
ソファーに並んで腰掛け、二人ともしばしぼーっと目を閉じた。
「あ〜……なんだな、今日は自分の知られざる一面を見た気がするな」
 俺は目を開けると、いまだに触手になっている手を見つめて呟く。思い返せば、さっき
のえっちでは完全に正気のままだったのに、今までにないほど妹を責めまくっていた。途
中何度も「いや」とか「やめて」とか聞いたし、ルーンで快楽が増幅されているのも知っ
ててあえて敏感な所ばかりいじっていた。実は俺、Sの気があったんじゃなかろうかと、
自分の事ながらかすかにおそろしくなる。
「ごめんな理梨。なんか、めちゃくちゃしちまった」
 隣に座る妹に顔を向け、そう謝る。だが彼女は俺の予想に反して満面の笑顔で首を振っ
た。
「ううん、気にしないでおにいちゃん。むしろね、さっきはおにいちゃんがわたしを……
本当にめちゃめちゃにしてくれて、すごくうれしかったの。おにいちゃん、えっちの時は
いつも優しいけど、なんだか……『わたしを気持ちよくしてあげよう』って気を使ってく
れてるみたいだったから。だから、さっきはおにいちゃんが気持ちよくなるためだけにわ
たしを使ってくれてるってわかって、すごくうれしかった」
「そっか」
 言っていることは正直とんでもないが、その根底にあるのは俺への強い想いだと確かに
感じられた。
「それにね、ずっと離れ離れで、また会えた後も素直になれなかったわたしが、こうして
今はおにいちゃんの側にいて、つながることもできる。それが何より嬉しくて、幸せなの。
だから、おにいちゃんが側にいてくれるなら、私はそれだけでじゅうぶん」
「理梨……」
 彼女の言葉に、俺もまた同じ気持ちになる。小さい頃は俺とずっと一緒で、二人で一つ
のように感じられることもあった。その後ずっと離れ離れだった妹が、今はこうしてすぐ
側にいる。いや、それ以上に近く、本当に一つになることも出来る。。
 その考えた瞬間、羽を動かし尻尾を揺らして俺を見つめる理梨への想いが膨れ上がり、
俺は彼女を抱きしめた。
「わ、おにいちゃん?」
「大好きだ……いや、それだけじゃない。愛してる。もう、絶対離れないからな」
 突然抱きつかれ、戸惑い半分嬉しさ半分の声を出す理梨の耳元で俺はそっと囁く。理梨
もまた、その言葉に目を閉じ頷いた。
「うん……もう離れない。わたしたちは、二人で一つだもん。……この世の誰よりも愛し
てるよ、おにいちゃん……」

 二度と離れることのないようにと、想いを込めて強く抱き合う兄妹をカーテンの隙間か
ら差し込む月の光が優しく、静かに照らしていた。


―― EXシナリオ 理梨編『サキュバス的ヴィタ・セクスアリス』  終わり ――



「ところでそろそろこの手を元に戻して欲しいんだが」
「ええ〜? わたしはそのままでも全然構わないけど……」
「いや、俺が構うから。こんな手じゃ夕飯も作れん」
「そっか……しかたないね。それじゃあまた今度同じ薬を作った時には、触手になって今日
みたいにいっぱいリリムをいじめてね、おにいちゃん」
「……まあ、善処するよ」

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