サキュバス的エロゲ・Mルート

眼鏡少女は女王様!?

「させるもんですか!」
 威勢の良い女声とガラスが砕ける派手な音が、部屋中の空気を揮わせた。まさに今ぼくの身体を味わおうとしていたサキュバス・レヴィアタンが弾かれたように身を翻す。一瞬の間に淫靡なボンテージ姿はベッドから離れ、窓辺とは反対側の壁際に移っていた。
 代わってぼくの上に馬乗りになったのは、やはり悪魔の姿をした女の子である。先の尖った耳に二本の角、蝙蝠の翼に悪魔の尻尾、露出の多いボンデージ風の衣装と、目に付く特徴だけを並べればレヴィアタンと変わりないが、女王様然としたレヴィアタンに較べて、こちらは随分と可愛らしい。少女的だとでも言おうか、至る所に赤い大きなリボンが結ばれていた。その分、胸のボリュームもぐんと控えめだが。
 明日奈だった。サキュバスの姿なので、正確にはアスタロットというべきだったが、どちらだろうと同じである。とにかく彼女はぼくの恋人で、味方だった。ぼくの窮地を察して文字通り飛んできてくれたのだ。
 助かったと息を吐いたのも束の間。馬乗りになった明日奈から、いやに冷たい視線と声が降り注いだ。
「ふぅん。やっぱり信っておっぱい巨きいのがいいんだ」
「どうしてそうなる!?」
「だって、わたしの胸見て残念そうな目になってたもん。おまけにため息まで吐いちゃってさ。えぇ、えぇ、悪かったですよ。サキュバスになってもあんな見事なバストになれなくて。でもわたしだって平均以上はあるんだから!」
「そんなことちっとも思ってないって!」
「じゃあちゃんと言ってよ! あんな女よりわたしの方がいいって!」
「そ、それは……」
 思わず視線を横に――レヴィアタンの方へと向けてしまう。これが致命的にまずかった。窓ガラスを割って飛び込んできた悪魔少女は一度大きく息を吸い込むと、琥珀色の瞳を爛々と輝かせた。可愛らしい表情が一変、色慾に充ち満ちたサキュバスのものとなる。
「仕方ないなぁ、信は。今朝だってあんなにシてあげたのに、やっぱりシ足りなかったんだぁ。それじゃあ……」
 ぐいと愚息が掴まれる。丁度レヴィアタンに食べられようとしていたところである、ぼくの下半身はすっかり剥き出しになっていた。サキュバスの甘いフェロモンに中てられた身体は、心の動揺などものともせず、刺激を求めて熱く固く自己主張をしている。
 押し寄せる快感の波濤から必死で意識を守り、ぼくは彼女に待ったを掛けた。
「そんな場合じゃないだろ。敵を何とかしないと!」
 そうだ。未だこの部屋には胸のでかいサキュバスがいるのである。悠長にまぐわいを楽しんでいられる状況ではない。
「べっつにぃ。どうでもいいよ、そんなこと。信がわたしに夢中になっちゃえば、わたしの勝ちだしぃ」
 クスクスと楽しげに笑って、彼女が腰を持ち上げる。濡れに濡れた女性器が露わになった。たらたらとひっきりなしに涎を垂れ流しているそこは、挿入を待ち焦がれるように開閉して、見るからにやる気満々である。
 蕩けきった表情を浮かべて、明日奈は亀頭を陰唇に宛がった。
「あはぁ いっただっきまぁすぅ
「止めろ、明日奈!」
「退きなさい、アスタロット! それは私のモノよ!」
 二つの声が重なる。一つはぼくのもの、もう一つはサキュバス・レヴィアタンのものだ。ただ叫ぶばかりのぼくに対して、レヴィアタンは実に有能だった。長い尻尾を鞭のように撓らせて、鋭く明日奈を――サキュバス・アスタロットを打ったのである。明日奈は咄嗟に身を反らしてレヴィアタンの一撃を躱したが、体勢を崩し、可愛らしい悲鳴を残してベッドの上から転げ落ちた。微かに聞こえた舌打ちは、レヴィアタンのものだろう。
「オリジア様の仰るとおり、つくづく邪魔な女ね。やっぱり先に始末しておくんだったわ」
「やれるものならやってみなさいよ、この変態色狂い! わたし知ってるんだから。あなたが夜な夜な男子生徒を保健室に連れ込んで摘み食いしてるの!」
「摘み食い? フン、冗談じゃないわね。どうしてこの私があんな下らない連中を食べなきゃならないの」
「とぼけたって無駄よ。動かぬ証拠があるんだから。今週精衰弱で倒れた男子生徒の数、何人だか知ってる? 三〇人よ、三〇人! 自然ではあり得ないわ!」
「ああ、そういえば奴隷が何人か倒れたという話だったけれど。そう、衰弱してたの」
 レヴィアタンの目許口許に冷ややかな笑いが閃く。何が可笑しいと問い詰める明日奈、いや、アスタロットに、レヴィアタンは面倒くさそうに答えた。
「だから食べてなんかいないってば。あんな不味そうな連中。私はただちょっと奴隷にして遊んでいただけ。知ってる? 股間を踏みつけてやるとイイ声で鳴くのよ。それも、ものすごく嬉しそうな顔をして、盛大に精液を噴き上げながら! おかしいでしょう。あの柔道部の主将も、サッカー部のキャプテンも、科学部の天才部長だって!」
 話している間に再び笑いがこみ上げてきたらしい。堪えきれないと言った様子で、とうとうレヴィアタンは艶やかな笑声を響かせた。豊かな胸を突き出し、腰に手を当てて傲然と笑うその様は、正に悪の女王と呼ぶのに相応しい。これがあの気弱な逢間佐久耶だなどとは、全く信じがたい。
 変身する様を目の当たりにしたぼくでさえそうだったのだ。途中で飛び込んできた明日奈が彼女の正体を見抜けなくても仕方がない。仕方はないのだが。
「信じられない! それが校医の言う台詞!?」
 突然頓珍漢なことを言い出した明日奈を、ぼくは庇いきれなかった。またしてもレヴィアタンと声が重なる。
「は?」
 今度は言葉までもが被った。ぷくりと頬をふくらませて、明日奈がぼくを睨み付ける。
「どうして信までそんな顔するのよ!」
「いや、意味が分からなくて」
 とは言えなかった。明日奈が可愛そうだから、というわけではない。レヴィアタンが余計な口を挟んだためだ。
「残念だったわね、アスタロット。そいつには私のフェロモンをたっぷりと嗅がせてあげたんだもの。表面は取り繕っているようだけれど、心の中はもう私のことで一杯。私の忠実な性奴隷になりたくてたまらないのよ」
「ホント、信!?」
「さあいらっしゃい、土屋信。我慢することはないわ。お前の大好きなこの巨きな胸でたっぷり可愛がって、いいえ、責め嬲ってあげる」
 二対の視線が、それぞれの思惑を乗せてぼくの身体に突き刺さる。一体何と答えるのが最良か。ぼくは考えを巡らせた。三者三様に口を噤み、音の絶えなかった保健室に沈黙が訪れる。
 最初に沈黙を破ったのは、アスタロットでもレヴィアタンでもなかった。ぼくでもない。無人の廊下を歩くハイヒールの響きである。レヴィアタンが素早く行動を起こした。アスタロットを突き飛ばすようにして割れた窓に取りつく。
「とんだ役立たずだこと。教頭が聞いて呆れるわ。これじゃあ公約破りの背信者共と同じじゃない。あれだけできると言い張っておきながら、たかが校医一人ろくに足止めできないなんて!」
「何言ってるのよ。校医はあなたじゃない!」
 レヴィアタンは答えない。嘲弄の笑みを閃かせただけである。憤るアスタロットを無視して、レヴィアタンはアメジストの瞳をぼくに目を向けた。
「次会うときまで好い子にしていなさい、土屋信。イッパイご褒美をあげるから」
 ウインクと投げキスを一つずつ寄越して、レヴィアタンはひらりと割れたガラスの間を潜り抜けた。ボンデージ衣装はもちろん、白く艶めかしい肌までもが夜の暗闇に飲まれて消える。あかんべえと明日奈が舌を出した。
「何がご褒美よ。絶対にさせないんだから!」
「怒ってる場合じゃないぞ、明日奈。先生が戻ってくる。ぼくたちも早くここを出よう」
 聞き取るのがやっとだった靴音は、もう間近に迫っていた。毟り取られたトランクスとズボンを拾い上げ、大急ぎで足を通す。
「さっきから何言ってるのよ。先生はあの女王様気取りでしょ」
「違う違う。後で説明するから、今は大人しくぼくに従ってくれ」
 明日奈の手を握り、目を合わせる。昔から彼女はこれに弱かった。こうやって頼むと、明日奈は決して断らない。物心ついてから今までの記憶が、それを証明している。
 この度も明日奈は反例を作らなかった。頬を赤らめてこくんと頷く。
「分かった。信に従う」
「好い子だ」
 とまでは言わなかったが、ぼくは明日奈の頭を軽く撫でた。嬉しそうに彼女が眼を細める。こういうとき、ぼくは心の底から明日奈のことを愛おしく思うのだが、これはぼくの身勝手というものだろうか。
 暫く撫でていたかったが、そうも言っていられない。早々に切り上げて、ぼくは窓辺に歩み寄った。靴音がぴたりと止まり、ガタンと扉が揺れる。
「あら? 誰かいるの?」
「出るぞ、明日奈。引っ張ってくれ」
「うん」
 従順に頷いて、サキュバス・アスタロットが夜空に舞い上がる。保健室の扉が開くと同時、ぼくの身体は引っ張り上げられて、保健室からの脱出を果たした。
 間一髪である。やれやれ、もう二度とこんな目に遭うのは御免だと言いたいところが、全く残念なことに、ぼくの意志だけでは決まらない。
 魔界と現界とぼくの身体を廻るサキュバス達の戦いは、未だ幕を開けたばかりだった。

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